§2 陰謀の裏に隠された陰謀
だらだら続く承 んでさん―――リョーマ
〜佐伯さんたちの恋愛事情? そんなのどーでもいいし〜
「・・・・・・結局よくわかんねえまんま終わったな」
「ふ・・・。そ、そういえば、王の一大事に側近が盾となり守るのは当然でしたね」
「いやだからってメイドの仕事じゃねえだろそりゃ・・・。どっちかっつーとお前みてえな―――」
「という事で、基本に戻りましょう」
「基本?」
「単純に、由美子嬢と跡部君は現在夫婦です。となればそれなりに仲良くするものでしょう」
「政略結婚かもしんねーぞ?」
「氷帝はともかく青学ならあるかもしれませんね。ならば尚更仲良くするでしょう」
「・・・ああ?」
「機嫌を損ねて離婚されては元も子もありませんから。
なので今回に関してです。
―――仲良くしなければ黒。
さらに、特に跡部君が不自然に仲良くし過ぎても黒です。『一般市民』たる彼が、離婚をされて困る事も特にないでしょう。今までにみた彼の性格から推測し、下手に出るとも考えられません」
「柳沢の話によると、尻に敷かれてるそうだぞ?」
「・・・・・・っ!
ま、まあそれもあくまで噂。本人が望んでそうしているとは思えませんね」
「・・・何かちょっと弱気になってねえか?」
「うるさい!! さっさと調べますよ!!」
ψ ψ ψ ψ ψ
夕食が終わってコーヒーブレイク。国王夫妻は忙しいからと先に退室し、ルドルフ一同も来たばかりで疲れたからとさっさといなくなってしまった。
残ったのは、跡部と‘由美子’。2人も辞退するとせっかく用意されたコーヒーと山盛りフルーツが勿体無い・・・・・・じゃなかった、用意してもらったのに申し訳ない。
―――などと‘由美子’が(もちろんここが重要)言ったので、広い食堂からさらに広い広間へと場所を移し、残りをもらう事にした。
2人きりなら飾る必要もない。小さなテーブルにそれらを置き、2人は思い思いに過ごした。
ソファでくつろぎ本を読む跡部。割と離れた隣で美味しそうにフルーツを食べる‘由美子’。
「景吾君はいあ〜んvv」
「・・・・・・何の真似だ?」
「以前美味しく食べられなかったでしょう?」
と、差し出されたのはグズリの実だった。結婚前、罰として佐伯に採って来させたもの。確かにあの時は、食べ方が非常にマズかったおかげで美味しく頂けはしなかったか。
そんな前回の反省でか、今回は一口大に切り分けられたものをフォークで差し出された。
引く跡部に‘由美子’が迫ってくる。その顔に浮かぶ笑みは・・・まあ今更改めて見るまでもないものだった。
一応抵抗の証にと、ソファのぎりぎりまで引く。これ以上引くと後ろ向きに転がるか滑るかして落ちるだろう。手で抗したいところではあるが、先手を打ってのしかかる‘由美子’にさりげなく封じられてしまった。
嫌そ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜な顔を見せ、
跡部はため息を洩らしながら口を開いた。ここでなお意固地になっていたら、前回と同じ方法で食わされるかもしれない。
(人に見られて口移しなんぞ誰がやるかってんだ・・・!!)
どーせこんな様子もルドルフご一行は見ているのだろう。そして‘由美子’こと佐伯ももちろんそれに気付いた上でやっているのだろう。自分を思い通りに動かせるこのチャンスを、わざわざ見過ごすとはとても思えなかったが・・・
・・・・・・本当にその通り動いてくるのだからタチが悪い。一般的な場合それは『底が浅く考えが単純』と言うのだが、開き直りきったどころか端からわかって行動を起こすヤツは、こう皮肉られたところで笑って肯定するだけだ。
ため息を遮るように突っ込まれる。その向こうでは笑ったままむっとする‘由美子’。こうもあっさり言いなりになられるのは気に食わないらしい。あるいはキスし損ねたのが嫌なのか。
だがここでケンカしたりあまつさえ自分から襲い掛かったりするのはさすがに良くないとわかっているからか、‘由美子’は意外なほどに大人しく引っ込んでいった。
(まあ、これはこれで嫌がらせなのかもな)
広いソファで押し倒されかければ、少しくらいはその気になる。そういえば、昨日氷帝を出てきた時からほとんど触れ合ってもいないか。
今日はルドルフとこんなだし、昨日は同乗者の周ちゃんの目に毒だ! と最初にぴしゃりと言い切られ、挙句それを理由に佐伯は一切御者台に出てはこなかった。その結果後ろの幌にいた不二と共に爆睡していたのだから、着くなり思いっきりぶん殴ってしまったのは仕方のない事だろう。
空になった口でもう一度ため息をつき、跡部ものろのろと身を起こした。‘由美子’は何事もなかったかのようにフルーツを口にしている。トリエスルという、六角で採れる一口大の真っ赤な実。薄い皮をヘタ側に剥き、一息に口に放り込み後で大きな種だけ出すのが一般的な食べ方だが・・・。
「・・・何やってんだ?」
なぜだか‘由美子’はそれを端からちびちびと食べていた。
問う跡部に、‘由美子’がきょとんと顔を向けてきた。
すぐに笑顔になり、
「ちょっとしたお遊びよ。種をヘタから外さず食べるの」
景吾君はやった事ない? と問い返され、跡部は小さく首を振った。そんなものの何が面白いのか。
「そう? 周助たちとはよくやったわね。上手なのよ、周助」
跡部の眉間に少しだけ皺が寄った。
満足げに見つめ、‘由美子’は顔を正面に戻すと、皮で支え人差し指の先に持っていた実を一気に口に含んだ。
「・・・ああ?」
己の言葉との矛盾に、跡部の眉間の皺も取れる。
首を傾げて見守ってみると、ゼリーのように弾力ある柔らかさの実を吸い取ったのか、目を伏せていた‘由美子’の唇が少しだけ尖った。ちゅっと音が響く。
「・・・・・・」
口から綺麗になった種が出てくる。それを追い、舌も小さく出された。
「・・・・・・・・・・・・」
跡部に再び眉間の皺が付いた。目尻に力を込め少し細めたのだ。
体に僅かに篭った力を見抜いたのだろう。いつの間にか瞼を開いていた‘由美子’が横目でこちらを見ていた。
くすりと小さく笑い、
煽るように種を舌で舐め上げる。
「・・・っ!」
跡部が目をさらに細めた。全て知っている『佐伯』の動作。見た目が違っていてもわかる。わかる程によく見ている。
慌てて目を背ける。欲情したなどと知られてたまるか。しかも罠に嵌められるままになど。
体ごと背を向ける跡部。ソファの肘掛を抱き落ち着こうとする彼の肩に手が添えられた。
全身に感じる熱と重み。隙間を完全に0にし、‘由美子’はしな垂れかかってきた。
耳元に、囁かれる。
「ちょっと、刺激強かったかしら?」
「―――っ!!」
声が違う口調が違う。まだ熱が下がっていないからか、かかる吐息も普段よりずっと熱い。
だがそれでも―――
「ん・・・」
まるで自分も実と同じであるかのように、耳たぶを音を立てて吸われ舐められた。弱いところを的確に突く慣れた手順もこれまた同じ。いや、弱いところもそこを突かれての感じやすさも、全ては佐伯に作り出されたのだ。全てを知り尽くしているのだから、あえて狙わない限り同じで当然だ。
出かけた声を喉の奥に押し込め、跡部はゆっくりと、恐る恐る振り向いた。やはりそこにいたのは違う人―――の前に。
「はい」
「んむ・・・?」
いつの間に2粒目を剥いていたのか、まだヘタについたままの実を口に突っ込まれる。
何をすればいいのかよくわからずモゴモゴする跡部。とりあえず食べるべきだろう。今までの流れからすると同じようにヘタにつけたままか。
と思ったのだが。
結論付けた時には全てを台無しにするように、ぶちりとヘタをもぎ取られた。
「ふあ?」
くぐもった声で疑問符を上げると、
‘由美子’が―――佐伯が唇を重ねてきた。
「んん・・・!!」
唇で楽しむ事もせず一気に中へ。実を見つけ、それを舌の上で転がす。舌の感触にプラスして、ゲル状の実の分。なくなれば硬い種の分。これはいつもと同じと言うべきか違うと言うべきか。
1つだけ確実なのは―――
(目の前にある顔は違う、って事か・・・)
目を閉じソファの背に頭を預け仰け反る跡部に、今度こそ‘由美子’は本格的にのしかかってきた。軽いフレアスカートが翻り、跡部の脚にまでかかる。
体を捻り、逃げられないよう左腕で両肩を押さえ、右手は下へ・・・スカートで器用に隠し、脚の付け根ぎりぎりに置く。
「んぐぅ!?」
いきなりの刺激に、跡部は反射的に種を飲み込みかけた。慌てて身を起こしむせ返る。さすがに‘由美子’も邪魔はしなかった。代わりにどういう達人芸だか、口を離す前の一瞬でこちらの口から種が奪い取られた。
「いきなり・・・何、しやがる・・・!!」
押し殺した怒声で問い詰める。だが肝の据わった由美子・・・を演じるという名目で、実質この姿をしていれば絶対人前で怒られる事はないと確信しきった、結局肝の据わりきった佐伯は、全く堪える事なくおしとやかに笑うだけだった。
答える気もないらしく、小さく舌を出してくる。今度は煽っているのではない。先端にかの種を乗せている。
「こうやって、実を外すのよ?」
「ンな事ぁ知ってる」
不機嫌な声で返す。‘由美子’は笑ったままだ。笑ったまま手に取った種を器に置き、
「ふふ。こんな事でびっくりしちゃうなんて、純情なのねえ景吾君」
「ンなの―――!!」
さすがに叫びかけた。明らかにてめぇのせいだろ!? と、全てを無駄にする勢いで。
止まったのは、一重にその根本原因のおかげだった。再び口を塞がれ、反論を全て呑み込まれる。
と、今回はすぐに放された。
さらに不満げな顔で言葉を発そうとする跡部の、開かれたままの唇に、次当てられたのは人差し指だった。
すぐにでも触れ合えそうな至近距離で、それでも指一本で全てを遮断し。
‘由美子’が目元だけに笑みを浮かべた。先ほどとは打って変わった、からかい一色の笑み。
「けど駄目よ? そんなに感じやす過ぎちゃ」
「―――っ!」
障害物が外される。改めてキスをされる。懲りずに下にも触られる。
手はあくまで偶然たまたま置いてしまっていたのを装いたいらしい。だからこそどけられる事はなく・・・・・・だからこそ体を支えるためという名目で遠慮なく弄られて。
(このヤロ・・・・・・!!)
跡部は上げかけた声を必死に殺した。見た目が『由美子』―――佐伯ではないからと、確かに普段より油断し過ぎていたかもしれない。佐伯相手に好き勝手遊ばれヨガってたまるか。
が。
たとえ跡部自身はそう思おうとコレは『由美子』。突っ込めないのと同様、のしかかる鳩尾に拳を入れ蹲ったところに頭頂から拳骨などとは出来ない。もちろんやり返すなどというのは論外だ。
唇を噛むのはキスされているため無理だとしても、筋肉を強張らせ懸命に堪える。いっそコイツの舌でも噛んでやろうかと思ったが、殺気を察したかあっさり逃げられてしまった。
お仕置き、とばかりに下への愛撫も強くなる。感じるな感じるなと心に誓えば誓うほど、感覚はより鋭敏に、より快感を拾う事に貪欲になり。
慣れた愛撫に慣れたキス。やはり全て佐伯のものだ。
・・・・・・見た目は全く違うというのに。
左手は自由なのにどける事が出来ない。このキスから逃れる事も。
されるがままに、跡部が力を抜いていった。結局堪えきれなかった。
「ん・・・ふあ・・・・・・」
開いた口から声が洩れ、端からは雫が垂れ。
‘由美子’がようやく口を離した時、跡部の目は傍から見ても明らかな程快楽に染まりきっていた。
それでも何とか残っていた理性で、再び迫ろうとしていた‘由美子’を押し留めた。
垂れた涎を拳で拭いつつ、当てた掌越しに尋ねる。同時に口でも言いつつ。
「いくら実家とはいえ、ンな事やってていいのかよ?」
《見られてんぞ》
返事はすぐに返って来た。耳と、頭に。
「大丈夫よ」
《だって由美子さんだし》
久し振りの佐伯の声が、直接流し込まれる。
「・・・・・・」
ついつい口での会話をし損ねた。
《・・・・・・だから?》
慌てて心でさらに尋ね、焦りを気取られないよう怪訝な顔を浮かべる。
止まった跡部の拳を、‘由美子’が両手で包み込んだ。見た目華奢なお嬢様の手、実質同じ華奢でも腕一本で各地を渡り歩いてきた硬く骨太の手で。
挨拶時観月だけと握手を交わし赤澤は適当に誤魔化したのは、立ち居振舞いで赤澤は体術をそれなりに会得していると判断したからだろう。立体映像と本人の注意でそれなりにこちらの実力は隠せるものの、さすがにしっかり握手した上で手の感触を誤魔化すのは無理だ。ついでに観月は恐らく魔法使いとしての力に頼りきってこれらに関しては無知だろうのに加え、こちらを警戒し過ぎた。指先が僅かに触れる程度なら問題なしと判断したようだ。
《由美子さんなら襲い受けも可だろ。されるがままなだけじゃむしろ不自然だ》
「みんな認めてるわ」
包まれた手。付いていた涎を、ゆっくりと舐め上げられた。
まるで自論を証明するかのように。
《・・・・・・・・・・・・。
なんか、納得したくねえ理由だなあ》
「俺は認めたくねえがな」
ため息をつく口元にも手が伸ばされる。
頬を撫で、唇に親指を這わせ。
《けどせざるを得ないだろ?》
《まあ、なあ・・・・・・》
心の中で呟きつつも、何も発していない口もまたむず痒さで開いていった。
《んじゃ解決》
「駄目」
‘由美子’が顔を寄せてくる。
「ったく・・・」
反対する理由もなくなったので、跡部もまた‘由美子’の首に手を回し引き寄せた・・・。