ここで誓う。
―――俺はぜってー、お前を幸せにする―――
Fantagic Factor
−幸せの要因−
3. 周助についての物語 <前編>
次の日。
「ずっと家ン中篭っててもクサるだけだろ。
どうだ周? 出かけるか?」
「うん!」
「・・・・・・・・・・・・で、なんでてめぇらがついて来やがる?」
「え〜? だって2人っきりでずるいよ〜」
「お前と周ちゃん2人にしておくと何が起こるかわからないからな」
半眼で跡部が後ろを向く。のんびりついてくる千石と佐伯を。
跡部は日曜なので普通に休みなのだそうだが、それを聞きつけ千石は切原とのレコーディングをすっぽかし、挙句佐伯はリョーガを脅しつけて休みをぶん取ったらしい。仕方ないので被害者の方が集まって『クサって』いるらしい。
「で、どこ行くの?」
人の感情の機微には敏感だが、彼らのこういったいがみ合いはいつもの事である。全く何も気にせず、周助は先を促した。
「そうだな・・・。んじゃ―――
―――ちっとテニスショップにでも行くか。ラケット預けたまんまだし」
ζ ζ ζ ζ ζ
そして来たのは・・・、
「ここ・・・?」
周助が不審げな声を上げた。無理もないだろうが。
《張辰》と看板の下げられたそこは、跡部の説明通りテニス用品の専門店である。ただしそう説明されないと、ちょっと薄暗めの駄菓子屋さんかと間違いたくなる位昔風情の店―――はっきりいってボロ店―――だった。
跡部がわざわざ行くにはとても合わないような気がする・・・。
そう顔に出す周助の頭をぽんぽんと撫で、
「ここの主人はガット張りの達人なんだ」
「ウッドラケット作りならもちろんオジイがダントツだけどな」
「はいはいサエくん、違う感想は入れない」
またしても話をわき道に逸らした2人を横目で睨み、
跡部は店を見上げた。
一言、呟く。
「それに―――
――――――ここにゃ旧友がいるからな」
ζ ζ ζ ζ ζ
「よおいらっしゃい」
「お久しぶりです」
店の引き戸を開ける。迎え入れてくれた主人に会釈をし、
「すみません。今日―――」
他に見当たらない人影に尋ねようとした跡部を遮り、主人が笑って首を振った。
「ああ、なんか臨時で授業入ったらしくてね。多分あと30分くらいしたら来るんじゃないかね」
「そうですか。ありがとうございます」
今度はお辞儀をし、跡部は後ろにいる3人に―――いや周助だけに―――向き直った。
「いねえらしいな。んじゃ他の―――」
トコ行くか。
言いかけたそれもまた遮られた。
「30分でしょ? なら待ってようよ」
「いいのか?」
「うん。僕も見てみたいし」
「アレ? 周くんテニスの事わかるの?」
それはそれで失礼な訊き方をする千石。実際言い終わった頃には跡部と佐伯に蹴りつけられていたが、周助にはただの疑問として受け取られたらしい。普通に返される。
「うん。以前担当した人がやっぱりテニスやっててね。その人に教えてもらったんだ。覚えるのが早いって誉められちゃった」
嬉しそうに話す。他のヤツの話など出され、特に跡部の表情が変わった事にすら気付かず。
周助が、下げられていたラケットに触れた。その顔に、僅かな哀しさが篭る。
「その人怪我しちゃってて・・・。自分のリハビリだって大変なのに、『テニスなら相手がいた方がいいだろう』って僕の面倒まで見て・・・。
わかってたんだろうね・・・。何にもしてあげられないで僕が落ち込んでた事・・・・・・」
「周ちゃん・・・・・・」
佐伯が手を伸ばしかけ・・・・・・やめた。きっと、今もまた彼は同じ悩みを抱えているのだろう。
(そんなに悩まなくても・・・。
いてくれるだけでいいのに・・・・・・)
きっと、その担当者も同じ気持ちだったのだろう。いて、笑ってくれればそれでいい。それだけが自分の願い。
ただ、どんな言葉にしたとしても、どんなに声を大にして叫んだとしても、彼にそれは通じない。むしろ逆に取られる。だから、その担当者はそんな手に出たのだろう。
誰も何も言えない内に、周助は1人で立ち直った。1人で・・・誤魔化した。
「だから、僕もテニスの相手は出来るよ!」
ほっ・・・と、安堵の空気が流れる。目配せするまでもなく、次の流れは決まっていた。
跡部がまた周助の頭に手を置き、
「んじゃ、後でストテニでも行くか。んで俺と組もうぜ周」
「え? ダメだよ跡部くん」
「そうだよ〜周ちゃん。コイツはダブルスのパートナーを叩きのめすのが趣味っていう味方キラーだから。組むんだったらぜひ俺と」
「ちょ〜っとサエくんも何さりげなく自分売り込んでんのさ。
周くん。一緒にやるんだったらこんな人たちより俺の方がいいよね〜?」
「ああ? てめぇら負け負けコンビが何ホザいてやがる。周、俺と組みゃ確実に勝たせてやるぜ」
「『確実にノさせて』だろ。お前みたいな危険物に周ちゃん任せられるか」
「てめぇが一番の危険物だろーよ」
「ほ〜ら俺ってば一番安全だよ?」
『お前/てめぇも危ない/ねーよ』
ごんがん!
またしても千石が殺られる。打ち合わせ0のショートコントに周助が笑おうとして・・・・・・
「こんにちは。遅くなってしまい申し訳ありません」
「いやいやいいさ。ああ、君にお客さんが来てるよ」
「客―――」
「よお手塚」
「・・・やはりお前か跡部」
「国、光・・・・・・」
入ってきた、3人と同じくらいの少年―――『くらい』どころか間違いなく同じだ。19歳。確認するまでもなく覚えている―――を見て、周助は思わず彼の名を呟いていた。
気付いたのは傍にいた佐伯と千石。話し掛けていた跡部は、周助の異変に全く気付かなかった。
「また来たのか。お前も相当に暇だな」
「暇じゃねえよ。忙しい合間縫って来てやってんだぜ? ありがたく思えよな」
「そんなに忙しいのなら他の者に頼めばいいだろう?」
「出来は自分の目で確認しねえとな」
「お前はそれ以外の時にもしょっちゅう来ているだろう?」
「いかにも友人少なさそうなてめぇの話相手にな」
「そう言って、お前が8割はしゃべっているように感じるが?」
「いいじゃねーの。仕事の邪魔はしてねえだろ?」
「はっきりと邪魔だ」
むっつりとした表情で言い切る手塚に、跡部がクックッと笑った。珍しい事だ。跡部がここまで楽しそうな様を表に表すなど。
それを見て、手塚がさらにため息をついた。
こんな態度を取りながらも、手塚も本気で不快なワケではない。跡部の言う通り、こんなに対等に気兼ねなく話し掛けてくる相手は稀少だ。自分相手に世間話―――さほど必要のない話を仕掛けてくる者というのは。
中学の頃の、あの一戦以来自分たちはこんな関係だ。何となく会いに行き何となく話す。そんな事が出来るほど、気を許し合った関係。
手塚が奥に入り・・・すぐに戻ってくる。手に1本のラケットを持ち。
「出来たぞ。これでいいか?」
「おう。ありがとよ」
差し出されたラケットを受け取り、跡部が視線を落とした。ラケットを細めた目で見、ガットを軽く叩き、グリップを握る。
「やっぱてめぇはいいな。俺の事を誰よりわかってる」
「・・・そうか」
互いを唯一無二のライバルだと認め合った自分たち。だからこそ、互いを一番よく知るのは互いでありたい。恋とはまた違うが、そこには一種の独占欲があった。
跡部からの最高の賛辞に、手塚も目元を緩めた。合わせるように、ラケットに視線を落とし―――
「周助・・・・・・」
―――その下、跡部の後ろで、隠れるように自分を見ている子を発見した。
「あん? 手塚てめぇ―――」
問いかけようとし、跡部もようやく気付いた。蒼い顔で視線を落とした周助が、縋るように自分の服の裾を握り締めていた事を。
一度口を閉じ、
「んじゃありがとな手塚。代金はいつもどおりだろ?」
「あ、ああ・・・」
「後で渡す。つけとけ」
「何・・・?」
「じゃあな」
反論する隙を与えず、跡部は周助の肩を抱きそそくさと―――する事を彼に期待してはいけない。誰がどう見ても堂々と店を出て行った。
ζ ζ ζ ζ ζ
さほど近くもない喫茶店に入り、頼んだココアを一口飲みようやく落ち着いたらしい。周助の顔に赤みが戻って来た。
「落ち着いたか?」
「うん・・・」
丸テーブルで正面に腰掛けた跡部に頷く。
「そうか」
こちらも頷き、跡部がアメリカンコーヒーを飲んだ。千石と佐伯も、それぞれクリームとキャラメルだのチョコだのの乗ったものをすする。人の金で飲める時一番安いアメリカンでは勿体無い!!
暫くはふはふやり、ずずず・・・とすすり、行儀が悪いと跡部に怒られ、はふはふやり・・・・・・
「・・・・・・なんも訊かないの?」
「言いたけりゃ話せ」
「あ、ちなみに話す時はゆっくりね」
「そうそう。そうすればおかわりが頼めるよ」
「ねーよおかわりなんぞ!」
「そうそう。ないからこそ好きに頼めるんだよ」
「え〜っと、じゃあ僕次はキヨの飲んでたのがいいな」
「あ、コレ?
―――おね〜さ〜ん。ウィンナーコーヒーキャラメルがけ1つと、あと俺フルーツタルトとカプチーノ下さい。味はシナモンの方で、絵はお姉さんの気持ちでvv」
「じゃあ俺は、ナポレオンパイとカフェラテ下さい」
「え〜っと僕は・・・・・・どれにしよっかな」
「ここみんな美味しいよ」
「特にオススメはフォンダンショコラかなあ・・・。ああ、でも周ちゃんココア飲んだしね。
じゃあアップルパイとかは?」
「いいね。じゃあアップルパイ下さい」
「てめぇらそれのどこが『おかわり』だ!!」
「まあいいじゃん。固い事は言いっこなしでさvv」
「ああそうか。じゃあ固てえ事は言わず全員食った分は自分で払えよ」
「くっ・・・!!
・・・跡部、俺のパイ1口食うか? それでぜひパイ代はお前に」
「とことん追い詰められてるねサエくん」
「は〜・・・。
わーったよここは俺のおごりだ。そんでいーんだろ!?」
『わ〜い♪』
「・・・・・・ったく。
ああ、俺にはフォンダンショコラとカプチーノに砂糖入れて下さい」
「お客様・・・、とことん疲れてます?」
「ああ・・・・・・いろいろな」
「・・・・・・絵はハートに《Fight!》とでも描きましょうか?」
ζ ζ ζ ζ ζ
それはそれとして。注文は全て来て、暫く甘さと美味しさを堪能して。
ようやっと周助が口を開いた。
「彼はね、僕が以前担当した人だよ。
担当して、失敗した――――――幸せに出来なかった人」
場が、沈黙で満たされた。
「じゃあもしかして、テニス教えてくれた以前の担当者って・・・」
千石の質問に、周助がこくりと頷く。
「怪我してリハビリ中・・・。中3の関東の時か・・・」
「そういや手塚から1回聞いた事あるな。テニスのいいリハビリ相手見つけたって。素人だが覚えがいい。一緒にやる分には丁度いい、ってな・・・。
―――氷帝[ウチ]は関東負けだったし、俺が付き合おうかとも思ったがどうせ断るだろうし、そんで止めたんだよ」
手塚をそれだけの状態に追い込んだ跡部。手塚も覚悟の上だったし、決して悪い事をしたとは思わないが―――それでも復帰出来るよう全力を尽くすつもりだった。
が、
「お前が相手ねえ・・・。そりゃ断るよな手塚も」
「るっせーな。だから言わなかったっつってんだろ」
普通の状態での練習ならともかくリハビリの相手。跡部にとっては相当加減する事になるだろう。
他の相手ならまだしも、ライバルだからこそ相手の実力を落とすような真似はしたくない。たとえ親切心によりだとしても。
そんな手塚の考えを先回りしての行動。その結果が、他の者に座を取られた。跡部はどんな気持ちで手塚の話を聞いていたのだろう。
・・・・・・答えがだいたいこの辺りだろう。周助相手にすら、わずかな愚痴を零してしまうほど。
それでも渦巻く感情を制御したか、それとも周助も自分の考えに浸って気付かなかったからか、何も反応されないまま独白に近い説明が続けられた。
「肩を壊して、大好きなテニスを出来なくなっちゃったから。悲しんでるから慰めてあげてって、そのために来たんだ。
けど違った。国光は悲しんでも諦めてもいなかった。苦しくて、辛くって。でも絶対もう一回テニスをやるんだ―――もう一度決着をつけるんだ、って。
弱音も吐かないでリハビリに励んでた」
「手塚が? ンな事言ってたのか?」
常にないほど興奮した様(とはいえそれを表に出す事はないが)で喰らいつく跡部に、周助は複雑な表情を見せ、
「言って・・・・・・は、いないかな。伝わっただけだ。強い心が。
うん・・・。よく伝わったよ。何とか出来るのは彼自身。僕には何もしてあげる事が出来ないって事が。
後はさっき言った通り」
「なるほどな。それでリハビリの相手か」
「手塚くんらしい気の使い方だね。しかもさっきの、ちゃんと口調真似してたんだ。てっきり無駄な修飾詞省いたのかと思ってたよ。
けどそれで何で失敗になんの?」
全く口調も雰囲気も変えずさらりと核心を突いた千石の質問に、跡部と佐伯が厳しい眼差しを飛ばす。
これには気付いたらしい。周助が笑って2人をなだめてから、
「今回と同じだね。僕が体調崩したんだ」
「栄養補給・・・・・・」
呟く。自分へ向けられた心を喰らい命を繋ぐ天仕。その伝え方は様々ながら、周助は自分たちと出会うまで『SEXをする事で与えられる』としか知らなかった。
果たして手塚はどうしたのか・・・・・・。
「僕はね、最初に言ったんだ。僕を抱いてって。だって当然でしょう? そうしたら僕だって栄養がもらえるし、国光だってずっと頑張ってたって疲れちゃうよ。ちょっと位気分転換に気持ちいい事やったっていいじゃない。
なのに国光は断ったんだ。『そんな事は出来ない』って。僕がどんなに理由訊いてもただその一点張りだった。
だんだん衰弱していった。今回のみたいに病気うつされたワケじゃないからゆっくりだけど、それでも少しずつ。
僕は泣きながら国光にお願いしたよ。それでも国光は頑として断った。
最後に国光はこう言ったよ。怖い顔で。
――――――『お前は邪魔だ。天界に帰れ』って」
場が静まり返った。見開いた目を交わす。
何と言えばいいかわからずためらっていると、
俯いた周助の目から、ぽろぽろと涙が零れ始めた。
「言葉だけじゃない。表情だけじゃない。国光は本当に怒ってたんだ。心は嘘をつけないから。
ずっと迷惑だったんだよ。そうだよね。何にも出来ないで、無神経な事言って、邪魔ばっかりしてさ。
すぐに帰ったよ。これ以上邪魔しないように。これ以上迷惑かけないように。
これ以上・・・・・・嫌われないように」
そこで、周助の説明は終わった。後はただ、「ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」といった懺悔の言葉が繰り返されるだけ。きっと、言いたくて言えなかった言葉なのだろう。
佐伯と千石の目に静かな怒りが込み上げる。珍しい事だ。この2人が本気で怒るなど。
他人事のようにそれを眺め、
結局最初に行動を起こしたのは跡部だった。無言のまま身を乗り出し、周助の頭を抱き寄せる。
「景〜〜〜・・・・・・」
肩を預け思う存分泣かせる。天仕ではないがその哀しみはしっかり伝わった。
伝わった上で、
―――受け止める跡部の顔には、何も浮かんではいなかった。
―――3後へ