§1 『愛情』のカタチ
千石【0日目・山吹にて無謀家を突っ込む】
「は? 戦争?」
山吹公都にて。跡部らを待つ間に次はどこ行こうかな〜と計画を練っていた千石は、室町の持って来た情報に目を点にした。突飛な発言に驚く千石。が、
「みたいっスね」
Always冷静な情報収集員はこの時もまた冷静に肩を竦めてきた。
「対戦国は山吹[ウチ]と不動峰。不動峰は山吹の領土の一部―――というか端の村1つ制圧して現在止まってますね。これから上同士で交渉するんでしょう」
「―――ってちょっとは焦ろうよ室町く〜ん!!」
あまりの冷静ぶりにさすがに突っ込む。しかしながら・・・
「というワケですんで、そっちには行かないようにして下さいね」
むしろ彼―――室町の結論はここにあったらしい。
念を押すように「いいですか?」と繰り返す彼に、
「は〜い♪」
と千石は素直に従った。こういう時の彼に逆らうといろいろと面倒だ。
とりあえず(見かけ上だけでも)信用してくれたか、室町も頷いてくる。長々と説教されずに済んだとひと安心しつつ、話題を変える。
「にしても、跡部くん遅いね〜」
同行者―――予定ではそうなる筈だった者らに、既に連絡は受けている。馬車で来た彼らももう山吹領内に入っただろうに。
が、肝心の追われる側が今だ来ない。どころか完全に音沙汰なしだ。
「跡部さんが公都まで直進する―――最短距離で行くとはとても思えないっスよ。向こうも追手は予想してるでしょうし、撒くためにむしろ遠回りするんじゃないっスか? 例えば一回別方向から氷帝の外に出て、国境ぎりぎりに沿って行く、とか」
佐伯とぴったり同じ考えに辿り着く室町。そういう彼に、
ちっちっちと指を振ってみせる。
「確かに遠回りはしてくるかもね。でもそれにしても遅すぎる。山吹領内に入ったって情報もなしだろ?」
「ないっスね。でもそこまで遅いっスか?」
「遅い。いくら追いつかれないようにルート変えたって先に行かれ過ぎたらむしろ問題だろ? ここで待ち伏せされてさらにサエくんの小言[いやみ]が増えるよ。
それに跡部くんが単独馬に乗ってきたってんならエリスっしょ。元々速いしでこぼこ山道[オフロード]も相当慣れてる。山吹来るのになんか不便があるとも考えにくいし」
―――余談だが、オンロードとオフロードの違いについて。単純に考えると道の有無だが、それぞれの国もそこまで発展していないこの世界において、せいぜいまともな道があるのは街や村の中のみ。特に国外ではそもそも道らしい道はまずない。それこそ文字通りの『道無し[オフロード]』なのだが、いくらなんでもこれでは範囲が広すぎる。というかこれではそもそも分類の意味がない。
2つの区別は『馬車が走れるか否か』で付けられる。まともな道がなくとも草原やら荒野やらの平坦な道ならばまとめて『オンロード』、山道など険しい地形を『オフロード』という。そして・・・・・・
・・・・・・山の隙間を縫うように存在する山吹公国。その周りはひたすらにオフロードだらけだ。唯一のオンロードが山吹の中心をそのまま貫く筋。ものの運びを馬車で行う商業において、山吹が重要な中間点となる理由はここにある。
閑話休題。
「エリス? 跡部さんにしてはやたらと合わない名前の馬っスね」
「ああ。エリスは俺が勝手に呼んでるだけ。本名はエリザベーテ」
「それなら合いますね」
長い名前は面倒だと勝手に略す千石。ちなみにそんな彼の手にかかると、犬のマルガレーテはマルクに、猫のシャルロットはシャルになる。そう呼んでは跡部に怒られているが。
・・・・・・・・・・・・
今度こそ閑話休題。
「というワケで、普通なら跡部くんはとっくに山吹に入ってると思うんだよね」
先程の室町の台詞を真似て千石が言う。確かに、と納得する室町。納得して、ふと顔を上げる。
「跡部さんの馬って、そんなに速いんスか?」
微妙に意図の取れない質問。だが室町は意味のない質問はしない。当り前だ。千石に1の質問をしたならば、彼は2に行き8に行き3に行き6に行きようやく1の答えに辿り着くといった返答をしてくるのがザラなのだから。ヘタに興味本位で質問などをして延々と彼のぶっ飛び理論に付き合わされるのならば最低限のみ訊いた方がマシといったものである。
そんな室町の性格と人間観察力はよくわかっている。だから千石は、今回は即座に答えた。
「速いよ? 跡部家じゃトップだし、もしかしたら伝令用の馬より速いかもね」
伝令馬といえば各国、あるいは地域を治める者が、名前通り何か連絡を伝える際用いる馬だが―――この世界で曰くの電話やパソコンなどの便利な機器はなくとも、当然情報は新鮮度が大事。特に緊急のものほどそうである以上、伝令馬は馬の中でも最も速いとされるステアルス種を用いるのが一般的だ。ただし速く走ること以外何の役にも立たないため、彼の愛馬エリザベーテはそれではない・・・・・・のだが(そしてまたしても余談。ついこの間跡部両親が乗り、さらに青学へ爆走していったあの馬こそがステアルス種である。本気で速く走る事以外何の役にも立たない事が立証された)。
「ちなみに、いつ出発したんスか?」
「え〜っと、サエくんから連絡が入ったのが5日前だから―――やっぱ5日前だね」
「そう、っスか・・・・・・」
「何々? 珍しく曖昧じゃん」
言いよどむ室町に、逆に千石が訊き返す。室町は室町でさらに暫く悩んでから―――
―――テーブルに地図を広げた。
「予定してた―――って言いますか、普通に来るなら氷帝から直接山吹に来ますよね?」
「そうだね。別に山とかもないし」
「で、遠回りするなら・・・」
「室町くんが言った通り、直接のルートは避けて脇から氷帝出て、さらに山吹の国境ギリギリ・・・っていうか山肌に沿って暫く行って、適当なところで中に入ってきて――――――」
地図をなぞる千石の手が、
途中で止まった。
「・・・・・・・・・・・・さっきさ、室町くん今戦争してるって言ってたよね?」
「言ったっスね」
「山吹と・・・・・・どこだって?」
「不動峰です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いつから?」
「3日前」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
指差したまま、固まる。指でなぞった跡部の予想ルートは、氷帝・山吹の国境を沿うと同時に、
―――不動峰の国境もまた沿っていた。
「国境沿いの村1つ、制圧されたんだって・・・・・・・・・・・・?」
「そうみたいっスね」
「で、跡部くんが山吹に来たって情報はまだ一切なし・・・・・・・・・・・・?」
「そうっスね」
気持ち良く断言してくれる室町に、
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――だめじゃん」
千石は、そう呟くしかなかった。
―――ちなみに千石、この後会うおおむね誰からもため息をつかれるところから、彼に突っ込む権利はなさそうです。