3.D.D.
〜深遠より出ずるもの〜
閉塞と解放 由美子の場合
「<閉じ篭る事があったら、連れ出してやって下さい>、ねえ・・・・・・」
今日届いた弟からの手紙と、そこに同封されていたカギとメモを手に、由美子は首を傾げていた。
「そう言われても・・・・・・どこのカギなのかしら?」
誰がどんな理由で閉じ篭るのか、何となく予想はついた。
自分を愛することはないと断言した跡部。
これから忙しくなる筈なのに結婚と同時に仕事を辞めてきたという佐伯。
どことなく、歪みを内包したこの屋敷に―――そして跡部宛ではなく自分宛に届けられた、佐伯が元持ち主のカギ。
全てを足せば大体の答えは出てくる。
「随分と・・・、嫌な役回りね・・・・・・」
彼女にしては珍しい苦笑いを浮かべる。こんなものが届けられた時点で、佐伯は気持ちに整理をつけたという事か。少なくとも吹っ切ろうと決意し出したのだろう。
自分は―――それを跡部に伝えなければならない。
断ち切れない想いを抱えたまま、それでも全てを受け入れ、自ら生み出した歪みの中心でただ蹲るだけの脆弱な彼。脆弱だが―――誰よりも優しい。愛さないと言っていたのは、自分をこの歪みへと引き込まないためだろう。
恐らく、このカギで開く部屋こそが彼の―――彼らの生み出す歪みの始点。果たして自分は連れ出すことが出来るのか、それとも・・・・・・
「あん? どないしたんですか自分?」
「あら、忍足君? 丁度良かったわ。
このカギ、どの部屋のものか知らないかしら?」
通りがかりついでに話し掛けてくる忍足へと、由美子はメモは隠し持っていたカギを差し出した。使用人頭であり全ての部屋のカギを持つ忍足ならばわかるだろう。
「こら・・・・・・」
カギを受け取る事もせず、驚きの声を上げる忍足。何の変哲も無いそれは、忍足が唯一持っていないカギだった。主と―――専属執事だけの持つカギ。
自分の権利の唯一及ばない部屋のそれ。跡部が渡したとは思えない。だとすればまず自分に渡すはずだ。渡されないから掃除が出来なくて困ると日々冗談を飛ばしているのだから。
渡したのは恐らく・・・・・・
「佐伯から、ですか?」
問う彼に、由美子は目線を落として肯定した。
「そう・・・ですか・・・・・・」
メモを見ずともわかったのだろう。曖昧な笑みで忍足が鼻から息を吐いた。
「それでしたら、案内しますわ」
「あ、ちょっと待って」
手で奥を促す忍足を引きとめ、
「ひとつ、聞いていいかしら?」
「何です?」
「虎次郎君といた時・・・、跡部君、いつもどんな様子だったのかしら?」
忍足の目が見開かれる。声こそ上げないものの、どうやら驚きの度合はカギを見せられたときより大きいらしい。
見開かれた目を伏せさせ考え込み、
結局忍足は苦笑して首を振った。
「難しい質問ですなあ。まあ、いつも怒っとった言うんが1番正解やろうかと」
「そう。ありがとうね」
「そらこっちの台詞ですわ」
連れられた一室、他の部屋との差はあまりない扉を前に。
「ここですわ」
必要最低限だけを言い、忍足は由美子へと場所を譲った。権利放棄者により入ることを許可された、彼女へと。
「ありがとう」
もう一度礼を言い、ノブに手をかけ、
「―――あら?」
「開いとる・・・?」
思い切り回ってしまったノブに、由美子がきょとんとし、忍足が怪訝な顔をした。
現在は開かずの間だの2人だけのカギの所持だのご大層な事を言ってはいるが、実のところこの部屋にカギがかかった事は忍足がこの家に来てから―――同時に佐伯がこの家に来てから―――ほとんどない。閉める必要がなかった。わざわざ閉めずとも、この部屋に許可無く入る無粋な・・・を通り越して馬鹿はいなかった。この部屋のカギが閉まるのは、さすがに使わなさ過ぎて錆付いていないかの確認と、後は佐伯を追い出すためだった。矛盾した行為。カギを持つ当人を追い出すためだけにそのカギを使ってどうする。
しかしながら今は閉まっている筈だった。開かずの間だからこそ、現在この部屋には価値がある。
「と、なると開けたのって・・・・・・」
「跡部、でっしゃろなあ・・・・・・」
忍足の呟きを聞き、由美子の眉間に皴が寄った。
<閉じ篭る事があったら>
最悪のタイミングだ。
「どうします? 止めます?」
やはりこちらも察したようだ。問いてくる忍足へと、
「―――いえ。やるわ」
そう宣言し、由美子は旧『開かずの間』に足を踏み入れた。