§1 『愛情』のカタチ
南【0日目・山吹にて胃痛悪化要素を増やす】
「あ、あの・・・、すみません。南ですけれど・・・山吹の・・・・・・」
心拍数をガンガン跳ね上げつつ、南がは指定された通りの手順で宝石箱こと伝話機を起動させ、呼びかけた。
緊張している理由は2つ。1つ、いくら今この山吹の公王であろうが自分はまだ19歳の若年者。南らが元いた村国内移動中、突然の災害に巻き込まれ完全に消滅し、かろうじて生き残った南は被害把握―――山吹に来た伴爺に引き取られ現在こうしてここにいたりするのだが(ついでにラッキーとそのおこぼれで生き残った千石と室町は、国の世話にはならず使えるものをかき集め今まで通りの移民生活を続け、さらに悪運で生き残った亜久津は保護を嫌い独りでアングラを生きる事にした。南が伴爺について行ったのは、自分が彼らと共にいても邪魔になると判断したからだ。その判断が伴爺に気に入られ、後公王となったのだが)―――では、成人は20歳からである。年齢に甘えるわけではないが、今だ『子ども』の自分が国を左右する役職についている。しかもその相手となる各国の王らはもちろん自分よりずっと年上の、成熟した『大人』。今話そうとしている氷帝帝王に関しては40歳以下とまだ年齢は近いし(ただし成熟度で言えば自分が知る王らの中でトップだろう)、向こうもかなり気さくに、しかし若年者と軽んじずに接してくれるおかげで楽ではあるのだが・・・・・・。
(まあこれは当然だよな。なにせあの跡部のお父さんなワケだし・・・・・・)
自分と同年齢で既に今すぐ帝王として働ける息子がいるのだ。『若年者』を軽んじれば足元を掬われるのは彼自身がよくわかっているということか。
問題はこっちだ。
「な、なあ・・・。これで、大丈夫・・・・・・なんだよな?」
うんともすんとも言わない箱を遠ざけ、隣で見守っていた東方に尋ねる。
「あ・・・ああ。間違いない・・・・・・筈だ」
東方もまた、青い顔で冷や汗を流していたりする。
伝話の類ならこの宮殿にもついてはいる。が、今回のコレを使うのはもちろん初めてだ。今の自分の知識ではさっぱりわからないそれ。本当にまともに機能するのか。したとして、もしかして目的地以外の場所に繋がっていたりしないだろうか。有線なら確実に目的の場所以外には伝わらないだろうが(ちなみに有線の盗聴は簡単なようでいて実は難しい。直接繋がっている分少しでも何かやると即座に音響が変化しバレるため)、無線などというのが余計不信感を募らせる。千石を信用していないわけではないが、例えばちょっと操作の仕方を教え間違えた、ちょっとこの魔具に不備があったなども考えられる。
「やっぱ千石止めとくべきだった・・・。なんであんなすぐいなくなるんだよ・・・!!」
「いや・・・。とりあえず千石は早く佐伯と合流してもらわないとな・・・・・・。アイツらが別々に暴走したらそれこそ被害拡大だろ・・・」
頭を抱える南に、極めて冷静な内容の答えを返す東方。
なんでここまで怯えるか。理由はこれから話す内容にある。もし洩れたらどうなるか。むやみな混乱を避けるため(ついでにそんな早い情報展開は物理的に無理なため)、国民の大多数にはまだこの事を知らせていない。知れば混乱、ヘタをすればその村へ攻め込もうとするかもしれない。他の国へ伝われば、余計な『手助け』が来るだろう。手助け自体はもちろん嬉しいが、作戦―――それもかなり通常の戦争の常識と離れたものを実行中である今ならばそれらは確実に妨害要素となる。
(でもって、最悪不動峰に洩れてたりしたら・・・・・・)
千石の作戦完全失敗。こちらが氷帝に助けを求めたとでもみなされたら、ヤケになってさらに攻めるか人質皆殺しなどやられるかもしれない。
描くシナリオがどこどこ暗い方向へ向く中―――
《―――やあ健太郎君。済まないね、出るのが遅れてしまって》
箱から聞こえてきた声に、へなへなと2人して崩れ落ちる。どうやらこれは本当に通信機だったらしい。
《・・・・・・大丈夫かい?》
「(見えてんのか!? 映像まで送るのかこの通信機!?)」
「(いやまさか! 千石だって言わなかったしそもそもそれだったらこっちにだって見えてるはずだろ!?)」
《・・・・・・・・・・・・お〜い》
「(け、けど氷帝って言ったらオカルトの類も発達してんだろ!? しかも跡部家って本物の魔法使いの巣窟らしいぞ!?)」
「(確かにそれだったら向こうのの方が性能がよくっても納得か・・・・・・)」
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
どうやら誤通信だったらしいね。じゃあ切ろう―――》
『だああああああ!!!!!!』
抜けた腰はどこへやら、2人して起き上がり箱を手に取る。一度切れたらもう一度繋がる保障はどこにもない。
《やあ健太郎君。済まないね、出るのが遅れてしまって》
ご丁寧に1からやり直される会話に、肩をコケさせつつ南は今度は普通に答えた。この人のこの辺りの態度はいつもの事だ。つくづくあの跡部と親子だとは信じがたいが。
「あ、狂介さんですか。お久しぶりです」
向こうの名前呼びに合わせ、こちらも名前で呼ぶ。王同士の会話とはとても思えないだろうが、これは仕方がない。南が跡部の方と先に知り合ってしまったのだから。親子ともども名字で呼ぶとややこしい。しかも片方は呼び捨て、片方は敬称付きでは尚更。その辺りを考慮して彼―――跡部狂介は自分から先にこちらを名前呼びすることでこちらがそうする事に対しためらいをなくさせたのだ。小さな事ながら、そんなところまで気が回る辺り本気でこの人の頭の切れは凄いものだ。
それはともかくとして。
《君からの通信なんて珍しいね。清純君から借りたのかい?》
今まで話した時となんら変わりない声。しかしなぜかよく伝わる。その中に篭められた面白がる響きに。恐らく向こうでは普段より1段階笑みを深めているのだろう。
伝話機の性質―――ではないと断言できる。彼はそういう人だ。1つ1つの言動、空気の流れで的確に伝えるべきことを伝える。この辺りは跡部と同じだ。あらかじめ跡部に会っていたから普通に受け止められたが。
何をどこまで知っているのかはわからないが、とりあえず求められた通り説明しようとして―――
「あの、すみません。先にひとつ確認させてもらっていいですか?」
《ん? 何だい?》
「この会話って・・・・・・誰か訊いてますか?」
《僕と君?》
「・・・いえそれ以外でお願いします」
《今僕のそばには妻の琴美がいるけれど、特に彼女には構わないでくれると嬉しいな。軽んじろという意味ではなく、彼女も実質僕と同じ地位だからね。ついでにもし僕への愛の告白ならばそれこそ構わずやってくれ。された事自体も怒るけど秘密にするとそれ以上に怒る》
「その辺りは辞退させて下さいそれこそお願いですから。
俺のそばにも東方や伴爺などいますけど、―――それら以外の聞き手はいないですか?」
しつこく何度も確認する。仕方がない。情報が情報なのだから。
向こうが沈黙した。
(ヤバい・・・。しつこ過ぎたか・・・・・・)
さすがにやり過ぎたかもしれない。信用していないように取られたか。
と思ったが―――
《清純君にどこまで説明を受けたかはわからないけど、同じ物がない限り絶対に洩れはしないよ。ついでにこれと同じものはあと2つ。1つは青学王城、もう1つは景吾君が持っているけど?》
「ゔ・・・。跡部が、ですか・・・・・・?」
最悪だ。その跡部は今不動峰・・・・・・。
半ば現実逃避を起こし、やっちまったよ!と東方に目で合図を送る。が、
《けど、どうやら景吾君、現在余程自分の事は知られたくないらしい。持って出なかったよ。今では代わりに虎次郎君が持っている》
「本当ですか!?」
助かった。これで心置きなく会話が―――
「―――ん?」
『どうやら景吾君、現在余程自分の事は知られたくないらしい。持って出なかったよ。今では代わりに虎次郎君が持っている』
「もしかして・・・・・・
―――ずっと通信繋いだままみんなの会話聞いてました?」
《ははは。面白い話だね》
白々しさ満点の声(しかも否定されない)に、全ての謎が繋がる。というかなぜ今初めて会話を持ち出すはずなのにこうも全て悟ったような態度を取れるのか。
蘇るは千石の言葉。
『氷帝帝王―――っていうか跡部くんのご両親舐めちゃダメだよ。俺達がこれだけ情報持ってる時点でそれ以上のもの持ってる。たとえ他国の事であろうと』
自分達が情報を与えていたのだから知っていて当然だ。しかも彼は同時に佐伯たちサイドの情報も得ているということになる。
(まあ・・・どうせ千石もわかった上でやってたんだろうけどな)
頭の中を、あの『クセ者』のヘラヘラ笑いが浮かぶ。
浮かんで―――
南はため息と共に用事を告げた。
「なら、そういう事ですのでよろしくお願いします」
《どういう事だい?》
「・・・・・・千石が言ったとおりですが」
《君の口から聞かせて欲しいな》
「・・・・・・・・・・・・」
からかいの延長に苛立ちが募る。いや・・・・・・
(試されてる、のか・・・・・・?)
この言い方も正確ではないだろうが。
彼は自分が本当に千石の作戦―――とも呼び難い無謀な賭けに賛成する気なのか、それが確認したいのだろう。
自分でも確認するように瞳を閉じゆっくりと息を吸う。賭けられるのは4桁には上らないまでも、不動峰の推測人口と合わせ数百人の人命。失敗すれば取り返しはつかない。
目を開き―――
「千石から伝言です。『お祭りをやりたいのでネタ送って下さい。受取人はサエくん。支払いは跡部くんで』と」
《いいのかい?》
「ええ。そりゃアイツは一見というか中身含め頼りにならない―――どころか頼りにしたくないヤツですけど、それでもやる事はやりますから。それも俺の想像以上の形で」
言葉が止まった。伝わるのは―――僅かな苦笑。
《そうか。じゃあさっそく送るよ。タイミング良く清純君と虎次郎君たちが接触したようだしね》
「じゃあもしかして、最初出るのが遅れたのって・・・」
《悪いね。実におもしろいやりとりをしていたもので》
本当に笑う狂介へと、南は最後の質問をした。
「成功、すると思いますか?」
答えは―――
《思うよ》
即座に帰って来た。
《理由は清純君と同じだね。それに―――》
「それに?」
《もしも失敗したならば最初に死ぬのは景吾君だろうね。自分を犠牲にしたとしても他の者を守ろうとする。実に優しく育ってくれたものだ。
そして―――》
雰囲気が、変わる。
《―――そういった事態になったのならば僕が容赦なく攻め込む。氷帝帝王という以前に僕は1人の親として景吾君を愛しているからね。景吾君もそれはわかっている。だからこそ絶対に失敗はさせない》
ぞくりと、底冷えする。今の言葉の意味がわかってしまった。
如何なる方法でかは知らないが、彼は確実に不動峰を滅ぼすだけの戦力を持っている。しかも単独で。
千石が氷帝の―――彼の参戦を遅らせた理由。彼が手を出せば確実に不動峰が滅びるからだ。
2重に掛けられたタイムリミット。跡部が死ねばその時点で山吹の領土の一部、そして不動峰民主主義共和国がなくなる。それは他の誰でもなく、跡部へと放たれた脅迫。生かしたいのならば、何としてでも生き残れ・・・・・・と。
(どーいう親子だよ、コレ・・・・・・)
震え上がるほどの異質な迫力が消える。元の落ち着いた空気で、
《じゃあ『ネタ』は手配しておくよ。ところで・・・
・・・・・・君も彼らの爆笑作戦会議、聞いてみるかい?》
「・・・・・・え?」