§1 『愛情』のカタチ
千石3【0日目・山吹にて南に嫌われる】
「み〜なみっ! おっ久〜♪」
「千石か・・・・・・」
アポも何もなく山吹の宮殿へと来た千石。あっさり入れてもらえたのはそれだけ馴染んでいるからだろう。
馴染んだ者の代償として案内もなく宮殿内をうろつく事少し。会議室にて目的の人間を発見した。
こちらの手振りにため息をついて答えるは、呼びかけた通りの人物かつ自分の幼馴染みであり、同時に現在山吹の公王としての地位につく南であった。彼が自分の顔を見てため息をつくのはいつものことだが(理由は追求しないように!)、今日のはそれとは少し意味合いが異なるようであった。
山吹は一応『国』と名乗りつつ実質村連合である。このため―――というのも偏見だが―――王の住まう宮殿は、他の城と比べるとけっこー小さく質素だったりする。が、その中で唯一広いのがこの会議室だ。何らかの議会を開く際は、各村の代表者がここに集まるのだから当然だろうが。
ただでさえ広い空間が―――より広く見える。部屋に対しての人数の少なさ。戦争開始からはともかく、まだ伝令係が公都に来てから1日しか経っていないからか。伝令係の成果で戦争が本格化する前に察知できたのは幸いだが、緊急時に即座に議会が開けないのが山吹の欠点だ。だからこそいざという時全権を与え迅速に行動する要員として、『公王』たる存在が必要となるのだ。
・・・・・・ちなみに件の伝令係。跡部がそれに間違えられたのがいい囮代わりとなり、おかげで何の妨害も受けず最短の2日でここまで来れたなどという裏話があったりする。運無し跡部の裏的長所―――おかげで他人は幸せになる。
「悪いけど今―――」
客(一応)をもてなす余裕もない事を軽く詫びる南を遮り、
「知ってる。不動峰と戦争中っしょ?」
「・・・・・・相変わらず情報早いな」
「ホント。室町くんって一体どっからそれだけ仕入れてるんだろうね?」
「・・・・・・・・・・・・。つくづくお前のお守り代わりにつけさせるんじゃなかったよ」
「そーゆーサミシー事言わないでよ〜!!」
泣きつく千石を振りほどこうと藻掻く南。短いやりとりながらわかった事がいくつか。まず当り前だが今情報不足に喘いでいる。そして―――
―――南ら山吹側はまだあの事を知らない。知っていたならまずこちらに詰め寄ってくるだろう。「またお前らが原因か!!」と。
「だーかーら、俺が室町くんに代わって情報届けに来たんだって」
「お前がわざわざ室町に代わって?
・・・どーせロクでもない情報だろ」
「あちょっとその決め付けってどう? とりあえず確かにロクでもないけど―――」
「肯定かよ」
「けど耳に入れておいて損はないよ。どころか入れておかないと大損する情報。いる?」
「・・・・・・・・・・・・」
千石のいつも通りのへらへら笑いを見て、南は眉を顰めた。彼の最大の特徴。表面と内面を完全に切り離せる。
知らない相手が見たならばくだらない話の続きだと相手にしないだろう。だが彼と長年接していれば嫌でも悟る。悟らさせられる。わかるよう、仕向けられる。
切れ間なく続く会話の決定的な切れ目。彼の言葉に嘘偽りはないだろう。少なくとも彼はそう判断し、あからさまにこちらが忙しいとわかっているのにわざわざ乱入してそれを伝えようとしている。
ため息を再び付き、
「で?」
南は情報呈示を促した。入れておいて損はないが入れておかないと大損する情報。本当にロクでもない情報のようだ。
そんな考えを、千石もまた察したのだろう。へらへら笑いの中で、僅かに苦笑を浮かべる。
浮かべて―――言った。
「不動峰が爆弾抱えてる。規模は不動峰・山吹、それに氷帝」
「まさか・・・・・・」
南の顔色が見た目に悪くなる。ただでさえ南が公王となってからは初めての戦争という事態に重圧を感じているだろうに、今ので負担は一気に数倍―――どころか数乗されただろう。
まだ『架空の空想』に過ぎないそれを決定付けるのにはさすがに気が引けたが、立ち直るまで話を先延ばしする程時間に余裕はない。千石はあっさりといえるほどの軽さで頷いた。
「捕虜の中に跡部くんが混ざった―――かもしれない」
確定はされていない。限りなくそれに近いだけの推測はされるが。
だからこそ、あえて可能性論として言う。先程の忍足と同じ、そこで固定した考えを持てば目は他の場所を向かなくなる。固定させるのはラストのピース―――佐伯と遭遇してからで充分だ。
「おーまーえーらーはあ!! 俺に平穏な生活を送らせようとかそういう事欠片も思ってくれないのか!?」
「まあまあv 若い時の苦労は買ってでもしろって言うじゃないv ねv」
「毎回毎回充分過ぎるほど押し売りされてるんだよ!! 大体そもそも山吹国内でその言葉に当てはまれるヤツは何割だ!?」
予想通り頭を抱える南。肩を叩いてやると、思い切り襟を掴まれがくがく振り回された。
「む〜。そういえば」
「言われる前に気付け!!」
「―――まあまあ南君」
錯乱状態に陥る南に、別方向から声がかかる。温和な、故に激情を一気に掻き消す声。
「伴爺・・・・・・」
「今ここで千石君を責めても何も解決しませんよ? それより、より時間に余裕はなくなりました。氷帝も考慮に入れた上で策を考えましょう」
「で、ですが・・・・・・」
「なに。どうせ千石君のことです。何か案があるからこそ持ちかけてきたんでしょう? 違いますか?」
「さっすが伴爺! 実はちょ〜っと策があるんだけど、ど〜してもそのためには南の協力が必要なんだよね」
「俺の・・・・・・?」
「てゆーか山吹公王の? さっすがに国間の問題に俺が直接口挟むのはタブーっしょ。いっくら知り合いだろうと」
「つまり―――氷帝帝王との交渉役・・・というか緩衝役になれ、と?」
同じく会議のため円卓を囲んでいた―――が、南に続き伴爺まで離れてしまったため微妙に手持ちぶさたになっていた大臣・東方が会話に参加してきた。
「おー! 東方あったまいい!」
「・・・・・・つくづく誉められて嬉しくないよな。お前にって」
「そーゆーサミシー事は言わないで。ね?」
「使いまわしの台詞で媚びられてもな・・・・・・」
「ちょっと変えたじゃん。バリエーション豊富って感じで」
「オリジナルでいけよ」
「それはともかく」
緊急の割にやたらと無駄な台詞の消費が多いようだが、それでも無理矢理ぶった切り会話を前へと持っていく。千石としては奇跡的な短さだ。
「最初にお願いだけ言っちゃうとね、南には出来る限り氷帝の参戦、遅らせてほしいんだよね。んでもって山吹の参戦も」
「はあ?」
「氷帝はまあわかるとしても・・・・・・なんで山吹[ウチ]まで?」
「つまり・・・・・・
―――君だけで蹴りをつけると?」
3対の目に見つめられ、
「いーや?」
千石は実に軽く首を振った。
「俺だけじゃない。俺達で蹴りつけるよ」
「『達』・・・?」
「というと・・・」
「・・・・・・・・・・・・おいちょっと待て」
今度はさすがにわからなかったのか、それとも言おうとしていたのをたまたま途中で邪魔してしまったのか、伴爺よりも東方よりも先に南が反応する。
「最初に聞いとくべきだった。跡部はそもそもなんでウチになんて来たんだ?」
「一応結婚したし、南と伴爺はパーティーに来てたから知ってるけど、やっぱ東方とか他の人は見てないじゃん。これからも仲良くやるんだったら1回くらいはこっちからも行っとかないと〜・・・って感じで」
「跡部と、奥さんの由美子さんと・・・・・・他は?」
誰が来ているのか、聞きかけ・・・
「使用人代表でサエ―――」
「悪い。その先何にも言わないでくれ」
「ちなみにその―――跡部以外は? やっぱ捕まってんのか? というかやたらと氷帝からのルートとずれてないか?」
「捕まったの跡部くんだけっぽい。1人裏かいて先来ようとしてこの騒ぎだから」
「跡部・・・・・・つくづくお前運ないな」
「跡部くんの目の前で言ってみなよ。即座に殴り飛ばされるよ」
呆れ返る彼らに苦笑いを浮かべる。実のところ多分跡部以外誰も―――少なくとも由美子は巻き込まれていない事は悟っていただろう。『爆弾』の範囲に青学が入っていなかった事を考慮すれば。
「というわけで、先手必勝でこっちから爆弾投下しようと思います」
「却下」
「何で!?」
「どうせアレだろ? お前と佐伯の無差別暴力特攻隊で跡部を助け出そうとか何とか」
「なんだわかってんじゃん。だったら―――」
「他の人質はどうするんだよ!? その案だったら跡部以外の安全が保障されないだろうが!!」
「いやそこはラッキーで・・・」
「だったらお前が人質になれ!!」
「まあまあ落ち着け南」
「これが落ち着いてられるか!!」
「千石のこの位の言動だったらいつものことだろうが。いちいち相手してたら確実に血管破裂させるぞ」
「うわ東方、今君さりげにさらっと酷い事言ったね?」
なおも日々の疲れからわめく南。「それならまだ氷帝巻き込んだ方がマシだろーが!!」などとかなり後ろ向きな50歩100歩を真剣に悩む彼の耳に、
「1人除く人質の安全を99%保障する案があるって言ったら? ただし時間が経つごとに安全率が下がる」
悪魔がそう囁いた。
「何・・・・・・?」
とっさに飛びつこうとし―――
「・・・・・・・・・・・・そんな都合のいい案があるんだったら世の中の鎮圧隊ってのはさぞかし楽な職業だろうな」
「あ、信じてないね?」
「当り前だ。それこそ跡部含めて人質全員の命がかかってるんだぞ。そんなに簡単に頷けるか」
南としてはそれが持論であり、正直な気持ちだった。『除かれる1人』は間違いなく跡部だろう。最初の千石の案(正確には千石自身は言っていないが)からすると大幅に犠牲は減った。さらにはっきり言ってしまうならば跡部は所詮氷帝の人間だ。『山吹公王』たる自分が護る義務があるのはあくまで山吹国民の命。それが1%足りないとはいえ保障されるのならば、千石の案は受け入れるだけの価値がある。山吹公王としては。
(山吹公王とか言う以前に俺はただの1人の人間だしな。助けられるんなら助けないとな。みんな)
半眼を千石に向けつつ、そんな事を思う。
思う、南に。
千石は嬉しそうに微笑んだ。
(やっぱ、南はそうじゃなきゃね)
優しい王。注ぐ愛情は国民のみではなく周り全てに。
だからこそ、彼に付いて行こうと思った。だからこそ、彼の治めるこの国に自分は根付いた。
笑って、
「んじゃあ、
―――その1人の安全を、サエくんが保障するとしたら?」
「え・・・・・・?」
「爆弾はね、外だけじゃない。中にも投下するんだよ。人質の安全を跡部くんが、跡部くんの安全をサエくんが保障するとしたら? ああ、万全の状態のサエくんなら別に誰も保障する必要はないっしょ?」
「つまり?」
「跡部くんとサエくんが魔法使いだって話はしてあるよね? 俺と違って狭義[ホント]の意味で。
2人の間でとある契約が結ばれてる。詳しい理論は理解しなくていいけど、内容だけいうと跡部くんはサエくんの召喚が出来る。
さて跡部くんは捕虜として捕らえられた。跡部くんの正体を、閉鎖社会として成り立ってた不動峰がいつ知るかはわからない。だからこれがタイムリミット。バレるまでは他の捕虜と一緒にいるはず。たとえバレたとしてもそうそう妙な所に監禁はしないっしょ。別々に見張ったりで余計に人員割くハメになるからね。
―――もしそこから反乱起こしたら? 起こした時点で人質全ては2人の保護下に入る。跡部くんはあれでけっこー人道家―――というか常識人だからね。それに唯一サエくんの手綱を取れる存在だ。サエくんがどういう凶行やらかそうが確実に人質は護るよ」
「だけどたった2人で小さいとはいえ国の勢力と争うのか? この言い方もなんだけど、跡部は敵わず捕まったんだぞ?」
「準備がなければ仕方ないさ。情報面でも―――武装面でも。だから言ったっしょ? 万全の状態のサエくんを送り込むって。
南も知ってるでしょ? 武器の開発は氷帝の十八番だよ」
「氷帝の・・・・・・っていっても協力は求めないんだろ?」
「参戦は求めないだけ。協力は求める。でもって南、俺は商人だよ? 扱わない品物はないさ。それが何であろうとね」
「けど今更氷帝に取りに行くんじゃ―――」
「直接行かなくても済む方法があるのさ。ホント、魔法って便利だよね」
なおも何か言いかけ・・・
結局南は何も言わずに口をつぐんだ。魔法―――いわゆるオカルトの類には自分は詳しくない。その辺りについてこれ以上聞いたとしても、それこそ時間の無駄でしかないだろう。
考えを頭でまとめ―――
「氷帝の参戦遅らせろって言うけど、具体的に何やればいいんだ? 伝令係送ったとしても何日もかかるだろ? その間出発されたりしたらどうしようもないぞ?
それにヘタに何も小細工しない方が気付かないんじゃないか?」
肯定のサイン。ようやく前向きに考え出した南に、
「それは大丈夫。氷帝帝王―――っていうか跡部くんのご両親舐めちゃダメだよ。俺達がこれだけ情報持ってる時点でそれ以上のもの持ってる。たとえ他国の事であろうと」
「まあ・・・それに関しては俺も賛成するけどな。近隣諸国の国王とかのなかで一番頭切れるしな、あの人は」
「ホンット、跡部くんってツイてないよね。帝王[ライバル]がお父さんお母さんじゃなかったら、次期候補なんかじゃなくってとっくになってたのに。
で、そんな君のために、ハイ」
手渡したのは、小さな箱だった。イメージとして宝石箱か。手の平大で装飾過多。宝石以上に箱をゴージャスにしてどうすると突っ込みが来そうなそれ。
―――『いわゆるオカルト』について、何も知らなければ。
開いて中を見る。やはり複雑な模様が描かれ、四隅、円状に6個、そして中心に大きなのが1個、宝石が飾られていた。やはり宝石箱なのだろうか?
「これはね・・・」
面白そうに千石が笑う。唇に指を当て、小声で、
「全ての伝令係をクビに追い込む夢のアイテム―――無線伝話機」
『はあ!?』
南と東方の声が被った。確かに伝話機の理念は存在している。管越しに話し掛ける伝話管や、弦に振動を伝わらせる糸電話方式―――糸伝話として。それこそ氷帝で開発されている最新の技術では、音を電気信号に変えて送る事が可能らしい。が、それらは共通して有線だ。しかもいずれも近距離専門。遠距離でやろうとすれば大掛かりな施設が必要で、なおかつリアルタイムの会話というメリットを打ち消す不便な点が多すぎる。だからこそ現在伝令係がメインで働いているのだ。
それが、この悪趣味な宝石箱の正体だという。
「嘘だろ?」
「嘘じゃないって。同じものがあと3箇所にある。その内1つが氷帝の王城。
操作の仕方は後で教えるけど、これで狂介さんに直接連絡行くから。そしたら言ってくんない?
『お祭りをやりたいのでネタ送って下さい。受取人はサエくん。支払いは跡部くんで』って」
「『お祭り』って・・・・・・」
「『敵の完全殲滅』の方がいいかな?」
「『祭り』にしてくれ頼むから・・・・・・」
「んじゃ決定だね」
「別に俺はまだ賛成してな・・・・・・!
――――――はあ。もういい。お前の作戦に乗るよ」
どうせ今こうして会議室で唸ったところでいい案は出ない。状況が膠着してしまえばますます手は出しにくくなる。やるなら短期決戦だ。不動峰が態勢を整え、これ以上攻め入る前に終わらせなければ、被害は広がる一方だ。
「わ〜い南ありがと〜vv」
抱きついて喜びながら、
千石は南に語らなかった点―――この作戦のデメリットについて考えていた。
先ほどタイムリミットは跡部の正体がバレた時だと言ったが、本当のタイムリミットはそこではない。バレてからの尋問等含め、跡部に何らかの形で危害が加えられた時だ。
傷付いた跡部を前に、佐伯は自ら己の制御を外すだろう。そうなれば、跡部ですらもう彼を止める事は出来ない。跡部に危害を加えた連中を皆殺しにするまで―――いや。不動峰を完全に滅ぼすまで、どころかそれを止めなかった他の人質らにまで、彼のそれこそ無差別な怒りは及ぶ。最悪の形で戦争は終焉を迎える。
(時間との戦い、か・・・。跡部くんが無茶してなきゃいいんだけどねえ・・・・・・)
―――前回橘の口調がわからんという話をしましたが、逆に伴爺なんでか考えやすいですね。書きながら、頭の中であの声で言葉が流れるというか・・・。何でだろ・・・?