§1 『愛情』のカタチ
跡部【1日目・不動峰にて捕虜生活絶賛満喫中】
(くっそ・・・! 何でンな事になりやがる・・・!! あれか? 置いてきた奴らの呪いか?)
佐伯と室町の予想通りのルートを辿り、ついでに室町と千石の予想通りのトラブルに巻き込まれた跡部は、後ろに回された拳を戦慄かせて震えていた。
ψ ψ ψ ψ ψ
最低限の休息は除き強行軍で馬を走らせてきた跡部。おかげで最短距離でも馬車で3日かかるところを、迂回したにも関わらず2日で山吹領内(の端)まで到達していた。
全く勢いを緩めず村へと入り、そこらにいた数人を吹っ飛ばしかけ絶妙の手綱捌きとエリス―――もといエリザベーテの驚異の運動能力にて回避して爆走を続ける。カランカランと(恐らく)敵侵入の知らせの鐘が村中に鳴り響いたが、まあすぐに通り過ぎるからいいだろうと無視していたら、なぜか本当に後ろから敵が侵入してきた。見た事のない黒い鎧を身に纏ったその一同は、戦闘態勢万全の村人たちと交戦を始め、さらにさっさと去ろうとするこちらにも弓矢で攻撃を仕掛けようとした。そんなものに当たるほど馬鹿でもノロマでもないためひょいひょいかわし村を出ようとし―――またも子どもを1人轢きかけた。
『ちっ・・・!』
先ほどまで同様避けてもいいが、そうするとこちらを狙ってきた矢に確実に当たる。一緒にどけさせようにも、大人ならともかく子どもの背丈では馬に乗ったままでは届かない。
『行け! エリザベーテ!』
手で直接叩いてそう指示をし、跡部はさらに速度を上げるエリザベーテから飛び降りた。こちらに向けられたナイフに髪数本を犠牲にしながら抱き込み、道の端まで転がる。同時にエリザベーテは自分達とは逆の角に入り、標的をしっかり狙っていた矢は何もない空間をただ飛び去っていった。
元々外していたからこそ逆にこちらに飛んできた矢を、持ちっぱなしだった馬用の鞭で弾く。子どもを引っ張り起こし、安全な場所はどこかと見回し、
『・・・・・・・・・・・・ちっ』
跡部はもう一度、今度は幾分押さえ気味に舌打ちをした。周りを取り囲む気配―――というか殺意。エリザベーテを追って来た騎馬隊だろう。完全に囲まれたようだ。
鞭を捨て、開いた両手を適当に上げる。氷帝式にはさらに即座に対応出来ないようにと頭の上(斜め後ろ)でがっちり指を絡め合わせて組むのが正しい降参の合図だが、確か山吹ではこれでいいはずだ。千石は自分相手にしょっちゅうこんなポーズをして命請いをしていた。
隣では子どもが自分と周りを不思議そうにきょろきょろ見回し・・・・・・黒馬に乗ってきた兵士らを見てナイフを放り出し思い切り万歳ポーズを取った。
『テメェ伝令係か?』
馬に乗ったまま最初に近づいてきた男―――自分と同い年程度の、片目を長い髪で隠した茶髪の少年が警戒心は崩さず訊いてくる。
(なるほどな・・・)
どうりで自分ひとりこんな大人数で懸命に追いかけてきたわけだ。
前に述べたように、この世界にリアルタイムで状況を伝えられる便利な道具はない(実は方法はあるのだが)。情報は各地を移動する商人たちや郵便屋などが運んでくれるが、一番速く状況を伝えようと思えば伝令馬で直接行くしかない。逆に言えば、その伝令係を押さえてしまえば情報が外に洩れるのが遅れ、援軍到着が遅くなるのだ。
鼻先に突きつけられた槍。歩兵が持つものより長いそれ越しにふてぶてしい笑みで少年を見上げ、
『さあな。人にもの訊くんだったらまずてめぇから名乗れって教わんなかったか?』
上げた手を下げ、ついでに腕を組む。軽い挑発。ただし―――組んだとはいっても絡めるほどではない。槍がこれ以上突き出される前に横に弾き、武器を奪うか騎手を引きずり落とすかどちらでも出来る体勢だ。
少年もそれを察したらしい。眉を吊り上げる程度で怒りを納め、言った。
『俺たちは、不動峰民主主義共和国のモンだ』
ψ ψ ψ ψ ψ
こうして現在跡部は他の村人たちと共に捕らえられ、後ろ手に縛られた状態で村の集会場に収容されている。
(不動峰、か・・・・・・)
かつての『不動峰王国』。最近革命が起こり、共和国へと変わったらしい。国とはいっても山吹に含まれる村々とさして大きさは変わりない。ついでにそういえばこの辺りにあったか。
仮にも一国の次期王の座を血筋やコネではなく実力で勝ち取った跡部が、異不動峰についてほとんど情報を得ていないのには理由がある。王国の時代から―――いやそれよりももっと前、まだ『村その1』でしかなかった頃から、不動峰はかなり閉鎖的な政治をし、一切外と関わりをもたなかったのだ。『国』というより『村連合』としてまとまった感の強い山吹公国にすら属さず、独立国として立ち上がったのはこのためだ。他の村との共存を拒んだ。それは今でも―――少なくとも王国時代と同じ。革命により何か変わったかと思ったが・・・・・・
(奴隷にすんのが国民から他国のヤツに代わったってだけか・・・・・・)
「・・・・・・お兄ちゃん、ごめんなさい」
「あん?」
隣で、同じく縛られた子どもが謝ってくる。
「僕を助けてこんな事になって・・・、あのままあの馬に乗ってれば他の村まで逃げられたでしょ?」
そんな・・・・・・マセた事を言ってくる。
(いつから俺はガキにまで心配されなきゃならなくなった?)
虚しさ満点の胸の内をもちろん表に出すことはなく、
「別に対した違いはねえよ。エリザベーテ―――俺の馬は能無しじゃねえ。とっくに追手に知らせてる。・・・・・・・まあアイツらに助けられんのも屈辱だがな」
「え? え?」
「何でもねえ。それより―――
―――ナイフ正面に構えんなら腕は完全に伸ばすか腰だめにするかどっちかにしろ。中途半端に肘曲げて相手刺しゃ力は肘で逃げるし最悪柄頭で自分の胸打つ。どこで習ったか知らねえが基礎はしっかり叩き込んどけ。出来ねえんなら一切習うな。半端な格闘技術はド素人よりタチが悪りい」
以前やはり千石に聞いた話だが、『村連合』たる山吹では、一応国に属していながらも各々の村がいつでも独立出来るレベルだという。防衛に関してもまた然り。国の持つ軍隊とは別に、村の中でも全員に徴兵制があり、自警団のようなものを作っている(厳密には、軍隊とは村々の中でも特に優秀であった者たちの集まりである)。
この村も例外ではなかったようだ。一切準備無し単独しかも足手まとい付きで(とあくまで強調)あっさり降参せざるをえなかったこちらと比べれば、村は実によく善戦したものだ。歩いて1日で全ての家を回れるほどの小ささながら、完全制圧まで3日持ち堪えたのは賞賛に値する。自分が遭遇した限りでも不動峰の兵士はなかなかに訓練されているようだ。それに互角に張り合ったとなると、互いの戦力―――人数を同じと仮定すると、氷帝の新米兵士より遥かに使えるかもしれない。
(となると向こうも相当に戦力は削ってるハズだ。しかも同じパターンが返ってくるとなりゃ連打で次の村に行くのは自殺行為。大体それなら俺らを収容しとく意味はねえしな)
奴隷にしたのならばこんなところに閉じ込めずにさっさと手駒として使うべきだ。戦闘能力の高さは身に染みてわかっただろうに。次に進むのならば自分達の戦力にすれば2倍弱の力が手に入れられることになる。
(なら、国[うえ]との直接交渉か。村1つ人質に取っときゃ言う事は聞くしかねえだろ。特に南だしな)
実直真面目な山吹の公王。顧問たる伴爺がどう言うかはともかく、南ならば余程のムチャがない限り人質の安全を最優先させる。間違っても強行突入で領土を取り戻そうとするような真似はしない。そういう無理無茶無謀というか人質の安全完全無視の人として最低的行為は千石の専売特許だ。
が、
(ちまちまやってりゃさらに厄介なのが来るぜ? さあどうするよ?)
落ち込む子どもの隣で、跡部は口の端を軽く吊り上げた。
―――ところでこのサブタイ。何が『絶賛』なのか。『賛辞も絶える』の略なのですが・・・・・・恐らく納得してくださる方はいらっしゃらないでしょう。