跡部と由美子が結婚してもうどれくらいになったか。とりあえず専属執事も戻り、なぜだか隣国王子たる彼女の弟もメイドとしてしょっちゅう来るようになり、決して平穏ではないが日々の生活が『平凡』となったところで。
―――それが起こった。
§1 『愛情』のカタチ
跡部・佐伯【5日前・氷帝より(別々に)Go!】
それの前兆は本当に小さなものだった。あまりに小さくて佐伯にも不二にも見逃され―――
「お待たせ。準備できた?
―――あら? 跡部君は?」
「え・・・・・・?」
最初に気付いたのは、当人の妻であり同時に『魔法使い』などと呼ばれ日々謎な力を使っていると言われる由美子であった。
「跡部だったらその辺りうろついてるよ?」
馬から軽く飛び降りつつ不二が答える。馬を受け取った忍足が「上手いなー周は」などと誉めてくる。
「その辺り・・・って、見えないんだけど」
目の上に手を当て見回す由美子。こちらも彼女が来た事に気付いたか、少し遠くにいた佐伯が馬を操り近付いてきた。
「どうしたんですか?」
「ああ、虎次郎君。跡部君は?」
弟にしたのと同じ質問を繰り返す。佐伯もまた適当に自分の後ろを指差し、
「ああ、景吾ならその辺り――――――やられたぁ!!」
ついでに自分の体も捻りながら、思い切り怒鳴った。
今日は結婚後初、2人―――に幾人かオマケ付―――で出かける予定だった。向かう先は山吹公国。結婚前後で氷帝に遊びに来ては何をやりたかったのか結局理由不明だった千石へ、今度は2人(+α)が報告も兼ねて会いに行く事にしたのだ。
出発は今日。荷物もまとめ馬車も用意し、今は馬の調子を見ている最中・・・・・・のハズだった。
「アイツ1人で先行きやがった・・・・・・!!」
拳を戦慄かせ佐伯が呻く。このような騒ぎなら毎度の事だというのに、今日は『(一応)夫婦2人で』という前提があったため失念していた。
跡部は2人以上での行動を好まないタチだ。仕事上の秘書である樺地は別として、それ以外との行動は出来れば避けようとする。
―――跡部の名誉保護のため付け加えておくと、彼が避けているのは2人以上の行動ではなく、一緒にいてロクな目に遭った覚えのない『特定の他人』である。ただしそういう輩に限ってなぜかいつも一緒になるから、それを避けている間にそんな風に思われるようになっただけで。
そしてその『特定の他人』らは、
「嘘!? だって今日は姉さんもいるんだよ?」
「困ったわねえ。そんなに跡部君に嫌われてたかしら?」
「いや、多分嫌う嫌わない以前の問題として本能的な恐怖心から逃げたんじゃ・・・・・・」
本人がいないのをいい事に好き勝手言いまくっていた。
「―――まあそれはいいとして、とりあえず千石は公都にいるワケだし、今から行ったら充分追いつけるんじゃないかな?」
「間に合う? 明らかに単独で行った跡部の方が早くない? ヘタすると先に挨拶だけ済ませて帰ってきちゃうんじゃない?」
馬と馬車。どちらが早いか問われればまず間違いなく馬だろう。しかも跡部の乗って行った馬・エリザベーテといえば跡部家でも最速を誇る馬だ。通常速さよりも力や持久力を要する馬車には不向きのため、彼が「ついでだ」などと言って調整を始めた時は首を傾げたのだが。
が、
「早くないよ。むしろ遅い」
にやりと笑い佐伯はそう断言した。
「跡部が山吹公都まで直進する―――最短距離で行くとはとても思えない。向こうもこっちの追手を予想してるなら、撒くためにむしろ遠回りするだろうね。例えば一回別方向から氷帝の外に出て、2つの国境ぎりぎりに沿って行く、とか」
「なるほど・・・」
「なら、私たちは先に行って向こうで待たせてもらえばいいわね」
「あと千石にも連絡とっておいて、万が一景吾が先についた場合も足止めしておいてもらえばいいですし」
「じゃあ、私たちは予定通り行きましょうか」
「そうですね」
いろいろと問題はあるはずなのだが、その辺りをあっさりとスルーして彼らはごく普通に出発していった。
ψ ψ ψ ψ ψ
さてその頃より少し先、本当に氷帝の、さらに山吹の国境[はしっこ]をなぞる形で愛馬を驀進させていた跡部は、
「おし。この辺りまで来りゃいいか」
一度馬を止め現在地を確認し、方向を変え一気に山吹領内―――端にある村へと突入していった。
―――始まりました§1。タイムスケジュールと話の順番を比べると、なんで跡部サイドがやったら早い段階から書かれているのか。答えはサエFanなのに出番がなくて寂しいから飽きるごとに人を変えていた(爆)・・・・・・というのはまあ3割程度冗談で、正解は時間どおり追うと同じサイドに固まるからです。『1日目』なんぞ他移動中だったり会議中だったりで出番ありません。逆に『0日目』ひたすら跡部が捕らえられたままです。時間どおり追っていると誰よりも書いている私自身が他の人が何やってるか忘れそうでした。読まれる場合、一応最初の並び順を前提としていますが、日にち通り読まれるとむしろ刻々迫るタイムリミットがわかりやすいかもしれません(なので小フレームというか見出し部分は時間どおり並べてみたり)。