4.NonStop Rocket!
〜どこへでも連れて行きたい!〜
来訪、再会、そして・・・
数日後、青学の王城前にて。
門前の兵士たちは、警備隊を引き連れ―――というか警備隊に追われたままこちらへと爆走してくる馬車を見て多少ざわめいていた。
「反乱者か? このまま来たら突っ込むだろうが」
「そんなわけないだろ? この国の誰が王に反乱なんて起こすんだよ」
「じゃあ他国の者か?」
「いやまさか。一切そんな予定は入ってないぞ。それにそれなら馬車1台っていうのもおかしいだろ? しかもこんな好戦的には来ないだろ。問答無用で攻撃されても文句言えない状況だぞこれじゃあ」
「だったら使者の急ぎの用事という可能性も」
「使いの者ならどこかに国旗がついているはずだ。ないじゃないか」
「ならあれは一体―――」
「推測は後だ。とりあえず我等の役割はあれを城へと入れない事だろ? 警備隊もこのスピードでは追いつけまい。我等が止めなければ」
「確かに」
腑に落ちないものを抱えながらも、任務を優先させた彼らは手に持った槍を門前でクロスさせ、向こうに見えるように上下に振った。
「おい! その馬車止まれ!!」
その声に―――というより閉まったままの門に反応して馬車が急停止する。止まらなければ問答無用で門に激突していた。
近寄る兵士たちへと、最初に反応したのは馬車を駆っていた御者だった。
「ああ? 俺様に向かってンな台詞言ってんのはどこの口―――」
初っ端っからケンカ腰のその少年の口を絶やさぬ笑みで押さえつけ、隣に座っていた女性が被っていたツバの広い帽子を取った。
『由美子様!!??』
「ごめんなさいね、いきなり来て。悪いんだけど通してもらえないかしら? 私を通したのならあなたたちも職務怠慢とはならないと思うけれど?」
「はい! 申し訳ありませんでした。今すぐ門を開けさせますので!!」
「あら、ありがとう」
―――というワケで顔パスで城内に入る馬車。たとえ外交に疎かろうがさすがに自分たちの仕える城の者たちの顔は知っているという事か。
「部下にどういう躾してんだ青学は」
「今回に関しては一概に彼らが悪いとは言えないわよ。むしろ無礼なこちらに原因があるんじゃないかしら?」
「そうだよ景吾君。他国へ訪問する際はまず使者がその旨を伝え、その上で警備を引き連れ―――」
「てめぇがそういうの全部無視していきなり言い出しやがったせいだろうが!! 大体なんつー扱い辛れえ馬連れてきやがる!!」
ケンカ腰の運転手―――跡部は後ろの幌に向かって怒鳴り返していた。なぜ彼がわざわざ手綱を取っているのか。答えは他の者だと扱えないからだった。
跡部夫妻(親の方)が連れてきた馬車の馬。非常に気性が荒いらしく、跡部家にいる他の運転手や馬の世話係の手に余るものだった。しかも置いていけば他の馬と争いを起こす。このため他者の扱いには絶対的信頼のおける跡部がこの馬をもまた支配下に置き、操って来たのだが・・・・・・むしろ狂介はどうやってこの馬を駆ってこれたのか誰もが不思議でたまらなかった。
そんなこんなでの爆走劇。跡部も面白がって止めないおかげで、由美子は生まれて初めて自分の国の警備隊に追い回されるハメとなった。スピードすら緩めないため説明も出来ないまま街を突っ切りここまで来てしまった。この出来事は不二家に語り継がれるかもしれない。少なくとも弟と最近雇った執事がこれを知ったらさぞかし大笑いするだろう。
などと由美子がため息をつく間にも、馬車は鑑賞が目的の筈の美しい庭園を懲りずに爆走し、極めて短時間で城へと辿り着いた。兵士から中へ知らせは届いていたのだろうが、さすがにこの最短記録で出迎えに来れる人は少なかったらしい。
一部の、丁度その辺りで仕事していたのだろう使用人たち。そして―――
「はあ・・・。はあ・・・。姉さん、間にあったよ!」
「は〜・・・。全力疾走したの久しぶりかもしれない・・・・・・。
由美子さん、お帰りなさい。でもっていろいろといらっしゃいませ」
どこからどこまで本気なのか、息を切らせ指を立てたり額を流れる汗をソデで拭いたりして、弟と最近雇った執事が爽やかな笑みで出迎えてきた。
「誰が『いろいろ』だ誰が」
「よっ。久しぶり。いいじゃんちゃんと出迎えてやったんだから。
門前で由美子さんと一緒にいた御者がブチ切れてて危険だとか言われたら、ああこれは絶対お前だろうなって思って裏から全力疾走してきたってのに。まあ突っ切ってきたから30mくらいだけど」
「ああ? 何だその態度はおら。表の兵士の躾が悪りいたあ思ってたがまさかてめぇが仕込んだんじゃねえだろうなあ」
「まさか。ここじゃ俺はまだ新米執事だからね」
「それにいくらなんでも執事が兵士を教育するのは無理じゃないかしら?」
跡部と佐伯の毎度のやりとりに由美子が口を挟む。あっけに取られていた他の使用人たちも、ようやく我を取り戻し由美子を出迎えた。
「お帰りなさいませ、由美子様」
「ただいま。まだそうやって出迎えてくれて嬉しいわ」
「帰りたいとか言う気か?」
「あら。ヤキモチかしら? それはそれで嬉しいわね」
「誰がだ。大体『それはそれで』って何だよ」
「ふふ。可愛いわねえ」
「・・・・・・誰でもいいから俺の話を聞け」
「やっぱ遊ばれてるな〜」
「さすが姉さん。絶対こうなるとは思ってたけど」
「誉め言葉として取っていいかしら?」
「「それはもちろん」」
「おい・・・・・・」
極めて妙なやりとり。佐伯はまあ不二とは兄弟のようなものだし由美子からみても弟扱いだったからいいとして、ではそんな彼らと普通に話すこの御者の少年は誰なのだろう?
顔にそう書く使用人たちに、由美子が笑って解説を入れた。わざわざしなだれかかったりなどしつつ。
「彼が私の現夫の跡部景吾君。結婚以来帰って来てなかったから彼の顔見せ含めて里帰りに来たんだけど、いいかしら?」
「は、はい!! 承りました!!」
「『知らされる衝撃の事実(笑)に使用人たちは顔色を変え、急いで中へと引き返し―――』」
「何ワケわかんねえナレーションしてやがるてめぇは。つーか何だその『衝撃の事実』ってのは」
「いや、こんな門前でいきなり暴動起こす奴が由美子さんの夫だなんていうのは、さぞかしみんなショック受けただろうな〜って」
「うっせえ! それに、もう誰もいねえんだからあんたも体起こせ」
「あら残念」
「そうだよ景吾君。それにいくら照れ隠しとはいえそんな口の聞き方はよくない」
「てめぇも勝手に脚色してんじゃねえ!! いつどこで誰が照れた!!」
「今ここで景吾君が」
「照れてねえっつってんだろ!!」
幌の中と外で続く会話。ぶっちゃけ布に向かって叫ぶ跡部は相当にアホっぽいのだが・・・・・・。
―――その辺りは彼自身も気付いたのか、とりあえず前にいる自分達も降り、後ろに乗っている人たちも降りるよう促した。
幌から出てくる男女2名。
「やあ周助君、虎次郎君、久しぶりだね」
「2人とも元気かしら?」
「お久しぶりです。狂介さん、琴美さん」
「やっぱり跡部のお守りですか?」
「てめぇはどこまでケンカ売りゃ気が済むんだ・・・・・・?」
などなどいつもどおりの挨拶をしながら屋敷に入っていく跡部親子(由美子含む)。立場としては執事たる佐伯が案内するのが一番いいのだろうが、勝手知ったる何とやらで由美子が直接案内すると言い出した。
「いいんですか? 由美子さん」
「構わないわよ。代わりに―――
―――貴方達は後で私のところに来て頂戴ね」
小声で、しかし確実に跡部には聞こえるようなされる会話。聞いて、跡部が一瞬だけ目を細めた。誰の何に対するものかは明らかにさせずに。
「じゃ、行きましょうか」
「ええ」
「そうですね」
由美子の案内についていく狂介と琴美。跡部もラストについていこうとして、
見送る佐伯とすれ違った。
互いに何も言わず、何もしない。お辞儀したままの佐伯は頭を上げることもなく、送られる跡部も前を行く3人を見たままだった。
中へ入り、そっとため息をつく。
(そういや、元々こっちに仕えてたって言ってたしな)
いつも通りの互い。不自然さはなかったと思う。
意外と冷静に動けたのには感謝すべきか。
――――――普通に、接してきた佐伯に。
クッ、と。跡部が口の端を上げた。
自分は何を期待していたのだろう。
「跡部君?」
「ああ、すぐ行く」
目を上げれば3人はかなり前に進んでいた。跡部は頷き、歩くスピードを上げた。
一同がいなくなり、佐伯はようやく顔を上げた。
「意外と、何とでもなるもんなんだな」
「サエ、大丈夫?」
心配げに尋ねてくる不二に、心配をかけないように微笑む。
「まあ、俺はね。予め知ってたし。それに跡部も普通だったしな。残念」
「え・・・?」
今度は疑問げに尋ねてくる不二に、さらに完成された『笑み』を向ける。
「いや、何でもないよ。それより俺達も行こうか。いつ由美子さんに呼ばれるかわからない」
「う、うん・・・・・・」
ψ ψ ψ ψ ψ
「改めておかえり、姉さん」
「ただいま。さっそくなんだけど・・・・・・」
呼び出されたのは本当にすぐだった。恐らく客人(厳密には現在彼女自身ももそうなのだが)を父母に預け、そのままここへ向かったのだろう。
由美子の部屋にて、今3人は顔を合わせている。
「お客様の世話係が必要なのよ。特に他国の王などとなるとね」
「まあ確かに」
「お義父様やお義母様は特に問題はないと思うけど、問題は跡部君なのよ。彼あまり人に干渉される事は好まないでしょ? それにいきなり彼の世話をしろって言われたら使用人たちがまず困るじゃない」
「それまた確かに」
「だから―――」
「お断りします」
論述を遮り、佐伯が笑顔で結論を下した。
「理由は?」
「問題起こしますよ?」
冗談めかして答える。実のところこれが真実。せっかく決意を固めたのに、四六時中跡部のそばにいさせられて、挙句由美子と仲良くやっているところを見せられて。それで正気を保っていられるのならわざわざ青学へなど帰っては来なかった。
だが、それを聞いても由美子は笑っているだけだった。冗談だと受け取った―――のではもちろんなく。
「でもね虎次郎君、私手紙で送っておいたわよね?
<私に後始末を押し付けた借りは高くつくわよ。覚悟しておきなさい>、って」
「つけられたくなければ自分で片付けろ、ですか?」
「そうしてくれる? ありがとう」
「見本にしたい位白々しい礼ですね」
「ふふ。誉め言葉として取っておくわ」
笑う由美子にため息をつく佐伯。隣で不二が手を挙げた。
「じゃあ僕は姉さんのお世話係やっていい?」
「え? 周助が?」
これはさすがに予想していなかったか、軽く驚く由美子に自分を指差し、
「任せて。これでもサエにしごかれたからね」
「しごく・・・って程の事はやってないと思うけどな・・・・・・」
「それに跡部の世話も少しはやってたからね。サエの助手位にはなれるよ」
などなどなおも自己推薦をする。そんな不二に由美子は肩を竦めた。どちらかというとそんな不二を見てため息を安堵のものに変えた佐伯にか。
「いいわよ。じゃあ『ご主人様』に紹介にでも行きましょうか」
ψ ψ ψ ψ ψ
ひととおり挨拶などをし、後は王同士の話という事でさっさと部屋に案内された跡部。かなり質のいいそこは当然の如く2人部屋で―――
「あん? 由美子はまだ来てねえのか」
誰も使った―――少なくとも掃除した後足を踏み入れた形跡のない部屋に、跡部が首を傾げる。自分以上にさっさと引き上げてしまったから、てっきりもう来ているかと思ったが。
「そういや、後で来いだの何だの言ってやがったか・・・・・・」
2言目を呟いたところで、部屋のドアが開いた。鍵の音はしなかった。無意識の内に閉め忘れたようだ。佐伯といた頃の、慣れで。
「あら、跡部君もう戻ってたの?」
「ああ。後は俺には関係ねえ話だったからな」
「そう。
―――入っていいわよ」
「ああ?」
ドアの外に向けた由美子の言葉に、再び首を傾げる。
それには答えず、まず由美子が部屋へと入って来た。それに続いて―――
「てめぇら・・・・・・」
「それこそさっきも言ったけど―――よっ、跡部」
「そういえばまともに挨拶してなかったけど―――跡部『様』、久しぶりだね」
やたら長い前置きの後、最初に迎えたそのままの執事姿の佐伯と、こちらは大きく変わってメイド姿の不二が入りつつ挨拶してきた。
「で? 何なんだこいつらは」
僅かな間だけ大きめに開かれた目をいつも通りの半眼に戻し、跡部が由美子へと問いた。
「ああ、あなたのお世話係」
「世話係、だあ?」
さらっと言われた一言に思い切り顔が歪む。五歳児ではないのだ。なんでそんなものを付けてもらわなきゃならないのか。
思う跡部に、
「狂介さんや琴美さんは特に問題はないだろうけど、問題はお前だからな。あんま人に干渉されんの好きじゃないだろ? それにいきなりお前の世話しろって言われたら誰だってまず困るから」
佐伯が、先ほどの由美子の理論をさらに悪質に展開させた上でそのまま告げた。
「てめぇ・・・、それが世話係の台詞かオラ」
「ほら。そういう態度だから世話する側が誰だって困るんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
即座に返され、黙る。とりあえず頭を掻いて流し、次へ進めた。
「だったらそいつは何なんだ? ンな恰好わざわざしやがって」
全員の注目の集まる中、不二がメイド服のスカートを持ち上げ一礼した。かつて彼にそうしたように。
「本日より貴方様の下で働かせて頂く事になりました、周と申します。跡部様、よろしくお願い致します」
さらに続ける。口元に手を当て、逸らした視線を斜め45度に下ろし。
「貴方様に仕える事こそ私の最高の喜び。跡部様、何なりとお申し付けください。どんなことでも致しますわ。もちろんご要望次第ではあんな事やそんな事も―――痛っ!」
「どこのイメクラ店員だてめぇのそりゃあ! 使用人の解釈の仕方根本から間違ってんだよ! 大体妻の目の前でおおっぴらにンな事言う使用人がどこにいやがる!!」
どかっ!
「そういうお前はどこのイメクラでンなモン学んだ。とりあえず俺の管轄下の使用人に手は上げない。俺の責任にされるんだからな」
「・・・・・・主に手ぇ上げんのはいいのか?」
「足だから」
「―――とかいう理由は聞かねえからな」
「なんだ。なら最初に言えよ」
そんな比較的静かな口論を続ける2人を見やり、
適当にキリの良さそうなところで由美子が改めて紹介した。
「と、いう事で虎次郎君と、その助手として周助が貴方の世話係としてつく事になったから」
「マジかよ・・・・・・」
「マジらしい」
呻く跡部と開き直る佐伯。由美子は2人それぞれに細い鎖のかけられたカギを渡した。
「なので四六時中いつでも世話出来るようにこの部屋のカギは代表して虎次郎君に、何か問題があったらすぐに怒鳴り込めるように虎次郎君の部屋のカギは跡部君に渡しておくわね」
「ああ」
「ではありがたく」
渡された互いの部屋のカギに自分の部屋のカギをさらに付け、胸ポケットにしまう。
こうして、波乱万丈にしかなり得ない不二家での生活が始まった。