§1 『愛情』のカタチ
跡部・佐伯6【3日目・不動峰と山吹の中間で裏的所業】
「う・・・あ・・・・・・」
「うん・・・・・・」
馬をかっ飛ばして丸一日。追っ手もなく、また馬・人共にさすがに疲れたためここで一度休憩することになった。余談として一番疲れたのはエリザベーテと跡部のペアだろう。手を傷つけているのだから無茶するなという建前の元、エリザベーテは佐伯が操る事となったが、だからといって跡部が馬車に乗れたというわけではない。これまた『いつもの主がいないと馬が混乱する』などという建前により、跡部は佐伯に抱きこまれるような格好で乗るハメとなった。逃走中だというのに全くTPOを選ばない男のおかげでそこだけピンクの花が咲き乱れ、馬と主は共に精神的疲労に酷く侵される結果となった。
それはともかくとして。
「あ・・・、佐伯・・・・・・」
「ん・・・・・・景、吾・・・・・・」
甘ったるい空気の延長なのか、場所と安全性を確保するなり姿を消した2人は、適当な森の陰で肌を触れ合わせていた・・・・・・とはいってもまだ唇のみだが。
僅かに離れる。が、それで終わりというわけではない。より深く接するための前段階。
濡れた目で跡部を見つめ、佐伯が苦笑いをした。
「ダメだ俺今日・・・・・・」
「・・・・・・あん?」
木の幹に凭れ、枝の代わりとばかりに佐伯に両腕を絡めていた跡部が突然の台詞に眉を顰めた。
「ここまで連れてきたのはてめぇだろーが。ンで止めるってか? 俺様舐めてんのかてめぇは」
「お前だったらいくらでも舐めたいけどな」
「ざけてろ」
佐伯の毎度のセクハラ発言に、しかしいつもならあるはずの強烈ツッコミはなかった。
言葉だけ残しさっさと立ち去ろうとする跡部。歩こうとした体が―――強制的に止められた。
跡部を後ろから抱き締め、耳元にそっと囁く。
「実はお前照れてるだろ?」
「ンなワケねーだろ!?」
勢いよく振り返る跡部(ちょっぴり頬赤め)に再びキスを仕掛け、
佐伯は跡部に頬を寄せた。
味わうようにゆっくり動かす。
「7日振りのお前の感触なんだな―――まあ厳密には今日もう8日目だけど」
「つーか厳密に言うんなら昨日既に会ってんだから別に何日か振りじゃねえだろ?」
「まあそこらへんは気にせずにv」
「最初にしたのはてめぇだろうが・・・」
大雑把に言えば7日ぶり。その間あった事を考えるならばその日数は短く感じるかもしれないが、それだけ詰まった毎日を過ごせば実際はともかく感覚としてはえらく長く感じる。
だから―――
互いの温もりを感じるのはとても久しぶりのような気がして。
暫く2人とも黙り込む。頬を寄せ合うだけで十分幸せで。
「嬉しくて、たまんなくて・・・。
だから―――
――――――今日なんか止まりそうにないや」
そんな事を言ってくる佐伯に、
跡部は心底馬鹿にした様子でため息をついた。
「馬鹿かてめぇは」
「・・・・・・はあ?」
逆転する立場。眉を顰める佐伯を肩越しに甘く睨み据え、
「てめぇが一度でも適当なところで止めた事あるかよ? 何しんみりタワゴトほざいてんだ? ンな殊勝な事どーせ出来やしねえんだから断りなんぞ入れてんじゃねえよ」
「え・・・? じゃあ・・・・・・」
理解の遅い執事にさらにため息をつく。
苛つきを示すように組んだ腕の上で指を叩き、命令してやる。
「さっさと来いっつってんだろ? 2度も言わせんじゃねえ。1度で理解しろ俺様に仕えるんだったら」
そんな言葉に、
佐伯は心底嬉しそうに笑った。
「―――了解。失礼いたしました、景吾様」
耳元で甘く甘く響く声。聞いて、酷く安心する。
この声を手放しかけたのは今までに2度。1度は自分が結婚をし佐伯が執事を辞めた時。もう1度はつい昨日。自分の命令を無視し佐伯が暴走した時。感情と主従関係は別問題だ。あの時佐伯が剣を下ろさなければ確実に辞めさせていた。―――佐伯をこの手で殺して。
「判かりゃいいんだよ判かりゃ」
鷹揚に頷き、腕の中で躰の向きを変える。
「それに―――
―――『給料は後払い』だろ? ちゃんと払わねえで訴えられたりでもすりゃ俺の信用問題に関わる」
「んじゃ、関係維持のためにも遠慮なく頂きますか」
再び交し合うキス。その間にも性急な互いの手は互いの服を脱がしにかかっている。
佐伯が跡部のYシャツのボタンを外し、跡部が佐伯の上着を肩から落とし紐状のタイを解き・・・
「・・・あん?」
ふいに、佐伯の動きが止まった。唇を離し、目を開く跡部。見れば、佐伯の視線は自分の胸元で止まっていて。
「ああ・・・・・・」
納得する。佐伯は胸にかかれた契約陣を見ていた。
跡部もまた、開いた胸元からそれへと手を伸ばす。建前では契約陣で―――実質傀儡陣であるそれへと。
ふいに、佐伯が自分の指を口へと持っていった。噛み切る。
流れた血で、不足分を描き足していく。傀儡という、『完成形』へと。
跡部も特に止めはしなかった。
永遠とも言えるほどの時間をかけ描き上げられた――――――――――――ところで。
「ん・・・」
最後の一筆を舐め取られる。
見下ろした先―――こちらの胸元に顔を埋めていた佐伯が、目線を上げ薄く笑みを浮べた。
「こんな事しなくても、俺たちは繋がってるんだろ? なあ景吾」
「バーカ」
見下ろし、笑ってやる。
同じように指を噛み切り、同じように陣を描いていった。描き上げ、そして消す。これが自分の答え。
繋がってはいても、完全にひとつではない。ひとつ―――独りでは。
違うから出来るのだ。喧嘩する事も、触れ合う事も。
――――――愛し合う事も。
抱き締め合う。限りなくひとつに近くて、でも決してひとつではない自分達。それでも、
・・・・・・本当にひとつであるかのように、そう感じる事が出来た。