§1 『愛情』のカタチ
跡部・佐伯3【2日目・不動峰にて雇用問題大討論!】
「だ、誰だテメエ・・・!!」
「どうやってここに・・・!?」
橘除きもちろんワケのわからない一同。それらに「ああちょっと待って」と軽く手を振り、
どがしっ!
「ぐあっ!!」
佐伯はしゃがんだままの跡部の頭を思い切り踏みつけた。
「・・・・・・っててめぇは何しやがる!!」
起き上がる跡部の襟首を掴み、
「それはこっちの台詞なんだけどなあ、景吾。お前こそ俺達放って何先に行ったりしてんだ?
お前がそういう事やったおかげでむやみに争いに巻き込まれてるんだろうが」
「てめぇらといてロクな目に遭わねえからだろーが!!」
「なるほどなあ。で、今この状況がお前の言う『ロクな目』だと。そう言いたいんだな?」
「ぐ・・・・・・」
「大体お前その恰好何なんだよ? 情事のお誘いか? ヘタクソなストリップもどきか? 何か上には鎖まであるし。
そんなプレイ好きだったのか? だったら次からは―――」
「違げえよ! 人勝手にヘンな趣味につけんじゃねえ!!
そもそもコレに関しちゃてめぇのせいだろーが!! 妙やたらと暗器仕込むんじゃねえ! 全部なくなるまで脱がされた結果ンな事になったんだ!!」
「あら? おかしいなあ。服全部脱がせないとなくならないようにしといたんだけどな―――ホラ」
千切られた襟を指される。千切れた―――ようでいて千切れていないボタンを。
だらりと垂れ下がった糸・・・ではない。よくよく見ればそれは極細ワイヤーだった。恐らく先程橘がもう少し力を込めて裂いていたならば、千切れていたのはYシャツではなく橘の手となっていただろう。
「で、何でそれ裂けてるのかな?」
笑顔で佐伯が問う。しゃがみ込み、まだ鎖の外れていない両手を抱き上げ。
誰にでも感じられるほどに、佐伯の周りの空気が冷たくなっていく。
血が出るまで動かし引っかき続けた手を見下ろし、
「お前がやった、ようには見えないけどなあ」
癒すように包み込み、それごと視線を上に上げる。
「でもって―――」
頬へと手を伸ばす。昨日と今日、2度傷付けられ、腫れ始めている頬へと。
触れるか触れないかの位置で撫でられる。冷たさを感じるのは果たして、腫れている頬が熱を持っているからかそれともそれだけ佐伯が纏う空気が冷たいからか。
「これはさすがに、お前がやったわけじゃないんだろ?」
手が離れる。起き上がる佐伯。起き上がり、再び他の面々と向き直り。
笑顔のまま、告げる―――滅殺宣言。
「死ね」
呟きと同時、
全員を猛烈に冷たい風が襲った。
『―――っ!!』
悲鳴ひとつ上げられず飛ばされる兵士ら。
跡部もまた、手を顔の前に翳した。中心地である佐伯の足元にいるため直接喰らう事はないが、それでも自分も標的にされているかと錯覚するほどのプレッシャーに襲われる。
(やべえな、こりゃ・・・・・・)
佐伯は今、半ば暴走した状態だ。まだ魔法としてロクに発動していないにも関わらずこれだけの影響を及ぼす。もしこれで誰かに向け攻撃を放ったならば―――
――――――放たれた相手は死ぬだろう。宣言どおり。恐らく自分ですら防ぎきれない。
(ったくやっかいなモン覚えやがって・・・!!)
相性の問題なのかそれとも気分なのか、自分に合う術の分類というのは個人ごとに分かれる。例えば攻撃的な自分には火が合いそして、
変幻自在に己を変える佐伯には風がよく合う。本人もわかっているのだろう。風・火・水の3種が使えるクセにしょっちゅうそればかり使う。時に水よりも優しく穏やかに。
―――そして時に火よりも激しく苛烈に。
プレッシャーに打ち勝ち―――あるいは勝てずに―――最初に動いたのは、跡部ではなく橘だった。
「くっ・・・!」
壁に打ち付けられながらも反撃のために術を放つ。先程以上に質量を増したツル(というより枝か?)が佐伯へと迫り―――
「待―――!!」
跡部の制止を待つことなく、ズタズタに切り裂かれた。
攻撃対象が―――定まる。
佐伯の、それだけで全てを切り裂きそうな視線が橘へと向けられる。周りを庇うよう、最前列に出る橘を。
ザン―――!!
音もなく荒れ狂う嵐。
『うわっ!!』
全身を裂かれ、悲鳴を上げたのは―――
橘以外の人間だった。
佐伯の悪癖発動。まさしく今猛威を振るう風の如き残虐さで、対象が最も苦しむ方法で攻撃する。
一撃で絶命させるほどではない。むしろ服と皮膚表面を切り裂いた程度だ。
だが、
飛び散る血とのたうち回る仲間たち。橘の冷静さを失わせるには充分だった。
「貴様・・・・・・!!」
燃える瞳で橘が佐伯を見つめ―――
見失う。
氷よりも遥かに冷たい笑みを浮かべていた佐伯は、橘の意識を超えるスピードで距離を詰めていた。
まるで瞬間移動したかのように。仲間を傷付けられ激昂していた橘に、迫る剣をかわす事は不可能。
確実に己の生を司るいずこかを貫く剣の煌めき。いっそそれが綺麗だと思ってしまうのは自分の死をまだ少しでもマシに受け止めたいからか。
僅かな瞬間で諦めの境地に達する。そんな橘に迫る佐伯。その動きが―――
「止めろ!」
ただ一言で、あっさりと止まった。
首数ミリ手前で止められた刃。微動だにしない佐伯に、さらに言葉がかけられる。
己が唯一絶対の忠誠を誓う、主の言葉が。
「もう一度だけ言ってやる。止めろ。
主の命令に従えねえようならてめぇは使用人失格だ」
しかし・・・、
それを聞いてもなお、佐伯は剣を下ろしはしなかった。
平坦な口調で、問う。
「使用人が主の命令に対し絶対服従である事を求めるんなら、主は使用人に対し納得できるだけの理由を言うべきだ―――と思うんだけどな。跡部」
それは、『使用人』としての態度ではなかった。
1人の人間としての質問。返答次第によっては専属執事の座を捨て、攻撃を続けるということか。
悟り―――
立ち上がっていた跡部は、髪を掻き上げため息をついた。
見回す。動けない橘と、自分達こそ傷付いているというのに駆け寄ろうとする不動峰の兵士たちを。
ため息の延長で、呟く。
「コイツが死んでまたヘンなヤツが上に立ったら面倒だ」
兵士たち全員の目が、跡部へと集まった。
いずれも驚きの色に染まっている。
こんな戦争を仕掛け、あまつさえ彼本人捕らえられたというのに、それでも許すというのだろうか。
彼は、それでも橘を指導者として認めるというのだろうか。
沈黙の時が流れ・・・
「・・・・・・そっか」
佐伯が呟いた。僅かな苦笑を乗せ。
収められる剣。誰もが安堵し―――
―――絶望した。
代わりにつき付けられた拳銃を前に。