§1 『愛情』のカタチ





  跡部3【1日目・不動峰にて人知れず佐伯にコクる(大笑い)】

 結論として、意味のない行動の成果として得られるのは意味のない結果らしい。・・・・・・何か違うような気もするが。
 同じ集会場風ながら1人別室(気を失っている間に運ばれたため確証はないが、間取りから考えて、恐らく舞台の上だろう。他に都合いいスペースはないようだったし、よくよく見ると壁だと思っていた一辺は重たそうなカーテンだった)に運ばれた跡部。現在鎖で両手を縛られ上から吊るされた状態となっている。しかも先ほど妙なアドバイスをしたおかげで今度はしっかりボディチェックをされた。されて―――件のリストバンドやそれ単体で攻防両方担当できるブーツはもちろん、上はYシャツ1枚除いて脱がされ、挙句下は二重ポケットのズボンなどといった妙にタチの悪いものを履いて来させられたためこちらも脱がされた。
 Yシャツに下着のみ。まるで情事のお誘いか、ヘタクソなストリップもどき。これで吊るされているのだから徹底的だ。
 (佐伯にゃ間違っても見せらんねーな。何言われる事やら・・・・・・)
 実のところ、先ほどの無意味な逃走劇もあえて理由をつけるならばこんなものかもしれない。あの馬鹿にただ助けられるだけなのがムカつく。
 ・・・・・・完璧により悪い事態へと転がしたようだが。
 やっと終わった『ボディチェック』に、跡部はほっと息を吐いた。慣れないヤツがやるそれは最悪の一言に尽きる。何をどうチェックしたらいいのかわからないのだろう。不必要にべたべた触ってくる。実はそういう意味で触ってきてるんじゃないだろうか、と悪寒が止まらなかった。
 「で、アンタ結局何モンなんだ?」
 真正面を陣取った神尾が、にやにや笑いながら―――これは先ほどの仕返しが出来て嬉しいからだろう。頼むからそっちであってくれ・・・!!―――尋ねてきた。
 「橘から聞いてねえのか?」
 「聞いたぜ? 氷帝帝国の王子なんだって?」
 「んじゃそれで充分だろうが」
 「なんでそんなんが山吹になんていんだよ?」
 「王家のヤツだから国から出ちゃいけねえなんつー法律聞いた事ねえぜ?」
 「まともに答えろよ」
 パンッ―――!!
 自分も以前使った馬のムチに頬をはたかれる。
 (わざわざ持ってきてくれてたってワケか。ご丁寧なこったな)
 僅かに顔をしかめた跡部に、周りの兵士らからも笑いが広がった。こんな事態を起こした時点で予想はついていたが、全体的に血気盛んで気が短い。ちょっとした挑発にすぐ乗る。扱いやすい輩といえばそれで終わるが。
 だからこそ、より挑発する。
 「氷帝[ウチ]は不動峰[てめぇら]と違って没外交じゃねえからな。来たところで不思議じゃねえだろ?」
 「・・・・・・。
  まあそれはいい。けど何にしてもなんでテメエ1人っきりだったんだよ? 普通お供とか兵士とか引き連れんじゃねえの?」
 「成り行きでな」
 「・・・・・・・・・・・・なんだそりゃ?」
 「たまたま1人でたまたま寄った所でたまたまンな騒ぎに巻き込まれたんだよ」
 間違ってはいない解説。一通り聞いて、
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ワケわかんねえ」
 それが神尾の―――ひいては不動峰全体の結論だった。
 (だろうな)
 先ほどの説明というか揶揄。それとなく嘘も織り交ぜてみたのだが、全く指摘されなかった。他の事に気を取られたというより―――それが『嘘』だと知らないからだろう。
 (仕方ねえよな。国の風習なんぞ俺にだってよくはわかんねえし。しかも没外交となりゃなおさらな)
 氷帝には『王家』などという存在はない。確かに自分は現王の息子という意味では『王子』だ。ただしそれは絶対の位ではなく、『帝王』という職についている父親がクビになればその座も失われる。あくまで自分は氷帝の1国民に過ぎないのだ
 そんな自分からしてみれば、たかが血が繋がってるからなだけで才能・適正無視で王位が継げる青学や、『公王』がいるのに緊急時除いてそれが絶対権力を持てない山吹、そもそもまとめる立場が存在しない六角など、全く理解出来ないことばかりだった。
 国の違いは思考の違いを生む。どんなに勉強を積み重ねたところで、どんなに各国を渡り歩いたところで、これを乗り越えるのはほぼ不可能だ。そもそも思考など人により絶対違うのだから。
 などと考えてのこちらの結論。
 ―――説明する気が失せた。
 いくらしたところで納得させるのは至難の業だろう。まさかここで『氷帝帝国について』などといったテーマで講義を開くわけにもいくまい。というか多分講義が終わる前に戦争が終わる。
 (それに・・・・・・)
 この状況は、こちらに有利だ。
 自分の事を知っている橘ですら、氷帝のシステムを完全には理解していないらしい。それとも神尾の解釈の仕方が間違っていたのか。
 後半は考えなかった事にして、これで1つ。自分の命の保障はされたわけだ。
 ―――『氷帝帝国の王子』を殺せば氷帝との全面戦争は避けられない。さすがにこちらは知っているだろう。氷帝は工業国だと。即ち武器に関して最も最先端の物を所持しているのが氷帝だと。
 襲ってきた時の状況、さらに現在の兵士らの武装を考えれば不動峰の武器はそこまで注意すべきものでもない。少なくとも氷帝なら最新鋭の武器として兵士らに配られている―――ついでに公然の秘密として裏にも結構出回っている―――銃器の類はない。自分が氷帝国民だと知っている今ならばともかく、まさか最初襲ってきた時点から出し惜しみしているわけでもあるまい。
 (刃物に鈍器その他もろもろ・・・。馬鹿にする気はねえが、とりあえず馬鹿が持つ銃器よりはマシってトコか)
 氷帝の―――ではない。それこそ馬鹿2人の手にかかればこんな兵士ら、村ごとまとめて1夜で滅ぼされるだろう。『敵』はそれだけ強大だ。
 ため息が止まらない。最早誰を『敵』とみなせばいいのやら。活動することによる被害の大きさから考えればこれから来る2人こそが真の『敵』だ。・・・・・・自分含め。
 「にしてもよう。氷帝の王家ってのは何考えてんだ? ンな刺青やって」
 「あん?」
 その質問の意味こそわからない。自分は刺青の類はやっていない。
 首を傾げる跡部に、そもそもの質問主たる神尾がなぜか嫌そうな顔をしたまま指を差してきた。こちら―――の胸元を。
 「―――っ!」
 「あ! ちょっと待て! 今テメエスッゲーへんな事考えただろ!! 違げえからな!! ただボディチェックの過程で1回ボタン外した位だからな!! さらに妙なところに武器隠されてたら面倒だしよ!!」
 『さらに』。恐らくりストバンドのみならずナイフとして取り外し可能なブーツのエッジだとかベルトに仕込んだワイヤーだとかそもそも金属繊維織り込んだベルトだとかでもってあの二重ポケットの中にやはり極薄のカミソリが入っていたりするズボンだとかを指しているのだろう。呆れ返る兵士らと一緒に自分も呆れ返った。服などを用意するのはもちろんかの専属執事の役割だ。
 (つっても・・・・・・
  ―――俺すら知らなかった場所に暗器仕込んでどうするよ・・・・・・)
 ある意味この状況下で指摘されてよかった。普通に役人とかに捕まったのならば、間違いなく犯罪予備群として牢にぶち込まれていた。いくら暗器所持が当り前の氷帝だろうとここまで徹底して持ち歩けば立派に『危険人物』である。さすが真性サドはやる事が違う。
 慌てる神尾を見て―――ついでに突っ込みだのいろいろして―――冷静さを取り戻す。指摘されて思わず焦りを表に出してしまった。
 (だが・・・・・・、マジいな。こいつらどこまで勘付きやがった・・・・・・?)
 胸元―――厳密には鎖骨下。心臓上端部といったところか。そこにあるのは確かに刺青のようなものだった。厳密には違う。ただし洗って落ちないという意味では同じだが。
 恐らくコレが、今回の切り札。最も確実かつ迅速に自分の元へと援助を送り込む手段。
 ただし・・・・・・
 (早まりすぎりゃ作戦失敗、捕虜を増やしかつ監視が厳しくなる。バレても同じ。
  どのタイミングで『呼びゃ』いいんだ? 合図くらいするんだろうなあ・・・)
 わざわざ訊いて来る神尾からすればバレてはいない・・・・・・とは言い切れない。本当にただの刺青だと思っているのならそもそも訊かないだろう。別に背中一面とかではないのだ。この程度なら不動峰ではどうかは知らないが、氷帝ではファッションの一部としてやっている者も珍しくない。そこまで気にするものでもない筈だ。そこをそれこそわざわざ訊いて来るからには、何か確信があるのだろう。少なくとも確認しなければならないほどに神尾にとっては重要な確信が。
 「何だよその『刺青』」
 「何そこまで驚いてんだよ。何だと思ってんだ?」
 「家紋―――なワケねーだろ?」
 「ほお・・・?」
 僅かな感嘆で反応する。まさか神尾が跡部家の家紋を知っているわけはないだろう。哀しい自慢として実は自分も知らないのだから。自分が生まれたとき、既に父親は帝王であり、おかげで物には家紋ではなく氷帝のシンボルマークがつくようになっていた。
 違うと、それも確信を持ってわかったからには・・・・・・
 「何かの・・・・・・魔法[オカルト]用の陣じゃねえのか?」
 跡部の目が、細まった。
 クッ、と、口端を小さく上げる。
 「そういや聞いた事があるな。てめぇら不動峰―――かつての不動峰王国の王様らはえらくオカルト好きだったか?」
 「そいつらと俺達を一緒にすんじゃねえ!!」
 過剰反応。神尾の最初の台詞と合わせ、どうやら噂は間違ってはいなかったらしい。
 ―――不動峰王国では、王は国民に己へと忠誠を誓わせるため、成人の儀式として傀儡の術をかけていたとか。それに対して反乱が起こり、出来たのがこの不動峰民主主義共和国らしい。
 まさかさすがにそんな事はやらないだろうと思っていたが・・・・・・実際見れば納得だった。どうりで兵士らがやたらと若いと思ったら。
 (確か不動峰の『成人』は
20歳だったか・・・・・・)
 氷帝には『成人』などというラインで大人と子どもは分けていない。周りの国―――青学や六角でもまた然り。山吹は村ごとに変わるそうだが、なぜ不動峰は国ぐるみで『大人』と『子ども』を分けていたのか不思議だったのだが、
 (やっぱ直接会うと謎が解けんのは早ええな・・・・・・)
 本当にそんなシステムがあったのだ。どうやっても反乱勢力は現在
19歳の自分と同年代かそれ以下にしかならないだろう。
 そして・・・・・・
 ―――それの証がこのような陣なのだろう。確かに術を永続させるためには体に直接その痕を残した方がいい。この辺りは自分の得意分野のためよく知っている。
 だから神尾が嫌そうな顔をしてきたのだ。氷帝もまた、不動峰王国と同じなのかと思って。
 考え、
 (反吐が出る・・・・・・)
 王を満足させるためだけに作られた人形の国。誰もが成人と共に全てを奪われる。喜びも、悲しみも、自由も、意志も。全て、全て。
 残っているのは無力な子どもだけ。明日に怯え、成長を止めたいと、そう願うしかなくて。
 国の違いは思考の違い。どんなに努力したところでそれを乗り越えるのはほぼ不可能。逆に各個人がより強い意志を持ち支配されることを嫌う氷帝帝国の国民である自分には、なおさらそこまでして支配したがる不動峰王国の王の気持ちはわからない。
 だが―――
 ―――そんな事をしなければまとめられない国ならばさっさと滅びてしまえばいい。そう、思ってしまう。
 再び、跡部がクッと笑った。
 「何だよ―――」
 怒鳴りかけ・・・・・・神尾の言葉が止まる。
 馬鹿にした笑いではない。跡部は薄くながら、微笑んでいた。
 目線だけで胸元の陣を指し、
 「安心しろ。氷帝はンな事する必要ねーヤツがまとめてる。
  これは俺が・・・俺達が自ら望んで作った陣だ。誰かに強制されたワケじゃねえ。支配されるモンでもするモンでもなくって―――繋がりを強めるために結んだ契約だ」
 「契約・・・・・・しねーと繋がれねえヤツなのか? そいつってのは」
 問われ、きょとんとする。そういえば、そういう考え方も出来たのか。
 きょとんとして―――
 「いや・・・・・・」
 跡部は苦笑した。
 どこでもない遠く―――あるいは過去―――を漠然と見つめ、呟く。
 「そういやンなモン作ろうとかした時点でもう繋がってるようなモンだったんだよな。こういう事でもしねーと繋がれねえと思ったからやったんだが、よくよく考えりゃ最初っから繋がってたんだよな、俺たちは・・・・・・」
 (そうだろ? なあ、佐伯・・・・・・)
 口の中に閉じ込めた結びの言葉。おかげで聞いている神尾からしたら随分妙な文章となっただろう。結びまで言ったところでわからなかった事には変わりないだろうが。
  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ワケわかんねえ」
 結局はここで話題は終わった。言う神尾が軽く笑っていた事からすると、少しだけは通じたらしいが。



南【0日目・山吹にて胃痛悪化要素を増やす】








 ―――ここのサブタイ一番悩みました。わかりやすくかつつまらなく『不動峰にて「不動峰」を知る』か、一応ラストまで引っ張るキーポイント(?)として『不動峰にて神尾と仲良くなる(笑)』か、それともむやみに読み手の興味だけは引きそうな『不動峰にて拷問地獄』か・・・。
 ・・・・・・結局趣味に突っ走りました(爆)。
 そして話。というか不動峰。最初はただの悪役にするはずがその場のノリで設定とか加えてたら妙にいい感じのところになりました。王のオカルト好きは前から決めていましたが、傀儡などというのはそこの文章に到達する約
1015行前まで思いついてもいませんでした(爆)。おかげで神尾と跡部の仲が良くなったようですが、決してベカミや逆にはなりません(当り前)。そんな事になったら問答無用で神尾はサエに殺されます。ついでにこの国、やっぱどっかで見た事あるなあと思ったらキノの旅の『大人の国』でしたね。脳切り開いて〜・・・といった手順ではないですが。