1.the Reasons for Smile
                〜この喜びを君にもあげたくて〜






  みっしょんスタート!(後編)


 『お帰りなさいませ、跡部様』
 入って来たのは、自分とそうそう年の変わらない少年だった―――そういえば本当に自分と同じ年だったか。
 「帰って来たぜ」
 軽く腕を開き挨拶らしきものをする“跡部景吾”。さすが次期王と言わんばかりの威厳と風格。いや・・・
 彼は決して重苦しい空気を引きずっていたり老獪だったりするわけではない。その辺りを期待するのならばそれこそ彼より佐伯の方が適しているだろう。むしろ逆だ。若者特有というと暴言だが、一見荒々しく、しかし洗練された雰囲気を纏っている。そんな筈はないのにまるで彼だけスポットライトを浴びているようだ。
 (へえ・・・、あれが、ねえ・・・・・・)
 『わがままでナルシーで俺様至上主義で逆らう奴は容赦なく潰して―――』
 噂は一部訂正するべきか。彼がそうするというより周りがそれをさせる。それを許す。いや―――
 ―――それに従う。
 逆らえない何かがある。次期王として、主人としての権威ではない。彼は恐らく天然の―――生まれついての支配者だ。だからこそ誰もが従う。こうやって、彼の帰館に対し一同で出迎え、頭を下げる。慣習や仕事の一部としてではない。誰もが自ら望んで今この場にいる。そう、誰もが――――――
 (――――――あれ?)
 となると尚更佐伯がこの場にいないのがおかしい。彼はなぜこの絶対権力に従わない?
 考えうるものとしては・・・
 (従わないから同等の権利を得ている?)
 意外とありうるかもしれない。佐伯は柔軟なようでいて芯が硬い。一度反発すると決めればそれを変えるのはあの跡部とはいえ難しいであろう。ドロ沼の試合になるのならいっそ『支配』ではなく『共存』を求めた方が早いと判断したか。意地で自分に従わせようとする程彼も愚かではあるまい。もしもそうなら個人の自立度が高いこの国で絶対王候補―――どころか次期王ほぼ確定になどなるわけがない。
 と、
 「あれ・・・・・・?」
 今度はさすがに声に出た。どこからともなくふらりと現れた佐伯が、使用人たちによって作られた道、その中央に進み出たのだ。
 「あん?」
 目を細める跡部の前で、佐伯が膝を折った。
 左手を胸元に当て、片膝をつき頭を下げ。
 「お帰りなさいませ、景吾様。お仕事お疲れ様でした」
 「・・・・・・・・・・・・」
 (・・・・・・・・・・・・あれ?)
 従順に従う佐伯。
 跡部はそんな彼に、
 
ごすっ
 「開口一発嫌がらせかてめぇは」
 かかと落としと冷めた一言を与えた。
 「酷いな。みんなやってるから倣っただけだろ? お前がいつも『てめぇもたまには他のヤツと同じ事しろよ』なんて言うから従ったのに。というかかかと落としならせめて靴脱いでやってくれ。お前の靴かかと固すぎ。本気で泣くかと思ったじゃん」
 「そっちかよ言いてえのは。つーか説得力ねえよ」
 一応頭はさすっているものの苦笑する彼からはとても『本気で泣くかと思った』とは思えない。
 が、彼はさらに『本気で〜』から遠のいていった。
 手と前髪で片目を隠しながらも、もう片方の目に冷たい光を灯す。
 「大体嫌がらせなら『開口一発』じゃない。『現れた瞬間から』だ。
  お前のために作られた道をお前より先に踏み込むっていいよな〜」
 「で、次も足がいいか? それとも手か?」
 ばきぼきと骨を鳴らしつつそんな物騒な事を言ってくる跡部。むやみにみなぎる殺気(いや原因はしっかり佐伯が作ったが)を、佐伯は片手をぱたぱた振って軽くあしらった。
 「はいはい、そんなのどうでもいいからさっさと渡すモン渡してくれ。俺達みんなお前ほどヒマじゃないんだよ。さっさと仕事に戻りたい」
 「ああ?」
 いきなり話題を振られた『俺達みんな』―――使用人たちが、跡部の睨め付けを前に佐伯を真似るように、しかし遥かに大きくバタバタと両手と首を振っていた。
 結局1周した跡部の視線が佐伯へと戻る。
 ため息をついて、脱いだ上着を振られる手にかけた。
 「てめぇのどこが忙しいんだよ」
 「お前のお守りにな」
 「ざけてろ」
 切り捨て、ようやく跡部が止まっていた足を前へと進めた。と、
 「ん?」
 (やばっ・・・!)
 2人のやり取りをずっと見ていた不二は、見事前を向いた跡部としっかり目を合わせるハメとなった。
 「オイてめぇ」
 話し掛けられ、ブンブンと周りを見回す。見回すが・・・・・・
 忍足を始めとした他の人たちは「あ〜終わった終わった」とばかりにとっとと元の持ち場へと戻っていた。
 (裏切り者〜〜〜・・・!!)
 何をどう裏切ってるのか不明だが心の中でそんな呪詛を上げる不二。みんなの消えた方を向いたままやはり心の中で泣く彼へと。
 「そこのメイド! てめぇだてめぇ。てめぇ新入りか?」
 「あ、は、はい!
  昨日よりこちらで働かせて頂く事になりました、周と申します。跡部様、よろしくお願い致します」
 右手を胸に、左手でスカートの裾をつまみお辞儀する。自然下を向く彼は見ていなかったが。
 「ほぉ・・・・・・?」
 細まった跡部の目がそんな彼を見下ろし―――さらに佐伯へと向けられた。
 顔は不二に向けたまま、視線だけを跡部へと移す佐伯。その顔に浮かぶは笑み。
 「―――ま、せいぜいしっかりやれよ」
 「はい」
 かけられた言葉に不二が顔を上げる。その時にはもう跡部は彼の前を通り過ぎていた。
 さり行く後ろ姿に向け、今度は深く礼をする。礼をし、
 (さ、て。いよいよ捜査開始か・・・・・・)





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 「『アレ』が、不二家長男だ・・・ってか・・・・・・?」
 「そうだよ? ま、気付いてなかったってワケじゃないだろうけど」
 「顔・・・、母親に似てるし物腰もただの平民じゃねえ・・・・・・。その上・・・・・・てめぇが勝手に入れたとなりゃ裏がねーなんつー事、ねえだろ・・・?」
 「酷いな。信用ないのかよ?」
 「ねえよ・・・・・・。大体なんでメイドなんだよ・・・。ウチに足りねーのは執事だ。メイドは事足りてんだよ・・・・・・」
 「未来の花嫁のイメージ像? 由美子さんもそうそう周ちゃんと似てなくもないし」
 「なんで・・・・・・てめぇンな事知ってやがる・・・・・・?」
 「言ってなかったか? 俺元々青学人だぜ?」
 「そりゃ聞いた・・・・・・。だがあそこはガキは表に出ねえんだろ・・・・・・?」
 「それは失礼いたしました。よくご存知で。
  俺は不二家で働くメイドの息子だからね。小さい時から―――っていうか周ちゃんが生まれた時から一緒だったからよく知ってるよ。
  周ちゃんに関しては、青学にしては珍しい性格、とでも言っておこうかな。まあ周ちゃんだけじゃなくって不二家姉兄弟[きょうだい]はね」
 「ま、だろうな・・・・・・。じゃなけりゃ突撃捜査なんてしねえだろ・・・・・・」
 「よっぽどお前青学で信用されてないみたいだな」
 「うっせえ・・・・・・」
 「でも―――そういうの嫌いじゃないんだろ?」
 「他のヤツに任せてんだったら・・・即座に追い出そうかって思ったけどな・・・・・・」
 「周ちゃんの独断みたいだね。相変わらず無謀なこと考えるよ。でもって家族思いなのも相変わらず。ホンット、変わってないなあ・・・・・・」
 「てめぇ佐伯・・・・・・。なんのつもりでアイツ入れやがった・・・・・・?」
 「あれ? ヤキモチか?」
 「ンなワケね―――ん!!」
 「残念。期待しちゃったじゃん」
 「くだんねー話はもういい・・・。さっさとやれ・・・・・・!!」
 「はいはい」



2.恋愛トラップ













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 ―――はい。以上、1の『
the Reasons for Smile』でした。そしてこの1〜4のタイトル、キスプリ&ラブプリの曲からパクってます。1はキスプリの不二先輩の曲『笑顔の理由』より。まんま英語版でしたな。そしてこのタイトル、不二先輩の歌だというのに一体誰の事を言っているのか、まあそんな議論に結論がつくのは§0全てが終わってからのようです。

2004.1.3