§1 『愛情』のカタチ
佐伯【0日目・山吹にて事実(跡部の愛馬名)確認】
その頃、山吹の領内に既に入っていた追手らは―――
「はあ? シルバーだけ帰ってきたあ?」
《ちょい待ちい。何やねん「シルバー」って》
「え? だから景吾の―――」
《エリザベーテやエリザベーテ。一文字も掠っとらんやん》
「でも馬っていったら―――」
《せやから『馬=シルバー』っちゅーのはホンマどこの世界の常識なん? この間も危うく周にそないな名前付けられそになったしなあ》
「俺と周ちゃんがそうなら青学じゃん?」
《しれっと嘘八百言うの止めい。岳人あたり真面目に信じてまうやん。
大体なあ。いつも跡部と一緒におるお前が一番名前は聞いとるやろ?》
「さってそれはともかく、
―――跡部の馬だけ帰って来たって?」
《・・・・・・意地でも名前言わんつもりかい。もうええけどな。
・・・・・・・・・・・・苦労するなあ跡部》
「ん? 何か―――」
《せや。しかも頭の端にちこっとやけどな、横一直線に傷があるんや。枝でつけたっちゅーより・・・けっこー鋭い刃に掠められた、っちゅーな》
「無視かよ」
《お前に言われたあらへん》
持ってきていた無線―――には間違いないが、つまるところ離れた場所同士で会話できる力の篭められた、跡部家主&使用人全員所持の魔具[アイテム]にさらに手を加え、国まで分かれた超遠距離用の伝話器具、通称『トランシーバー』で忍足と連絡を取りつつ、佐伯は怪訝な顔をしていた。
《お前らまだ跡部と合流してねえのかよ?》
別の声が乱入する。さすがに遠距離すぎてかなり聞き取り辛いが、多分向日のものだろう。負けずに―――いや佐伯には張り合う気はなかったが―――こちらも不二が乱入する。
「まあどうせ千石君のところで合流するからいっかな〜って観光気分でのんびりしてたんだけど」
《んで千石からはどや? 連絡来おった?》
「まだだな。来たら教えるって言ってたからまだ着いてないんだよな・・・・・・」
まあどうせ跡部の事だ。深夜も強行軍で進むし、付き合うのも疲れるからいいやなどと思ってはいたのだが・・・・・・。
「またアイツ・・・。1人で先行した挙句行方不明なんかになって・・・・・・。だから一緒に行けばよかったんだよ・・・・・・!」
声を落とししかし熱は帯びさせそんな事を言う佐伯に、
《・・・・・・そら俺でも遠慮させてもらうわ》
《・・・・・・ああ。俺もな》
なぜかトランシーバーの向こうで2人の声がやたらと遠くに感じる。それはともかくとして・・・
「じゃあとりあえず千石と合流するから。情報ならアイツにもらうのが一番だろ? 手がかりくらいはわかるかもしれない」
《まあ・・・気いつけいや》
「ああ。わかってる」
跡部の愛馬エリザベーテは主人に忠実だ。それが主人を放って帰ってくるとなると、余程の事態としか言い様はないだろう。それに・・・・・・
「頭の位置に、横一直線に切り傷あり、か・・・・・・」
忍足はあえて傷口からわかる事実のみを伝えてきたが、推論を付け加えるならば、
「矢か、あるいは同じく馬に乗ったヤツの攻撃か・・・・・・」
さらにエリザベーテについて付け加えると、この馬は軍用馬にも利用されるオリーガル種だ。馬としての総合力は高く、何より頭がいい。別に跡部本人も本気で戦場に出すつもりはなかったかもしれないが(もしかしたらあったのかもしれないが)、彼の手により徹底教育を受けている。当然のように人間を遥かに上回る運動神経の元では、生半可な攻撃は毛に掠りすらしない筈だ。
―――ちなみに実際エリザベーテが攻撃を喰らったのは子どもを前に跡部同様一瞬躊躇した際だったりする。
何にしろ、穏やかな事情では済まされないようだ。
「由美子さん、周ちゃん」
「ええ」
「うん」
こちらの言いたい事はわかったらしく、少し固めの表情で頷いてくる2人。
佐伯もひとつ頷き、馬車にムチを入れた。
―――佐伯・・・他にも確認する事はあるだろ? それもたっぷり・・・・・・。