§1 『愛情』のカタチ
跡部・佐伯・千石2【2日目・不動峰よりいよいよ脱出】
その後はさして変わったこともなく、本気で波に乗って脱出に成功した2人。とりあえず目標通り誰一人傷付けることなく脱出はした。ただし肉体的には。
「たぶんアイツら、2度と戦闘は出来ねえだろうな・・・・・・」
「いいじゃん。戦争を初めとした犯罪全般の抑制に繋がる」
「平然とそう言い切れるてめぇが凄げえよ・・・・・・・・・・・・」
中間で何があったかげんなりと呟く跡部に、爽やかな笑顔で答える佐伯。
「跡部くん! サエくん!!」
当然の如く一番目の良い存在に見つけられ、彼らはようやくいつもの場所へと戻ってきた。
「サエ! 跡部!」
「よかったわ。2人とも無事で」
駆け寄る千石・不二・由美子に適当に手を上げ、跡部はさっそく千石へと報告した。
「千石。今すぐ南に連絡取れ。不動峰が白旗揚げる。人質も全員無事だ。ぜってー誰も攻撃すんなよ」
「ん。わかってる。もうしてある。ってゆーか元々軍も明日の朝には来るよう手配しといたしね。後は武器どのくらい使うかの指示だけだったし」
「・・・・・・手回しいいじゃねえの。んじゃもちろん俺らは―――」
「もちろん今すぐエスケープ! いんのバレたらマズいっしょ。何も知んない軍隊の方々には、特に氷帝と青学の王子様がいましたなんてね」
「だろうな。ならさっさと―――」
「―――の前に跡部くん」
「ああ?」
「君着替えた方がいいんじゃない? そのまんまの格好で逃げたら万が一誰かに見つかった場合―――っていうかそれ以前の問題でサエくん大喜びすると思うよ」
「・・・・・・・・・・・・」
指摘され、月明かりとランプでちょっとは明るい中で自分の格好を見下ろす。ボディチェックのためYシャツと下着を除いて脱がされ、そのYシャツもまた裂かれた状態で、それで佐伯にタキシードの上を借りたのでそれを羽織って一応ボタンは留めて―――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なぜだろう? 吊るされていた時以上に『情事のお誘い』だの『へたくそなストリップもどき』だのといった言葉が浮かんでくるのは。
佐伯の方を見やる。指を立て爽やかに、
「そのまんまで全然OK」
「着替える!」
上着を投げつけ威勢良く裾を翻し―――跡部ははたと気付いた。着替えるべきものがない事に。
「エリザベーテ・・・・・・」
情けない声で呻く。そういえば最低限の着替えも入っていた荷物は、いずこかへ走り去っていったかの馬に積んだまま。まあまさか道に迷っているなどと言う事はないだろうが、ここにいなければないのと同じ。こんな哀しい理由で愛馬を嫌いになりはしないが、さすがにちょっぴり恨みたくもなる。
怨念を飛ばし―――
「エリザベーテ!?」
―――返すかのように、その愛馬が自分へと走り寄ってきた。
「お前どうしたんだよ!?」
心配するように顔を擦り付けてきたエリザベーテを抱き寄せながら、跡部は驚きの声を上げた。まさかずっとここで待機していたわけもあるまい。自分の身の危機を知らせに行っていた筈だ。
疑問に答えたのは―――もちろんエリザベーテ自身ではなかった。
「ああ、エリスね。俺達が着いた時にはいたんだよね。一回跡部くんの家に帰ったわけだから、ほとんどノンストップでまた引き返してきたんだね。さっすが跡部くん思いのエリスだけある」
「だから・・・・・・
―――『エリス』じゃねえっつってんだろーがいい加減覚えやがれ千石ぅぅぅ!!!」
「ぐぎゃあああああ!!!!!!」
ひとしきりいつも通りのやり取りを終え。
跡部が着替えるため離れ、その他一同もそれぞれ帰り支度をするためバラバラになったところで、
佐伯は千石へとそっと近付いていった。
銃と弾薬の残りを差出し、
「サンキュ。存分に使わせてもらったよ」
「存分・・・って」
受け取る千石。受け取り―――半眼がさらに寒い視線へと変化していった。
渡した時より重い銃を手に、
「わざわざ全部弾入れてくれてありがとう」
「どういたしまして」
千石が最初佐伯に銃を渡した際、弾は一切込めていなかった。代わりに実弾と空砲、両方渡しておいたのだ。好きな方を選べという意味で。
今詰まっているのは、全て実弾だった。ただし全てに詰まっている。これでは実際どちらを何発使ったのかはわからない。どうせなぜこうしたのか尋ねたところで『次使う時便利なようにしといた』だののらりくらりとかわすのだろうが。
(ま、いっか)
どちらであろうと重要ではあるまい。どうせ誰も殺していないのだろうから。如何なる理由であろうと1人でも殺していれば、こんなにあっさり不動峰が降参するわけもない。
「よし、行くぞ」
着替え終わった跡部の合図。と同時に―――
『は〜い!』
「嘘ぉ!?」
全てを片付け終えた他のメンバーもまた、馬車へと乗り込んでいた。相当な量の武器道具をぶちまけていたはずなのだが・・・・・・。
「あちょっと待ってよ〜!!」
こうして、戦争の影の主役らは世も明けぬ内にこそこそと逃げ去っていった・・・・・・。