§2 陰謀の裏に隠された陰謀
長い長いプロローグ オチ―――由美子
〜困ったわねえ。どうしましょうか?〜
「なるほどなあ。そんな事情か」
《随分と我が家も甘く見られたものね》
伝話機越しの声に、跡部は目を細め呟いた。
「どうりでいつまで経っても帰って来ねえって思ったら」
《周助は敵の罠に嵌り動けない状態、だからね。一応乗ってあげないと》
「つくづくお前もいい性格してるよな、由美子」
《ありがとう》
伝話越し―――青学から帰って来ずわざわざ連絡を寄越した由美子は、声だけですらわかる普通の笑みで礼を言ってきた。
跡部が一人頭を抱える。思い出すのは数日前にしていた会話。ルドルフ王ら見物のため帰ると言っていた不二(弟の方)に、由美子がこんな提案をしたのだ。
『それならいっそ、私が周助の振りをして帰ってみるっていうのはどう? ちょっとした驚かせっていう事で』
そりゃますます信用失うだろ・・・という跡部の突っ込みは、ノリノリで賛成した残り2名によってあっさり黙殺された。次の日、本気で由美子は不二になりすまし青学へ行ってしまったのだが・・・・・・。
「意外な事に『幸』になったね。まあ・・・由美子さんなら実は予め知ってたからそんな提案したって言われても頷くけど」
お茶を入れつつこちらも会話を聞いていた佐伯が笑った。
《予言・・・・・・はさすがにしてなかったわね。可能性の1つとして考えてはいたけど。
それにしても本当に周助を来させなくてよかったわ。きっと周助だったらあの裕太見たら本当にショック受けてたもの。私は反抗期になった裕太が可愛くて仕方なかったけど・・・vvv》
「俺は変態の夫は御免だからな」
「ゲイと変態。いい勝負だよな―――
―――なんて事は思ってませんよ? 由美子さん」
「俺には一切何もなしかよ佐伯・・・・・・。
それはともかくとして――――――――――――お前どうする? 周」
話題を振られ、
今までずっと黙っていた不二がようやく口を開いた。いつもなら閉じさせたところで閉じていないというのに。
目もまたすっと開き、
「裕太にまで手を出されたんだ。僕が動かないわけはないでしょ」
「・・・・・・だからお前は『兄馬鹿』って評されんだよ」
殺気を漲らせ呟く不二に、跡部が様々な意味を篭め小さくため息をついた。由美子をなのか青学をなのかとにかく救出作戦を実行するなら、頭に血の昇った人間というのははっきりと邪魔だ。策から外した方がいい。ただし―――
(そういうヤツに助けられた俺が言うのも何だよな・・・)
以前の不動峰との争いで、自分を助けたのは間違いなくこのような状態の佐伯だ。
息の続く限りため息を続け、
「青学王子として挨拶に出るのは当然、か・・・」
「じゃあ―――!!」
跡部が何を言いたいか悟り、不二が嬉しそうに笑った。諌めるように頭をこつんと叩き・・・
どぐしゃあ!!
「その案は不可」
「ってーな佐伯!! なんでだ!!」
「周ちゃんをお前の毒牙にかけさせるわけにはいかないからだ・・・!!」
本気で殴ったらしく(尤もひも付き鉄アレイで妥協の一撃など加えられるのか疑問・・・というかなんでそんな特殊物件を普通に持っているのかがまず不思議だが)、頭を押さえ痛がる跡部と拳を戦慄かせ力説する佐伯。
つまるところこういう案だった。今度は不二を由美子に見立てて青学に行かせよう、と。
ただしもちろん1人で行かせると危ない事はその由美子で実証された。ならば『青学王家の者として、また氷帝次期王妃として挨拶に出た』という名目にして跡部をお供につけるのが最善の手だ。跡部にも『氷帝帝王に代わり先に挨拶に来た使者』という立派な建前がつくため、いくらルドルフ側―――由美子の情報によると観月といったかあそこの補助は―――であろうがあからさまに跡部を敬遠したり、あまつさえ追い出したりするのは不可能。かくて2人、いやその付き人という名目をつければさらに何人かは正面から堂々乗り込めるというわけだ。
一見完璧(現在打てる手の中では最も安全かつ簡単)に見えるこの策。実は1つだけ欠点がある。即ち―――
―――夫婦ならばそれ相応に仲良くしなければならない、という欠点が。
青学乗っ取りを企み王家5人中4人を自由に操れる立場となったところで残り1人の帰郷。少しでも頭が働くヤツならば訝しむのが自然だ。怪しい言動を見せてはいけない。例えば――――――夫婦なのに仲が良くない、とか。
この理由については不二家跡部家共に承知済みだ。だがいくら何でも外部、それも他の国までは洩れてはいないだろう。となれば一般的常識として夫婦間の仲の良さを求められる。しかもこちらを端から疑っている以上、常に見張られていると考えるべきである。常に――――――――――――夜の営み含め。
ここまでくれば佐伯が本気で心配している理由がわかるだろう。そう。
佐伯は不二が跡部に犯されることを心配しているのだ!!
「・・・・・・普通、恋人の浮気の方心配しねーか・・・?」
「恋人? 誰と誰が?」
「いや、もういい。ああ何でもないぜ。お前に『普通』つーモン期待した俺が馬鹿だった」
ぱたぱた手を振り首も振る跡部ときょとんとする佐伯。説明と人生全てを諦めたらしい跡部に代わり、不二が丁度後ろにいた佐伯にそっと耳打ちした。
「つまりねサエ、跡部は自分が君以外の人間に手を出すのに何にも思わないのか、って訊きたいんだよ」
「俺以外の人間?」
さらにきょとんとする佐伯。普段にないほどの理解の悪さ(失礼)に、不二がさすがに眉を顰めた。
顰め・・・ふいに思い当たる。もしかして佐伯の考えている案は・・・・・・
「ねえもしかして―――」
が―――
尋ねようとした不二の疑問の声は、再びの轟音に掻き消された。
どごっしゃあ!!
「景吾! お前まさか本気で周ちゃん襲うつもりだったのか!?」
「・・・・・・はあ?」
「俺だけじゃ満足出来ず周ちゃんにまで!? それともまさかやっぱ本当は俺より周ちゃんの方が良かったとでも言いたいのか!?」
「ちょっと待て!! 何の話だ!? なんで俺が周なんぞに手ぇ出さなけりゃなんねんだよ!?」
「『なんぞ』って・・・」
どごぐわしゃあん!!
「お前何周ちゃん馬鹿にしてんだよ!?」
「どうしろっつーんだ!!??」
なおも暫く続きそうな掛け合い漫才に、今度は不二がため息をついた。のんびりお茶でも飲もうとカップを持ち―――
―――思わず落とした。
ふわっ―――
「え・・・?」
部屋中に、何かが満ちる。2人も気付いたのだろう、ぴたりと動きを止めた。
満ちた何かが―――佐伯へと収束していく。
霧のように佐伯を包み込み・・・
「立体映像[ホログラフ]!?」
「姉さん!!」
見ていた者2人が驚きの声を上げる。そこにいたのは、まさしく不二由美子であった。
「えっ、と〜・・・・・・」
‘由美子’―――佐伯が声を出す。それもまた、彼のテノールに近いハイバリトンではなく女性の、それも姿通りの声だった。
再び霧が湧き、姿が霞む。なくなった時には元の姿に戻っていて。
伝話機の向こうから声が伝わってきた。今度は本人の声が。
《こんなものでどうかしら? 虎次郎君》
「ええ。いいですよ」
平然と答える。彼はこのような事が起こるとわかっていたからか。
「つまり―――」
今起こった事を頭の中で整理しつつ口を開く2人に、
佐伯は面白そうに笑いかけた。
「お前の案の基本部は採用だ。ただしそれだとお前と『由美子さん』は常に監視下に置かれ一切自由に動けない。本物の由美子さんを助けるにせよ裕太君に接触するにせよ、周ちゃんがそのまま扮しただけならまず不可能だ。
だから逆にする。今見た通り由美子さんの手を借りれば彼女に扮するのは誰でも構わない。例えば全く似てない俺だとしても。
―――俺と景吾が『跡部夫妻』として囮になる。周ちゃんは今そのままの格好で跡部家メイドとして入るか、もしくは自分の家に忍び込むか。どっちにする?」
《忍び込む方を推奨するわ。多分使用人の方にもマークがつくもの。それにこっちの方が周助得意でしょ?》
からかうような由美子の提案。確かに小さい頃からかくれんぼをしては使用人全てを捜索隊として駆り出してもなお見つからなかった不二ならば、こっちの方が合う。恐らく不二家にある隠し扉から抜け道から全て把握しているのは、設計者を除いては不二ただ1人だろう(なお裕太はつき合わされては迷子になっていた。地図も明かりもなしに不二はどうやって正確な位置を把握しているのか、それは今だに全員の謎である)。
3人の賛成を受け案が通ろうとしたところで、
跡部が難しい顔で指摘を出した。
「なあ由美子、お前自分が弟と入れ替わってるって、ご両親に言ったか?」
《いえ? 言ってないわよ?》
「つまりこっちも言わねえんだよな?」
《でしょうね。父さんも母さんも、顔には出ないけどどこでどうバラすかわからないもの》
「思うんだけどよ―――
―――『佐伯』がいねえと怪しまれねえか?」
「ああ・・・」
立体映像の核をあくまで人間にするのは触れても気付かれないためだ。映像がただの映像ならば、跡部は腕組み1つに恐ろしく気を使わねばならなくなる上、知らない人間には絶対触れさせないようにしなければならない。そして佐伯は自分以外が跡部と触れ合うのを嫌がる(まあ先程の怒りを聞くと不二以外なら別に良さそうだが)。
さてでは佐伯自身―――跡部の専属執事たる彼はどうするのだろう? 他国なのだからと観月は思うかもしれないが、不二家にとっては佐伯は家族も同然。跡部が来ればもちろん佐伯も来るだろうと思うし、第一問題で不二家には実際佐伯の両親が勤めている。せっかくの帰郷のチャンスをわざわざ逃すのもおかしい。即座に指摘されるだろう。ではどうするか・・・。
全員で首を傾げたところで、
「お客さんやで〜」
がちゃりとリビングの扉が開かれた。入ってきたのは―――
「真斗!?」
「やっほーコジコジ周助あと誰だっけ? おねーさま久しぶりに帰ってきました〜!!」
―――さて、現れた謎の少女は誰だ!? ・・・ってきっちり名乗ってますので明らかですが。なお詳細は人物紹介の方でどうぞ。そんな彼女がこの後・・・・・・。
2005.1.7〜2.25