§2 陰謀の裏に隠された陰謀
だらだら続く承 でに―――リョーマ
〜あいっかわらず佐伯さん家はめちゃくちゃだし。〜
「とりあえずあの子どもの様子じゃ由美子嬢は白、ってか。
真斗だっけか? あのメイドも白。となると怪しいのは跡部本人だってか?」
「いいえ。まだ由美子嬢も白と決まったワケではありません」
「つまり?」
「普段の様子なら誰かが真似るのも可能でしょう。では普段ではない場合は?」
「・・・・・・悪りい観月。もーちっと噛み砕いて言ってくんねえか?」
「全く理解が悪いですねえ・・・!
由美子嬢といえば『青学最強の魔法使い』。さすがにこれを真似るのは至難の業でしょう。
氷帝の方が魔法はメジャーであるといえ、彼女を上回る実力の持ち主といえば跡部夫妻―――現在来ている跡部君のご両親のみ。もちろんこの2人は帝王につき、そう易々と国を離れられません。どころか姿を偽り青学へ潜入などとくれば、国際問題となる事必至です」
「んじゃあ・・・」
「由美子嬢に、魔法を使わざるを得ない状態になって頂きましょう。
使えなければ、あるいは使えても低レベルなものならば黒。さらにデータによると由美子嬢はあまり体を動かさない。体術を使えばそれもまた黒です」
ψ ψ ψ ψ ψ
「おじさんに呼ばれた」
由美子の部屋で、開口一発‘由美子’はそう言った。佐伯の声で。
ベッドで足を組み本を読んでいた跡部は、ちらりと視線を上げた。
「行きゃいいじゃねえか」
‘由美子’が続ける。見た目だけは本人っぽく小首を傾げ。
「国の運営について意見を聞きたいそうだ」
「・・・黒じゃねえか」
不二家は青学王国の王家である。が、実際国王(ないしはその配偶者)にならない限り、たとえ直系の子どもといえど国の運営には関われない。もちろん学ぶ事は自由だが。
よく言えば統制が取り易く、悪く言えば閉鎖社会。それが青学の姿だ。だからこそ佐伯が一時期青学に戻っていた際、国民と国王の掛け橋というものを構築したのだ。彼が再び氷帝に来てからもこのシステムは維持されているようだが、だからといってあえて国王自ら意見を求めるのは、まあないとは言い切らないが〜・・・・・・。
何とも言えない半端な表情―――見ようによっては引き攣った笑み―――を浮かべる跡部に、さらに言葉が続けられた。
「せっかくルドルフの国王も来てるんだし、一緒に語り合ってみないか? と」
「・・・・・・もー真っ黒けっけじゃねえか疑いようもなく」
結局跡部はがっくり崩れ落ちた。
何とか立ち直り。
「んで? お前どう返してきたんだ?」
「『それなら景吾君も呼んできましょうか? 一市民とはいえ氷帝次期帝王ですもの。充分参考になるでしょう? ふふ』と」
「ちなみにその場にいた観月はどういう反応したんだ?」
「顔を引き攣らせていたな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
いっそ黒すぎて清々しさを覚えんな」
ψ ψ ψ ψ ψ
「景吾君を連れてきたわ」
「ああ。待っていたぞ」
通されたのは、いつもお茶会を開いている所だった。所々点在する柱を除き仕切りがなく、全く閉塞感を感じさせない広い空間、高い天井。広すぎて寂しいからか、多めに置かれた席の端っこに彼らは固まっていた。
円形テーブルの最奥には青学国王。こちらから見てその左側にルドルフ国王とその補佐つまりは赤澤と観月。となると右側2席が自分たち夫妻だろう。どうでもいいが礼儀を重んじる青学の方針によると、右側が通路、左側が窓であるこの空間において、中央部に中心人物が立った場合上座は入り口より遠い左。自分たちより彼らの方がより上位の客と見なされたようだ。当たり前だが。
・・・・・・頭の中ではそんな事を考えながら、跡部の意識はその他に向いていた。戦闘法を学ぶに当たって自然と身に付けた視野の広さをフルに活用し、不自然でない程度に辺りを見回し様子を探る。
向こうの罠に飛び込んでいるのだ。警戒は怠るべきではない。いっそ露骨に怪しんで向こうを挑発してもいいし『佐伯』当人なら絶対そうしていただろうが、これでも穏便主義のため跡部は控えめな行動を取った。
と、
「あら景吾君、どうしたのきょろきょろしちゃって? いつも来ているでしょう?」
(このヤロ・・・・・・!!)
ありがとう佐伯。お前は俺の見込んだ通りの男だ。
‘由美子’―――騒乱大好き人間佐伯の指摘を受け、跡部は脊髄反射的行動を瞳を閉じ押さえつけた。これが佐伯そのものなら簡単だった。殴って怒鳴りつける。普通逆だろうが、ケンカに慣れきった自分たちならこちらの方が効くないしはきいてもらえる。
問題なのはこれが『由美子』だという事だ。夫婦内暴力は良くないとか仲良く見せなければならないとかそういうものの前に、彼女に向かってそんな事を出来る人間がいるなどとても考えられなかった(怒鳴りつけるだけなら跡部当人含め結構みんなやっているのだが)。
言いたいのに言えない。
やりたいのにやれない。
―――突っ込みたいのに突っ込めない!!
「別に・・・、ンな事ぁねえだろ?」
込み上げる衝動を驚異の自制心で堪える跡部。おかげで頬の引き攣りと震える拳程度で収まった。
そんなこちらを実際の目で見、ついでに動揺するルドルフ陣を気配で察したのだろう、‘由美子’はいつも通りの笑みを浮かべてきた。穏やかなようでもあり面白がるようでもあり。時々思うのだが、『由美子の弟』という座は不二兄弟よりむしろ佐伯に相応しいのかもしれない。もちろん見た目は無視するが。からかい混じりの眼差しは本当にそっくりだ。
つくづく思う。・・・・・・両親で慣れておいてよかった。
席へとのんびり向かう。向こうでは圭助がやはりのんびりとお茶の準備をしていた。執事としてこののんびりさはどうかと思うが、彼に急いでやらせると「あたあたあた・・・わたたたた!! すみません零してしまって!!」というような駄目っぷりを披露されそうだ。そんな事はないとわかっていても極めて自然に思い浮かんでしまう。イメージとは恐ろしいものだ。
のんびり歩いていたおかげで考える時間が出来た。そう―――例えば突発的に敵に襲われた際自分はまず何をすべきか、とか。
グアバアアアアア――――――!!!
突如後ろから現れた奇怪な化け物を前に、跡部は考えた通り‘由美子’を背中に庇い軽く右手を広げた。別にコイツなど守ってやる必要もなければ守ってやりたいなど間違っても思わないが、2つの利点によりこうする事にしたのだ。
1つはもちろん‘由美子’を戦闘に参加させない事。こんなものが出てきた時点で観月の狙いなど丸見えだ。『青学最強の魔法使い』の実力が見たいのだろう。佐伯でも充分代用は利きそうだが、魔法使いとしての腕はともかく戦闘時の思考パターンや動きなどを誤魔化すのは難しい。ならそれをやらせる前に自分が倒してしまえばいいだけだ。
そして2つ。こうすると『危険を顧みず妻を庇う夫』という構図が出来上がる。夫婦仲を認めさせる・・・何が哀しくてコイツとの間にンなモンを認めさせなければならないのかと虚しくなるが・・・には格好の口実だ。
(よくもまあいい機会を作ってくれたモンだぜ)
観月からは死角の位置で笑う。愛の言葉を照れずに吐けと言われるより遥かに楽だ。
柱の間をうねうねと進んでくるそれにさっそく飛び掛か―――ろうとして。
(・・・・・・あん?)
跡部は、後ろから小さく服を引かれた。
振り向く。‘由美子’はやはり笑っていた。そのまま口を開く。
「大丈夫よ。私たちは何もしなくて」
「なんで―――」
訊き返す。
・・・・・・までもなかった。
「あらやだおっきいナメクジ!!」
丁度通りかかったメイド―――一瞬真斗かと思ったが違った。顔こそ似ているものの金髪でもロングヘアでもなく茶髪のショートだったりするし、何より扮しただけの真斗が本当にモップ掛けなどやっているワケがない―――が、凄まじい思考を展開させ驚きの声を上げてきた。確かに言われてみればちょっと水分多く摂り過ぎたナメクジっぽいが(動き方含め)・・・・・・。
「いやさすがに高さ5m以上あって吠え猛るナメクジなんていねえだろ・・・・・・」
先ほど‘由美子’相手にし損ねた恨みか、跡部が小さく突っ込んでおいた。
だがそんな突っ込みを全く聞かず、故に根本から間違えたまま、かのメイドは暴走を続けた。
「なんでナメクジなのかしら。
芋虫だったら無傷で仕留めて丸焼きパーティーなのに、ナメクジじゃ下味付けたら溶けちゃうじゃない。気が利かないわねえ全く」
本当にその通りしか考えていないんだろう口調で首を振る。
ガアアアア―――!!!
大声に反応して―――あるいは食糧として芋虫以下に格付けされ―――振り向いた巨大ナメクジ(誤)。威嚇してくるそれに、ようやく普通と違うと悟ったのかメイドの顔が険しくなった。
囁く。
「ナメクジごときの分際で私に威嚇・・・? ちょっと図体デカいからって調子に乗るんじゃないわよ」
「さすがにちょっと違う事くらいは認識してたんだな」
大の大人が聞いても泣きそうな暗い声を放つ彼女に、安堵の吐息を洩らす跡部。こちらもこちらで注目ポイントが何か違う気がするが、こういった勘違い大暴走が止まらない相手に助けは無用だというのは、すぐ身近な(現在も)存在のおかげで充分理解している。温かく見守る事にした。
そんな跡部の超消極的後方支援を受け、
メイドの表情が変わった。
表情だけ笑みを浮かべ、声だけは猫撫で声で。
・・・一体それで何がおかしいのか、指摘どころがわからないのにそれでも何かがおかしい事だけは断言出来るそんな優しさで、言う。
「そういった生意気な子大好きよ〜? 出てったウチの子ども思い出すわ〜。
けど駄目よ? 悪い事をしたと思ったら謝れるようにならなきゃ。
―――お母さんに代わって躾し直してあ・げ・る」
辺りの気温が一気に下がった。
この先の動きは、残念ながら跡部でも完全には追いきれなかった。
モップを180度回転させ、左手一本で緩く構える。―――のは囮。
みんなの注目を左手に集めて、右足の爪先で後ろに置いておいた桶の取っ手を引っ掛け蹴り放つ。ナメクジもどきも気付いたのだろうが、彼女の動作はあまりに速すぎた。しかも事前のモップ回しは、目晦ましだけではなく重心の移動も兼ねていたらしい。その他の箇所を全く動かさず一蹴りで行われた一連の動作に、ロクな回避も出来ないままツノ(?)に喰らった。桶はもちろん、引っくり返った中身もまた。
グギョゲエギャアアアアアア――――――――――――!!!!!???
・・・多分中に入っていたのは、仕上げに塗りつける害虫駆除の薬だったのだろう。自然豊かな青学といえど無駄に虫が入ってきても嬉しくない。
要所要所に塗りつけ侵入を防止するのが一般的な使用法だが・・・。
「何か今すっげーあのナメクジもどきの方に同情したくなったな」
「あらじゃあ飼ってみる景吾君?」
「・・・遠慮する」
毒を大事なところに浴びせ掛けられのた打ち回る哀れナメクジもどき。勝負はもう充分ついたようだが、まだまだ許す気はないらしい。
蹴るなり走り始めていたメイドは、勢いそのままに柱を駆け上がるという曲芸でナメクジもどきより高く舞い上がり・・・
「はっ!!」
どごぉっ!!
グガアアアゥアアアゥアアアアア――――――!!!
当たって一度跳ね飛んでいた桶へモップを振り下ろし、改めてぶち当てた。
ツノだけでなく頭も引っ込む。というか陥没する。柔らかい体で衝撃を吸収しようとしたようだ。まあ半分程度は残っているので一応成功したと言えるかもしれないが、おかげでへこんだ傷口から残っていた毒の雫も全て浴びる羽目になり、最早泣きっ面に蜂どころではない大惨事と化していた。
ちなみに、そんな事をやった桶とモップは木製なのに無傷。物理法則を無視していない限りきっと彼女のは特注品だろう。
「・・・・・・鬼だなあのメイド」
「そうかしら? 後追いって重要じゃない? 中途半端に叩きのめしても復讐心を煽るだけだし、ここはそれこそ心を鬼にして徹底的に、完膚なきまでに叩きのめさないと」
「そう言うあんたは随分楽しそうだな、由美子」
一応釘を刺しておく。何だか今佐伯の地が出たような気がする。
「ふふ・・・」
「笑って誤魔化すなよ・・・・・・」
跡部と‘由美子’がコメントをしている脇で、メイドが柱をモップで突く。
ナメクジもどきとは別の場所に降りながら、彼女が叫んだ。
「あなた!!」
「・・・・・・あ?」
いろいろと考えながら跡部がそっと振り向く。このニュアンスからすると呼んでいるのは夫。そしてこの場で、ルドルフ陣を除き妻が不明な夫といえば・・・・・・。
「行くよ! 香那!」
予感的中。応えたのは圭助―――佐伯圭助氏だった。
(通りで・・・、この陰険さとか卑怯千万なところとか悪逆非道さとかにやけに馴染みがあると思ったら・・・・・・)
がっくりと項垂れる。いかにして佐伯という人間が出来上がったかがわかる瞬間だった。
それはいいとして、今まで存在感0だったかの執事は、伸ばした手の先に宿した炎をナメクジもどきへと飛ばした。それで蒸発させるらしい。発動も早いし威力も大き過ぎず小さ過ぎず。
総じて、判断としては良い。が、
ますますのた打ち回る―――迫り来る死を前に狂ってしまったかのようで痛々しい―――ナメクジもどきは、天に向け潰れた顔で咆哮を上げ・・・・・・
ひょい。
・・・・・・迫り来る炎を避けてしまった。
「あれ・・・・・・?」
「おおおい!!」
間抜けな声を上げる圭助に、跡部が今回初めてまともな突っ込みを入れた。
その間にも炎が進む。佐伯香那と言うらしい問題のメイドかつ放ったヤツの妻へと。狙ったかのようにむしろ彼女へ直撃コースだ。
「危ねえ!!」
跡部が焦りの声を上げた。相手は佐伯の母とはいえ魔法で作られた水人形を巨大ナメクジと言い切り今だ疑う様子無し。放たれた術の防ぎ方などまず知らないだろう。・・・・・・尤も彼女の身体能力なら今からでも避ける事は可能だろうが。焦りさえしなければ。
そんなこんなで、香那は実に落ち着いていた。落ち着いてモップを片手で掲げる。
炎がモップに接触し―――
振り上げられたモップに従うように、彼女を避け上へと進路を変更した。
「は・・・・・・?」
圭助に続き、跡部もまた間抜けな声を上げた。人の放った術の進路を変える。余程魔法に精通した人ならともかく普通はもちろん不可能だ。それもモップでなど。
一応放った本人を見る。圭助は両手と首をぶんぶん・・・いやふら〜ふら〜と振っていた。
‘由美子’を見る。笑ったままだ。特に何もしていないようだ。
他の人を見る―――までもない。問題外だ。
つまりやっているのは香那当人らしい。なにせその証拠に・・・
「うふふ・・・。あの人の術を嫌がるなんていい根性してるじゃないのv ちょっと見直したわvv
そんなに私のお仕置きが受けたいの? 仕方のない子ねえ。
――――――私に牙剥いた事、地獄で後悔しなさい!!」
最上段へ振り上げきったモップを、止める事なく最下段へ振り下ろす。楕円を描き、体重を乗せ、さらに炎を纏い放たれた必殺の一撃を前に、もちろん最初から敗色濃厚だったナメクジもどきが太刀打ち出来る筈もなかった。
大量の水蒸気により全てが覆われ・・・・・・
晴れた時、巨大だったナメクジもどきは全長1m程度となっていた。
「まだ生きてやがんのか・・・!?」
水と対極の炎を、あれだけぶつけてまだ崩壊しないとなるとなかなかに厄介かもしれない。倒す事そのものはいいとしても、大規模な術を使えばこの城を壊しかねない。
呻く跡部。ではあったが。
「―――うわ臭ッ!! 何この臭い!! アンタ一体どういう生活してたのよ!? 生活の荒みはそのまま体内環境にも影響を及ぼすのよ!? 汗が臭くなってきたら要注意よ!?」
「・・・だから気にするポイントはそこでいいのか? つーか自分でやったクセに文句つけるってどういう神経だ?」
「ほら、妻に虎次郎はよく似てるでしょう?」
「・・・・・・。いろいろ大変なんだな、あんた」
「いえいえ」
そんな妻の夫でありそんな子どもの親である男に憐れみを送る。
さて苦情と共に現れた香那は・・・
「はい」
キュキャ?
・・・ナメクジもどきに雑巾を手渡した。
「何不思議がってんの? 自分で散らかした分はちゃんと自分で後片付けしなさいよ? 正しい社会生活を営む上で基本のキでしょ?」
キュ〜・・・。
「何? 不満あるの? 散らかしたのは僕じゃない?
はいはい寝言は起きてる最中言わないようにしましょうね? 恥掻くだけならまだしも病院連れてかれるから。
柱の向こうからここまで続いてる水帯、明らかにアンタの仕業でしょう? こっちのは掃除してあげたんだからありがたがって他のは自分でやりなさい」
・・・・・・キュ。
「そうそう聞き分けのいい子ねえ。長生き出来るわよ。
―――ああ、後ろ向きに拭きながら退場しなさいよ? 拭きながら汚すようなら水帯にさりげなく油混入して火つけるからよろしく。
外にも蛇口あるから、雑巾は洗って入り口においておいてね。
途中でサボるようなら、その後の予想進路上5mごとに塩1キロずつ配置して何mまで持つか実験するから。人生の終焉を笑い話のネタにされたくなかったら精一杯頑張りなさい。たとえ結果は実を結ばずとも、何となく自分は満足して死ねるから」
キキュ!!
「人生もといナメクジ生の苦難は理解出来た?
時は金なりよ? 何のために給金時給制を採用させたと思ってるの? アンタの説教で5分無駄にしたわ。
臨時バイトとして採用してあげるからしっかり働いて私に授業料を払いなさい。真面目にやっていないと見なしたら即行クビ。足りない料金分は干物となって美味しく償う事。
んじゃ始め!!」
キュー!!
パン! と叩いた手拍子を合図に、ナメクジもどきは超速で掃除をし出した。
遠ざかる顔(言われた通り後ろ向きに進んでいるため)を見送り、香那は佐伯そっくりの姿で腕を組みうんうん頷いた。
「こうして今日もまた誤った道に進もうとしている子を更生させたわ。愛を持ってすれば言葉は充分通じるのよ。暴力だけが全てじゃないわ」
「ゼロでもねえんだな・・・」
他の突っ込みはもう諦める。この手の勘違い大暴走に助けが必要ないのは、更生不可能なまでにその道を極めていく間に必然的に強くなるからだ。他者の意見をなぎ倒せない程度に弱ければまだ更生の機会もあったというのに。
跡部の呟きが聞こえたか、香那がくるりと振り向いた。敵に操られていたはずの傀儡人形を、99%の言葉含む暴力と1%の愛で改心させてしまった女は、
今度は普通に笑いかけてきた。
「初めまして景吾君。今までのでわかったでしょうけど私は虎次郎の母で佐伯香那。
あなたの事は虎次郎によく聞いてるわ。息子共々よろしくね」
「あ、いや。こっちこそ・・・・・・」
夫と同じような挨拶をされ、跡部もやはり同じような返答をした。ただし戸惑う理由は全く逆だ。
礼儀を重んじる青学において、使用人が客人にこのようなフランクな態度で接する事はまずない。それも他に誰もいないならまだしも、他の客人もいる上国王本人の目の前だ。
といった跡部の疑問に気付いたようだ。説明してくれたのは国王兼雇い主だった。
「ああ、彼ら夫妻は六角の出身でね。君も知っているだろう? あそこは―――」
「身分制度がなく上下関係も存在しない、ですか」
「あはは。すみませんねえ。夫と違って順応性がないもので今だに慣れなくって」
「・・・・・・なんで足して2で割れた標準的なヤツが佐伯家にゃ誰一人として存在しねえんだ?」
「むしろ見事な遺伝結果だと思いませんか? 消極的な私よりも積極的な妻の血の方が多く受け継がれたようで」
「訂正する。異常と異常足して2で割りゃそりゃ異常になんな」
「ああっ! 酷いですよ景吾様・・・!!」
よよよと崩れた圭助から視線をずらすと、愛嬌の篭った笑いを終え香那のも戻ってきた。
今だにモップを持ったままの手をぱたぱたと振り、
「ま、この手での握手はいくらなんでも失礼でしょうから辞退させてもらうわね。
真斗連れてきてくれてありがとう。今度は虎次郎ともよろしく」
返事すら待たず、じゃ〜ね〜とひらひら手を振り去っていく香那。
「なんつーか・・・、出身地の問題だけじゃなく自由な人だなあんたの妻」
「『あなた放っとくとどこ飛んでくかわかんないから』がプロポーズの言葉でしたが、むしろ妻の方が掴んでいてもどこにでも行ってしまいそうで」
「ああすっげー納得。佐伯・・・・・・虎次郎の方も似たようなモンだしな」
「それで毎日綱の引っ張り合いですか。
ああ、『佐伯』のままで結構ですよ。貴方にとってはそれが息子を表すのでしょう?
正式名称などさして重要なものでもありませんし、愛称の方が広く知れ渡っている事などざらですから。要はそれで自分にも相手にも通じればいいのでしょう」
「いや『佐伯』はちゃんと正式名称だろうしそれで指す人物が多すぎたから言い換えたんだけどな」
「尚更心配ないですよ。真斗は別として、まさか貴方が虎次郎の両親たる私たち夫妻を呼び捨てになどしないでしょう?」
「・・・・・・実は対極と見せかけけっこー似た者夫婦だろ、あんたら」
「さあ?」
わかりやすく目を逸らして笑い、圭助は跡部から離れていった。すすす・・・とこの話し合いの主催者へ近付く。
「このような『事故』も発生致しましたし、話し合いはまた後日というので如何でしょう? 国王様。
なにせ・・・
・・・・・・これ以上この臭いところに留まっていると、そろそろ誰か倒れてしまいそうですから」
「うむ・・・。そうだな。
―――では、集まってもらったところ申し訳ないが、今日はこれまでとしよう」
ψ ψ ψ ψ ψ
「『これまで』って・・・・・・正直なトコ始まってすらなくなかったか?」
「まあそう言うなよ。集まる事には成功したんだから」
部屋に戻ってきて。首を傾げる跡部に‘由美子’が笑って答えた。
さらに首を傾げる。
「そういや圭助さん・・・お前のおじさんの方はまあいいとして、おばさ―――」
「ああ、母さんあれでまだ35だから、そんな風に表現すると以降3日程度の記憶がなくなるぞ? 運がいい方で」
「・・・むしろ『もう』そうなんだな。肝っ玉はともかく見た目とテンションじゃお前以下だろ」
「とても良い指標だ。人生に張りのある人は20歳を過ぎても若々しく見える」
「いや、あそこまで若々しすぎるとむしろ張りなくっていいだろ・・・。つーか夫は張りがねえから若く見える時点で指標になってねえし。
―――じゃなくてだ。何だったんだアレ?」
問いたいのは先ほどの事。佐伯はかつて、いわゆるオカルトの才は父から受け継いだと言っていた。つまり母にその才はないらしい。少なくとも受け継がせるほどには。ならば・・・
と考えていると、‘由美子’がこちらを見てため息をついてきた。むっとして尋ねる。
「・・・何だよ?」
「あのなあ景吾。確かに母さんはちょっと従来の人間のスペックとは異なるものを備え付けた、人外魔境に半歩ほど足突っ込んだ人だ。
―――けどそんな、奇怪なものを見たような口調で話すなよ。失礼だろ?」
「てめぇの方が遥かに失礼だ!!
俺は! 何か変わった魔法使ったな〜って訊いただけだろ!?」
「あああれか」
うんうん頷き、指を立てる。もちろん人差し指を。ちなみに『由美子』だからだろう、右手の。
「母さんが・・・というか両親だけど、六角出身の話はしただろ? あそこは誰も彼もが普通に魔法の類を使う」
「だなあ」
「自然の中で生きる事で、自然とそれらの恩恵を受ける術を学んだワケだ。あ、今のダシャレじゃないぞ?」
「だろなあ」
「で、なにせ母さんだ。恩恵を受けるだけに飽き足らず支配する―――言いなりにする事くらいは普通だろ」
「普通じゃねえよ!!
何だその理論!? 結局お前の母さんは変だ、っつー事で落ち着いちまうのか!?」
「最初は父さんと俺のだけだったし、ああ家族パワーって凄いなあって思ってたけど・・・。
―――さすが母さん。現状に決して満足せずさらなる進化を求めた結果、ついにちゃんと操られてるはずの傀儡人形まで奪い取るようになったか・・・」
「だからそこでいいのかよ感心ポイント・・・・・・」
結局跡部の方がより深いため息をつくハメになった。
「という事で、母さんにはばこばこ術打って大丈夫だぞ? ただし今までそれをやって父さん以外でお咎めがなかったヤツは見た事ないけど」
「わかった。全力で打たねえように努力させてもらう」
「クッ。根性無しが」
「・・・・・・。
てめぇはんじゃあやった事あんのか?」
「1度目は登ってた木を蹴り一発でへし折られて落とされた挙句に下敷きになりかけたな。2度目は両肩・肘・手首、股関節・膝・足首さらに顎の関節外されて一晩野山放置だったな。途中で肉食獣が来た時はさすがに死を覚悟した。
3度目以降はチャレンジしてないな」
「やべえ。あまりに哀れ過ぎて突っ込みすら忘れちまったよ。
ってか・・・
―――つまりさっきの圭助さんのも照準ミスとかでも何でもなくって狙ってやった、ってワケなんだな?」
「父さんの言動ほどアテにならないものもないからな」
「ほお・・・。なら間に受けて焦っちまった俺は馬鹿だ、と?」
「ああ。
ば〜かば〜か景吾の馬鹿〜♪」
どごっ!!
この場で控える義理はないので、跡部は思い切り殴った。ちょっとスッとした。
息を吸う間、2秒程度で‘由美子’が復活する。痛そうに頭を擦るなどという超貴重モノの映像を見せながら、
「けど良かったな景吾。母さんに認められたぞ」
「あん?」
「握手するって言ってただろ? 六角はそれこそ氷帝並に他人に手を預けない。預けるのは『家族』とみなした相手にだけだ」
「だが結局辞退されただろ?」
「掃除中だったからだろ?
母さんは有言実行、言った事に関してはその通りする人だ。手が汚れてるからと言ったならそれ以上の意味は何もない」
「・・・だからそうやってさりげなく母親馬鹿にすんの止めとけよ」
「してないぞ? 俺は心の底から思った通りの事を言っただけだ」
「てめぇもかよ・・・」
吸った息を全て吐き終わった。再び吸う。
吸い―――止まる。
「・・・・・・・・・・・・ところでどこに気に入られるポイントがあったんだ?」
会ったのは今さっきが初めて。佐伯が手紙で知らせていたというが、その内容は圭助曰く想像通りのもの。あるいは(もう少し公平な判断を下せる)他の人に聞いたのかもしれない。が、
(人に又聞きした話で納得するか? あの佐伯の母親が・・・?)
「俺の事庇っただろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」
「だから―――」
‘由美子’が言う。姿だけは彼女だが、中身そのままの声で、表情で、雰囲気で。
「俺の事庇っただろ? あのナメクジもどきが出てきた時。
ありがとうな」
跡部の頬が、みるみる赤くなっていった。
「―――あ! あれは!!
てめぇなんぞ別に守りたくもなかったが、てめぇ戦わせるワケにもいかねえし夫婦っつーののいいアピールになるかと思っただけだ!!」
「あーはいはい。そーかそーか」
「つーか香那さんの方にもバレてたってか!? 魔法使えねえんじゃねえのか!? これもまたあの人だからか!?」
「半分正解だな。姿そのものは誤魔化せようが、多分身振り手振りでバレたんだろうな。
元々そういうの見抜くのは母さんの十八番な上、俺の体捌きは母さんに教わったものだし、ここで働いてれば由美子さんとも毎日顔を合わせる。
一応なるべく似せたつもりだったんだけどな、やっぱ母さんの方が一枚以上上手だったみたいだな」
「そもそもその時いなかったじゃねえか!!」
「ただの人間が何の脈絡もなくいきなり現れるワケないだろ? どうせその前からデバガメしてたんだろ。だから止めたんじゃないか」
「・・・・・・。何のためにだ?」
「息子の恋愛事情は気になるんだろ。親としては」
「そんでストーカーか? ヤな親だなおい・・・」
がりがり頭を掻き、苦々しげに呟く。ルドルフ陣を欺くための行為だったのに、まさかコイツの両親への自己アピールに繋がるとは・・・・・・。
今回一番深くため息をつく。かかる先に‘由美子’が―――
―――いなかった。
いつの間にか跡部の後ろに回りこんでいた‘由美子’。のしかかるように後ろから抱きつき、
「ナイトっぽくってカッコよかったぞ〜?」
にたりと笑いながらそんな事を囁かれた。挙句に頬までぷにぷに突付かれる。
「―――っ//!!」
すかっ!!
振り向き様肘打ちを食らわせようとしたが、残念ながら避けられてしまった。
軽く後ろに跳んだ‘由美子’がさらに笑い出す。
「まあまあ。こうして両家の親にも認められたし、付き合う上で何の障害もなくなったな。めでたい事だ」
「めでたくねえよ!! だったら俺が最後の障害になってやる!! 俺はぜってーてめぇとの付き合いなんぞ認めねえ!!」
「そ〜んな強がっちゃってv もー景吾ってば可愛いなあvv」
「うっせー!!」