2.恋愛トラップ
         〜陥れられたのは〜






  崩壊への序章


 もちろん不二が佐伯に代わったのはあの日1度きりで、次の日からは佐伯が元の『専属執事』を務めている。
 相も変わらず2人はいつも一緒にいて―――
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 結局メイドは辞めていない。忍足に事情を聞き、他にも様々な情報を得・・・・・・
 だからこそ、確かめたかった。2人の気持ちを。
 跡部と由美子の結婚までもう間はない。結婚したならば、今の佐伯の居場所は自然と姉が奪う事になる。
 (サエは、賛成派なのかな・・・・・・)
 潜入捜査に来た自分を佐伯が受け入れた理由。幼馴染に免じて、などというより―――跡部への訓練だったのかもしれない。佐伯が跡部に自分の事をバラしたかは不明だが、何にせよ『他人が入る』事の練習台としては使えるだろう。だからこそ、自分に『景吾様』などと呼ばせ、あの部屋にまで入れたのではないだろうか。
 (じゃあ、跡部は・・・・・・?)
 この間、千石らが来ていた時にしていた会話からするとかなり消極的な姿勢。そして自分が1日専属執事代理を務めた時の反応は・・・・・・
 (どちらかというと拒絶。姉さんも大変そうだ・・・・・・)
 かつて鳳は言っていた。『跡部は内と外の区別ははっきりしているが、逆に内に入ればかなり誰にでも親しくする』、と。
 (違う・・・。間違ってはいないけど、でも正確でもない・・・・・・)
 内と外は確かにある。ただし内の中にさらにもうひとつ『内』がある。そして現在、唯一その『内の内』にいるのが佐伯だ。
 まるでこの屋敷そのもののようだ。屋敷の中と外。そして佐伯のみ入ることを許されている彼の自室。知らなかったとはいえその領域を侵してしまった自分を、
 ―――跡部は決して受け入れてはくれなかった。
 2人の思惑と行動は完全にずれている。新たな道に踏み出そうとする佐伯。今の居場所を離れられない跡部。佐伯の考えを尊重するならば―――そして結婚相手の弟としては当然―――このままここに止まり、跡部の意志を変えさせるのがいいのだろう。
 だが・・・・・・
 (本当に、それでいいのかな・・・・・・?)
 美談のようで、矛盾している佐伯の行為。本当に結婚を勧めているのならば最大の障害たる佐伯自身をまず排除すべきだ。逆に結婚反対派ならば自分と跡部の接触を妨害するだろうに。
 それともこれらの情報を与え、自分に迷いや不安を植え付けた? この結婚は待った方がいい、そう姉に助言させるために。
 (どっちにしろ、もう止められないけどね・・・・・・・・・・・・)
 自嘲的に思う。そもそも潜入捜査など無意味な事だ。姉と跡部は結婚する。既に決まっている事柄。国ごと絡んでいる以上、最早当人ら含め個人の力でどうにか出来るものではない。唯一取り消せるとしたら、青学と氷帝が全面戦争に突入した場合か。在り得ない事態だが。
 そんな、不二の疑問は―――
 この後、すぐに判明した。犯してはならない禁を3人で冒し、2度と修復できないほどに、全てをズタズタに壊して。





ψ     ψ     ψ     ψ     ψ






 「お呼びでしょうか、跡部様」
 再び招かれた、不可侵領域。かろうじて名字呼びにしたのは、せめて少しでも自分は内の人間ではないとアピールするためか。
 空しい努力は、あっさり空しく跳ね返される。
 「呼んだな。呼んだから来たんだろ?」
 入り口の真正面にあるベッドにて脚と腕を組み、跡部が軽く頷く。後ろでは、扉脇で待機していた佐伯が扉にカギをかけていた。自分も見たあのカギ。内側からもわざわざそれを用いて掛ける仕組。この時点で逃げ道は完全に断たれた事になる。
 あえて何も気付かなかった事にして、不二は数歩跡部へと歩み寄っていった。跡部が立ち上がり―――
 ―――自分をベッドに押し倒した。
 「てめぇももちろん知ってるだろうが、俺も後少しで結婚するってワケだ」
 ぎしりと、心が痛む。それが何故なのか、明らかにしないのはそれこそ何故なのか・・・・・・
 「だからな、その前に予行練習でもしとこうと思ってな」
 言う、跡部の手がメイド服のリボンへとかかる。あっさり、解かれかけた―――ところで。
 「待って下さい、跡部様!!」
 跡部の肩に手をかけた不二が、両手を突っ張って押しやった。
 「あん? 使用人の分際で俺様に逆らおうってか?」
 「そうではなくて、あの・・・・・・!!」
 なんとか止めさせようとして。
 不二は逆に自ら引きちぎる勢いで服を脱いだ。
 服と共にパッドが落ち、決して女性のものではない平らな胸が露になる。
 「私・・・いえ、僕は―――!!」
 「―――青学王国王位継承一族、不二家の長男不二周助、だろ? 知らねえとでも思ってたのか?」
 「な・・・・・・!!」
 信じられない思いで目を見開く。こんな事をされた時点でやはり知らないと思っていたのだ。
 見開いた目の端に、止める事もせずただ立ったままこちらを見下ろす佐伯が映った。こちらの視線に気付いたか、軽く肩を竦めてみせた。
 「悪いね、バラして。でも、メリットなしに動くほど俺もお人よしじゃないから。
  っていうかさ、気付かなかった? 都合よく使用人の募集なんてしてる時点でおかしいって。まあ本当に来るかどうかはそれこそ運任せだったけどね。
  ああ、ちなみに1つ言っておくよ。募集要項、周ちゃんが覚えてた方が正しい。『特にメイド』なんて書かれてなかったよ」
 しれっと言ってくる。頭の中で、心の中で、何かが崩れた。
 佐伯は、こんな人だっただろうか・・・・・・?
 「だから言ったじゃねえか。『予行練習』だって」
 「姉さんの、代理・・・・・・?」
 「まあ頑張ってv 結婚前に少しでも相手の情報が欲しい、それがわからないわけじゃ・・・もちろんないだろ? わざわざ潜入捜査なんてしてきたんだからさ」
 「だからって、こんなの・・・・・・」
 「いいじゃん。それで結婚が成立するんだから」
 「サエ・・・・・・」
 「わかったんならオラ、さっさと始めんぞ。いくら青学で王子だろうが、メイドで採用された以上てめぇは俺様の所有物だ」
 「そん・・・、な・・・・・・」
 現れる、跡部の本性。今までこちらの事を知っていたから態度を変えていたのか。
 力なく垂れた両手を頭の上でまとめられる。もう反撃する気など全くないというのに。
 跡部の手が、肌へと触れる。
 もう、何も見たくなくて視線を逸らし―――
 「・・・・・・・・・・・・っ」
 それが、再び部屋の端にいた佐伯を捕らえた。
 笑みなど欠片も浮かべずこちらを―――いや、跡部を見つめる彼。握り締めた拳から肩が、全身が震えている。
 やはりこちらに気付いたか、佐伯が口だけで笑みを作ってみせた。ついっと、上げられた唇の端から血が滴り落ちる。震える程に力を込めていたのなら、噛み締めていた唇が裂けるのは当然か。
 (ああ、そっか・・・・・・)
 いっそ静かに思う。納得してしまえば何の事はない。佐伯は結婚賛成派ではなく反対派だったというだけの事。


『いいじゃん。それで結婚が成立するんだから


 何をやろうと決して成立しない―――叶うことのない自分の想い。だからこそ何でもやろうとする。
 矛盾した彼の行為は建前と本音。自分と跡部を近づける一方で佐伯自身も跡部からは離れなかった。
 
180度逆の事をやろうとするから歪んでいく。壊れていく。
 今の彼が、その象徴。
 (どこから、誰が間違えたんだろう・・・・・・)
 抵抗を放棄せず、徹底的に暴れていれば少しはマシになっていたかもしれない。跡部がそれでも無理矢理やるならば、佐伯も止める口実[チャンス]が生まれた。
 それとも今命に従いここにいる事か。『不可侵領域』たるここに、たかが1メイドの自分が呼ばれた時点で、何かあると予想して然るべきだった。
 あるいは―――こんな提案をしてきた事、それに従った事。
 どちらがどっちかはもう考えない。この2つが揃った時点で2人とも共犯者として同等の罪を背負った事になる。
 せめて今のこの事がなければもう少しの間は今まで通りでいけただろうに。
 無性におかしくなる。徹頭徹尾、自分はこの2人にとってただの駒でしかすぎなかった。
 佐伯と跡部、互いが互いをどこまで理解しているかはわからないが、恐らく自分はこの2人よりは見えている。
 ―――この事態は、互いが互いに科した賭けである、と。
 止めるのを、止められるのを、待っている。
 この極限状態で、止めれば、止められれば、自分は愛されているということになる。
 これから起こる現実ではなく相手の真実を。
 過去の思い出としてではなく現在もそう在り続けているのだと。
 自分だけではなく相手にも。
 夢ではなく現として・・・・・・。
 口先、頭ではなく心から思うことを・・・・・・。
 わかっていながら、
 不二は何もしなかった。
 それこそ建前と本音。彼らに自分の―――外からの声は最早届かなくて。
 そして・・・・・・それだけの想いで結び合っている2人が羨ましかった。
 跡部がゆっくりと体を落としてくる。頬に手を当て、顔を近づけ。
 まるで先に止めた方が負けのチキンレースだ。やっている事に反し甘みは一切なく、どころか緊迫感だけが上がっていく。
 ゆっくり吐く跡部の息を感じるほど距離が狭まり、視界から1人が消えたところで不二は観念して瞳を閉じた。
 この賭けは2人とも負け、そして見ようによっては自分が勝つ。ここで跡部が自分を抱けば、もう2人は元には戻れない。跡部は姉と結婚をし、佐伯は跡部の『専属』ではなくなる。
 指の腹で唇を撫でられる。下に軽く押され、唇を僅かに開き―――
 その中にぽたりと落ちた雫の味と錆くささは気付かなかったことにして――――――
 ―――が、
 このチキンレースは意外な幕切れをする事となった。
 唇が触れるか触れないかの瀬戸際で。
 コンコン!
 『跡部か佐伯おるん? 客っちゅーかなんちゅーかが来おったで! 結婚式の打ち合わせしたいらしいわ』
 「・・・・・・・・・・・・ああ」
 外からのノック音と忍足の切羽詰った声に、跡部と佐伯は同時に顔を上げた。
 「そういやンな用事もあったな」
 「すっかり忘れてた」
 外に比べえらく焦りのない―――感情そのもののない空虚な声で呟く。跡部は身を起こし、佐伯は閉じたカギを開けに行き。
 一切誰も目を合わさないまま、2人は部屋を出て行った。





 残された、誰もいない部屋で。
 「僕に、どうしようも出来るワケないだろ・・・・・・!?」
 不二は独り、頭を抱えて泣きじゃくった・・・・・・。



3.D.D.













ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ


 ―――1が不二先輩なら2は跡部。ラブプリ
Bitterの『罠〜ワナ〜』よりでした。恋はゲーム愛は罠。誘われて墜ちてくのはアンタだ! という突っ込みはともかく。
 この歌だとと言いますか
Bitterだとむしろせんべの印象が強いですが、この歌のハモりは千石さんではなくサエにやってほしい・・・。見た目的に卒倒者が続出しそうだ(それは自分程度でしょうが)・・・・・・。いやそれはいいとして。
 ぶっちゃけ1と2はかなりのこじつけです。さあ、本番は3と4だ(連敗中の監督の通例負け惜しみ台詞)!

2004.4.1218