1.the Reasons for Smile
                〜この喜びを君にもあげたくて〜






  みっしょんスタート!(前編)


 国は違えどメイドの仕事は同じらしい―――当り前だが。
 今まで自分の家で見ていたからこそ、不二はさして苦労もなくメイドの仕事に入ることが出来た。
 そして、早くも仕事に慣れた就業2日目―――



 ついに屋敷の当主、跡部景吾が帰ってきた。





ψ     ψ     ψ     ψ     ψ





 表に車の止まる音がする。
 『お帰りなさいませ、跡部様』
 ぴったり揃った声。まるで寸分のズレも許さないといったそれに、中での緊張感も高まる。
 「まあ・・・・・・ホンマにずれたら怒るヤツやからなあ・・・・・・」
 扉の中、ホールにてこちらも準備しつつ同じく緊張する不二に、隣から声がかかった。まるで心を読んだかのような台詞だが―――
 「そう顔に書いて心配せんと」
 「そんなに顔に出てましたか?」
 「そらしっかりと」
 にやりと、執事姿の男―――忍足が笑った。『わからない事あったらそこらへんにいる人たちに聞いたらいいから』と佐伯に言われてはいたが、忍足はわざわざこちらが尋ねるまでもなく様々な事を教えてくれた人だ。自分と同じ年で、執事頭を務めているという。
 『心配』の一番の理由はもちろんこれから現れる“跡部景吾”がどんな人物なのか、なのだが・・・・・・よくよく考えてみればいきなりつまらない理由で怒らせて辞めさせられたりなどすれば潜入捜査ができなくなる。
 それをどこまで分かっているのか、苦笑する彼。
 「それだけで辞めさせる程無能やあらへんから、アイツも。アイツが辞めさせるんはホンマにどーしよーもないヤツや。まあそないなヤツは入り口で佐伯のチェックに引っかかるんやけどな」
 「そういえば、サエ―――佐伯さんって、どういう立場の方なんですか? 新しく入った人を審査するとなると、やはり相当地位が高いんでしょうか?」
 昨日から気になっていた事だ。自分のメイドの件に関しては佐伯の完全独断である。主人不在とはいえ、普通新入りを雇うとなればそれ相応の手順は必要となるだろうに。仮にも何もここは次期王の住まう家。変な輩―――それこそ自分のような他国からのスパイを入れてしまえば取り返しがつかないというのに。
 自分で切り出しておいてなんだが、佐伯の地位がそこまで高いとはとても思えない。佐伯が青学を出てまだ
10年も経っていない。使用人としてもっと長い―――プロたる人は大勢いるだろう。そもそも佐伯は執事になるためにここへ来たわけではない筈だ。
 見た目きょとんとした不二に、忍足は中身付随できょとんとした。
 「なんや。アイツ説明しとらんかったんか」
 「え? 説明って―――」
 尋ねる不二だったが。
 忍足はそれには答えず、軽く肩を竦めてみせた。
 「まあ答えはすぐわかるで。佐伯がこの屋敷で全権握っとるそん理由[ワケ]はな」
 「全、権・・・・・・?」
 「せや。追い出されとうなかったら跡部よりむしろ佐伯にコビ売っとくといいで。即座に追い出されおるから
 「それじゃ意味ないんじゃ・・・・・・」
 「ないで。それなんにそう勘違いするアホが極まれ〜におるからな。一応注意しとくわ。
  跡部にも佐伯にも気にいられたいんやったら最低限自分の仕事はきっちりこなしとき。それが出来て当り前、の2人や。その上で何かして初めて目に入れてもらえるで」
 「なるほど」
 忍足の説明についつい苦笑が洩れる。
 (変わってないなぁ・・・・・・)
 跡部の方はどうかは知らないが、佐伯に関しては青学にいた時となんら変化はないようだ。特に厳格な家に育ってきたという事ではない。一応自分は王家の人間としてある程度は教育されてきたし、それに佐伯も付き合ってはいたがそこまで厳しいワケでもない。つまりはただの性分だろう。だからこそ―――どこへ行っても変わらない。
 「そういえば―――」
 ふと思う。その佐伯はどこにいるのだろう?
 外への出迎えにはいなかった。今見回してみてもあの目立つ銀髪頭はいない。いや銀髪で背の高い執事というカテゴリーでは他にもいるが、佐伯自身はいなかった。
 が、それを尋ねるより早く。
 「お、噂をすればっちゅーワケやあらへんけど、入って来おったで」



みっしょんスタート!(後編)