ここで誓う。

―――俺はぜってー、お前を幸せにする―――





Fantagic Factor
           
    −幸せの要因−




. 周助についての物語 <前編>



 次の日。
 「ずっと家ン中篭っててもクサるだけだろ。
  どうだ周? 出かけるか?」
 「うん!」





 「・・・・・・・・・・・・で、なんでてめぇらがついて来やがる?」
 「え〜? だって2人っきりでずるいよ〜」
 「お前と周ちゃん2人にしておくと何が起こるかわからないからな」
 半眼で跡部が後ろを向く。のんびりついてくる千石と佐伯を。
 跡部は日曜なので普通に休みなのだそうだが、それを聞きつけ千石は切原とのレコーディングをすっぽかし、挙句佐伯はリョーガを脅しつけて休みをぶん取ったらしい。仕方ないので被害者の方が集まって『クサって』いるらしい。
 「で、どこ行くの?」
 人の感情の機微には敏感だが、彼らのこういったいがみ合いはいつもの事である。全く何も気にせず、周助は先を促した。
 「そうだな・・・。んじゃ―――
  ―――ちっとテニスショップにでも行くか。ラケット預けたまんまだし」







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 そして来たのは・・・、
 「ここ・・・?」
 周助が不審げな声を上げた。無理もないだろうが。
 《張辰》と看板の下げられたそこは、跡部の説明通りテニス用品の専門店である。ただしそう説明されないと、ちょっと薄暗めの駄菓子屋さんかと間違いたくなる位昔風情の店―――はっきりいってボロ店―――だった。
 跡部がわざわざ行くにはとても合わないような気がする・・・。
 そう顔に出す周助の頭をぽんぽんと撫で、
 「ここの主人はガット張りの達人なんだ」
 「ウッドラケット作りならもちろんオジイがダントツだけどな」
 「はいはいサエくん、違う感想は入れない」
 またしても話をわき道に逸らした2人を横目で睨み、
 跡部は店を見上げた。
 一言、呟く。
 「それに―――
  ――――――ここにゃ旧友がいるからな」







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 「よおいらっしゃい」
 「お久しぶりです」
 店の引き戸を開ける。迎え入れてくれた主人に会釈をし、
 「すみません。今日―――」
 他に見当たらない人影に尋ねようとした跡部を遮り、主人が笑って首を振った。
 「ああ、なんか臨時で授業入ったらしくてね。多分あと
30分くらいしたら来るんじゃないかね」
 「そうですか。ありがとうございます」
 今度はお辞儀をし、跡部は後ろにいる3人に―――いや周助だけに―――向き直った。
 「いねえらしいな。んじゃ他の―――」
 トコ行くか。
 言いかけたそれもまた遮られた。
 「
30分でしょ? なら待ってようよ」
 「いいのか?」
 「うん。僕も見てみたいし」
 「アレ? 周くんテニスの事わかるの?」
 それはそれで失礼な訊き方をする千石。実際言い終わった頃には跡部と佐伯に蹴りつけられていたが、周助にはただの疑問として受け取られたらしい。普通に返される。
 「うん。以前担当した人がやっぱりテニスやっててね。その人に教えてもらったんだ。覚えるのが早いって誉められちゃった」
 嬉しそうに話す。他のヤツの話など出され、特に跡部の表情が変わった事にすら気付かず。
 周助が、下げられていたラケットに触れた。その顔に、僅かな哀しさが篭る。
 「その人怪我しちゃってて・・・。自分のリハビリだって大変なのに、『テニスなら相手がいた方がいいだろう』って僕の面倒まで見て・・・。
  わかってたんだろうね・・・。何にもしてあげられないで僕が落ち込んでた事・・・・・・」
 「周ちゃん・・・・・・」
 佐伯が手を伸ばしかけ・・・・・・やめた。きっと、今もまた彼は同じ悩みを抱えているのだろう。
 (そんなに悩まなくても・・・。
  いてくれるだけでいいのに・・・・・・)
 きっと、その担当者も同じ気持ちだったのだろう。いて、笑ってくれればそれでいい。それだけが自分の願い。
 ただ、どんな言葉にしたとしても、どんなに声を大にして叫んだとしても、彼にそれは通じない。むしろ逆に取られる。だから、その担当者はそんな手に出たのだろう。
 誰も何も言えない内に、周助は1人で立ち直った。1人で・・・誤魔化した。
 「だから、僕もテニスの相手は出来るよ!」
 ほっ・・・と、安堵の空気が流れる。目配せするまでもなく、次の流れは決まっていた。
 跡部がまた周助の頭に手を置き、
 「んじゃ、後でストテニでも行くか。んで俺と組もうぜ周」
 「え? ダメだよ跡部くん」
 「そうだよ〜周ちゃん。コイツはダブルスのパートナーを叩きのめすのが趣味っていう味方キラーだから。組むんだったらぜひ俺と」
 「ちょ〜っとサエくんも何さりげなく自分売り込んでんのさ。
  周くん。一緒にやるんだったらこんな人たちより俺の方がいいよね〜?」
 「ああ? てめぇら負け負けコンビが何ホザいてやがる。周、俺と組みゃ確実に勝たせてやるぜ」
 「『確実にノさせて』だろ。お前みたいな危険物に周ちゃん任せられるか」
 「てめぇが一番の危険物だろーよ」
 「ほ〜ら俺ってば一番安全だよ?」
 『お前/てめぇも危ない/ねーよ』
 ごんがん!
 またしても千石が殺られる。打ち合わせ0のショートコントに周助が笑おうとして・・・・・・





 「こんにちは。遅くなってしまい申し訳ありません」
 「いやいやいいさ。ああ、君にお客さんが来てるよ」
 「客―――」
 「よお手塚」
 「・・・やはりお前か跡部」





 「国、光・・・・・・」
 入ってきた、3人と同じくらいの少年―――『くらい』どころか間違いなく同じだ。
19歳。確認するまでもなく覚えている―――を見て、周助は思わず彼の名を呟いていた。
 気付いたのは傍にいた佐伯と千石。話し掛けていた跡部は、周助の異変に全く気付かなかった。
 「また来たのか。お前も相当に暇だな」
 「暇じゃねえよ。忙しい合間縫って来てやってんだぜ? ありがたく思えよな」
 「そんなに忙しいのなら他の者に頼めばいいだろう?」
 「出来は自分の目で確認しねえとな」
 「お前はそれ以外の時にもしょっちゅう来ているだろう?」
 「いかにも友人少なさそうなてめぇの話相手にな」
 「そう言って、お前が8割はしゃべっているように感じるが?」
 「いいじゃねーの。仕事の邪魔はしてねえだろ?」
 「はっきりと邪魔だ」
 むっつりとした表情で言い切る手塚に、跡部がクックッと笑った。珍しい事だ。跡部がここまで楽しそうな様を表に表すなど。
 それを見て、手塚がさらにため息をついた。
 こんな態度を取りながらも、手塚も本気で不快なワケではない。跡部の言う通り、こんなに対等に気兼ねなく話し掛けてくる相手は稀少だ。自分相手に世間話―――さほど必要のない話を仕掛けてくる者というのは。
 中学の頃の、あの一戦以来自分たちはこんな関係だ。何となく会いに行き何となく話す。そんな事が出来るほど、気を許し合った関係。
 手塚が奥に入り・・・すぐに戻ってくる。手に1本のラケットを持ち。
 「出来たぞ。これでいいか?」
 「おう。ありがとよ」
 差し出されたラケットを受け取り、跡部が視線を落とした。ラケットを細めた目で見、ガットを軽く叩き、グリップを握る。
 「やっぱてめぇはいいな。俺の事を誰よりわかってる」
 「・・・そうか」
 互いを唯一無二のライバルだと認め合った自分たち。だからこそ、互いを一番よく知るのは互いでありたい。恋とはまた違うが、そこには一種の独占欲があった。
 跡部からの最高の賛辞に、手塚も目元を緩めた。合わせるように、ラケットに視線を落とし―――










 「周助・・・・・・」










 ―――その下、跡部の後ろで、隠れるように自分を見ている子を発見した。
 「あん? 手塚てめぇ―――」
 問いかけようとし、跡部もようやく気付いた。蒼い顔で視線を落とした周助が、縋るように自分の服の裾を握り締めていた事を。
 一度口を閉じ、
 「んじゃありがとな手塚。代金はいつもどおりだろ?」
 「あ、ああ・・・」
 「後で渡す。つけとけ」
 「何・・・?」
 「じゃあな」
 反論する隙を与えず、跡部は周助の肩を抱きそそくさと―――する事を彼に期待してはいけない。誰がどう見ても堂々と店を出て行った。







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 さほど近くもない喫茶店に入り、頼んだココアを一口飲みようやく落ち着いたらしい。周助の顔に赤みが戻って来た。
 「落ち着いたか?」
 「うん・・・」
 丸テーブルで正面に腰掛けた跡部に頷く。
 「そうか」
 こちらも頷き、跡部がアメリカンコーヒーを飲んだ。千石と佐伯も、それぞれクリームとキャラメルだのチョコだのの乗ったものをすする。人の金で飲める時一番安いアメリカンでは勿体無い!!
 暫くはふはふやり、ずずず・・・とすすり、行儀が悪いと跡部に怒られ、はふはふやり・・・・・・
 「・・・・・・なんも訊かないの?」
 「言いたけりゃ話せ」
 「あ、ちなみに話す時はゆっくりね」
 「そうそう。そうすればおかわりが頼めるよ」
 「ねーよおかわりなんぞ!」
 「そうそう。ないからこそ好きに頼めるんだよ」
 「え〜っと、じゃあ僕次はキヨの飲んでたのがいいな」
 「あ、コレ?
  ―――おね〜さ〜ん。ウィンナーコーヒーキャラメルがけ1つと、あと俺フルーツタルトとカプチーノ下さい。味はシナモンの方で、絵はお姉さんの気持ちでvv」
 「じゃあ俺は、ナポレオンパイとカフェラテ下さい」
 「え〜っと僕は・・・・・・どれにしよっかな」
 「ここみんな美味しいよ」
 「特にオススメはフォンダンショコラかなあ・・・。ああ、でも周ちゃんココア飲んだしね。
  じゃあアップルパイとかは?」
 「いいね。じゃあアップルパイ下さい」
 「てめぇらそれのどこが『おかわり』だ!!」
 「まあいいじゃん。固い事は言いっこなしでさvv」
 「ああそうか。じゃあ固てえ事は言わず全員食った分は自分で払えよ」
 「くっ・・・!!
  ・・・跡部、俺のパイ1口食うか? それでぜひパイ代はお前に」
 「とことん追い詰められてるねサエくん」
 「は〜・・・。
  わーったよここは俺のおごりだ。そんでいーんだろ!?」
 『わ〜い♪』
 「・・・・・・ったく。
  ああ、俺にはフォンダンショコラとカプチーノに砂糖入れて下さい」
 「お客様・・・、とことん疲れてます?」
 「ああ・・・・・・いろいろな」
 「・・・・・・絵はハートに《
Fight》とでも描きましょうか?」







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 それはそれとして。注文は全て来て、暫く甘さと美味しさを堪能して。
 ようやっと周助が口を開いた。





 「彼はね、僕が以前担当した人だよ。
  担当して、失敗した――――――幸せに出来なかった人」





 場が、沈黙で満たされた。
 「じゃあもしかして、テニス教えてくれた以前の担当者って・・・」
 千石の質問に、周助がこくりと頷く。
 「怪我してリハビリ中・・・。中3の関東の時か・・・」
 「そういや手塚から1回聞いた事あるな。テニスのいいリハビリ相手見つけたって。素人だが覚えがいい。一緒にやる分には丁度いい、ってな・・・。
  ―――氷帝[ウチ]は関東負けだったし、俺が付き合おうかとも思ったがどうせ断るだろうし、そんで止めたんだよ」
 手塚をそれだけの状態に追い込んだ跡部。手塚も覚悟の上だったし、決して悪い事をしたとは思わないが―――それでも復帰出来るよう全力を尽くすつもりだった。
 が、
 「お前が相手ねえ・・・。そりゃ断るよな手塚も」
 「るっせーな。だから言わなかったっつってんだろ」
 普通の状態での練習ならともかくリハビリの相手。跡部にとっては相当加減する事になるだろう。
 他の相手ならまだしも、ライバルだからこそ相手の実力を落とすような真似はしたくない。たとえ親切心によりだとしても。
 そんな手塚の考えを先回りしての行動。その結果が、他の者に座を取られた。跡部はどんな気持ちで手塚の話を聞いていたのだろう。
 ・・・・・・答えがだいたいこの辺りだろう。周助相手にすら、わずかな愚痴を零してしまうほど。
 それでも渦巻く感情を制御したか、それとも周助も自分の考えに浸って気付かなかったからか、何も反応されないまま独白に近い説明が続けられた。
 「肩を壊して、大好きなテニスを出来なくなっちゃったから。悲しんでるから慰めてあげてって、そのために来たんだ。
  けど違った。国光は悲しんでも諦めてもいなかった。苦しくて、辛くって。でも絶対もう一回テニスをやるんだ―――もう一度決着をつけるんだ、って。
  弱音も吐かないでリハビリに励んでた」
 「手塚が? ンな事言ってたのか?」
 常にないほど興奮した様(とはいえそれを表に出す事はないが)で喰らいつく跡部に、周助は複雑な表情を見せ、
 「言って・・・・・・は、いないかな。伝わっただけだ。強い心が。
  うん・・・。よく伝わったよ。何とか出来るのは彼自身。僕には何もしてあげる事が出来ないって事が。
  後はさっき言った通り」
 「なるほどな。それでリハビリの相手か」
 「手塚くんらしい気の使い方だね。しかもさっきの、ちゃんと口調真似してたんだ。てっきり無駄な修飾詞省いたのかと思ってたよ。
  けどそれで何で失敗になんの?」
 全く口調も雰囲気も変えずさらりと核心を突いた千石の質問に、跡部と佐伯が厳しい眼差しを飛ばす。
 これには気付いたらしい。周助が笑って2人をなだめてから、
 「今回と同じだね。僕が体調崩したんだ」
 「栄養補給・・・・・・」
 呟く。自分へ向けられた心を喰らい命を繋ぐ天仕。その伝え方は様々ながら、周助は自分たちと出会うまで『
SEXをする事で与えられる』としか知らなかった。
 果たして手塚はどうしたのか・・・・・・。
 「僕はね、最初に言ったんだ。僕を抱いてって。だって当然でしょう? そうしたら僕だって栄養がもらえるし、国光だってずっと頑張ってたって疲れちゃうよ。ちょっと位気分転換に気持ちいい事やったっていいじゃない。
  なのに国光は断ったんだ。『そんな事は出来ない』って。僕がどんなに理由訊いてもただその一点張りだった。
  だんだん衰弱していった。今回のみたいに病気うつされたワケじゃないからゆっくりだけど、それでも少しずつ。
  僕は泣きながら国光にお願いしたよ。それでも国光は頑として断った。
  最後に国光はこう言ったよ。怖い顔で。





  ――――――『お前は邪魔だ。天界に帰れ』って」





 場が静まり返った。見開いた目を交わす。
 何と言えばいいかわからずためらっていると、
 俯いた周助の目から、ぽろぽろと涙が零れ始めた。
 「言葉だけじゃない。表情だけじゃない。国光は本当に怒ってたんだ。心は嘘をつけないから。
  ずっと迷惑だったんだよ。そうだよね。何にも出来ないで、無神経な事言って、邪魔ばっかりしてさ。
  すぐに帰ったよ。これ以上邪魔しないように。これ以上迷惑かけないように。
  これ以上・・・・・・嫌われないように」
 そこで、周助の説明は終わった。後はただ、「ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」といった懺悔の言葉が繰り返されるだけ。きっと、言いたくて言えなかった言葉なのだろう。
 佐伯と千石の目に静かな怒りが込み上げる。珍しい事だ。この2人が本気で怒るなど。
 他人事のようにそれを眺め、
 結局最初に行動を起こしたのは跡部だった。無言のまま身を乗り出し、周助の頭を抱き寄せる。
 「景〜〜〜・・・・・・」
 肩を預け思う存分泣かせる。天仕ではないがその哀しみはしっかり伝わった。
 伝わった上で、





 ―――受け止める跡部の顔には、何も浮かんではいなかった。





―――3後