§1 『愛情』のカタチ





  跡部・佐伯4【2日目・不動峰にて雇用問題解決】

 「佐伯!」
 「悪いな景吾。お前の命令には従うよ。お前の命令ならな」
 「俺以外に頼まれた、ってか?」
 下ろされない銃が肯定する。
 (誰だ? ンな事頼むヤツ・・・・・・)
 思い浮かぶ顔がない。ただでさえ佐伯が無条件で従うヤツが少なく、そいつらがわざわざこんなメリットのない殺しを頼むとはとても思えない。
 悩む跡部の元へ、
 届けられた名は最も意外なものだった。
 「千石だよ」
 「―――っ!?」
 無言のまま驚く。千石といえば確かに今村の外で『遊んで』いるかもしれない。どうせ誰もいないんだからハデにやろうとでも考えているのだろう。
 自分が楽しむ事にのみ全力を注ぐ人間。だからこそ―――
 ―――他者に対して殺したいほどの憎しみは持たない。それほどの執着は。
 「なんで・・・、アイツが・・・・・・?」
 わからず問う。他の者は千石の存在を知らずに混乱する。
 その中で、
 佐伯は橘に銃を向けたまま、言葉だけは後ろに向け静かに呟いた。
 「こう言うと、お前以外はわかるかもな。
  千石ってのは山吹の人間だ。でもってソイツの『故郷』での名は―――
  ―――現‘子どもの我侭[レジスタンス]’、旧‘レインダスツ’」
 「『雨下のゴミたち』・・・?」
 呟いたのは跡部。『わかった』者は顔を青褪めさせ、悲しみと怒りの混ざった目をいずこかへと向けた。
 淡々と、解説する。
 「かつての不動峰王国でもやっぱり傀儡に反対した者がいた。ただし革命も起こさずただ反対するだけだったらその先は簡単だ。捕らえられ、殺される。
  そういう反対者を不動峰内でレインダスツ―――時代の流れから溢れ出したクズどもって呼んでたんだ」
 「じゃあ―――」
 「千石は―――正確には千石の
10歳上のお姉さんは‘レインダスツ’だった。お姉さんは自分が殺される代わりに、まだ9歳で傀儡状態じゃなかった千石をたまたま近くに来ていた移住民たちに預けた。まあそれこそ正確に言えば、千石を脱出させたことでお姉さんはレインダスツと見なされ殺されたんだそうだけど。国外逃亡は罪として一番重い」
 「・・・・・・」
 誰も、何も言えない。跡部は初めて知った千石の過去に。不動峰の面々はずっと見続けていた汚い国に。
 「お姉さんは自分が成人の儀として傀儡にされかけて逃げ出したそうだ。自分が傀儡になるのが嫌だったんじゃなくて、千石の守り手がいなくなるのが嫌だったんだろうな。
  ギリギリまで逃げ出して、そこでお姉さんは追手に殺された。そして―――
  ―――そこで千石は2重の『殺し』を知った。お姉さんが殺された事と、追手を殺した事」
 「アイツ、ンな事一言も・・・・・・」
 「『言ってもあんまり意味はない』から黙ってたそうだ。実際のところそういう目で見られるのが嫌だったんだろうな。俺だって突入寸前で初めて聞かされた」
 跡部が佐伯を―――佐伯を通して千石を見る目。同情と、哀しみと。つくづく彼には似合わない。
 振り切るように、佐伯は視線を橘へと戻した。トリガーを起こし、
 「お姉さんは死の間際で千石にこう言ったそうだ。『悲しみの連鎖をこれ以上増やさないで』と。
  そしてこれは千石の言葉だ。
  ――――――『もし誰か1人でも傀儡の術にかかってる人がいたら不動峰のトップの人殺して。山吹まで同じ目には遭わせたくないんだ』」
 『橘さんはそんな事しない!!』
 あちこちから響く声。不動峰の兵士全員の合唱かもしれない。
 構わず―――佐伯は引き金を引いた。
 轟音が響き、橘が後ろへと吹っ飛ぶ。
 『橘さん!!??』
 叫び、誰もが橘の元へと駆け寄る。その中で、
 ・・・・・・跡部は一人眉を顰めていた。
 「ちくしょう!! なんで橘さん殺すんだよ!!」
 「橘さんはそういう事から俺達を解放してくれたんだ!!」
 「橘さんのおかげで俺たちは救われたんだぞ!?」
 口々に叫ぶ彼ら。
 それらに向かい、言ってやる。
 「落ち着けよ。死んでねえから、そいつ」
 『え・・・・・・?』
 呆ける彼らの前で、
 「・・・・・・ってて」
 『橘さん!!』
 橘がのんびりと起き上がってきた。
 全員の驚きと・・・・・・ついでに跡部の半眼を前に、佐伯が気楽に肩を竦める。
 「そりゃ死なないさ。空砲だからな」
 銃を弄り、『弾』を床へと落としていく。響き渡る、それを知っている者にはやけに軽く聞こえる音。薬莢には火薬は入っているものの、肝心の弾丸が入っていなかった。
 「まあ確かにこれなら勢いだけで吹っ飛ばされるよな」
 知らないであろう不動峰の面々へと、跡部が不足分を解説した。
 こんな紛らわしい事をやってのけた佐伯は―――
 先程の千石の言葉に己の言葉を重ねた。
 「でもって、俺は千石の話には賛成しなかった」
 跡部を見やる。胸元から覗く、真っ赤な陣を。
 「不動峰王国の『狂王』が何考えてそうしたかはわからない。でもその気持ちは必ずしもわからないわけじゃない。
  ―――逃げて欲しくなかった。自分のものになって欲しかった」
 苦笑して、
 「ずっと言ってなかったけど・・・、俺達が結んだ契約な、不動峰のを見本にして作り変えたんだよ。最初はそのまま作ろうかと思ったけど、さすがに操り人形にしちゃ悪いかと思ってな」
 『狂王』の話を聞いて佐伯が視線を逸らした理由。自分も同類だからだ。国とたった一人―――規模が違うだけでやっている事は同じ。『狂王』が裁かれるのならば、同時に自分もまた裁かれるべき人間だ。
 それでありながら千石はそんな自分に裁きを任せた。今まで誰にも言っていないであろう自分の過去まで話して。
 知っているはずだ。自分がそういった考えの持ち主だと。気付いたはずだ。自分と跡部の胸元に描かれる陣を見れば、それが忌まわしき呪いであると。
 神尾が最初に指摘してきたのは―――自分達にもまた同じ陣が描かれているからだ。跡部は不動峰王国における未成年者と同じ状態だった。成人と共に、不足部分が付け足され完成形となる。傀儡という・・・『完成形』に。
 だからこそ―――
 「俺も、同じなんだよ―――景吾。俺も、お前を・・・・・・」
 そんな告白に対し、
 跡部よりも先に、神尾が反応した。
 「でもよう! アンタはコイツの事自分のものになって欲しかったって言ってるけどよ!!」
 「言うな!」
 何を言うつもりか気付いたのだろう。跡部が制止をかける。佐伯もまた銃口―――空砲を抜き、今度は実弾を篭めたそれを向ける。が、
 全て無視し、神尾は言葉を重ねた。自分達と同じ過ちを繰り返させないように。
 「コイツ言ってたぜ!? 『これは俺達が自ら望んで作った陣だ。誰かに強制されたワケじゃねえ。支配されるモンでもするモンでもなくって―――繋がりを強めるために結んだ契約だ』って!! 『そういやンなモン作ろうとかした時点でもう繋がってるようなモンだったんだよな。こういう事でもしねーと繋がれねえと思ったからやったんだが、よくよく考えりゃ最初っから繋がってたんだよな、俺たちは』って!!」
 「言うなっつってんだろ!?」
 悲鳴に近い怒声も時既に遅く。バツの悪い思いで佐伯の方を窺い見れば―――
 ―――佐伯は目を見開き、驚きを露にしていた。
 「知って、たのか・・・お前。知ってて・・・・・・結んだのか・・・・・・?」
 はぁ・・・と長いため息をつく。髪を掻き上げ、その下で視線を逸らし。
 「『氷帝の魔法使い』舐めんじゃねえよ。どっからパクってきたのかはともかく、陣見りゃどういう効果か位はわかんだろーが」
 「じゃあ、なんでそれで契約して・・・・・・」
 「別にいいだろ。俺の勝手だ」
 ふいっと外方を向く跡部。手に隠れた頬が僅かに赤いのは・・・・・・決して気のせいや見間違いではないだろう。
 佐伯の頬が緩む。跡部と結ばれた今でもまだ、ずっと心の奥底に残っていた罪悪感。それが今、氷解していく・・・・・・。
 「景吾・・・・・・」
 ふんわりと抱き締める。腕の中にある確かな温かさ。今なら千石がなぜ自分に裁きを任せたかわかるような気がする。
 知って欲しかったからだ。自分に、跡部に、不動峰のみんなに。
 ―――陣よりも強い心の繋がりも確かに存在するのだと。心さえ繋がっていれば、陣など関係ないのだと。
 抱き締める腕の中で、
 「つーかよ佐伯、今ンな事やってる場合か?」
 照れ隠しなのかなんなのか、跡部がぼそりとぼやいてくる。
 くっ、と笑い、
 「それもそうだな」
 呟くと同時、身を起こした佐伯が銃を構えた。誰かに向けてではない。斜め上、舞台の幕を吊るす縄に向かって。
 発砲音。重そうな音を立て、幕が落ちてくる。
 向こう側には人、人、人。縛られ、座り込んでいるところからすると恐らく捕虜の方だろう。
 「人質保護」
 脱いだ執事服[タキシード]の上着ともう一本の剣を見もせず預け、佐伯は跡部の肩をぽんと叩いた。
 「そっち頼むな」
 「ああ」
 それ以上は特に言わない。そういう事に関しては跡部の方が得意だ。
 ベルトから引きちぎった魔具―――蒼い石を人質たちの上へと軽く放り投げる。適当なところで割れたそれに、今度はそよ風のような優しい風を送り込めば、撒き散らされた眠り薬は見張りの兵士含め人質たち全員を眠りへと誘った。
 後ろでは渡された執事服に腕を通した跡部もまた動いていた。剣を床に突き立て、陣を作り上げていく。
 「おいおい。あんま大掛かりなの使うなよ」
 「いいじゃねえか。捕らえてくれた礼くらいはさせろ」
 「俺は『建物壊すな』って言ってんだよ。敵・人質もろとも瓦礫の下なんていうオチは嫌だからな」
 「だったらそうなんねーように努力しな」
 「はあ・・・。結局お前の尻拭いかよ」
 背中合わせのため落ちた肩に気付いたか、跡部が肩越しににやりと笑った。
 「使用人ならそん位は当然だろ?」
 かけられた言葉に―――
 佐伯もまた、楽しそうに笑った。多分跡部も同じ笑みを浮べているのだろう、そう思いつつ。
 「はいはいご主人様。精一杯頑張らせていただきます」
 「よし。んじゃ―――
  ―――脱出くらいは派手に行くぜ!!」
 「派手じゃなかったお前のシーンの方が知りたいけどな!!」
 2つの声を呪文とし、
 炎と風、2つの術が、まるで1つの術のように紡ぎ合わされ踊り狂った・・・・・・。



橘【2日目・不動峰にて気持ちよく敗北宣言】








 ―――せっかく千石さんに焦点あったんだからサブタイもそれっぽくすればいいのでしょうが(ついでにここのタイトルは、『不動峰にて全てのカラクリを知る』→『不動峰にて「仕掛人」を知る』→現在の、になりました)、とりあえず問題が起こったのなら解決させようかと。まあ尤も、ちゃんと解決するのはさらに後なのですが。
 ちなみに元不動峰国民の千石さんと南がなぜ幼馴染み扱いなのか。お姉さんが千石を託した村に南(と室町・亜久津)がいたからですね。そう考えると千石さん、かなりハードな人生送ってます。国はこんなだし姉は殺され挙句託された村は災害で消滅。そりゃ過去は話したくないでしょう。彼の性格からして同情は嫌うでしょうから。
 ついでにもうひとつ。『レインダスツ』もまた某小説のパクリだったり。正確にはそれでは『レインダスト』だったんですけどね。なおパクった小説は『魔術士オーフェン』シリーズです。確か数行程度であっさり切られたこの話、どこで出てきたかわかった方、ぜひお友達になりましょう(笑)vv