1.the Reasons for Smile
〜この喜びを君にもあげたくて〜
潜入、発覚、そして黙認
「あの、働き手募集ということでこちらへ伺ったのですが・・・・・・」
『はい。ではお名前をお願いします』
「周、と申します」
『では周さん、こちらへお入りください』
「はい」
(まずは潜入成功、かな・・・・・・?)
開かれた門、豪勢な屋敷を前に、不二は口の中で呟いた。ここは氷帝帝国王子・跡部景吾の屋敷。とても人1人を住まわせるためのものとは思えない大きさにはさすがに口が開く。自分達一家が住む屋敷とほとんど同じくらいだ。
(で、この中には―――)
などなどのんびり考えられるのはもちろん・・・・・・・・・・・・全然中へと辿り着けないからだ。
一応周りは観察しつつも決して遅くはない足で10分ほど歩いた後、ようやく入り口へと辿り着く。
ノックをしようとし―――
「―――ああ、君がウチに働きに来た人かな?」
それより早く扉が開いた。現れたのは自分と同じ程度の年の、銀髪の少年。来ている服からして執事[パトラー]だろう。
気品溢れる―――はっきり言って雰囲気だけなら執事というより既に王子だろう。先に本人の噂を聞き、さらに普段それを見る側として執事の服装を知らなければ、彼が『跡部景吾』だと間違えていたかもしれない―――彼に促されるまま、不二は丁寧に頭を下げ・・・・・・ようとして・・・・・・・・・・・・
「サエ!?」
「え・・・?
―――周ちゃん・・・・・・?」
2人で硬直する。
彼―――佐伯虎次郎は不二家で働いている使用人の子どもである。お互いの呼称でわかるように、2人は幼い頃からまるで兄弟のように一緒にいた。
・・・・・・佐伯が勉学目的で他国へと留学するまでは。
予想外の幼馴染との再会。一瞬そこだけ時間が巻き戻される。が、
とりあえず正気に戻ったのは佐伯の方が先だった。
分厚い絨毯に足音を消されつつもそれ以上に目立つ、バケツに跳ねる水音を正確に聞き分け―――
「周ちゃんちょっとこっち来て」
「え・・・? あ・・・・・・」
不二を抱きかかえる勢いで一番近くにあった部屋へと滑り込んだ。
鍵をかけ、バレなかった事に一息つく。腕の中で不二もまた安堵のため息をついていた。
抱き締めたまま、髪を軽く梳く。小さい頃はこうやってやると不二は落ち着いた。
今もそう。体重をこちらに預け、とろんと眠そうに瞳を細めて。
「まあ、事情は聞かなくても大体わかるけどさ・・・、
相変わらずムチャなことするね、周ちゃん」
「うるさいな。だって姉さんが心配だったんだから」
「由美子さんなら大丈夫だって思うけど・・・・・・」
「それは僕も思うんだけど・・・・・・・・・・・・」
「ダメじゃん」
「だから言ってんじゃん」
「開き直るなって」
「うるさいな」
「結局そこに戻るワケ・・・?」
彼の無謀さ加減はいつものことだ。そして家族思いなところも。
だからこそこんな王子自らの敵情視察についても佐伯は特に何も言うつもりはなかった。
「で、『名前』は?」
「周」
「まんま?」
「の方がわかりやすいでしょ? 不自然でもないし」
「そりゃごもっとも」
名前をほとんど変えないのは、とっさに呼ばれた際対処しやすいようにだ。ヘタに変えると反応が遅れ不自然さが出る。そして青学の伝統がここで役に立つ。子どもは外交には参加しない。だからこそ自分の名前はそうそう知られていない。
さすがに名字は言わないが、これも特に不自然ではない。さして安全性が確保されているわけではない世の中、小さい頃親を無くしたり離れ離れになったりで名字のない者は割と多い。しかもこれらはおおむね事情ありのため深く突っ込まれることはない。
「もちろん採用決定でしょ?」
「メイドでいいならね」
「え・・・・・・?」
にっこりと笑う不二ににっこりと笑い返す佐伯。誰しもが見惚れるその笑みで語られら事に、不二は笑みのまま固まった。
「サエってそういう趣味?」
「なんでだよ」
「ああ、跡部景吾の方か」
「仮にもこれから『ご主人様v』って敬うヤツへそういう発言はどうかって思うよ」
「何でハートマーク・・・?」
「まあ気分かな? それはともかく。
一応幼馴染としての忠告だよ。あんまり向こう舐めない方がいい。頭の回転は恐ろしくいいし人間観察はお手のものだ。『不二家長男』の存在程度はもちろん知ってるだろうし、実際会ったら多分一目でバレる。
けど逆に女性だったら? 『不二家』の女性はもちろん由美子さん1人。第一王位継承者にして結婚準備に忙しい由美子さんがこんなところにいるわけがない。その上もし疑われても絶対違うって言い張れる。なにせ本当に違うんだから。
それに―――」
にやりと笑い、続ける。
「今跡部家[ウチ]はメイドが足りなくってね。募集要項にも『働き手募集 特にメイド』って赤字で書いておいたはずだけど?」
「嘘!?」
佐伯の元から離れ、不二が急いで鞄の中を開けた。書いていなかったはずだ。そんな事は―――
「嘘じゃないって。ホラ」
それが見つかるより早く、佐伯が懐から同じ紙を出してくれた。そこには・・・
「な?」
「ホントに・・・・・・?」
笑って指し示される通り、確かに書いてあった。それも本気でわざわざ赤字で。
「生憎と執事は優秀なのが揃ってるからね。でも代わりにメイドがいなくってさ、困ってたんだよね。やっぱあいつの横暴ぶりについていけないみたいで」
「むしろこういう職場内苛めが多いからじゃない?」
「ははっ」
不二の半眼での突っ込みをさらりとかわし、佐伯は彼の頭をもう一度ぽんぽんと叩いて扉を開けた。
「そこにメイド服入ってるから。着替えたら出てきて。部屋案内するよ。
じゃ、これからよろしく。『周』」
「こちらこそよろしくお願いします。『佐伯さん』」
手を振り出て行く佐伯へと皮肉を飛ばし、不二は言われるがままにメイド服を着込んだ。
(よかった・・・。意外と丈長い・・・・・・・・・・・・)
そんな事に心底安心しつつ。