§1 『愛情』のカタチ
跡部2【1日目・不動峰にて脱出失敗☆】
「ここにいるのが、捕らえた村の人々か」
村の集会場のようなところに閉じ込められもう4日。この村は俺達が完全制圧したと自慢たらたらに兵士が語ってから1日経って。
いつもと違う声の登場に、跡部は閉じていた瞳を薄く開け、意識を入り口へと飛ばした。
「あ、橘さん」
自分と最初に接触したあの騎馬隊の少年―――後に神尾と名乗ってきた彼が、前の声に反応して扉を開けた。厳密には、開けるためにまず鍵を開けた。
(橘・・・・・・?)
自分達の世話をする―――ついでに自分達を逃げないよう監視する兵士の名ならば一通り聞いた。記念すべき捕虜トップ、4日も閉じ込められ、しかも彼らと似た年代となればある程度は自然と言葉を交わす事になる。が、『橘』という名は初めて聞いた。
声の落ち着き振りからすると年齢は大分上、ただし張りからすると同じ程度から青年近辺。最近革命を起こしたばかりの新興勢力いうのを考慮するならなんにしろあまり年齢は離れていないのかもしれない。実際今まであった兵士の多くは同じ年どころか年下が多かった。
(ま、ンなの実物見りゃいいだけなんだけどな)
どの年代であろうがさして重要ではない。重要なのは―――彼がなかなか上の立場であるらしい事。神尾の敬称付け、さらに相手に向かって軽く頭を下げたところからそれは間違いない。今まで不動峰の兵士たちが相手に対しそのような態度を取ったところを見た事がない。
(お辞儀1つでわかる事は多い、か・・・・・・)
以前不二が普通のメイドとして働きに来ていた頃、お辞儀の仕方―――国ごとの違いを見て、鳳がしきりに感心していたか。様々な国に行きいろいろ見てきた分逆に失念しがちなのだが、
(意外と正解かもな)
礼の仕方が何通りもあるわけもないだろう。軽さからすると、どうやら少なくとも今の不動峰ではあまり格式ばったことはやっていないらしい。新しく出来たばかりだからでもあり、また上に立つ存在がそのような事を気にしない性格だからでもあるかもしれない。一見粗悪なようでいて―――きちんとそれが浸透している。それこそ長年国であったかのように。
かつて国として誕生した山吹。実質村連合であろうがいくつかの標準ルールは設けなければならない。それを広める第一段階としたのが『礼』についてだったそうだが・・・・・・国全体に馴染むのに10年かかったらしい。初代公王がストレスで倒れ引退する寸前の言葉、「もうちょっと難しいところからだったら多分100年はかかって私は過労で死んでいたであろうなあ・・・」は、何かを治めようと学ぶ者たちの中ではあまりにも有名だ。『いきなり全てを押し付けようとするな』という教訓と共に。
それを国成立後短期間で定着させたとなれば、
(主導者の腕はよっぽどいいか、それとも国民の団結力が違うか・・・・・・)
どちらも正解だろう。主導者の腕は革命を起こさせるほどによく、かつ旧国王という共通の敵を見つけた一同は自然と団結力を強くする。
それだけの手腕を持つ主導者。気にならないといえば嘘だが、それ以上に―――
(いよいよ敵の大将さん拝見、ってか)
準備は丁度出来たところだ。事態は実に自分に都合よく転がっている。唯一引っかかるならば・・・
(橘、ねえ・・・・・・)
偶然だろうか。かつてここから遠い国で『武将』として名を馳せた男と同じ名。最近その名声を聞かないが―――『最近』をイコール不動峰の革命が起こった辺りからと繋げられなくもないか。
(偶然か、それとも・・・・・・)
橘という名はそこまで珍しいものではない。どちらかというと偶然の可能性の方が高いであろうが・・・・・・
跡部は口の中で舌打ちした。
(こーいうヤな予感はよく当たるんだよな・・・・・・)
跡部が由美子と結婚した事について、こういう穿った見方が為された事があった。より強い魔法使いを作り出す、と。
いわゆるオカルトの知識を持つという意味での魔法使いならば誰でもなれる。ただし世の法則を解明し、それを使いこなせるようになるにはそれ相応の才能が必要だといわれる。何をもってして『才能』と呼ぶのかはわからないが、とりあえずそれがないヤツの代表が千石だ。だからこそ彼は直接力を得て使う事が出来ない(わざわざ危険を背負い込んでまで使う根性がないからとも言えるが)。
『才能』の1つとして推測されるのが血筋である。代々(その気さえあれば)稀代の魔法使いを輩出する跡部家と不二家の交配[ハイブリッド]。確かにこれならばより強力な魔法使いが生まれる可能性は上がるかもしれない。・・・・・・結局実現しそうにないが。第一段階として互いが互いの子どもを作る気0であれば。
それはともかく、その『才能』とやらの成果なのか、跡部は人に比べて鋭いものが2つある。洞察力と、第六感。一見全く異なるようで、現在を読むか未来を読むか、いずれにせよ跡部は『読み』の能力に秀でていた。
それを証明するかのように―――
扉を開け入って来た男を、目立たない程度に盗み見て・・・
(マジかよ・・・・・・)
跡部は心の中で大きく肩を落とした。予感的中。入って来たのは、あの橘だった。髪型は変わったようだが、額の黒子が何よりの証。誰かが揶揄った『ライオン大仏』の2つ名が頭をよぎる。あの金髪を剃ったおかげで正しく『大仏』となったわけだ。
あらゆる能力に秀でた跡部。彼が唯一不足しているのは・・・・・・ラッキーの能力だった。
心の中だけで止めたつもりだったが、もしかしたらため息位は漏れていたのかもしれない。触発され空気が震え、そして―――
「―――ん?」
橘がこちらを見た。
視線を下に落とす。捕らわれてから風呂には入っていない。さすがにぼさぼさになり始めた前髪が、合わせて前へと垂れる。元々ここは夜使う所ではないのだろう。持ち込まれたランプのみの薄明かりと合わせ、これでかなり接近しなければこちらの顔は見えない筈だ。
視線が合い慌てて身じろぎした振りをして、後ろに縛られている手を僅かに動かす。服の下に隠したリストバンドから抜き出すは極薄の剃刀。
不動峰の兵士ら、基礎訓練はよく出来たものだがまだまだ兵士としての質は低い。捕らえた捕虜のボディチェックすらしないとは。それとも捕虜は逆らわないとでも思っているのか。残念ながら逆らう気を失くさせるほどの戦力然り待遇然りは見せつけられなかった。
「お前―――」
言いながらこちらへまっすぐ近寄ってくる。こちらが橘を知っているのならば、同時に橘がこちらを知っていたところで不思議ではない。
だが逆に、この状況は利用できる。顔を上げないこちらに確信をより強めただろうが、それでも決定打ではあるまい。特にここがあくまで山吹公国であるということを考慮すれば。
だからこそ、確認しなければならない。自分の存在がこれから、不動峰にとって有利な駒となるか不利な駒となるか早急に見極めるために。
伏せた目の先で止まる足。こちらを無理矢理上向かせず自らしゃがみ込むのは、それこそこちらの正体―――身分を知っているからか。手荒く扱うわけにはいかない。氷帝を味方として取り込むためには。
「橘さん?」
何も知らない神尾が、何も知らないままに不審な声を上げる。それを無視し、橘が口だけで小さく呟いた。
「跡部・・・・・・」
呟き―――それが隙となった。
予めぎりぎりまで切っておいた縄を引きちぎり、しゃがみ込んでいた橘の後ろに回り無理矢理引き起こす。仰け反る首に剃刀を突きつけてやれば、もう誰も行動は出来ない。
「動くな。動きゃコイツの喉掻っ切る」
最短で告げる勧告。声が震えないのはこの手の事態に対する慣れによりか。さすがに他国で戦争鎮圧などやったのは初めてだが。
「テメ・・・!!」
慌てて武器を構えようとしていた兵士らが、薄明かりに輝く刃と滴る血を前に止まる。皮膚表面に当てた程度なのだが、極薄の刃はそれだけで充分に切れる。
異変を嗅ぎつけ外の兵士らも中に入って来ようとして、こちらもまた止められる。捕虜の反乱を認めるらしい。余程の人道主義か、それとも橘にはそれだけの価値があるのか。
「跡部・・・。お前、どうやってそんなもの手に入れた・・・?」
喉を動かさないよう慎重な呼吸の合間に、より慎重に橘が尋ねてきた。
より慎重に―――くらだない質問を。
「おいおい。この状況で訊くのがそれかよ・・・・・・」
本気で肩をコケさせる跡部。コケさせながらも、決して剃刀は喉から離さない。その他注意は全身に払っている。
もしかしなくともこちらの隙を突くのが狙いだったのだろう。あえて気付かなかった振りをして馬鹿丁寧に答えてやる。この辺りの嫌がらせは佐伯譲りか・・・などと虚しさを噛み締めつつ。
「兵士の任務にちゃんと『ボディチェック』っつーモンも入れとけ。氷帝じゃ外出時の必須持ち物は1に財布、2に身分証明書、でもって3に暗器だ」
「だがここは山吹だろう・・・」
「どこにいようが俺は俺だ。『郷に入らば〜』なんつー諺に従う気はねえ。覚えとけ」
「なるほどな・・・。氷帝次期王候補の跡部景吾といえば何より性格に特徴があるって聞いたが、どうやら間違いはねえみてえだな」
「そりゃどういう意味だ―――かは訊かねえよ。敵軍ど真ん中で悠長にオンステージなんぞやる程俺は馬鹿じゃねえ。さっさと出口に向かって動きやがれ」
「済まなかったな。訂正する。てっきりその『馬鹿』の類かと思ってた」
「今更チンケな挑発が通用するとでも思ってんのか? それとも1分以内に出口に辿りつかなきゃ片目くり抜くとでも脅さなきゃ動けねえか?」
「随分慣れてるな。そういう現実的な脅しなら従うしかねえか」
本当に殺してしまっては意味がない。特殊ケースを除き死人は人質としては役に立たない。
剃刀という武器の限界をよくわかっている。単純に戦力を削るならば片腕を落としたりした方が早い。しかし切れ味がいくら鋭かろうが骨まで一気に切断するのは間違いなく無理な話。神経は中の方を通っている。そこまで届かせるのは不可能であり、神経さえ切れなければ特に肉はいずれ戻る。持ち手もないぺらぺらの剃刀では中を貫くのももちろん無理。
だからこそ目を選んだ。一度抉り取られれば視力が戻る事はない。ただしそれで死ぬワケではないから人質としてもまだ活用できる。しかも即死ではないが、放っておけばやがて出血多量で死ぬであろうのでますます言う事を聞いて早く解放されざるを得なくなる。耳でも同じ事は言えるだろうが、視力と聴力、半端に失って惜しい方はやはり視力だろう。
ようやく動き出した橘を引きずるようにして、じりじりと足を這わせて出口へと向かう。橘救出のため動き出そうとしていた奴らを視線で牽制しつつ、意識は決して橘から離さない。一番抵抗のチャンスがあるのは当然人質自身だ。相手が『武将』橘ならば尚更。
足から伝わる感触が変わる。横に走る溝。目測どおり、そこは出入り口だった。
外で待機していた兵士らを牽制しようと2人の位置を変え―――
―――そこで跡部の視界が真っ白に覆われた。
(何・・・!?)
煙による目くらまし。中の兵士の従順さから考えて、まさか出ていきなり攻撃を受けるとは思わなかった。
一瞬の油断。だが後悔しても始まらない。橘は捕らえたまま声を上げようとして、
ガッ―――!
煙の向こうから飛ばされてきた石か何かに頭を打たれ、視界が一瞬ブレた。
(マジかよ・・・・・・)
煙の向こうから次々飛来してくる石。橘ごと巻き込んで行われる攻撃に、跡部は先ほどと同じ呻きを上げていた。極限状態ならともかくまだそこまで切羽詰ってはいなかった。さしたる必要性もなくそういう行為を平気でやるのは全世界で千石と佐伯だけだと信じていたかったというのに・・・・・・!!
不動峰にも似たタイプ―――一言で言って人として最低思考の持ち主がいたらしい。ある意味これが、跡部が脱走を試みて得た最大の情報かもしれなかった・・・・・・。
―――今回はサブタイではなく話の内容で。橘の口調が全然わからねえ・・・(爆)。手塚や真田よりはもうちょっと砕けたイメージがあったのに、全然違いがないような・・・・・・。無理矢理違いを設けたら今度は跡部ちっくになりました。何かがおかしい・・・。