2.恋愛トラップ
〜陥れられたのは〜
間違いだらけの使用人生活1 普通の使用人の場合
次の日から。
なんだか不二はかなり特殊なものを見せられていた。今までの自分の常識が打ち破られていく。
「周、自分手ぇ空いとるか?」
「はい。空いてます」
「せやったら向こうに食事運んどいてくれへん?」
「はい」
忍足に言われるまま、向こう―――跡部らの元へ、食事を運んでいく。跡部『ら』。長細い食卓の頂点、いわゆるお誕生日席につく跡部の斜め前では、なぜか佐伯まで席についていた。
カートに載せられた食事を見下ろす。片方はオードブルから綺麗に盛り付けられ、もう片方は大皿にまとめて盛り付けられ。実のところ同じ皿でありながらソースなどが混ざらないよう工夫されている佐伯の(だろう)方が手は込んでいるのだろうが。
「お食事お持ちいたしました」
とりあえず言われた通り運んでいく。跡部の前にオードブルの皿を置き、そして佐伯の―――
「おい」
「え・・・?」
「俺様の皿を並べ終わらねえ内に使用人の方を並べるってか?」
「えっと、それは・・・・・・」
トントンとテーブルを指で叩きこちらを見上げる跡部に、不二が困り果てて根を上げた。オードブルから全て乗ったカート。この時点でおかしいのだ。普通温かいまま、または冷たいまま食べられるように1品ずつ順番に出されるものだ。だからオードブルだけ出し後は食べ終わるタイミングを計り持って来直そうとしたのだが・・・・・・。
う〜〜んと見た目にわかりやすく悩む不二に助け舟が入る。笑いながら佐伯がカートとテーブルを指差し、
「全部出しちゃっていいよ。何回も来るの面倒だろ?」
「『面倒』かよ。よりによって」
「間違ってはいないだろ?」
しれっと言い切る佐伯に跡部が呆れ返ってため息をついた。
「では・・・」
一応控えめな確認を取り(あからさまに取ると怒られそうな気がしたため)、お皿を全て並べる。その後佐伯の分も置き、
「ごゆっくりどうぞ」
不二は一言挨拶をし、壁際まで後退した。後退して・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・てめぇ、そこで何やってやがる?」
「え? ご入用の際いつでも―――」
「うぜえ」
「・・・・・・・・・・・・」
一言で切られ、微妙に悲嘆に暮れる。
そんな不二は放っておいて、跡部が食事を始める。なぜか佐伯はこめかみに指を当てため息をついていた。
「あのさあ景吾。お前・・・・・・通訳のいらないしゃべり方って出来ないのか?」
「ああ? 何言ってやがる」
「いいけどさ。とっくにわかってた事だし。
―――周。今、手空いてるんだろ? こっち来て一緒に食べないか?」
「え・・・?」
普通はあり得ない誘い。使用人と一緒に食事をする主人などどこにいる?
(・・・って、それならなんでまずサエと一緒に食べるんだろ?)
昨日の態度といいこれといい、妙にフランクだ。別に佐伯は礼儀を知らないわけじゃない。それはそうだ。生まれた時から王家に仕える使用人の息子として自然とそれなりのものを身につけている。確かに自分に―――自分たち姉兄弟に対しては普通に接してくるが、それは互いがそう望んだからだ。クドいが決して佐伯が礼儀知らずなわけではない。
(でも、忍足君も言ってたっけ。サエがこの屋敷で全権握ってるって。後で聞いておかなきゃ)
などという不二の思惑。どこまで理解したのか、佐伯が笑って説明する。
「今はたまたま俺とコイツしかいないけどさ」
「主指して『コイツ』扱いかよ」
「時間空いてる時はみんな一緒に食べるんだよ。主人も使用人も関係なしに。それが跡部家[ここ]のお約束。ちなみに俺は必然的にコイツと時間がかち合うからいつも一緒にいるだけ」
「必然的に、ですか?」
「ああ、そういえばまだ言ってなかったっけ。俺はコイツの生活全般の専属執事だから。寝食共にしてモーニングキスからお休みの子守唄まで―――」
「されてねえよ!」
佐伯を殴りつつの跡部の肯定(一応。おおまかなところは否定していなかった)。確かに人の世話をするには2通りの方法がある。1つはその場面ごとに世話係を設ける事。悪く言えば流れ作業だが、各作業でプロたる存在が出来るため特に大勢を裁くには丁度いいだろう。2つはそれこそ1人に対し1人ないしはそれ以上をつける事。その人において全体が見れるため応用が利くし、親密な関係になりやすい。世話する人数が多ければそれ以上の人数を割かれるというデメリットがあるが、この家のように主が1人きりならばむしろこちらの方が適しているだろう。それに自分のようにきょうだいなどいればともかく、跡部はここで1人だ。孤立する恐れがある。それを防ぐためにもこの仕組みはいいのかもしれない。
(とも、限らないのかな?)
―――『時間空いてる時はみんな一緒に食べるんだよ。主人も使用人も関係なしに。それが跡部家のお約束』
出迎え時の様子から考えるに、ここは主人と使用人の垣根が低いらしい。佐伯の態度がやけにフランクなのもこの辺りが影響しているのかもしれない。
現に・・・・・・
「あ、跡部さん、佐伯さん。ご一緒していいですか?」
「よお跡部。隣座るぜ」
「おお、宍戸、鳳」
「あれ? 2人とものんびりしてていいのか? さっき走り回ってなかったか?」
「あ〜あれか。おかげで腹減った〜」
「宍戸さんがそう言うもので」
「ああ? 長太郎、お前だって疲れたっつってただろーが」
「俺はそんな事言ってないっスよ。ねえ佐伯さん」
「いや・・・。俺に同意求められても」
「宍戸。てめぇまた何かやったのか? アーン?」
「やってねえよ! つーか大体『また』って何なんだよ!?」
「てめぇの失敗なんざ挙げりゃキリがねえ」
「くっそ〜・・・! お前後で見てろよ。ぜってーその態度改めさせてやる・・・・・・!!」
「おい鳳、お前んトコのがきゃんきゃんうっせーぞ」
「俺は犬か!!」
「どーどー。駄目ですよ宍戸さん」
「お前も馬扱いすんじゃねえ!!」
「そうそう。やっぱ宍戸は犬だろ。それで景吾と吠え合って―――」
「俺まで犬扱いすんじゃねえ!!」
・・・・・・・・・・・・本当に垣根は低いらしい。この会話だけ聞くと誰が主人で誰が使用人だか極めて謎だ。
何とも反応しようがなく立ち尽くしていた不二に、鳳が笑顔を向けた。
「ああ、周さん、ですよね。お昼まだでしょ? ご一緒にどうです?」
言い、佐伯の隣の席に彼のものと同じ大皿を置く。
「囲む奴は悪りいがメシは美味いぜ。なにせじゃねえと跡部がうっせーからな」
「ついでに盛り付け法が規格外だけど、この辺りは給仕の苦労を考慮してくれると嬉しいかな? 全部違う皿に盛ると洗い物が凄まじい事になるんだ」
宍戸と佐伯がさらに続ける。その間にも後から来た2人は本当に跡部の隣(斜め前だが)に座り食事を食べ始めた。
自分だけ頑なに遠慮するのもどうかと思い、
「じゃあ、失礼します」
軽くお辞儀をし、不二は佐伯の隣に腰を下ろした。
ψ ψ ψ ψ ψ
「思ったんだけどよ・・・・・・、不二家―――つーか青学って、結構方式とか格式とか違うのか・・・・・・?」
「違うな。かなり。
でも言い直したって事は、お前のってやっぱご両親の影響か?」
「まあ・・・・・・、母さんと、あとあのスチャラカ親父のまんまだな・・・・・・。くっそ・・・、ぜってーああはならねえって決心してたってのに・・・・・・!!」
「はあ。まあ確かにお前がああなったらそれはそれで怖いけどさ。
―――で、どうだ?」
「とりあえず結婚後もそっちの方式は遠慮する。人に見られて食事ってのは落ちつかねえし、ンなのに人裂くんじゃ労働力の無駄遣いだ」
「じゃなくって。『周』の方は?」
「ああ、アレか。
まあいいんじゃねえの? 仕事はそこそこ出来てるみてえだし」
「ふーん。結構冷めたコメントだな」
「俺が結婚すんのはアイツじゃねえ」
「ご尤もで」
「ん・・・・・・。
はぁ・・・・・・、いきなり・・・始めんじゃねえ・・・・・・!」
「あれ? もう重要会議は終わっただろ? それに昨日はさっさとやれとか言ってたじゃん」
「てめぇ・・・・・・後で見てろよ・・・・・・。その態度、ぜってー改めさせる・・・・・・」
「ホラやっぱ宍戸と同レベル」
「うっせ・・・・・・。
―――う!」
「『じゃあ始めるからな』。はい、断ったぞ」
「遅せえよ・・・」
「ワガママ」
「そりゃてめぇだ!!」