4.NonStop Rocket!
               〜どこへでも連れて行きたい!〜






  そして真実について 2


 鎖についていた2つのカギ。震える手で邪魔な自分達の部屋の分は引きちぎり、もう片方のカギを手にそれが合う部屋へと向かう。何の変哲もない部屋。新米執事の住むそこへ。
 部屋に入る。やはり最初に目に付くのは中心に置かれたベッド。どうでもいいが自分の屋敷にあった彼の部屋より使い込まれている。今度は主の部屋に入り浸っているわけではないのか。少し、安心する。
 ベッドに座り、枕を抱き込む。いつも接していた、慣れたにおい。目を細め、抱く手に力を込める。
 理性なんてもうなくて、ただ心の赴くまま、
 跡部は意識を夢の奥底へとうずめていった。





ψ     ψ     ψ     ψ     ψ






 「景吾!」
 ばん、と自室の扉を開け放つ佐伯。そこにあるのは、最悪にして最高の光景だった。
 「佐伯・・・・・・」
 ベッドに座り、枕を抱いていた跡部が、声に反応し顔を上げる。その目には理性はなく、心もない。浮かべる壊れた笑み同様の、空っぽの瞳。
 「佐伯・・・・・・・・・・・・」
 呟き、跡部が枕を捨て立ち上がってきた。立ち上がり―――佐伯の躰へと倒れ込む。
 「景―――」
 再度の呼び掛けを遮る。触れた唇は一気に躰を熱くした。先ほどまでの不快感ではなく、極上の快感。
 佐伯の首へと手を回したまま、ベッドへと転がる。その上で手を緩めると、上に倒れこんできた佐伯は一度躰を起こした。
 頬を撫で、ゆっくりと顔を近づけ、
 「景吾・・・・・・」
 「ん・・・・・・」



 「――――――ごめんな」





ψ     ψ     ψ     ψ     ψ






 バシャ―――――――ン!!!
 遠くから聞こえた激しい水音に、食卓で2人を待っていた一同が顔を顰めた。
 「何だ・・・・・・!?」
 驚く者々を他所に、おおよその事態を予測した3人が微笑ましげに笑い合う。
 「虎次郎君も、また思い切った手法に出たね」
 「これで跡部君が心臓発作なんて起こしてたらまさしく国際問題でしょうね」
 「姉さん、もしかしなくても水に変えておいた?」
 「事態が早くて助かるでしょ?」
 「えっと・・・・・・何の事?」
 問う裕太に、やはり説明役となった狂介が答えた。
 「コニース中毒の一番簡単な解毒法だよ。毒が体中―――脳中に回らないようにすればいい。
  一度意識を失わせて脳内活動を最低限まで抑え、その後一気に目覚めさせ体を活性化させ内側から追い出す。というわけで」
 「この様子と時間だと跡部君を殴って気絶させて、そしてお風呂に放り込んだんじゃないかしら?」
 続けられる由美子の言葉を証明するように。
 『てめぇ佐伯!! いきなり何しやがる!!??』
 風呂場だと思われる場所からは跡部の、極めていつもどおりの怒声が反響して響き渡ってきた。
 「最悪だねサエ。これでもう言い逃れは出来ないよ」
 わざとらしいまでの深刻さで、つまりは冗談めかした不二の言葉。
 さらに由美子が重ねる。実に楽しそうな様子で。
 「『国際問題』発生ね。さっそく責任取らせて虎次郎君はクビにしないと」





ψ     ψ     ψ     ψ     ψ






 実際に風呂場にて。
 「てめぇ佐伯!! いきなり何しやがる!!??」
 服を着たままいきなり浴槽に放り込まれたというか投げ込まれた跡部は、ショック死やら溺死やらから逃れるかのように勢いよく立ち上がった。全身ずぶ濡れで、顔にかかる髪と水滴のおかげで犯人の姿もロクに確認していないのだが―――自分にこのような事をしてくる人間などコイツを置いて他にはいない。
 その耳に、ごく普通の・・・・・・棒読み口調が入ってくる。
 「ああ跡部。正気に戻ったか。よかったよかった」
 こちらも跡部を放り込んだ煽りだろう、ずぶ濡れの佐伯がうそ臭さ
100%の笑みで頷いている。これで一見落着といわんばかりの雰囲気で、1段下がった浴槽にいる跡部の頭をぺしぺしと叩き、やはり笑う。
 「まあ何ともないみたいだし、それならいいや。みんなにもそう言ってくるから、お前ちゃんと体温めておけよ」
 手を振り、立ち去ろうとした佐伯の手を、
 跡部が掴んで止めた。
 「コニース中毒か?」
 「――――――え?」
 「あの茶、コニの葉の抽出液だろ?」
 「・・・・・・・・・・・・知って、たのか?」
 「口付けりゃすぐわかる。氷帝[ウチ]じゃメジャーな毒草だ。それに・・・・・・」
 「『氷帝有数の魔法使い』ならわからないワケもない、か?」
 「『有数』だあ・・・?」
 「『随一』じゃないだろ? 狂介さんは飲む前からわかってたみたいだしな」
 「俺の様子見てたからだろ?」
 「さあ。どうだろう? 実は1杯目も2杯目も最初に飲んだの狂介さんなんだよな」
 1杯目はそのまま数口飲み、2杯目は口を付けただけで終わらせた。恐らく不二が次に口を付けたのは反応の違いの理由を知るためだったのだろう。
 ―――『祭りごとかあるいは各種オカルトの類でよく用いられる』
 『各種[いわゆる]オカルトの類』に精通した者を『魔法使い』という。万人受けしやすい科学技術と違い、国によっては―――そして人によっては―――そんなものは迷信に過ぎないと言う者も多いが、青学と氷帝ではわりと普通のものとして取り上げられている。現王家の不二家と跡部家に『魔法使い』がいるから、ともいえるが。
 先ほど不二姉弟の会話に出てきた、由美子が不二と佐伯に一通り仕込んだものがコレならば、狂介がむやみに詳しいのも同じ理由によりである。それどころか由美子にコニースの知識を提供したのは狂介である。同時に息子を同等のレベルにまで育て上げたのも。
 その辺りの、深めれば深めるほど痛い会話は早めに切り上げ。
 「それに・・・・・・てめぇの今の解毒法、前俺がやったのと同じじゃねえか。オリジナリティがねえ」
 「前・・・? ああ、あの時か」
 目を細めて佐伯が笑った。懐かしい記憶。そういえばあの実験という名の嫌がらせがあったから、自分は跡部の『専属執事』になったのか。
 先ほど狂介が述べたように、コニの葉は氷帝ではメジャーだが青学ではマイナーなものだ。共にオカルトの知識を持つ跡部と佐伯はその知識を交換し合う中で―――跡部がふと普段の仕返し法を思いついたのだ。それが、佐伯にコニースを飲ませ理性0の姿を思いっきり笑い飛ばしてやろうというもの。解毒法はわかっているし、タイミングさえ気をつければ大丈夫だ。そのため計画は練りに練まくった。そして・・・・・・
 実際何も気付かず飲まされ、理性0となった佐伯は跡部を押し倒した。ぎりぎりでみぞおちに膝蹴りを入れ、怒りに任せ冷水に突っ込み、散々に怒鳴り合い。
 押し倒した理由を、押し倒されて嫌だと感じなかった理由を探り―――2人とも同じ理由に辿り着いていた。だからこそそれを互いに隠した。隠して、それでも上辺だけでもいいから少しでも触れたくて。そしてなし崩しに佐伯は跡部の『専属執事』となった。
 「なのに飲んだんだ」
 特に咎めるわけでもなく、続ける。一度食らい、佐伯もコニの葉については学んだ。たとえ飲んだとしても解毒してくれると確信していたからか。それに由美子の言葉で仕掛け人が彼女だとわかっていたのだろう。ならば安心だと思ったか。
 問われ、
 跡部が佐伯の手を握る手に力を込めた。指を絡め。
 「知ってんだろ? 俺は耐性は強いからな」
 「体の? 心の?」
 呟く佐伯の体を抱き締め、背伸びして耳元に囁く。今までずっと隠してきた事。
 「これが、俺の答えだ」
 跡部に抱き締められるまま、佐伯は目を見開き、
 ゆっくりと、優しく強く、抱き締め返した。
 「本当はさっき、お前が中毒症状になってた時さ・・・・・・、
  ―――このままにしておこうかどうしようかって悩んだ」
 「ああ?」
 「このままだったら、お前は死ぬまでずっと俺のものになるんだな、って。
  そう思ったら解毒[もど]したくなくなった」
 「なのにこうしたんだな」
 「ああ。実際見たら意外と簡単に決まった。やっぱいつも通りのお前がいいなって。正直もなにもはっきりきっぱりあのお前は気持ち悪―――」
 どごっ!
 抱き締め合ったままでのみぞおち殴り。衝撃がモロに伝わり、佐伯がその場に崩れ落ちた。
 さらに浴槽から出つつそれを踏みつけ、振り返って宣告する。
 「ああ悪かったな!! てめぇにゃ2度とンな事ぁしねえよ!!!」
 ばん!!
 轟音を立てて風呂場の扉が閉められる。
 「痛って・・・・・・」
 よろよろと起き上がり、佐伯が苦笑いを浮かべた。
 「まあ、由美子さんには悪いけど―――結局何も進展なしってところだな」



終わり良ければ全て良し?