4.NonStop Rocket!
               〜どこへでも連れて行きたい!〜






  そして真実について 1


 その日もまた行われるお茶会。今日は珍しく両家族全員集合だという。
 だるい体―――疲れしか得られなかった躰を引きづり、跡部が食卓へと向かう。既に全員が揃っていた。不二家。跡部家。さらには、両方にとって家族の一員とみなされている執事もまた。
 「今日は私が入れたのよ」
 微笑み、立ち上がった由美子が、ティーポットに入っていたお茶を跡部のカップへと注いだ。
 紅いお茶から立ち上る湯気。一緒に上ってくる甘い香りに、跡部は礼もそこそこに一気に半分ほど飲んだ。
 おいしさに、凝り固まっていた体がふと溶けていくような気がした。全てが遠いような感じがする。周りの会話も、笑顔も、笑い声も。
 ―――アイツも、全て遠い。
 トクン・・・・・・。
 (あ・・・・・・?)
 トクン・・・・・・。
 鼓動が、1つ、2つ。
 アイツの、会話に、笑顔に、笑い声に。
 トクン・・・・・・。
 知っている、この感覚。
 世界でただ1人、アイツだけに感じるこの鼓動。
 (もう、終わった事だろ・・・?)
 そう、苦笑することも出来ず。
 トクン・・・・・・。
 喉が、渇く。
 残っていた半分をさらに一気に飲む。
 (いや・・・・・・)
 これじゃ全然満たされない。
 唾を飲む。唇を舐める。これでも全然足りない。
 渇きが苛立ちになる。カップを持つ手に爪を立て引っ掻く。一瞬だけ、痛みで全てが収まる。
 一瞬が終わる。苛立ちが熱に変わる。
 排出しようと息が荒くなる。顔に手をやれば汗でびっしょりだった。目を細め、忌々しげに汗のついた手を見下ろす。
 「―――どうした? 跡部」
 問うてくるのは、残酷にも佐伯。誰の意図だか真正面にいた彼ならば最初に気付いたとしておかしくはない。
 目と目がぴたりと合う。いつ振りだろう、視線を合わせたのは。逸らしたのは向こうか、それとも自分か。
 ドクン・・・。
 「汗、びっしょりだぞ。具合悪いんじゃないのか?」
 佐伯が身を乗り出す。髪を掻き上げ、おでこに手がかかる。骨ばった、冷たい手。よく知っている―――よく知っていた、その手。
 ドクン!
 ばしっ!
 「・・・・・・跡部?」
 「何でもねえ。ちっと疲れてるだけだ」
 佐伯の手を跳ね除け、跡部は席を立ち上がった。丁度いい口実。理由を言う手間が省けた。
 軽く頭を下げ退室する。いつもわりと開けている襟元をさらに開け空気を取り込んでも、全く熱は収まる気配を見せない。
 (熱ちい・・・・・・。どっか、涼しい場所・・・・・・・・・・・・)
 ぼーっとする頭で上着を脱ごうとし、
 手にポケットから滑り落ちた鎖が引っかかった。





ψ     ψ     ψ     ψ     ψ






 「大丈夫か? 景吾君は」
 「さあ、大丈夫じゃないかしら? ちょっと遊び疲れた程度でしょ?
  それより、2杯目はどうかしら? 大分冷めたんじゃない?」
 父親の目線による非難も肩を竦めてかわし、由美子はみんなに2杯目を注いでいった。甘い香りが広がる。
 心配げに跡部の出て行った方を見る一同。その中で、狂介が最初に元へと戻った。
 「じゃあ、もらおうかな」
 手に取ったカップに口をつけ―――つけるだけで終わりにする。
 それに倣うように、周りも首を正面へと戻す。元々ほとんど正面だった不二が次に口をつけ、
 ばしゃっ!!
 隣で同様に飲もうとしていた裕太からカップを跳ね飛ばした。厚い絨毯の上に落ちたカップは転がり、中身は裕太の顔に跳ねた。
 「何すんだよ兄貴!」
 不二の突然の暴挙に全員の手が止まる。弟の怒声は無視し、
 「姉さん」
 一言だけ呼びかけた。姉へ―――このお茶を入れた、張本人へ。
 最後まで目線を戻さなかった佐伯も、さすがにこの騒ぎでは戻さざるを得なかった。戻し、不二の冷たい瞳を見て。
 「―――っ!」
 顔を上げ、跡部の飲んだカップへと手を伸ばした。
 匂いを嗅ぎ、飲み口に残った水滴を舐め取り、
 「甘い・・・・・・」
 その結論に、不二の瞳がさらに険しくなった。
 それ以上の冷たさで佐伯が由美子を凝視する。
 「一応尋ねておきますが、
  ―――『事故』、じゃないですよね・・・・・・?」
 「一部偶然を『事故』と呼ぶならば、もしかしたらそれに含まれたかもしれないけど?」
 がしゃん!!
 テーブルに置かれたカップが粉々に砕ける。
 さすがにただ事ではないと悟る一同の中で、
 「コニの葉だね?」
 今だカップを顔近くまで上げたままの狂介が呟いた。特に咎めるわけでもなく、淡々と。
 「超即効性のある毒物の一種だ。正確にはコニの葉に含まれる甘味成分・コニースが。
  このように乾燥させたものをお茶として飲むのが一般的だ。少し涼しめの環境を好むため青学ではあまりないだろうが、氷帝では割とメジャーなものだ。興奮作用があるため、祭りごとかあるいは各種オカルトの類でよく用いられる」
 「なっ・・・・・・!?」
 「じゃあ、俺たちも・・・・・・!?」
 「いや。言ったとおり毒となるのは甘味成分だ。そしてこれが抽出されるのには暫し時間がかかる。1杯目で甘いと感じた者はいないだろう?」
 「そういえば、2杯目の方が香りも甘かった・・・・・・」
 「つまりは周助君に助けられたというわけだ。ただし、
  ――――――景吾君は手遅れだったようだけど」


 『甘い・・・・・・』


 跡部の飲んだお茶を確認しての佐伯の台詞。何を指していたか、今では全員よくわかった。
 「しかし不思議なものだね。景吾君はこの手のものには殊慎重だ。それが気付かず1杯全て飲み干したとは。しかもあの様子では退室した時点ですら気付いていなかった。
  どうやら具合が悪いのは本当だったようだ。理由は知らないけれどね」
 「意外と、慣れてたんじゃないですか?」
 くすり、と由美子が笑う。狂介の言葉に続けるようであり、その実視線は佐伯に向けたまま。
 「ねえ虎次郎君、あなたは跡部君にどれだけの毒を飲ませたのかしら?」
 見開かれる佐伯の目から光が消える。
 濁った瞳を睫毛で隠し、口だけに笑みを浮かべた。
 「飲ませられるなら、飲ませたかったですよ。アイツが溺れるくらい。俺の事を、永遠に手放せなくなるくらい・・・・・・」
 俯き肩を震わせる佐伯に、
 「虎次郎君、いつまでもこんなところにいないで早く景吾君のところへ行った方がいい。
  コニの葉の特性をそこまで熟知しているのならその先も知っているのだろう? 初期の処置により―――」
 「―――生存確率が変わる。わかってます」
 極めて珍しく何かを促す狂介の言葉を遮り、佐伯は椅子を蹴倒し立ち上がった。走り去ろうとする佐伯に、さらに声がかけられる。
 「サエ! 跡部の居場所は―――」
 「わからないで『専属執事』なんてやってられないよ!」
 出口で振り向く佐伯。掲げた手には、跡部が持っていたのと同じ鎖がかけられていた。





ψ     ψ     ψ     ψ     ψ






 2人の抜けた食卓にて。
 「だから伝えておいたでしょう? <私に後始末を押し付けた借りは高くつくわよ。覚悟しておきなさい>って」
 「う〜ん姉さん。だからといって毒殺はどうかって思うよ。ヘタするとそれこそ戦争突入だよ?」
 「未遂だからいいじゃない。何のためにあなたと虎次郎君に一通り仕込んでおいたと思うの?」
 「こういうためだったの・・・・・・?」
 先ほどまでの険悪感を吹き飛ばし和気藹々と話す由美子と不二に、ついていけないながらも裕太がオズオズと手を上げた。
 「あのさ、姉貴・・・。
  『毒殺』・・・・・・?」
 狂介と佐伯の会話を思い出す。『初期の処置により生存確率が変わる』。
 「興奮剤、じゃねえのか・・・・・・?」
 「興奮剤だよ? 極めて常留性の強い、ね。
  一度飲むと病みつきになる。しかも厄介な事にこれは
BCDの類だ」
 会話に加わる狂介。謎の単語に裕太が首を傾げた。
 「
BCD?」
 「『
Brain Changed Drag』。飲み続ければ脳の働き、特に生存に必要な部分の働きを代行するようになる。このためそのうちこれを飲まずには生存が不可能となる。
  が、厄介なのはここからだ。この状態まで追い込まれるとむしろ飲まなくともハイになれる。それを必要としなくなる。
  ―――基本的に一度手を付けたら最後。最終的な生存率はほぼ0%。唯一生き残る手段は1度目、体中に広がる前に抜き出す事だ」
 「じゃあ、跡部さんは―――!?」
 驚く一同へ、答えた由美子だった。
 「『手後れ』でしょうね。跡部君はとっくに毒に犯されている。5年もかけて、じわじわと。
  なまじ耐性があるからさっさと堕ちれず、より強い毒を喰らい続けた。『理性』という、耐性のおかげでね。
  耐性がなくなった今、墜とすのも助けるのもあなたの自由よ、虎次郎君・・・・・・」
 呟く由美子の言葉が聞こえたか否か、その頃当事者たちは・・・・・・



そして真実について 2