§2 陰謀の裏に隠された陰謀
ようやく起きた起 4―――木更津
〜そして佐伯。ただ見てるだけもつまらないし、ここは僕が動こうかな。〜
最後に‘由美子’―――佐伯。階段を上り、廊下をのんびりと歩き・・・
ぴたりと止まった。
振り向き、笑顔で問う。誰もいない廊下へと。
「何のご用かしら? ストーカーさん」
「―――気付いてたんだ。さすが青学最強の魔法使い」
虚空の一点から声が聞こえた。同時、空間が乱れ―――
1人の少年が姿を現した。観月が着ていたのと似た形の服を纏い、頭には赤いハチマキを巻いた少年が。
「こんにちは」
能面のような笑みを湛える少年に、‘由美子’は全く揺らがない笑みで挨拶を交わした。
「こんにちは。
それで?」
少年が近寄る。すぐそばまで来、
囁いた。
「風邪薬いらない?」
ψ ψ ψ ψ ψ
由美子の部屋に招き入れる。この家内で、最も外から干渉しにくい場に。
口を開いたのは少年が先だった。
「大丈夫?」
「わざわざ俺に訊くのか?」
「だって君の方が得意じゃない」
クスクス笑う彼は、佐伯の知り合いだった。木更津淳。かつて六角にいた時の友人だ。正反対の木更津ツインズ弟の方。自然と共に生き、恐れ崇める六角共和国では逆に珍しい、本物の魔法使い。
先ほど姿を隠したのは、別に魔法の類ではない。食料が多く同時に危険も多い六角では、気配の消し方は子どもの頃から仕込まれる。
呼吸を整え己を空気に溶け込ませれば、やがてその姿は視界にすら映らなくなる。実は分類上は立派に魔法なのだが、それが当たり前のものとして暮らしてきた六角国民にとっては手を動かすのと同じようなものだと受け取られている。
―――のだが。
隠す事と読む事。この2つにおいて、青学から来2年しかいなかった佐伯の方が木更津よりもずば抜けていた。どころか狩猟で生計を立てている黒羽や亮と互角だった。
魔法使いだから―――ではない。自然と一体化する六角方式は、各国の魔法の中でも相当特殊なものだ。理由を聞いたところ、「家でも似たような事やってるから・・・」と苦笑いで答えられた。
何にせよ、佐伯の感覚が衰えていない事は今さっき証明された。ならば彼に訊いた方が早い。
――――――ここでの会話などは一切外に洩れないのか、と。
佐伯もまたくすりと笑う。大丈夫な事は既に証明済みだ。‘由美子’が『俺』などと言ってはいけない。
それでも訊いてくるのが木更津だ。用心深いのではなく、ただそういった質問をし楽しんでいるだけ。
(やっぱ変わらないなあ淳は。ま、向こうもそう思ってるんだろうけど)
だから、佐伯は向こうの予想通りの答え―――あえてしっかりと返した。
「大丈夫さ。ここでのやり取りを聞き取れる程のヤツが相手なら、俺じゃとても歯が立たないから」
「何その後ろ向きな答え方?」
「今の主が実に後ろ向きのヤツでね。前ばっかり見てると時々置いてっちまうから」
笑って佐伯が術を解く。下はもちろん通常の執事服だ。気候柄上は羽織っていないが。
「久し振り、佐伯」
「こっちこそ、淳」
手を上げる木更津に、佐伯も拳を作って上げた。こつりと触れ合わせる。
誰が『上』でもない、六角式の挨拶法だ。中でも重要な手を触れ合わせるのは、家族とみなした証。人口の入出が少ない六角で、よそ者が僅か2年でここまでの信頼関係を築き上げるのは大した事だ。それも・・・元々人とあまり親しくしない木更津を相手に。
「で、風邪薬だっけ?」
嫌がらせの仕返し―――にはならない返し。
「ああ。コレ」
と木更津が持っていた鞄から巾着袋を取り出した。受け取り中を開けば、深緑色の丸薬が入っていた。調合された風邪薬が。
これが、彼が六角で『魔法使い』と呼ばれる所以だ。農業や狩猟などをする代わりに、彼は薬を作り土地を気候を読む。誰もが魔法を使う六角では、彼のような賢者がそう称され重宝される。佐伯もいろいろと世話になった。
「1回1丸、お湯に溶かして朝と晩ね。目覚めも寝付きも悪くなるけど、風邪引いた自分のせいだから」
「ええ?
・・・なんかヤだなあそれ。1日の始まりも終りもエグいのか。グレそうじゃんそんなの飲まされたら?」
「逆に使えるよ? 『グレたらコレ飲ます』ってね。
―――だから飲んでね」
「うう・・・。俺まだグレてないのに・・・」
「それだけの高熱出して動き回ってたら立派に不良だよ。熱下げたかったらちゃんと休みなよ? どうせ言っても無駄だろうけど」
「あら? モロバレ?」
「そりゃあね。そんな変装してたら」
木更津の目が、つ・・・と細まった。
気付き、佐伯も目を細める。彼の今の目、それは・・・・・・面白そうな事を見つけたというサインだった。
双子の兄含め他の国民と少し違う事をしている木更津。なぜその道を選んだのか尋ねたところ、答えは実に簡単だった。それが一番面白そうだったから。
―――感情の起伏が乏しそうに見えて、木更津の人生観というのは随分と激しいものだ。面白いか否か。
(どうせ今回ルドルフにいるっていうのも、まった何か嗅ぎつけたからだろうな)
彼なら、観月の計画などとっくに知っているだろう。あるいは逆に、頭脳を買われ計画実行の一員に組み込まれたかもしれない。今回のキーパーソンになるであろう『由美子』の見張りを任されたのならば、その可能性は大だ。
(もう1人は真斗についてってたよなあ。そういや景吾はマーク0か。まあ・・・多分父さんが見張り代わりなんだろうけど)
あまり親同然の人を貶めたくはないが、政治的手腕に関しては不二夫妻より観月の方が上だろう。先程少し話をした限りでは、既に相当の信頼を得ているようだ。今更意見を変えさせるのは並大抵の苦労ではない。
観月もそれに気付いている。そして、王がそうなのだから家臣もそうだと考えているだろう。特に我が父は見た目根性なしのへたれ万歳だ。まさか逆らうとは思うまい。
(でもって真斗の方は・・・・・・絶対、ロクな目に遭ってないだろうなあ、ついてったヤツ。淳がこっち来てくれて良かったよ)
・・・と佐伯がのんびり考えている間に、ついていった柳沢の方は上から踏み潰され踵落としを決められ脅されわめかれていた。確かにロクな目には遭っていない。
(内通者確保――――――出来たらいいなあ)
ちらりと木更津を見る。能面のような顔に浮かべる淡い笑い。何を考えているのか全くわからない。ポーカーフェイスの見本品だ。
知り合いのよしみでこちらの味方に・・・なってくれる程彼は甘くはない。
なにせ今彼はルドルフ側の人間だ。・・・というのが表向きな理由。実際は―――
――――――彼は面白い事にしか参加しようとしない。
試しに尋ねてみる。
「ルドルフって凄いなあ。こないだ国になったと思ったらもう領土拡大か」
「凄いよね。一切争い起こさず青学乗っ取れると思う?」
・・・ビンゴだった。彼にとって、今回の騒動はゲームのようなものだった。
「六角も狙われるかもよ?」
「だから? あの国は遥か昔から未来永劫変わらないよ。誰がどういう形で治めようと」
「・・・・・・。確かにな」
奴隷にさせられたりして、と言おうとして止めた。
実際六角で暮らしてみたからこそわかる事。あの国にはそもそも、人に仕えるという概念が存在しない。己が己のために生きる。多分生物誕生以来ずっと続けられてきた生き方だ。観月は知らないだろうが、今更ちょっとやそっと何かあった程度で変わるワケがない。
(う〜む・・・・・・)
やはり彼を味方につけるのは難しそうだ。自らゲームの妨害に走らせるなど。
顎に手を当て露骨に悩む佐伯に代わり、
次繋いだのは木更津の方だった。
「氷帝まで支配されるのは嫌?」
目線を上げる。やはり木更津は面白そうに笑ったまま、続けた。
「まさか君がまだ氷帝にいたとは思わなかったよ。もう7年でしょ? とっくに他の国行ったと思ってた」
「まだまだ俺の学ぶべき事は多くてね」
「なら直接帝王に仕えればいいじゃない。一市民なんかじゃなくて」
「一市民が帝王になるプロセスを観察するのもいいものさ」
「あと何年かけるつもりさ!」
木更津が肩を揺らして噴き出した。佐伯もおどけて肩を竦める。
笑いが収まり・・・
「楽しそうだね、佐伯」
「俺は人生いつも楽しんでるけど?」
「あえて『楽しみ』を探してない。そんな必要ない位、今は楽しいんじゃない?」
「ん〜・・・。
・・・・・・・・・・・・かもね」
適当に肯定しておく。彼相手に嘘をつくのはあまり意味がない。
そう判断した佐伯。頷く表情が実に幸せそうだった事に、もちろん木更津は気付いていた。
無防備な笑み。六角にいた頃には見られなかったもの。余程今の状況―――仕える主が良いのだろう。
「―――ああそうだ」
ぽんと佐伯が手を叩いた。
木更津の方を向く。その時浮かべられていたのは、彼と同じ面白そうな笑み。
「俺の主、どんなヤツか知りたくない?」
ψ ψ ψ ψ ψ
話を聞き終え、
木更津の感想は一言に尽きた。
「・・・・・・まった佐伯は、突飛な事考えるねえ」
「で、どうする?
乗る? 乗らない?」
「わかってるんでしょ?」
にやにや笑う佐伯に木更津も苦笑し、
言った。
「そんな話聞いたら乗らないワケには行かないなあ。
―――相変わらず佐伯も人が悪いね。その内跡部に嫌われるかもよ?」
「ははっ。それはないさ。今でも十分嫌われてる」
「はいはい。ごちそうさま」
ぱたぱた振った手を、再び鞄に突っ込む。
次取り出したのは瓶だった。片手で上下が摘める瓶。たぷたぷと、中で液体が揺れていた。
「なら夜はその気になって貰わなきゃね。こんなのいる?」
「媚薬、ねえ・・・」
呟き・・・
今度は佐伯が手をぱたぱた振った。身を翻し、扉へと向かう。少し話し込み過ぎた。さすがにそろそろ何か気付き出すだろう。
「いらないや」
「いいの?」
尋ねる木更津に首だけ振り向く。その目は、実に面白そうな色に染まっていた。
「アイツには俺の魅力だけで十分さ」
「・・・言ってて恥ずかしくない?」
「ちょっとね」