4.NonStop Rocket!
               〜どこへでも連れて行きたい!〜






  再び過去と現在と  跡部編


 前と、同じようで同じでない関係。表面的には変わっていないようでも中では変わっているもの。実質1つで、細かく分ければたくさん。
 「―――ん? どうした? 跡部」
 「いや、何でもねえ―――つーか何もしてねえだろ?」
 「そっか? 何か言いたいのかって思った」
 「自意識過剰野郎が・・・」
 「ははっ」
 笑い、着替えを再開させる佐伯。これもまた1つ・・・いや、2つか。
 佐伯は着替えの最中一切手を出さなくなった。以前は、それこそ専属執事のマニュアルにはそんな決まりがついているのかと疑いたくなるほど律儀にちょっかいをかけてきたというのに。
 さらに、



 ――――――『跡部』。



 『景吾』と呼ばなくなった。執事と主の関係としてはこれが普通か。実際他の使用人に名前を呼ばせることはなかった。
 つまるところ・・・・・・
 (コイツにとっちゃ俺はただの『主』に戻ったってワケか・・・。まあ、厳密に言やあ仕える家の客なんだけどな・・・・・・)
 伸ばしかけていた手を、引っ込める。自分から何かするのは性に合わない。いや、普通の行動ならばむしろ自分から進んでする派なのだが。
 (俺からしちまったら・・・・・・それこそ俺が未練タラタラみてえじゃねえか・・・・・・。いや、そもそも別に俺がコイツに対して何か想ってるワケでもねえし、実際何か進んでたワケでもねえし・・・。そりゃやる事はやってたけどな、別にあれだって互いの欲求晴らしだろ? ―――じゃねえな。コイツが迫ってきやがったから相手してやってただけで・・・・・・)
 嘘と嘘に塗り重ねる嘘。最早積もりすぎてどれが本当だかもわからない。
 ただ、事実として遺っているのは―――
 ―――自分は結婚した事。そして、自分とこの男はただの主と執事である事。
 総じて・・・・・・全て終わってしまったという事。
 ゾク・・・・・・。
 (ヤベ・・・・・・)
 興奮しかけている。
 いつからこんなに自分の制御が難しくなったのだろう。
 「後はいい。自分でやる」
 「はあ?」
 「だから―――」
 言いかけて、
 (これじゃあからさまに何かあるっつってるようなモンじゃねえか・・・・・・)
 「――――――何でもねえ」
 「・・・・・・。それじゃあからさまに何かあるって言ってるみたいなモンじゃないか?」
 「何でもねえっつってんだろ!?」
 「はいはい」
 いつもどおり適当に流され、上を着替えさせ終わった佐伯が目の前で膝をついて座ってきた。ベルトを外し、パンツを下ろし、下着を下げ。
 「・・・・・・・・・・・・訊いていいか?」
 そこにあったものに、半端な笑みを浮かべ顔を上げてくる。あからさまに外方を向き、
 「だから『何かある』つったじゃねえか」
 「その開き直りっぷりがさすがお前だよな。にしても―――
  ―――別に由美子さんが相手してくれないなんて事は、ないんだろ?」
 妙に確信を持った言い振り。まるで実際に知っているかのようでムカつく・・・・・・などと捉えるのはただの卑しい被害妄想か。何に対する『被害』なのかは置いておくとして。
 「ンなこたね―――ぐ!」
 揶揄に、即座に否定する。正確には、否定しかける。
 即座に否定したのは単純にその揶揄が嫌だったから。嫉妬による被害妄想などという自分の勝手な都合はどうでもいいとして、妻たる由美子はこちらの事情を知った上で―――話してはいないが、聡い彼女ならばもう全てわかっているのだろう―――それでも自分の『妻』であることを選んでいる。そこから逃げようとしない。その様は、ある種尊敬にもあたる。戻れるわけのない過去にいつまでも縛られ続ける自分とは大違いだ。だからこそ、そういう彼女を自分のせいで侮辱されるのは嫌だった。
 そして、否定が途中で止まったのは・・・・・・
 「てめぇ、何しやがる・・・・・・!」
 「ん? そのままじゃ着替えた後支障が出るだろ?」
 「だから自分でやるって・・・・・・ん・・・・・・」
 「はいはい」
 先ほどに続いてまたもあっさり流され、佐伯が一度口を離したものをまた咥えた。
 躰中に疾る快感と、胸に走る痛み。
 かつてはあったような気もする愛情などは一切なく、ただ事務的に行われる作業―――それこそ『執事のお仕事その1』扱いの行為。それなのに止める事は出来ず、どころか促すように佐伯の頭を掴みより奥へと入れようとしている。本当に自分の制御が上手くいかない。
 「ゔ・・・・・・!!」
 喉から搾り出す呻き声。全てを吐き出した時、噛んでいた唇も限界を迎えたらしい。傷口に唾が混じり、痛みが広がる。
 「お前相変わらず声我慢しすぎ」
 全てを飲み終え、ついでに下も着替えさせ終えた佐伯が立ち上がる。浮かべられた優しい苦笑に、そんな言葉。一瞬、時が戻ったのかと思った。
 頬を手に取り、唇を舐めてくる。傷口に唾が混じり、やはり広がる痛み。痛くて、甘い。
 消すように、さらに広げるように、角度を変え何度も唇を啄ばまれる。
 まどろっこしいキス未満。背中に手を回し、自分から強引に進めようとしたところで、
 とん、と軽く胸元を押された。反射で脚に力を入れ留まる自分。反動で後ろに下がる佐伯。どちらにしろ、2人の間には隙間が出来た。見た目
1020cm。実質はどれほどか。
 上半身だけ屈み込み、佐伯がベッドに置いていた上着を取り上げた。肩にかけられる。
 着込みつつ、見やれば。
 佐伯の唇に僅かに血が付着していた。
 (俺の、か・・・・・・)
 思う間にも、佐伯は自分で気付き自分で舐めとった。
 「先行くから、遅れんなよ」
 「ああ」
 出て行く佐伯を一応扉が閉まるまで視線を逸らして見送り、跡部は長いため息をつきながらベッドへと座った。変わったことをさらに発見。というか、
 (今まで気付いてなかっただけか。わざとやってくる辺り相変わらず嫌がらせ大好き野郎だな・・・・・・)
 まとめるに、佐伯は本当に頭がいい。もう少し言えば、頭の回転が速い。
 佐伯といて苛立つ事は多々あれど、不満に思うことはほとんどなかった。あの男は常にこちらの一歩先を読み行動してくる。おかげでやりすぎはいつもの事でも、足りない事はめったになかった。いや、結果論からすると0か。今までは
 今では―――こちらの一歩先を読んだ上でそこから外してくる。極めて不満だ。心も、躰も。
 「結局脱ぐの前提ならわざわざきちっと着せんじゃねえ・・・! ったく・・・・・・」
 ボヤき、跡部は座ったまま着たばかりの服に手をかけた・・・・・・。



再び過去と現在と  佐伯編