§1 『愛情』のカタチ
千石2【0日目・山吹にて亜久津脅迫】
「じゃあ室町くんは今まで通り情報集めててね」
「千石さんはどうするんスか?」
「俺? そりゃ厄介事っていったらアイツだし? せっかく公都に来たんだから会いに行こうかな〜って」
「・・・・・・・・・・・・災難っスね、亜久津さん」
「ん? またどういう意味でだい?」
「いいえ別に」
「あ、太一くんも連れてっちゃお〜♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いーっスけどね、別に」
ψ ψ ψ ψ ψ
「というワケで会いに来たよん、亜久津」
公都の中でも貧民層やら軽犯罪者らが多く住む一角。なのに―――というと差別に近いが―――全く違和感なく溶け込んでいる千石。逆にその孤高な雰囲気によりだろうか、むしろ住人の筈なのにどことなく浮いているような気のする男に、極めて親しげに話し掛けていた。
「知るか。帰れ」
「え〜。冷たい〜」
「そうですよ亜久津先輩!」
「あア? テメエ太一、俺より千石につこうってか?」
「そんな〜。千石さん勧めてきたのは亜久津先輩じゃないですか!! 僕はずっと亜久津先輩と一緒にいたかったのに!!」
「何が悲しくて俺がガキのお守りなんてしなきゃなんねーんだよ」
「ええ? いつもしてるじゃん」
「ぶっ飛ばされてえか? 千石」
と、千石と太一を突き放す男―――亜久津は、(本人の意に反し)村の区切り無しに存在するこのようなアングラ社会におけるリーダー的存在であり、同時に千石にとってのいい『商売相手』である。
商売というと一般的に物品のやりとりだと捉えられがちだが、千石の場合さらに『情報』もまた商品の一部として取り扱っている。これは何も千石に限らず商人、それも大手の者たちほどその傾向に言える。がしかし、それらの中でもアングラ全体を取り仕切り全ての情報が集まってくる亜久津と直に繋がっている彼に情報面で敵う者はまずいない。千石が現在山吹の商人内で大きな力を持つ理由の1つがこれである。
戦争に直接関わるのはもちろん自分のような一商人ではなく公王たる南だ。だが話し合いだろうと戦い合いだろうと、それをしながらさらに水面下でこのように動くのはさすがに無理だ。だからこそそういった面でのサポートは自分の役目である。
(それに・・・、本当に跡部くんが人質になってるんだとしたら急いで解決しないとね・・・・・・)
単純に助けたいのの他に―――不動峰がもしも跡部の身分について知ったとしたら大変な事になる。山吹対不動峰の2国間戦争に氷帝が乱入してくることになる。そして・・・・・・
(むちゃくちゃシャレになんない大戦争になんじゃん・・・・・・)
話し合いによる和解などという道は完全に閉ざされる。
氷帝は原則相手に一切妥協はしない。半端に言いなりになれば相手をつけあがらせるだけだからだ。しかも山吹のみではなく氷帝まで侵略の対象とされる。それを避けるためには―――息子兼王候補1人の命など限りなく軽いものだ。不動峰がさっさと降伏してくれるかもしくは真正面から戦ってくれるかするならともかく・・・・・・人質を盾になど取った日には確実にそれごと攻撃される。それも人質が山吹の人間ならともかく跡部であったならば間違いなく。山吹の人間を見捨てれば最悪戦争は山吹vs不動峰から山吹vs氷帝となる。が、(この言い方もなんだが)逆に自国の人間である跡部ならば、十把一絡げに殺したところでそれが原則なのだから仕方ないと納得される。
それでありながらもちろんそんな考えなど知らない不動峰は、氷帝に対する人質に跡部を選ぶだろう。それこそ間違いなく。
(問答無用で時間との戦いって感じ?)
亜久津と太一がわいわい騒いでいる(ぎゃあぎゃあ騒ぐ太一を亜久津がさらに騒がしく引き剥がしている)のを他所に、千石は薄く吊り上げた唇をぺろりと舐めた。戦闘態勢、の自己合図。頭の中で今まで得た情報やこれからの状況、自分達の動きなどが整理されていく。
それらはもちろん表に現さず、へらへら笑みでぱちんと手を叩く。
「ホントに知んない? 戦争の事についてさ〜。ちょ〜っとでいいんだよ。何がきっかけかとか、何で襲ってきたのかとか」
「知んねーよ。とっとと帰れ」
言い放つ亜久津の目をじっと見て―――
「亜久津のケチ〜」
「うるせえ」
「いーもんいーもん。
太一くん、行くよ」
「え〜!? いいんですか〜!?」
「だ〜って亜久津がケチなんだもん」
「しつけえ・・・・・・」
ボヤく亜久津に「また来るね〜♪」と手を振りなおもごねる太一の背中を押しその場を去る。ある程度離れたところで工夫0ながら太一にお昼を買いに行かせ・・・・・・
千石は足早に元の場所へと戻っていった。
「あア? テメエまだ何か用かよ?」
半身振り向き問う亜久津を無視し、
どんっ―――!!
頭すぐ脇の壁に手の平を押し付ける。
その手を支えに顔を近付け、亜久津を見上げ、そっと囁く。
「俺が、教えてくんない? って言ってんだけど」
口調は静かに、しかし溢れ出す殺気は極めて烈しく。
千石とていつも跡部や佐伯に無意味に殴られまくっているわけではない。危険な場所含め各地を旅するのと合わせ、彼の戦闘技術は相当のものとなっていた(ただし跡部や佐伯はそれをも上回るため結局いつも無意味に殴られまくるのだが)。
顔の横に押し付けられた手。掠っただけで頬が切れている。避けたつもりだったが避けきれてはいなかったようだ。元々向こうが外す気でなければ、一撃で戦闘不能かそれに近い状況にまで追い込まれていたかもしれない。
「・・・・・・・・・・・・」
見上げる千石の目を見下ろす。決して睨め上げてはいない。いつも通りのクセ者の笑み。もしも答えるのを拒否したら、彼はこの笑みのまま自分を拷問にかけるだろう。
亜久津はため息をつき、
「人質にならずにその村から逃げ延びた、ってヤツが何人かいる。
そいつ等が口を揃えて言うには、争いが始まる前に馬に乗ったヤツが1人で村に突入してきたらしい。最初そいつが敵かと思って戦闘態勢に入ったところ本物の敵が攻めてきたそうだ」
「その突入してきたヤツってのの特徴は? それと―――」
「特徴としちゃ馬がオリーガル種の白馬だったって事と、山吹じゃ珍しい灰白色[アッシュ・グレイ]の髪の男だったって事だそうだ。さすがにその状況でそれ以上のんびり観察なんてしてらんねえよ。
でもってそいつがその後どうしたかについちゃわかんねえ。他の村に逃げてきたヤツらの中にはいなかったぜ。山吹の外に逃げたかさもなきゃ―――」
「捕まったか、か・・・・・・」
大体の構造は読めた。その村と不動峰はほとんど目と鼻の先だ。不動峰側の目的はともかく、元々最近革命が起こりがらりと変わった不動峰に警戒していたところでのその騒ぎ。対応の早さが逆に仇となり、いきなり全面戦争へと突入したのだろう。村ひとつ制圧するのに3日もかかったのは―――まさか制圧するだけして上との交渉を何日も遅らせるワケはあるまい―――そのためらしい。
(跡部く〜ん。頼むから戦争の火種他国にばらまくの止めようよ〜・・・・・・)
はぁぁぁぁ〜、と重いため息をつく千石を暫し見やり、
「―――やっぱそのはた迷惑なヤローは跡部か?」
「多分、ね。山吹来るって言って行方不明だし、時期的に丁度戦争が始まった頃着いてただろうし」
「だから言いたくなかったんだよ・・・・・・」
千石とは別の意味で亜久津がため息をつく。これで必然的に千石がこの戦争に乱入せざるを得なくなった。そして・・・・・・
これで平和的解決の道は完全に閉ざされた。それもまた必然的に。
今の態度を見ればわかるだろう。千石は、本人はどこまで自覚しているのかはともかく、跡部を助けるためならばいくらでも残虐な手を使うだろう。不動峰はおろか跡部除く人質全員を殺す事になろうとも。
「で? どうするつもりだ?」
「え?」
「トボけてんじゃねえよ。どうせある程度はもう手考えてんだろ?」
「まあ・・・・・・、っていってもかなり大雑把にだけどね。俺あんま細かい事考えんの得意じゃないし」
「嘘つきやがれ・・・・・・」
えへっと笑いそう言う千石の言葉に小さく突っ込む。コイツほど細かい事[こざいく]を考えるのが好きなヤツも珍しい。しかも室町のように得られた情報から先を推測するのではなく、自らそれを引き起こしまるで全てを操っているかのように望みどおりの事態に持って行くのは。自分の知る限りそんなヤツは千石ともうあと1人―――
「とりあえず、サエくんたちが丁度向かってるからそれと合流してからだね。それまでまだ時間あるし、まずはヘタに手出されないように南に釘打っといて、でもって氷帝の乱入防止は南に任せて、っとこんなモン?」
「佐伯まで来んのかよ・・・・・・」
呻く。もう駄目だ。『平和的解決』は机上にすら乗らない空論と化した。
小細工大好き人間その2にして・・・・・・跡部のためなら常識だの倫理だのなんだのを鼻で笑って抹消するヤツその2の乱入に、亜久津は頭を抱えて蹲った。佐伯に会った事はまだ数少ないが、その少ない中でもよくわかった跡部の『可愛がりぶり(世間一般のものとかなり異なる)』。コイツら2人の揃った日には、最悪まだぶっちゃけ2つの村の争い程度のものが氷帝対山吹の全面戦争にまで追い込まれるかもしれない。
(なんつーハタ迷惑なヤローどもの巣窟だ・・・・・・)
「じゃ、亜久津そういう事で。んじゃまたなんか有力情報あったらよろしく〜♪」
立ち直れない亜久津を残し、千石は裏で何を考えているのか全くわからないへらへら笑いで去っていった。