3.D.D.
〜深遠より出ずるもの〜
閉塞と解放 全ての終わりに
入ってみれば、そこは普通の部屋だった。壁に埋め込まれた棚。大きく取られた窓と、カーテン揺れる脇に置かれた1脚の丸テーブル。そして中央に、シングル―――とはいえそこらのダブルベッドより大きいベッド。総じて『ちょっと広めで殺風景な1人部屋』だ。ここに来るまでに忍足にある程度聞いてはいたが、ある意味ここで2人で暮らしていたというのも納得がいく。1人ではとても時間が潰せない。
シングルベッドにて、ここの主その1は寝こけていた。かけ布団もかけず、かろうじて襟元だけは緩めて。
「あらあら。さすがに・・・これじゃ風邪ひくわね」
微笑ましい光景。何となく遊びに疲れ果てた弟たちを彷彿とさせる。
そっと、起こさないように布団をかけ、
「今はゆっくりお休みなさい。跡部君」
ψ ψ ψ ψ ψ
『うわ景吾、お前何あったんだよ? むやみにやつれてないか?』
『うっせえ・・・。寝かせろ・・・・・・』
『はいはい。そりゃそんな姿見せられたら気絶させてでも寝かせたいけどさ。
とりあえず服は着替えろよ。そのまんまじゃ窮屈だろ?』
『メンドくせえ・・・・・・』
『やれやれ。ま、後でいろいろ大変なのはお前だから別にいいけどさ』
『だったらてめぇが着替えさせろよ・・・・・・』
『・・・お前本気で今頭回ってないだろ』
『だから寝かせろっつった―――・・・・・・』
『言いながら寝るなよ。ボタン外す位にしとくけど、次からそういう台詞言ったら問答無用で襲うからな』
『あ〜そうかそうか・・・・・・。さっさと出てけ、ウゼえ・・・・・・』
『はあ・・・。お前その言い方もどうかって思うけどさ。だから敵ばっか作って揉め事増やすんだと思うけど』
『俺は「出てけ」っつっただろ・・・? 何入り込んで来てやがる・・・・・・』
『まあ、景吾の凍死防止対策かな? 布団はかけるべきだろ?』
『だったら布団だけかけろ・・・・・・』
『いいじゃん。出てったら俺だって寒いんだから』
『部屋戻ってりゃいいじゃねーか・・・・・・』
『せっかく布団温まってきたってのに? これだけ温めるのにどんなに苦労したと思ってんだよ?』
『ほお・・・。つまりてめぇは今までずっと、俺様の帰宅を待つこともましてや出迎えることもする気0でぬくぬく寝こけてたってワケか・・・? ああ?』
『さって景吾疲れてんだろ? お休み』
『てめぇのおかげで目ぇ覚めちまったけどな・・・・・・!』
zzz・・・・・・
『1人で寝てんじゃねえ!!』
かけられる布団の感触。くるまりつつ眠い目を開けてみれば、そこにあったのは光り輝く銀糸とどこまで信用していいのか毎度悩まされる優しい笑み―――
―――ではなかった。
ガバッ―――!!
「あら跡部君、起こしちゃった―――」
「なんでてめぇがここにいやがる!!」
ベッドの縁に腰掛けこちらを見下ろす栗色の髪と信用する・・・内に入れる気のさらさらない優しい笑みの持ち主―――妻の由美子を、跡部は起き上がりざまベッドへと押し倒した。
怒りより、驚きの色を濃く湛えた大きく見開かれた目を前に、由美子は平然と拘束された手を開いた。
その手の中に収まるカギに、跡部の目がさらに開かれる。
拘束を解き、自分の手を開く。確かにある。自分の分は。
ならこれは――――――
「虎次郎君から、送られてきたの。<閉じ篭る事があったら、連れ出してやって下さい>、ですって」
「アイツ、が・・・・・・・・・・・・?」
唯一の繋がりが―――――――――切れる。
「そう・・・か・・・・・・」
感情の篭らない声で頷き、
「悪かったな」
呟き、跡部は部屋から出て行った。カギをかけることは、もうせずに。
ψ ψ ψ ψ ψ
廊下で、『丁度』通りかかった忍足を止め手にしていたカギを押し付ける。
「跡部・・・・・・?」
「あの部屋片付けとけ」
「片付け・・・って、掃除しろいう意味か? それとも、中のモン全部処分せいいう意味か?」
「好きにしろ。空いたんなら使用人の部屋にしようが物置にしようがどっちでも構わねえ」
「また・・・ムダな部屋が増えるなあ」
「クッ・・・・・・。だったら改装工事でもするか? 1/2程度に縮めちまっても問題ねえだろ。
ついでにいらねえ人間も処分するか。まずはてめぇから」
「そら堪忍して欲しいわ。仕事また探すん大変やん」
言いながらも早くも去っていく跡部。俯きっぱなしで見えなかった目元を見るような真似はせず、忍足は軽く肩を竦め解禁となった部屋へと入った。
中では、ベッドの縁に腰掛ける女性が1人。
「お疲れさんでしたなあ」
「ごめんなさいね・・・・・・」
曖昧な笑みによる謝罪は一体何に―――誰に対してのものか。
とりあえず忍足は、自分で答えられる範囲の返事をした。
「まあ・・・、ハンパな状態で延々悩むんやったらいっそハッキリさせた方がええんとちゃいまっか? お互いなあ」
「そう・・・・・・ね・・・」
曖昧な笑みは変わらないまま。結局のところ忍足が今言った事は由美子もまた考えていたということか。
「参考にならん返事ですみませんな」
「え・・・?
―――そんな事ないわよ。ありがとう」