§2 陰謀の裏に隠された陰謀
ようやく起きた起 ×―――木更津
〜青学で待つ僕らの元へ、いよいよ真打がやってきた。〜
「ただいま、父さん母さん」
「お邪魔します」
「おかえり由美子」
「景吾君たちも、よく来てくれたね」
「何でも聖ルドルフ王国から挨拶に来ているとか」
「邪魔になるかしらと思ったけれど、せっかくの機会だし私たちも挨拶をしたくて」
しれっと言い切る見た目由美子中身もちろん佐伯。横で聞いていて寒気の疾る演技だが、疾る理由がここまでためらいなく嘘を付ききれる根性にである時点で、『由美子』としての芝居力には問題はないのだろう。
実際両親は全く怪しむ事なくこの‘由美子’を受け入れた。
(ま、生まれた時からここにいたってんなら、当然由美子の事も毎日見てたワケだしな)
それに最近―――自分が由美子と結婚し、佐伯も執事として戻ってきてからは毎日会っている。自然と真似が出来たところで不思議はないのだろう。それこそ由美子が弟の真似をし怪しまれなかったのと同じように。
そんな風に納得し、跡部は一切のフォローを止めた。どうやら何もせずとも勝手に話を進めてくれそうだ。
「そうそう。紹介をしよう。こちらが聖ルドルフ王国国王の赤澤君と、その補佐の観月君だ。
赤澤君、観月君。こっちが―――」
「ええよく知っています。青学第一王位継承者にして現在では氷帝帝王の義理の娘である由美子さんと、かの氷帝帝王、跡部狂介氏のひとり息子である景吾君。でしょう?」
「あら、よくご存知で」
「この位知っていて当然ですよ。お2方とも実に有名でいらっしゃられますからね」
「それは光栄だわ」
補佐である観月の、友好的とはとても言いがたい値踏みするような目線(尤もそれを感じたのはごく一部―――端から疑ってかかっている自分たち程度だろう)を正面から受け、
‘由美子’は楽しそうに笑った。
「でしたらひとつ訂正させていただきますね。私にはもう王位継承権はありませんよ。今は『不二』ではなく『跡部』由美子ですから」
「ゔっ・・・」
「ついでにもうひとつな。氷帝国民にゃ常識だが、『帝王』っつって指すのは親父だけじゃなくって母さんもだ。だから正確には俺は『親父の息子』じゃなくて『親父と母さんの息子』な」
「ぐっ・・・!」
「あら、細かいのね」
「そりゃ人間は雌雄同体じゃねえし分裂して増えねえ以上、父親と母親両方いねえと子どもは生まれねえからな。それに『帝王』っつーモンに関して母さんが親父より劣ってるってワケでもねえから同等に扱うべきだろ?
―――ただし大抵『王』っつーと1人だっていう感覚があるからあんま広がんねーけどな」
「なるほどね。じゃあ私も景吾君に劣らないよう頑張らないと」
笑みを浮かべ、跡部を見る‘由美子’。呼称については予め決めていた事だ。夫婦らしさを演出するためにもこっちの方がいいだろう。仮に知り合いに不思議がられたとしても「『跡部』のままだとややこしいから」とでも言い逃れればいい。
そして―――これが佐伯が他の者に‘由美子’をやらせたくない理由の1つだったりする。
(全く・・・。いいじゃねえかンな細かい事・・・・・・)
心の中で苦笑しつつ、跡部は目線で会話を終わらせた。いつまでもこんな横道に入っていても仕方がない。
「挨拶が遅れてしまったけれど、よろしくお願いします」
「え、ええこちらこそ」
若干頬が引きつり気味の観月に‘由美子’が手を伸ばす。握手し、次いで赤澤へと移った。移って・・・
「あらごめんなさい。貴方へ挨拶するのが先でしたわね。話をしていてつい・・・」
「ごめんなさいね。この子も結婚したとはいえ礼儀作法についてはまだまだ見習い中で」
「あ、いや・・・・・・」
(うあ・・・。ダブルパンチ・・・・・・)
‘由美子’に関しては今のは立派に嫌味だ。そしてこの程度は跡部家における佐伯の態度としては当たり前だ。が、
(なるほどなあ・・・。こういう親からああいう子どもが生まれんのか・・・・・・)
大元である由美子の母淑子の今のフォロー・・・何の『フォロー』かはあえて追及しないが・・・は完全に自然な態度―――天然だった。それでありながらざっくり斬りつけられた心にぐりぐり塩を抉り込むようなその台詞は見事としか言いようがない。
意気消沈したルドルフチームに代わり、口を開いたのは青学の方の国王だった。
「む? ところで虎次郎君はどうしたんだ?」
予定通りの質問。全く焦る事なく跡部は答えた。
「ああすみません。アイツは現在自業自得で療養中です」
「・・・・・・どうしたのだね?」
「いいえ大した事じゃないですよ? 『副業としてお前のブロマイドを売りさばいてみようと思う。だからさっそくセミヌードになれ』とか言い出したので、体ごと頭冷えるよう逆にセミヌードにさせて一晩外に吊るしておいただけです。熱は40度程出ていましたが、肺炎の心配はないそうなので放ってきました」
―――ちなみにこれは実話である。あくまで由美子ではなく自分に言い、なおかつ自分のオールヌードは決して他人には見せたくないというその根性に免じて、吊るすのは街の中央広場の噴水上ではなく家の軒先にしておいた。この作戦のためにぐらぐらふらつく頭で来た佐伯に拍手を送りたい。なお跡部は『放ってきた』とは言ったが『置いてきた』とは言っていない。限りなく紛らわしい言い回しではあるが、佐伯曰くこれでふるい落としが出来るらしい。鵜呑みにするか、それとも言葉の裏を読むか。ただし―――
(それで誰のふるい落としがしてえんだか・・・・・・)
この場での勢力関係ははっきりしているだろうに。自分達vs観月というかルドルフ。国王ら青学の者は観月を特に怪しむワケでもなく。
「あら、それは残念だったわねえ。せっかく今回はご両親もいらっしゃるというのに」
「いえいえ構いませんよ。虎次郎が元気でやってるとわかればそれで。会おうと思えばいつでも会えます」
淑子のため息に、そばに待機していた執事がやわらかい笑みで答えた。
(今の会話、まさか・・・・・・)
見やる。黒髪を後ろで適当に束ねた、片眼鏡[モノクル]の男を。国王に直接仕えているからには執事の中でも相当の位なのだろうが、笑み同様やわらかい―――というかはっきり言って頼りない物腰や顔つきは、とてもそんな重役だとは思えない。
‘由美子’―――恐らくこの男の息子だろう男を見たい衝動を必死に殺す。ここで問い掛けるワケにはいかない。が、
‘由美子’の手が触れる。頭の中に声が流れ込んだ。正真正銘佐伯の声。
《佐伯圭助。俺の父さん》
(『伝話』か・・・)
つまり『佐伯』と会話したい時はこうしろという事らしい。それはそれとして。
佐伯の解説を受け、跡部はますます額に皺を寄せた。見やる。佐伯曰く『自分の父親』を。
(再婚でもしてねえ限り・・・・・・どうやっても30代後半以上だよなあ・・・・・・)
目の前にいる彼は―――どう見ても20代。頑張って30代前半。失礼を承知で頼りなさが10代後半だった。ぶっちゃけ本音で言えば佐伯より年下だと思っていた。
こちらの動揺が通じたのか否か、彼こと佐伯の父親が、ここは息子と同じく手を胸に当て膝をついた馬鹿丁寧な青学式敬礼をしてきた。
「貴方とは初めてですよね。佐伯圭助―――虎次郎の父です。息子ともども、よろしくお願いします景吾様」
「あ、いえこちらこそ・・・」
合わせてこちらも礼をしかけ、気付く。圭助のこの礼は『目下の者が目上の者に対して』であり、立場上他国の王子かつ息子の雇い主であり自然『目上』となる自分が返せば失礼に当たる、と。
(面倒なモンだな。地位っつーのも)
氷帝ではあまりこの辺りは追求されない。地位や年齢関係なしに、自分が敬いたい人を敬う。だからこそ自分の家では誰もがかなりフランクだ。
心の中で呟く跡部。黙り込んだ彼に代わり、観月が口を開いた。
「失礼。虎次郎君、というのは・・・?」
「ああ、この佐伯と・・・今はいないがウチのメイドの息子でね、今はこの景吾君に仕えているんだ。私達にとっても家族のようなものだし、特に久しぶりの親子対面といくかと思ったが・・・」
「すみませんね」
軽く笑いながら謝る。観月が訝しげな眼差しを送ってきた。当然だろう。せっかくの場面でいないのだから。しかも(佐伯本人を知らない限り)取ってつけてような極めておかしな理由で(そして佐伯を知っているならば極めて納得しやすい理由で)。
何かを含んだ笑いをしながら―――
跡部は続けた。後ろに控えさせていたメイドその1を前に連れ出し。
「なので今日は代わりを連れてきました」
「父さん小父さん小母さんただいま!!」
「うわわわわ・・・・・・」
「真斗じゃないか! 何年ぶりだ?」
「あら真斗ちゃん、大きくなったのねえ」
飛びかかられ、たたらを踏む(そして情けない声を上げる)圭助に代わり不二両親が言葉をかける。明るく笑う真斗を、観月がさらに胡散臭げな目で見ていた。
真斗にも手伝ってもらいようやく体勢を立て直し、圭助は変わらない笑みのままルドルフペアへと紹介した。
「これは私の娘の真斗です。虎次郎とは双子の姉弟なんですよ。今はもう嫁いでいきましたが。
そういえば真斗、なんで帰って来たんだ?」
「心底不思議そうに訊かないで。言っとくけど由美姉が結婚したっていうから見に来ただけで、別に『実家へ帰らせていただきます!』とか絶縁状叩きつけて別れたからじゃないからね」
「そんな事は―――」
「絶対!考えてたでしょ。コジコジにもおんなじ事訊かれたんだからね!」
「むう・・・・・・」
俯き黙る圭助と眉を吊り上げる真斗を見て、
《なるほどなあ。お前と圭助さんが親子だってよくわかる光景だったな》
《父さんは俺が母さんに似てるって言うんだよな。母さんと真斗は俺が父さんに似てるって言うんだよな。つまり俺は父さんと母さんの息子ってワケだ。ただしじゃあ俺と正反対って言われる真斗はどうなのか、って訊かれると誰も答えられないけどな》
《『自己責任』って言葉ちゃんと知っとけよお前ら親子》
呆れ返る跡部。そして―――
《やっぱ真斗つれてきてよかったな》
《ま、いい尻尾にゃなってるか》
このように話している真斗。前回の展開から考えればわかるとおり―――正真正銘真斗本人である。だがこの状況でいきなり現れた存在。偶然と言い切るには都合が良すぎるだろう。特に怪しんでいる者にとっては。
いるはずの弟がいなくて代わりに久しぶりに双子の姉が帰って来た。普通に考えれば弟が姉のフリをして来たと思うだろう。跡部に仕える存在かつそんな事までやっているからには、コレこそが潜入捜査員だと思える。
今回真斗には何も話していない。跡部家にいきなり現れた彼女に、全員ごく普通に紹介し合い、肝心の由美子がいない事に関してはルドルフ王国国王訪問見物でこれから青学に行くからその準備をしていると話した。
一切合切を聞き、じゃあ自分もついて行くと明るく言った真斗に―――
『よしよしさすが真斗。頭の中身の足りなさぶりは相変わらずだな』
『・・・・・・なあ、マジでコレがてめぇの双子の姉貴なのか・・・・・・?』
そんな感想を洩らしたものだ。なお件の佐伯の暴挙は彼女を欺くためという一面も・・・・・・まあ1%弱位はあるだろう。寝込んだ佐伯を「あ〜っはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!! 馬鹿じゃないのコジコジ!!!」と笑い飛ばし、なぜそんなものがあるのかベッド下に置かれていた長箒でぶん殴られた彼女。まさか指差して笑い飛ばした当人が変装してこんなところにいるとは夢にも思っていないだろう。
『というワケで、真斗を作戦に引き込むとどんな致命的事態やらかすかわかんないから』
仮にも双子の姉だろうにそこまではっきりきっぱり扱き下ろした佐伯に頷き、跡部は泣く事もなく(なにせ知り合ったばかりの他人の上あの佐伯の姉だ)決断を下した。コイツは見捨てよう、と・・・・・・。
「じゃあ、積もる話もいろいろあるだろうが、来たばかりで疲れているだろう?
部屋へ案内しよう。ええと―――」
「では、景吾様は私が案内を致しましょう。虎次郎の事もぜひ聞きたいですし。
よろしいですか?」
控えめそうな彼にしては珍しいだろう。1歩前に出、自己推薦する圭助に、
跡部は軽く肩を竦めた。
「ああ。構わないぜ?」
2人が出て行く。他の者も動き出した。
「じゃ、小父さん小母さん。アタシは母さんに会ってきま〜す!」
「あら真斗ちゃん、案内とかはなくて大丈夫?」
「小さい頃からずっと住んでるんですよ? 迷いませんよ!」
「あらあら。そうだったわね」
大きく手を振り真斗が出て行く。
のんびり見送り、最後に‘由美子’が動き出した。
「じゃあ、私も弟たちに会って来ようかしら。何してるかしら周助と裕太は?」
「ああ由美子。
何だか裕太は今ひとり立ちをしようとしているらしいぞ?」
「裕太が?」
「まあ少し遅いが、何はともあれ良い事だ。あまり構い倒さんでやってくれ」
「けど代わりに周助が大変なのよ。
裕太にべったりでしょうあの子。裕太に嫌われた、って落ち込んじゃって」
「あら、周助が。仕方ないわねえ。あの子もいつまで経っても弟離れしなくって」
「それはあなたもでしょう? 由美子」
「それもそうね。
じゃあ、私は周助を慰めにでも行ってこようかしら」
「よろしくね」