4.NonStop Rocket!
               〜どこへでも連れて行きたい!〜






  そこはかとなく間違った使用人生活2 昼


 昼下がり恒例の、午後のお茶。家族の繋がりを大切にする不二家のしきたりに則り、不二親子とそして現在遊びに来て―――もとい訪問してきている跡部親子が共にお茶を・・・・・・飲んではいなかった。
 「由美子。景吾君は?」
 尋ねる現青学の王―――由美子の父親に、彼女は上を指差し微笑んだ。
 「ああ。2階のテラスで周助と裕太とあと虎次郎君といるわ。子どもは子ども同士がいいかしら、って思ったんだけど。呼んでくる?」
 「いや。それならいい・・・・・・でしょうか?」
 前半は由美子に、そして後半は跡部夫妻に向ける。
 「ええ。こちらは全く」
 「景吾君も楽しんでいるようだし、そちらが構わないのでしたら」
 「そうですか。では今回は我々だけで―――。
  ―――ああ由美子、お前もそっちに行くか?」
 「じゃあ・・・・・・行ってこようかしら」
 一瞬奇妙なためらいを見せた後、由美子はひとつお辞儀をし、席を立った。
 出ようとした彼女へと―――
 「ああ、そういえば由美子君」
 狂介が何の気なし・・・と見られる様子で声をかけてきた。
 「何でしょう?」
 「ひとつ聞き忘れていた事があったんだけどいいかな?」
 「ええ」
 「君は景吾君と結婚して幸せかい?」
 何の盛り上がりも脈絡もなしになされる質問。「明日も晴れるかい?」と訊くのと同じようなノリ。彼なら実際同じノリで訊くだろうが。
 だから、
 「ええ。幸せですよ」
 由美子もまた、「ええ。晴れますよ」と言うのと同じノリで答えた。
 「そうか。ありがとう。悪いね、こんな話で引き止めてしまって」
 「いえ」
 それきり今度こそ出て行く由美子を見送り、
 狂介は出された紅茶に口をつけた。
 唇を濡らす程度に飲み、呟く。
 「難しいものだね、『幸せ』の定義というのも。
  愛そのものは幸せに繋がるのだろうけど、愛すること愛されることといった行動が必ずしもそこに結びつくものでもない。時に愛されない事の方が幸せに結びついたりもする―――ああ、これはこれで結局行動か。迂闊だったよ。失敗失敗」
 「―――つまり、どういう事ですかな?」
 問われ、同時に自分の意味のないタワゴトにも聞き手がいたという事を知り、狂介はようやっとテーブルへと視線を戻した。
 「大した意味でもありませんよ。ただ由美子君と景吾君の間にある『愛』と名称付けられるかもしれないものの形というのは、それこそ世間一般で共通認識として持たれているそれとは大きく形を異にしているのだろうな、とここ2・3日彼らを見て思っただけなもので。
  お気になさらないで下さい。幸せとは個人のためにあるものであり決してそれ以上のもののためにあるものではありませんから。もしもそれ以上を望むのであれば、それこそ『傲慢』というのでしょう」
 「・・・・・・・・・・・・。そうですな」
 狂介の言い分を最短でまとめるならば、2人は愛し合ってはいない、ただそれだけの事になる。だが由美子は言った。『自分は幸せだ』、と。
 ならばそれでいいのだろう。相思相愛を望むのならば―――それをこそ『傲慢』と言うのだろう。
 「親の『幸せ』は子どもの幸せ、ですか?」
 ちょっとした反撃の意味での質問。狂介が一瞬だけきょとんとする。それを見られただけでその質問には価値があるのかもしれない。
 元の笑みに戻り、
 「そうですね。そして、夫婦の『幸せ』は互いの幸せ、と。
  ―――結局のところ、突き詰めてしまえば自分が幸せであれば誰かも幸せになるんでしょうね。だからこそ人は幸せを求めるのかもしれない。まあ理想論ですが」





 「周ちゃん、裕太君、それに跡部。お茶持って来たよ」
 「わ〜v ありがとうv」
 「あ、ありがとうございます」
 「つーか何だ? その如何にもオマケっぽい言い方は。てめぇ今俺様の専属になったんだろうが。まず俺様に持ってこい」
 「お前の座る位置が一番遠いのが原因なんだろーが」
 こちらは2階テラスにてお茶をする子ども一同。盆を片手に入って来た佐伯が、なぜか拍手で迎えられる(1名除く)。
 注いだお茶を、不二に渡し、裕太に渡す。その間にも佐伯曰く『一番遠いため』ラストに回された1人との会話が続く。
 「遠かろうが最初に持ってくんのが執事の役目だろうが」
 「そう固く考えんなよ。別にちょっとラストに回される位でなんか変わるワケ―――
  ―――ああそうだ。こうしてラストにすればすぐ飲めるお前が1番温かいままだろ?」
 「スッゲーおまけじゃねえか今の言い方。誰がどう聞こうが前半部分が本音だろーが」
 「おっかしーなあ。今のはなかなかいい理屈だと・・・・・・」
 「思う奴がどこにい―――」
 「おおっと手が滑ったあ(棒読み)」
 「ンなモン喰らうか!」
 「ってお前どこに弾いてんだよ!!」
 「え・・・?」
 「うわっ・・・!?」
 ガチャ!!
 佐伯が凄まじい手の滑り方にて、クドいが一番遠い跡部にピンポイントで盆を飛ばした。もちろん上のお茶とお菓子セットも乗ったまま。
 それが引っくり返る前に手で弾く跡部。横に弾けば当然それは隣に座っている不二に降り注ぐ事になる。
 飛来するお盆その他諸々を見て、ただ呆けた声を上げることしか出来ない不二を当たる寸前で佐伯が後ろへ引き寄せた。おかげで代わりに直撃されそうになった裕太はいきなりの事態の変化に飛び退く事も出来ずヤケクソで盆ごと全て受け止めたが。
 裕太の手の中というか盆の上で跳ねる食器類にお茶さらにはケーキ。かろうじてケーキは皿の上に遺ったが、お茶はそれこそ狙ったかのように裕太の両手にびっしゃりとかかった。
 「熱っちいっ!!」
 叫びつつ裕太が盆をテーブルに叩きつけるように置いた。八つ当たり気味な動作にとどめを刺されて食器類が割れる。
 「裕太!?」
 佐伯の腕の中からあっさり抜け出す不二。それは止めずに佐伯は立ち上がった跡部と向かい合った。
 「周ちゃんにもし怪我があったらお前どうするつもりだったんだよ!?」
 「俺はいいんですか・・・・・・?」
 「てめぇがまずやったって言うに決まってんだろーが!!」
 「いやそれでも跡部がやった事そのものは変わらないって思うけど・・・・・・」
 「ほら周ちゃんだってお前のせいだって言ってんだろ!?」
 「言ってないから」
 「何ぃ!? てめぇウチで働かせてやった恩を忘れたってのか!? 俺様が一言拒否すりゃてめぇは路頭に迷ってたっつーのに!!」
 「迷わないんじゃないですか・・・? これでも兄貴一応青学[ウチ]の王子ですし・・・・・・」
 「てめぇらどっちの味方だ!!」
 「もちろん俺のだよね!?」
  「「いやだからさあ・・・・・・」」
 「―――うるさいわよあなたたち」
 ごんがんげんがす。
 いつの間にそこにいたかというよりどうやってあの食器だの何だのの残骸だらけの状態から無音で盆だけ抜き取ったか謎なまま、由美子が立てた盆で4人の頭を順番に叩いていった。
 「真下から声聞こえてたわよ」
 「あれ? 今日のお茶会ってこの下でやってたんですか?」
 「ええ」
 「っていうか・・・」
 「何で俺達まで・・・・・・?」
 「あら? 全員煩くなかったかしら?」
 「一応俺と兄貴は一言ずつしか騒いでないけど」
 「そうだったかしら? おかしいわね」
 「姉さん・・・。ノリで殴った?」
 「ふふ」
 「何だよお前その笑い」
 「まあ気にしないで」





 結局それらもよく聞こえる状態で。
 「ふふ。楽しそうね、みんな」
 「本当に」
 微笑む女性2人に、男性2人もまた―――
 「・・・・・・なんだかうちのが恐ろしく失礼な事をしているようなのですが」
 「大丈夫ですよ。まだまだ手ぬるいですから」
 「そう・・・・・・なんですか・・・・・・?」
 「ええ。断言させて頂きますが全く以って全然」



そこはかとなく間違った使用人生活3 夕方