§1 『愛情』のカタチ





  跡部4【2日目・不動峰にて脱出リターン】

 「―――ってお前何やってんだよ!?」
 いきなり『暴れだした』こちらに、慌てて神尾が声をかける。
 「ああ? 人質の安全も考えずに襲撃かけやがる馬鹿のおかげで危険が迫ってる。その状態でおとなしく吊り下げられてろってか? ざけんな」
 「わかってんだったらおとなしくしてろよむしろ! ここでアンタが暴れたらそれ押さえんのに余計人数割くハメになんだろーが!」
 「俺が知るかンな事。まともな軍気取りてえんだったら捕虜の安全はしっかり保障しろってんだ」
 「その台詞はむしろ山吹に言えよ! まともな国だったら人質無視で攻撃かけては来ないだろ!?」
 「知らねえなあ。俺は氷帝の人間だからなあ」
 しれっと言い放ち、跡部はなおもがしゃがしゃと手を動かした。もちろんそれで抜けられるほど甘くはない。前回の逃走を反省した結果だろうが、簡単には切れないよう拘束具も鎖になったわけだし、縛り方も暴れるとよりきつくなるようなっている。こんな事をやったところで手首を傷付けるだけだろう。そう・・・・・・
 ―――手首を傷付けるだけ
 (つーかアイツらどこまで何考えてこの惨劇だ? 間違ってココふっ飛ばしたりしねーだろうなあ・・・?)
 そういうひたすら致命的な事を笑顔で成し遂げるのが千石であり佐伯である。特に佐伯はアテにしてはいけないと先日思い知らされたばかりだ。
 (とりあえずこういう口実が出来た事にゃ感謝するが・・・・・・ぜってー狙ってやっちゃいねえだろーな・・・・・・)
 いっそ爽やかに断言する。物事をひたすら悪い方向へ転がそうとする『やっかい事撒き散らし人[トラブルコントラクター]』らの策の中で、たまたま内片方の『ラッキー』が発動した成果だろう。
 そうこうしている(思っている)間に、ばたばたしている部屋に人が入って来た。
 「お前ら大丈夫か!?」
 『橘さん!!』
 入って来た大将に、全員が視線で縋り付く。
 「な、何があったんですか!?」
 「村から火上がってるって!?」
 「やっぱ山吹の攻撃っスか!?」
 「山吹は何考えて―――!!」
 「落ち着け!!」
 慌てる兵士らを、橘の一喝が静める。
 しーんと静まり返った中へ、
 言葉が投げかけられた。
 「いいか? この話は内密にしろ。最低限、他の捕虜たちには話すな。余計に混乱させる」
 「他の・・・って・・・・・・」
 うろたえる視線。当然彷徨い最後に来たのは跡部の元へだった。『捕虜その1』の筈である彼の元へ。
 「いや、そいつはいい。というか・・・
  ・・・・・・むしろお前に聞きたい、跡部」
 「あん? 俺に?」
 目を僅かに上向きに開いて先を促す。橘はこちらへと真正面に向き直り、
 「外での攻撃、随分スムーズに進んでるな」
 「ほお。そりゃめでたいこったな。巻き込まれる俺が言う以上もちろん皮肉だがな。別に誰に対してたあ言わねえが」
 最近どうも自分もシリアスな場面でまともな言動が取れなくなってきたような気がする。これまた誰のせいとは言わないが。
 そんなこちらを慮ってくれたわけではもちろんないだろうが、橘は茶化しを完全にスルーしてくれた。
 「村中に火が上がってるだと? 一体何から火が上がんだ? 家はほとんど石造りだろうが」
 「そういやそうだったな。燃える石っつーのもあんま聞かねえか」
 「真面目に話をしろ」
 パンッ―――!!
 昨日神尾にムチではたかれた頬を、今度は逆手で殴られる。
 寸前で歯を食いしばっていたため口の中が切れる事はなかったが、傷付いたかもしれない唇を軽く舐め、跡部はヘッと笑ってみせた。
 「部下の前で無抵抗の捕虜に暴力。さぞかし今ので信用落ちただろうなあ、橘」
 跡部の言葉に煽られたように、周りでざわめきが広がっていく。
 今のところまだ心配げな瞳を向けられる中で、
 「ふざけるな! 国民を見捨てるテメエらに評価される筋合いはねえ!!」
 全てを打ち消すように、橘が怒鳴りつけた。
 「まさか・・・・・・」
 周りも悟る。
 「今攻撃仕掛けてんのって・・・」
 「山吹じゃなくって氷帝の軍だ、ってか・・・・・・?」
 「燃えるモンの少ない村でこれだけ派手に火ぃ上げようと思ったら火矢なんかじゃ到底足んねえ。爆薬でも使わねえとな。でもって、
  ―――そういうのの製造元っつったらお前のいる氷帝だよなあ、跡部」
 全員が愕然とした思いで跡部を見る。今制圧しているここは山吹の領内だ。氷帝が手を出す理由はない。あるとすれば自国の王子である跡部が捕らえられていると知ったからだろうが―――それならば知った上で攻撃を仕掛けてきた事になる。一切の交渉もなしに。
 「氷帝は国民見捨てよう、ってのか・・・・・・!?」
 怒りで震える一同。その中にあって、
 「ま、そういう風習だしな」
 跡部は吊るされたままひょいと器用に肩を竦めた。
 「残念だったな橘。どうせいざという時の氷帝への切り札用に、脱走しようとした俺を生かしといたんだろ? 構わず殺されるぜ、俺の命ちらつかせたところでな。
  ついでに言っておいてやるが、仮にもここは山吹領内だ。氷帝だけで動けるとでも思ってんのか?」
 「売ったのか!? 山吹は氷帝に!!」
 「さあな。だが村ひとつの攻撃。ヘタすりゃそれこそ氷帝の侵略戦争だと思われんだろうな。それでもやるって事は―――」
 この先は言うまでもないだろう。互いにトップが絡み、そして提携した。
 ―――と、普通は考えるのだろうが。
 (アイツらの計画、まさか俺の役割ってのは注意引付じゃねえだろうなあ・・・・・・)
 つくづく自分が他の捕虜と離され、なおかつ橘が即座にこちらに来てくれてよかった。今頃他の捕虜である山吹国民らは大騒ぎだろう。「千石がまたなんかバカなことやってるよ!!」と。
 確かに爆薬そのものは氷帝製だ。が、それを使うのは必ずしも氷帝国民とは限らない。
 今必要なのはまず他の捕虜と合流する事。自分の価値を下げれば見張りに余計な人数を裂かないよう同じ場所へと送り込まれるだろう。
 だが・・・・・・
 「ちぃっ!」
 大きく舌打ちし、こちらを下ろそうと近寄る橘。思ったとおり進む事態にため息をつき、
 呟く。
 「革命起こしてまで旧王国潰したお前らが『国』ってモン信じられねえってのも理屈としちゃわかるが、あんま他の国まで悪く言うんじゃねえよ。山吹公王も氷帝帝王もそこまで馬鹿な人間じゃねえ」
 「・・・・・・何か言ったか?」
 「いや」
 今攻撃しているのは互いの国の者ではあっても王の命令ではない。言ったところで無駄だろう。計画をバラす事になるからでもあるが、承認した以上同罪なのだから。
 それでも―――
 (本気で人質見捨てるとでも思ってんのか? 自分にとって邪魔なもの捨ててって、それで発展していく国がどうなるか、一番知ってんのはてめぇら元不動峰王国の奴らじゃねえのか? ああ?)
 確かに氷帝は最終的には見捨てる方式だ。しかしそれでもこんな何もせずではない。出来る事はやった上で、それでもどうしようもない場合のみだ。山吹に至っては絶対最後まで―――いや最後になっても見捨てようとはしないだろう。そういうヤツが公王になれるのだから。
 自分を守ってもくれない国に誰が忠誠を誓う? それはここ―――不動峰民主主義共和国でも同じだろう?
 (『国』舐めんじゃねえ・・・!)
 胸クソ悪い思いで、それでも全て押し殺す。感情で動いて計画を失敗させるわけにはいかない。全員の命の前では己のプライドなど安いものだ。
 が―――
 「やっぱテメエ昨日言ってた事ウソだったのかよ!?」
 神尾の悲鳴じみた怒鳴り声に、橘の足が止まった。
 (げ・・・・・・)
 心での呻きの続き。本気で自分は運がないらしい。
 (指摘すんなよこの場面で・・・!)
 ヤバい。
 『武将・橘』。確か植物を操る魔法使いだ。見られれば狙いがバレる。
 振り向く橘。気付く事無く神尾の言葉が続く。
 跡部の胸元を指し、
 「やっぱそれ傀儡陣じゃねえのか!? そうやってテメエも操られてるか操ってるかすんじゃねえのか!?」
 『―――っ!!』
 橘と跡部、2人の口から同時に鋭い吸気音が放たれた。
 一息で詰めてきた橘。胸元へと手が伸ばされ、
 一気にYシャツを千切られた。
 「ちっ・・・!」
 次音を発したのは跡部のみ。橘は目を見開きそこに描かれていた陣を見、そして上を見た。縛られイタズラに暴れさせた手首から流れる血を。
 ―――不自然に指先にべったりついた血を。
 「跡部景吾・・・! 氷帝の・・・・・・魔法使いか!!」
 全てがバレる。陣の完成を阻止しようと、橘が何らかの術を発生させた。
 自分に向かってくるツル。全身を絡み取られれば陣の完成は不可能。この状態では避けることも防ぐことも出来ないし、今から何かの術を使おうにももう間に合わない。
 勝利を確信する橘だった―――が。
 「遅せえ!!」
 一言吠え、跡部が己を拘束していた鎖を掴む。流れた血を用い手の平に描いていた陣が光り、
 「なっ・・・!」
 あっさり跡部は拘束から脱出していた。重力に任せ下に飛び降り、さらにしゃがみこむ。標的を見失いツルが止まったこの一瞬が勝負。
 血の付いた指先3本を、胸元の円陣の周りに正三角形上に、次いで逆正三角形上に置く。6点が六紡星を描き、内側の円陣が紅く輝き始める。
 (ちゃんと来やがれよ佐伯・・・!!)
 蹲り、今度こそなす術のなくなった跡部の元へとツルが襲い掛かる・・・・・・。



跡部・佐伯【2日目・不動峰にてついに再会】








 ―――またしても余談。サブタイ『リターン』の意味。1:どちらかというと『リベンジ』に近い『もう一回やるぞ!』の意。2:言葉通り『戻って来る』という事で『やるなり再び捕らえられそう(どころか殺されそう)だ!』の意です。本気でまた捕まったら大爆笑ですが。