3.D.D.
            〜深遠より出ずるもの〜






  閉塞と解放 佐伯の場合


 今まで忙しくて放っておいた荷物。
10年弱あちこちいた割に意外と少ないそれを開く最中で―――
 「―――あれ?」
 佐伯は底から出てきたものを手に、珍しげに声を上げた。
 「マズいな。返し損ねてた」
 それは、跡部の部屋のカギだった。跡部当人と、そしてその専属執事たる自分のみの持つカギ。その事実が証明するように、そこへ入れるのは―――入る資格を持っているのは跡部の他には自分1人だけだった。かつて一度メイドとして来ていた不二を中に入れた事はあったが、その時でもカギは自分で開けた。
 暫くじっと見つめ、まるで本人を抱き寄せるかのように自分の顔へと近づけ・・・・・・
 唇の触れる寸前で、止めた。
 苦笑し、ピンと親指で弾く。
 空中を漂うそれを掴み、佐伯は立ち上がり部屋を出た。
 「ちゃんと返さないとな」





 コンコン。
 「周ちゃんいる?」
 「ああサエ、どうしたの?」
 便利さとあと他にいろいろ考えた成果だろう、隣にある彼の部屋に向かった佐伯は、机に向かっている不二の横に立つと前置きなく尋ねた。
 「周ちゃん、由美子さんに手紙とか書く?」
 「もちろん書くよ? 今も書いてるし」
 「そりゃ丁度良かった」
 「?」
 ひとつ頷き、疑問げに見上げる不二の前へカギとメモを置く。かた、と木製の机かカギかどちらかが音を立てた。
 「ついでにコレ同封してもらえないかな?」
 「何コレ?」
 「跡部の屋敷のカギ。返し損ねてた」
 「だったらサエが直接送ったら?」
 「一介の執事が出した手紙が他国の王子になんて届くワケないだろ?」
 「そういうもの?」
 「さあね」
 問いに肩を竦め、
 「頼むよ」
 佐伯は置いたものをさらに滑らせ、不二へと近付けた。拍子に2つに折られただけだったメモが開く。
 「・・・・・・わかったよ」
 頷き、開いたメモを閉じようとした不二。その手を押さえ、言う。
 「見ていいよ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 意味を図りかねたかもう一度不二が見上げてくる。特にそれに答えず手を解放すると、彼はため息をついてメモを手にとった。
 手にとり―――
 「これ・・・・・・・・・・・・」
 「『あの部屋』の」
 「だったら―――!!」
 「いいんだ」
 立ち上がりかけた不二を押しとどめ、佐伯はもう一度繰り返した。
 「いいんだ。今このカギを持ってていいのは俺じゃない。
  今の持ち主は―――
  ――――――由美子さんだよ」
 「サエ・・・・・・」
 吐息と共に不二が呟く。かさりと音を立てて手から滑り落ちたメモには、



 <閉じ篭る事があったら、連れ出してやって下さい>



 そう、書かれていた。
 「姉さんに、でいいんだね? 跡部に直接、じゃあなくって」
 真剣な眼差しで確認をとる不二へと、佐伯もまた真剣な眼差しで答えた。
 「ああ」



閉塞と解放  跡部の場合