2.恋愛トラップ
〜陥れられたのは〜
内の内―――不可侵領域
跡部―――と佐伯の部屋を掃除し、次いで真向かいの正真正銘佐伯の部屋へと入り、
「全然使ってない・・・・・・」
さすがに持ってきた荷物がそのまま広げもせず―――などという事はなかったが、それでもベッドの皺なんかはもとより、家具にも絨毯にも最近ついた傷は一切ない。試しに棚を開く。ある意味跡部の思想を最も反映させたのはこの部屋か。中には何も入っていなかった。
完全に跡部の部屋に入り浸っている何よりもの証拠だ。
一応それでも掃除をし・・・・・・はっきりいってむしろ掃除したほうが汚くなるんじゃないかと疑いたくなるほどの綺麗さだったが・・・・・・佐伯の部屋を後にする。
跡部の部屋に戻ろうかそれともどうしようかとその場で立ち尽くしていると、
「―――何? 自分えろう珍しいトコおるなあ、周」
こちらも丁度通りかかったらしい忍足に声をかけられた。
「忍足さん・・・・・・」
「どないしたん? あんまそっち行きおっても仕事あらへんやろ?」
「佐伯さんに頼まれて・・・。今日1日景吾様のお世話をするようにと」
それを聞いて、忍足の顔にもまた跡部と同じ類の驚きが浮かんだ。今度はしっかりと見る事になった不二。きょとんと問いた。
「あの、何か・・・・・・?」
「ああ、いや、別に何でもあらへん。
は〜、さよか・・・。自分えろう佐伯に気にいられとるようやなあ・・・・・・」
「え・・・?」
わけがわからずますます混乱する。が、今度は完全に無視する形で忍足は質問を重ねた。
「で、アイツの部屋入りおったん?」
「どちらの、部屋・・・ですか?」
「せやな。そういや両方あったか。
跡部の部屋の方や。まあ2人の、っちゅーんが1番正しいんやろうけど」
「それなら、入りました」
「どうやって?」
なぜか跡部と同じ質問をしてくる。それにも疑問を覚えつつも、とりあえず不二は訊かれた事に答えた。
「佐伯さんにカギを開けていただき・・・・・・」
「佐伯が、なあ・・・。またアイツもワケわからん事を・・・・・・。まあ跡部がやりおったんやないとは思っとったけど・・・・・・」
「あの・・・・・・」
「ああ、いや、別に何でも・・・・・・。
――――――やっぱ言っとくわ」
なぜかいきなり意見を変える忍足。腰につけていたカギの束を外し、リングごと不二に差し出す。
「これ・・・・・・」
「見て・・・・・・多分わからへんやろうから正解言っとくわ」
「―――景吾様のお部屋のカギ、ありませんよね」
「な・・・・・・!?」
じゃらじゃら50本以上のカギの束。外しもせず数秒見ただけでぴしゃりと正解を言い当てた不二に、忍足が口を開いて驚いた。
「景吾様も、忍足さんもカギの事を口にしましたから、もしかして特殊なものなのかな、と思って」
「正解や。よう気付いたなあ。偉い偉い。
せやけど―――やっぱ跡部も訊きおったか。ホンマ、佐伯何考えとんねん・・・・・・?」
「じゃあやっぱり、あの部屋のカギを持っているのって・・・・・・」
「せやな。『住人』だけや。俺も使用人頭なんてやっとるけど、あの部屋のカギだけは持っとらん。
ちゅーワケであそこは立ち入り禁止や。ついでに言うと跡部の事下の名前で呼ぶんも家族除いたらアイツだけやで。
まあ、どっちも別に決められた事やのうてただの慣習―――ちゅーかそれこそ暗黙の了解言うやつやけど」
「え、じゃあ―――!!」
本気で自分はとてつもなく失礼な事をやってきたらしい。青ざめる不二に、
「せやけど佐伯が言いおったんやろ? せやったらええんとちゃう?
何か後で文句言われたら佐伯に言われた言い張っとき。佐伯が殴られて一件落着や」
「でも、今日も怒られたばかりなようでしたけど・・・・・・」
「ああ、アイツらでそん位は日常茶飯事や。まあ今回はどうなるかわからへんけどな」
「それ、は・・・・・・」
訊きかけた不二の背後へ回り、背中を押す。
「まあまあ、もう用事は済んだんやろ?」
「ええ・・・。景吾様も用があったら呼ぶ、とおっしゃってましたし・・・・・・」
「な? せやったらあんまこんなトコで時間潰しとったら、ま〜た跡部に何言われるかわからへんで」
「そう・・・ですね・・・・・・」
ψ ψ ψ ψ ψ
その日が終わる、寸前に―――
「ただいま〜。取ってきたぞ。グズリの実」
疲れた様子で部屋にふら〜っと入ってきた佐伯。いきなり襟首をねじ上げられる。
「―――なんだよ、景吾。お帰りの挨拶にしちゃさすがに乱暴過ぎじゃないか?」
閉められかけた気道。残った空気でからかいの台詞を吐く佐伯だったが、
跡部は一切取り合わなかった。
怒りに燃えた目で睨め上げる。
「なんでアイツ部屋に入れやがった?」
「周ちゃん? 昨日言っただろ? 予行練習だって。
結婚したらごく普通に由美子さんが部屋に入ってくるようになるんだぞ? というか結婚したら由美子さんと同室になるんだからちゃんと慣れとかないと」
「・・・・・・・・・・・・」
「名前にしてもさ、結婚したら由美子さんだって『跡部』になるんだから名前で呼び合わないとな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それがどうかしたか?」
「・・・・・・別に。なんでもねえよ」
あっさりと、本当にあっさりと。
そう言い切る佐伯を突き飛ばすように解放し、跡部は背を向け布団へと潜り込んだ。
「食べないのか? グズリの実」
「別にいらねえよ」
「残念。せっかく取ってきたってのに」
「どこが『せっかく』だ。どうせ嫌がらせのつもり―――」
言いかけ、
「ちょっと待て」
結局跡部は身を起こすハメとなった。
「どうやって採ってきやがった? 裏庭どころか氷帝にゃ生えちゃいねえだろ? まさか買ってきた、なんて訳ぁ―――」
「ないって。そんなエセやるワケないだろ? 大体ウチの裏山で果物売ってくれる親切なヤツなんてどこにいるんだよ」
「ああ? 裏山からマジで出てねえのか?」
「出てないよ? 裏山で取って来いって命令だったじゃん。俺は主の言いつけは守るからね」
「あーあー優秀な執事だなあ。主襲うわ罰与えときゃ何倍にもして返すわ。
―――で、本気でどうやって採ってきやがった?」
「あ、結構気になってきた?」
「さっさと言え」
「はいはい。
採ってきたっていうより正確には採ってきて『もらった』。由美子さんにもらったんだよ。結納品1つ先払いで下さいって頼んで」
「・・・・・・・・・・・・」
あえてそれをどうやって受け取ったのかは問わず―――ついでに青学と氷帝は馬車で片道丸1日かかるのだが―――、跡部はさらに結局逆を向いて寝転んだ。
「食べないのか?」
再度の質問に、
「いらねえ」
そう返し、今度は続けられないよう布団を頭から被った。
「残念。美味いのに」
佐伯もそれ以上続ける気はなかったらしい。拳大の黒い実を枝から外し、手で皮を剥いていく。白い子房が半分程度現れたところで、上から齧り付いた。
「ああ、やっぱ甘い。由美子さん、いいトコ選んでくれたみたいだな」
口中に広がる水分と甘みに感想を言ってみる。ベッドからの反応はなし。
もう一口口に入れ、
布団を無理やり剥がす。
「何しやが―――んぐっ・・・!?」
何か跡部が言いかけたようだが、無視して丁度開いた口に実を突っ込む。
「う・・・あ・・・・・・」
「ん・・・・・・」
さらに舌で押し込んで、柔らかい実をぐちゃぐちゃにして。
ぐちゅぐちゅと、いつも以上に響き渡る卑猥な音。嫉妬というスパイスを加えれば、それはより味わい深いものとなる。
唇が離れ。
「な? 甘いだろ?」
笑って言う佐伯に、
「キモチ悪りい・・・・・・」
跡部が不快感を露にして答えた。起き上がり、嫌そうに垂れた液を拭う。
佐伯の笑顔は崩れない。
完璧に固められた笑顔を横目で見やり、
跡部は手に持たれたままの実に顔を近づけた。
一口齧り、適当に中で砕いて―――
佐伯を引き寄せる。
「景吾?」
逆に何か言いかけた向こうを無視し、顔を寄せ実を口へと押しつけた。
「うあっ・・・・・・!?」
さらに舌で掻き回し、繊維のない実をどろどろにして。
またも響き渡る音を、口に溢れるグズリの実と佐伯の味を、より感じるため瞳を閉じる。
唇を離し。
「うあ、マジで気持ち悪い」
「ほらな。いくら歯ごたえがウリじゃなかろうが、中途半端にぐちゃぐちゃになったモン押し付けられりゃ誰だって気持ち悪りいんだよ」
「やっぱそういうのがいいのは歯が痛い時と離乳食だけか・・・・・・」
「わかったら2度とやんじゃねえぞ」
言い、寝転がろうとして。
「んじゃ今度はやらないから」
「あん?」
そんな事をホザく佐伯に再びキスをされる。今度は本当にやってこなかった。
ダイレクトで伝わる舌の感触。音は数段階下がったが、それでも来る快感はむしろ上がったか。
予定通り跡部はベッドへと寝転び、
そして佐伯も誘われるままに寝転んだ。