§1 『愛情』のカタチ





  佐伯・千石【2日目・不動峰にて『祭り』直前】

 2日後の夜。
 身を隠し、馬車を隠し、4人は村のすぐ外側まで辿り着いた。制圧された村というのは実に便利かつ不便な場所にある。その村と、不動峰を中心にお碗状に出来たくぼ地(なお山脈の合間にある山吹ではこのような地形は珍しくない)。確かに不動峰が領土を広げようと思ったらまずその村を攻めるしかない。攻めて支配下に置き―――そこから篭城戦を繰り広げるしか。
 「で? 計画は?」
 佐伯が千石に問う。ここに来るまでに作戦会議が出来ていればよかったのだが、残念ながら2台の馬車に分かれた中で、互いに聞こえるよう大声でするわけにもいかない。どこかからあの荷物全てが積める大型の馬車を借りて来るという手もあったのだが、さすがにそれでは目立って仕方ない。
 「え? 計画?」
 「とぼけるな。わざわざ武器まで送ってもらったんだ。何かあるんだろ?」
 とぼける千石。切り捨ててやると、肩を竦め舌を軽く出しつつあっさり答えてくれた。
 「祭りでもやろうかな、って」
 「で? 人質ごとあらかた吹き飛ばそうか、と?」
 冗談抜きでこの地形と今ある武器を利用すればそれが行える。篭城戦というのは攻める側の利点として、それ相応の手段さえあれば壊滅はさせやすいというものがある。『城』さえ壊してしまえばいいのだから。ただし、あくまで壊滅は。
 今回のように人質などが混じっていたりする場合、それはとことん面倒なものへと跳ね上がる。ちまちま攻められるのに強いのが篭城戦だ。たとえ数で押すとしても人質のいる奥まで行くのには時間がかかる。その間に人質が殺されたりすれば元も子もない。しかも今回は少人数。文明の勝利(というか火器の圧勝)を狙うとしても、くどいがそれが本気で発揮されるのは完全殲滅をもくろんだ場合だ。中に入り込めば特に大型の銃器は使用が制限される。
 それでありながらあくまで千石はその手を選んだ。ならばさらに別の手段もあるのだろう。この、『クセ者』千石清純ならば。
 実際千石は佐伯の言葉を聞き、
 「あっはっはv まさかv そんな事しないよvv したらまず俺が跡部くんに殺されんじゃん」
 ・・・・・・さも跡部が人質になっていなければ実際やってました的発言をする。
 それに関しては今更なので気にしない事にして。
 「というワケで、
  サエくんがんばっ!」
 「つまり―――」
 「外で騒ぎ起こして敵引きつけてあげるから『人質』救出よろしくっ!」
 「なるほどなあ・・・・・・」
 確かにそれが一番効率のいい手か。先に人質保護が出来れば後はやりたい放題。しかも篭城戦は外からの敵には警戒するだろうが中はそこまで警戒強くはないだろう―――多分。
 「けど問題が2つあるんだけどさ」
 「ん? 何?」
 「1つ。中の警戒も厳しいって思うんだけど」
 「つまり?」
 「だって景吾が絶対脱走しようとするだろうし。しかもそのためにきっちり武器は持たせてたし」
 「サ〜エく〜ん!!」
 いきなりの作戦失敗要素の提示に、身を隠していた事も忘れ千石が佐伯に詰め寄った。
 「わかってはいたけど! 絶対跡部くんおとなしくはしてくれてないだろうな、って半ば諦めてたけど!! どーして君はそういう火に向かって火薬ばら撒くような真似するのかなあ!?」
 「いや。景吾がそういう感じの理由で役人に職務質問されると面白いかなあ、と思って」
 「君跡部くんの専属執事じゃないの!?」
 「専属な分、主が捕まっていなくなると仕事が楽になるから」
 「拘留歴のある主に仕えてるって・・・・・・履歴としてマイナスポイントじゃん?」
 「ハッ! しまった・・・!!」
 「気付こうよサエくん・・・・・・。
  で、2つ目は?」
 この辺りもまた今更今更なので軽くスルーするとして。
 「2つ目は―――
  ―――この陣、実際使えない」
 「は・・・・・・?」
 あっさり言われた一言。さすがに千石の目が点になった。
 佐伯が執事服のリボンタイ(というか紐)を毟り取り、見やすいように襟元を広げる。白い胸元に描かれた紅い陣を指差し、
 「コレ、作る事そのものに意義があるわけで、実際使う時の事なんて何にも考えてなかったんだよな。俺も景吾も」
 「つまり・・・・・・」
 「―――その陣、未完成よね?」
 由美子が会話を繋げる。オカルトの知識と技量においてはこの中でダントツトップだ。わからないわけもないだろう。
 彼女の指摘に頷き、
 「互いの血を材料に作ったおかげで自分じゃ完成させられないんだよな。俺のは景吾が、景吾のは俺が完成させるんだよ」
 「それって本気で意味ないね・・・・・・」
 「あるところではあるんだけどな」
 「え・・・?」
 「いや、それは別に今回関係ないからいいや」
 訊いてきた千石に適当に手を振る。苦笑した由美子ならば今の言葉の意味―――この陣の本当の効果はわかったかもしれない。
 互いの召喚はどちらかというと副産に近い。これの最終的な効果は・・・・・・互いの一体化。隔たりを失くし、完全にひとつとなる事。だからこそ作ったのだ。『互いの召喚』という便利な副産を名目[エサ]として。
 まさかそれが発動する時に互いが遠くにいるわけもないだろう。だからこそ一見こんな不便な発動手順であろうと困りはしないのだ。ちなみに実際やると二度と元には戻れないため使った事はない―――という事では確かにこの陣は『意味』はないものだが。
 「けど―――」
 何か言いかけた不二を手で遮り、頷いてみせる。この陣が未完成な理由。この先何をするかにより効果が変化するからだ。
 本当に一緒にいないと使えないのならば『互いの召喚』など効果その1として現れるわけはない。
 「使えない、っていうのはまああくまで全部は、って意味で。単独で使えるものもいくつかはあるんだよな、当り前の話」
 「んじゃやっぱ召喚は?」
 「一応使える。ただし―――
  ―――召喚っていうのはイコール『転送』だから」
 そこまで聞き、千石もまた理解する。
 「開始点と終止点―――サエくんだけじゃなくって跡部くんも何かしないと使えない、ってコト?」
 「そういう事だな。ただし同時にやる必要はないからタイミングは無視していい。俺が『召喚』の形に陣を完成させたら、後は景吾が同じ物を作ったら即座に発動される。
  問題は―――」
 「跡部君が、それを出来るか否か・・・・・・」
 由美子の小さな呟きに、やはり頷く。陣の完成はさして難しいものではない。自らの血で不足部分を描き足すだけだ。複雑でもないから数秒あれば出来る。ただし―――
 ―――描けるほどに自由が確保されていたならば。
 「まあその辺りは景吾に死ぬ気で頑張ってもらうとして」
 『うわあ・・・』
 佐伯の超他人任せ発言に思わず声を上げる3人。この時の全員の意見を一言でまとめるならば、『いろんな意味でステキだこの人・・・』か。
 「でも―――その作戦って、不動峰側にバレないかな?」
 不二が小さく呟いた。もしも不動峰に由美子クラスの―――とまではいかなくてもある程度以上オカルト関連を齧った人間がいたならば、見抜かれるかもしれない。これが召喚にも使える陣だと。そうすれば余計に警戒されるだろう。少なくとも陣の発動は全力で邪魔される。
 合わせ、2人も危惧する。が、
 「いや、それは大丈夫っしょ」
 千石はそう断言した。断言。推測でもなく、ましてや希望でもなく。
 「なんで?」
 「不動峰はあんま知られてないけどちょ〜っと特殊な歴史刻んでるからね。『王国[まえ]』ならともかく『民主主義共和国[いま]』ならオカルトの知識は完全に衰退してる」
 「まさか―――」
 『特殊な歴史』。思い当たったかの噂に、由美子―――ではなく佐伯が先に反応していた。
 小さな小さな反応。声も上げず僅かに目を細めている。
 実際誰も彼に注目する事無く、由美子はそのまま千石に問いかけた。
 「『狂王』の話は噂じゃなくって真実だった、っていうの?」
 「さっすが由美子さん。青学を代表する魔法使いだけあって、その手の情報も詳しいですね」
 「『狂王』って・・・・・・」
 「不動峰王国を代々継いでいた王の一族のあだ名よ。国民を支配するため傀儡の術を使っていたという、文字通り狂った王の名」
 視線を落とす由美子。彼女にしては珍しく、吐き捨てるように説明した。同じ王家の者として、軽蔑すべき存在だからだろう。実際聞いて、不二もまた顔を顰めた。
 「最低、だね・・・・・・」
 己の体を抱きしめるように腕を掴む。震える手はそんな国の住人となってしまった場合を想像したからか。果たして彼は国民と王家、どちらの場合を想像したのだろう。
 そのような会話を繰り広げる2人は気付かなかった。今までずっと顔を上げ話し手を見ていた佐伯が、さりげなく視線を逸らしていたことを。
 全てを知った上で―――
 何も気付かなかったフリをして、千石は説明を続けた。
 「というわけで、反乱した勢力は逆にオカルト嫌悪してるから。それが陣だってわかっても何の働きを持つかまではわからないよ」
 「―――お前さりげに詳しいな。景吾ですらそこまで詳しくはなかったぜ?」
 会話から外れていた佐伯が戻って来る。
 にっと笑って、
 「サエくん甘〜い! 俺を誰だと思ってんのさ? 近隣諸国股にかける商人だよ?」
 「はいはいわかった。商人は情報も命、だろ?」
 立てられた千石の指を、面倒くさげに佐伯は払いのけた。
 「んじゃバレてないってのを前提に、作戦進めてくか。まずは撹乱だな」
 『おー!!』





ψ     ψ     ψ     ψ     ψ






 ひっそりこっそり、村のすぐ回りを狙って各種爆弾の投下用意をする。その中で、佐伯は1人違う準備をしていた。もちろん中へ直接乱入する準備を。
 「えっと・・・、室内前提なんだから爆弾は小さめにー・・・。あ、でもそれだけの人数収容するっていったらある程度は広いところになるか。じゃあこれ位は大丈夫だよな・・・」
 執事服のまま、腰にベルトをつける。それにじゃらじゃら引っ掛ける感じで拳大の小規模爆弾をいくつか、さらに銃器と共に送られてきた魔具の類もくっつける。効果はそれぞれいろいろ。何があるかわからない以上持っていて損はないだろう。
 さらに自分が元から持ってきていた荷物の中から、2本の長剣を取り出す。人質と入り乱れての乱闘なら個別撃破となる。振り回せるだけのスペースがあるのならば弾薬交換に時間のかかる拳銃よりはこちらの方が便利だ。攻撃のみではなく防御にも役立つ。それにこの剣はただの武器ではない。2人の持てる知識と技術を駆使し、様々な効果を付加してある。
 最も―――
 (景吾も荷物に入れっぱなしにしてたって時点でこれあんま意味ない事の証明だけどさ)
 当り前だが長剣は他の武器と違って服の下に隠したりなど出来ない。元々警護の人間を除いてそんなあからさまな武装をして他国に行った日には、自分の国がそんなに信用出来ないかとその国の人の怒りを買う。ましてやそれが現王子だったりしたなら即国際問題だ。だから外出時はいつも、見つからない代わりにとっさの事態に使えない、荷物の一番底に入れておくのだが。
 まさかこれを使う機会が来るとは。
 苦笑する佐伯。その背後から、誰かが近寄ってきた。
 音もなく、気配も殺し。
 1mほどまで来た時点で、佐伯は苦笑したまま振り向いた。
 「本気で俺を欺けるなんて思ってないだろ? 千石」
 見上げる。視線のすぐ先で、
 拳銃が、つきつけられた。
 さらに視線を上げていく。片手で震えもせず構えてみせるのは呼びかけたとおりの人物で。
 「―――で?」
 「サエくんにね、頼みがあるんだ」
 「・・・・・・。何だ?」



 「君にね、殺して欲しい人がいるんだ」





 ちょっとの話の後離れていく千石。見送る佐伯の手には―――
 ―――1丁の拳銃が、握られていた。



跡部・佐伯・千石【2日目・不動峰にて由美子に遊ばれる】








 ―――そういえばさりげなく(?)無視してました各国間の距離。とりあえず公都から問題地までは馬で2日だそうです。伝令馬と荷物満載の馬車が同じ日数しかかからない事に対して突っ込んではいけません。きっとサエと千石さんが脅したんでしょう。『トイチ―――到着予定時刻より
10時間遅れるごとにエサ1割カット』とか。