§1 『愛情』のカタチ
跡部・佐伯5【2日目・不動峰にてひたすら暴れる】
捕らわれていた部屋から外に出る。さすがに騒ぎに気が付き、戻ってきた兵士も多い。外に残ったままのは千石たちに任せるとして、何とかしてこれらは全員倒さねば。でなければ再び人質として逆戻りだ―――というのもあるのだが。
「で? タイムリミットはどれだけって言ったんだ?」
「具体的には言ってないけど、多分1時間ってトコじゃないか?」
「連絡手段は?」
「ない。伝話機は邪魔だから置いてきたし、トランシーバーは今待ってる3人誰も持ってないし」
「千石と由美子はともかく、何で周が持ってねえんだよ? パートタイマーだろうがウチの使用人だろーが」
「だって周ちゃんに仕事押し付けたら悪いじゃん」
「働かせろ『メイド』なら!!」
恐ろしいまでに身勝手な裏の使用人長に怒鳴りつける。最悪だ。橘に言った理屈はともかくとして、早く無事だと報告せねば、待たせた3人は問答無用で本気で攻め込んでくるだろう。それこそ『敵』である不動峰兵は皆殺しにしてでも。
重々しいため息をつく。まるでそれを隙として取ったかのように、死角から兵が現れた。
鞘に入れたままの剣を構える跡部。兵の持っている棍棒を受け止めようとして―――
「ほいっ」
横手から乱入してきた佐伯の蹴りにこめかみを一撃され、兵士はあっさり崩折れていった。もちろん跡部に届くはずだった棍棒も手からすっぽ抜け壁にぶち当たっている。
跡部が何か言う前に佐伯がこちらを向き、口を開いた。たしなめる口調で、
「その手であんまムチャすんなよ? 怪我酷くなるぞ」
「あ・・・・・・」
言われ、ようやく思い出す。そういえば陣を完成させるために、無理矢理縛られた手首を傷付けたのだった。
今では血がもう固まっているが、確かに少しぎこちない。軽く捻ったりしたかもしれない。
肺に溜まっていた空気を一息で吐いた。自然と肩の力が抜ける。
「んじゃ近付いて来たヤツらは全員てめぇが倒せよ?」
「了解」
短い返事と共に、佐伯が見慣れた青学式の礼をした。片手を胸に当て、片膝を付き、まるで主にその身を捧げる騎士のように。
跪いたまま、跡部の利き手を取り、甲に軽く唇を落とした。コイツは本気で自分の剣として働くらしい。
そう、理解し。
跡部は取られていた手を逆に取り、佐伯を引っ張り上げた。もちろん手に負担は与えないよう、佐伯もまた自ら下げていた頭を上げる。
上げて―――
「え・・・・・・?」
一瞬だけ、羽根のようなキスを落とされる。
離れ行く跡部へと反射的に手を伸ばし・・・・・・あっさり弾かれた。
弾いた先で、跡部がにやりと笑っている。
「給料は常に後払い方式だろ? 欲しかったらそれだけしっかり働けよ俺様のために」
欲しかったらしっかり働き―――ちゃんと生き残れ。
かけられる、この上なく嬉しい言葉。コイツはどこまでわかっているのだろう。捧げているのは剣だけではない。全身全霊。自分の全てがコイツのために、コイツと共に在れる事を至上の歓びとして捉えている。
決してこれは、傀儡陣が造り出した仮初の忠誠心ではなく。
間違いなくこれは、自分が心から望んだこと。
そして――――――跡部もまた、望んでいること。
「じゃあ、頑張りますか」
立ち上がり、膝をぱたぱたと払い。
拳を軽く合わせる。
「援護よろしく」
「しくじんなよ」
「お前次第だな」
「俺が何ミスるってんだ?」
「人生いろいろと」
「・・・・・・・・・・・・くそっ」
一本決着がついたところで、敵の本格攻撃が始まった。
またしても辺りに立ちこめる白い煙。
視界を閉ざされる中で他の感覚を張り巡らせながら、跡部はまだすぐそばにいる一応味方へと囁きかけた。
「おい佐伯。てめぇにおあつらえ向きの敵が来たぜ」
「俺に? なんで?」
「思考パターンがてめぇそっくりだ。世の中似たヤツが3人いるっていうが、てめぇ、千石、でもってソイツでぴったりだな」
「なるほどなあ」
煙の向こうで間違いなく笑顔のまま佐伯が頷き、
「じゃあ景吾行ってこい」
どんっ―――!!
「うあっ!?」
感覚が揺らめいた瞬間には思い切り背中を蹴り押され、跡部はなす術もなく前へとたたらを踏んだ。攻撃の瞬発性に関して佐伯は自分と同等に高い。同時に動かなければ防ぐのは不可能である。
たたらを踏み―――煙の外へと出る。
そこで、
『あ・・・・・・』
今回もまた、外から石でも投げ込もうとしてたのか、待機していた少年と目が合う。濃紺で、さらさらストレートの髪の少年。やけに表情のない目―――一瞬それこそ傀儡かと思ったが、どうやらこれが地らしい―――と見つめ合い、
ごすっ・・・
「ぐっ・・・!」
こちらも煙を割って出てきた佐伯に鳩尾を蹴られ、あっさり昏倒した。
倒れる体を優しく抱き止め――――――煙の中へと転がす。恐らくどころか間違いなく囮代わりだろう。となると抱きとめたのも単に消音のためか。
一瞬足りとも悩む事無くそんな事をやってのけた男が、疑わしげに首を傾げる。
「似てるかあ?」
「訂正する。てめぇらに比べりゃアイツの方がなんぼもマシだな」
「それまたどういう―――」
「そのまんまの意味でだ」
「・・・・・・。まあいいけどな。
んじゃ、このまま波に乗って脱出と行きますか」