§2 陰謀の裏に隠された陰謀
だらだら続く承 つぎよん―――リョーマ
〜はあ? 裕太が兄離れした? ふーん・・・〜
「いつまであの2人はいちゃこらやっているんですか・・・!!」
「まあとりあえず、由美子は思いっきり跡部の機嫌損ねさせてたってのに跡部はちゃんと乗るんだな。やっぱ尻に敷かれてるって話はホントか」
「ああもー見てて苛立ちますねえ・・・!!」
「ならそろそろ止めねえ? 俺らもうただのデバガメ状態だしよお」
「止めませんよ! これから何かするかもしれないじゃないですか!!」
「何か・・・したら見ててもっとヤベえだろーよ・・・」
「そうですよねえ。そこが、厳密には違いますが公共の場だとわかっているんですかねえあの2人は?
全く、教育に悪い!」
「誰のだよ・・・?
―――ああそうだ。教育っつったら、裕太ほったらかしでいいのか?」
「裕太君?
・・・・・・ああ別にいいですよ。これといって何かさせる事もないですし」
「今お前綺麗さっぱり忘れさってたよなあ?」
「何の事ですかねえ。
――――――あああ!! そのままそこでやってしまうのですか!? 夫婦とはいえふしだらな! 少しは恥というものを知りなさい!!」
「まあ・・・・・・お前が満足ならもういいけどなどーでも」
ψ ψ ψ ψ ψ
「―――ああ裕太」
「よおリョーマ。
・・・・・・・・・・・・って」
今度は広間(佐伯と跡部がいた所とはもちろん離れて)にいた裕太。知り合いに声をかけられたので、返しつつ振り向いた。
振り向いて、首を傾げる。
「何やってんだお前?」
尋ねるのも無理はないだろう。リョーマは床に張られたタイルの1枚を外し、そこから生えていたのだから。
まだこれが2階以上だったらわかる・・・かもしれない。下の階から何らかの理由でどうやってだか天井及び床を突き破って上ってきたのかもしれない。石造りなので無音無傷で成し遂げるのは至難の技だが、それこそこのように地道に1つ1つ外していけば可能でもあるのだろう。・・・余程パズルに精通している必要があるが。
が、ここは1階である。そして不二家に地下はない。
(いや・・・・・・)
思い当たるものがあり首を傾げたまま上を向く裕太へと、
リョーマは言った。はっきりきっぱり。
「迷った」
「どんだけ方向オンチなんだよ!?」
思い当たったもの。それは、この家が建つと同時に作られたのであろう隠し扉や抜け道の類だった。
きっとかつて戦乱の世では目的どおり使用されていたのだろうが、平和な今では子どもたちがかくれんぼに使っている程度だ。それも好んで入るのは兄の不二だけ。自分はもちろんの事、物心つく前から母親に鍛えられ、暗闇内での方向感覚や三次元展開能力に長けている筈の佐伯ですら、2日行方不明になった挙句土を掘り石を外し無理矢理出口を作り出した。彼の母親もまた、中に入った人を気配だけで外から探す事はするものの進んで中には入らない。
そこにリョーマは入り込んだらしい。平然と出てきた―――この世に舞い戻ってきた―――ところからすると、意外と運も良く実力もあるのかもしれない。
だが・・・。
・・・・・・出口が見つけられないという事は、必然的に入り口も見つけにくい。念のため注釈を加えておくと、この家はそんなに苦労しなければ出入りも出来ないほど斬新な造りはしていない。廊下を歩き階段を下り扉から出ればそれで終わりだ。
凄すぎるリョーマに慄く裕太。突っ込まれムッとするリョーマ。
むくれたまま答える。
「別にいいじゃん」
「まあいいけどよお・・・。
―――とりあえず上がって来ねえか? ンなトコで思いっきりくつろいでねえで」
指摘され、ようやくリョーマは前に付いていた両肘を起こし体を引っ張り上げた。
ぱたぱた埃を払い、
「で、ココどこ?」
「本気で迷ってたんだな・・・・・・。1階の広間だ」
「だからそう言ったでしょ?
とりあえずアリガト。んじゃ」
「・・・ってオイ!! なんでさらに迷いに行くんだよ!?」
埃を払った意味がどこにあるのか、再び謎の地下世界に潜りこもうとしていたリョーマの腕を裕太が掴んで止めた。
リョーマが振り向く。
「だって見つかんないから」
「何がだ?」
返事は、
・・・・・・なかった。
本当に疑問そうに、裕太が首を傾げる。
じっと見上げ、リョーマは開いていた口を閉じた。
短くため息を吐き、
「アンタ何か今兄離れ中なんだって?」
「何で知ってんだよ!?」
「由美子さんに聞いた」
「・・・ああ。そうか」
図星を突かれて声を荒げる裕太。即答された犯人の名に、瞳を半分閉じハハ・・・と笑うしかなかった。
こちらもため息を―――深い深いものをつき、
「・・・・・・で?」
「何が?」
今度きょとんとしたのはリョーマだった。
「だから。それで?
訊いてきたからには何かあんだろ?」
「別に? ただ確認しただけ」
興味なさげに答えるリョーマ。普段からクールというよりドライに接してくる彼なら、本当にそれだけの理由だったのかもしれない。
唯一まだマシに懐く兄ならその真偽が判別ついたかもしれないが、今ここにはいないため確かめようがない。
「もういい? 俺忙しいんだけど」
「あ、ああ・・・」
やはりため息をつき、手を放す。本当に下へ戻ろうとする小さな背中を見送り・・・
「――――――なあ」
裕太はふいに去り行くリョーマへと声をかけてみた。
さして意味はない。何となく。
―――理由を問われたらこうとしか答えられない程度の強さで。
「何?」
リョーマも察したのだろう。かろうじて声は返されたが、足を止められもましてや振り返られもしなかった。
見つめっ放しの背中に、問う。
「お前、リョーガ兄ちゃんいなくなった時どう思った?」
「・・・・・・・・・・・・」
リョーマの足が止まった。
リョーガはリョーマの兄だ。そして神殿の息子として、不二家とも小さい頃から馴染んでいた。裕太にとって、リョーガもまた佐伯と同様兄的存在だった。
それが突然いなくなってしまったのはいつだろう? 物心はついていた筈なのに憶えていない。気がつけばいなくなっていたというのが一番近いか。とりあえず気付いた時点でまだ佐伯はいたから、自分は9歳以下の時だろう。となると1つ下のリョーマは8歳以下。
年齢のせいもあるのだろうが、その頃のリョーマは今よりずっと素直で表情豊かだったように思う。
(まあ、リョーガ兄ちゃんにからかわれて怒ってばっかだったけどな)
いなくなってから、どういう成り行きを経たかリョーマは不二に懐くようになっていた。もしかしたら不二の中に、いなくなった兄の面影を重ねているのかもしれない。だとしたら、むしろリョーガにはこちらの方がよく似ている佐伯をなぜ選ばなかったのか不思議だが。
何にせよ、だからといって全てが今まで通りとはならなかった。表情も欠落し、不二以外には一歩引くようになったか。
―――このように。
「別に? どうとも思わないよ。
リョーガはリョーガの好きにしただけでしょ?」
振り向くリョーマの目は実に平坦だった。これが己の兄に対する反応だろうか?
薄ら寒いものを覚える。
・・・・・・・・・・・・いつかは、兄も自分にこんな目を向けてくるようになってしまうのだろうか。
首を大きく振り、裕太は沈みかけていた気持ちを無理矢理浮上させた。
離れようと決めたのは自分。兄にだけ求めさせるのはワガママだ。しかもそれでは兄に依存したまま。何も変わらない事になってしまう。
「そっか。ありがとな。
ま、何探してんだか知んねーけど、今度は迷わねえように気ぃつけろよリョーマ」
笑みを浮かべて手を上げる。真っ直ぐ見つめてくるリョーマの眼差しから逃げるように、裕太は先に背を向けた。
背後から、声をかけられる。
「アンタもね裕太。兄離れなんてする時は勝手にしちゃうモンだし」
しようと思わなくても。
聞こえた気がして振り向きかけ、結局裕太はそのまま歩いた。振り向く事が決心の揺らぎを意味しているように感じ。
立ち去る裕太を見送り、リョーマはぼそりと呟いた。今どこにいるかはわからないが、さっきまでこの場に絶対いただろう人へと向けて。
「俺は、思った通り言っただけだよ?」
止めようとは思わなかった。こんな悩みが持てる―――選択肢を与えられた裕太が憎かったのかもしれない。前触れもなしに奪われた身として。
ため息をつく。それを拾ってくれる人は、もういない。
ψ ψ ψ ψ ψ
「さて、そろそろ部屋に戻りましょうか。お風呂にも入りたいし」
散々いろいろとやっておきながら、けろりとした表情で佐伯が―――いや‘由美子’が言った。
不思議なものだ。慣れてくると、見た目が由美子でも佐伯に見えてくるし、逆にこれは由美子当人ではないかという錯覚にも陥る。
・・・・・・だからこそ同時に、芝居を忘れ素に戻りかけ、浮気をしているような背徳感に襲われる。
一度目を閉じ肺の中の空気を一息で吐く。同時に今やるべき事だけを頭の中に残し、その他余計なものは全て排除した。
(今はコイツと一緒にルドルフの目をなるべく引き寄せる事。それだけだ。
情報収集なら不二がやる。こっちが気になる限り観月もそうそう動けない)
だから『由美子』を演じる佐伯と仲良くする。頭で考えれば単純な図式だ。
「そうだな」
頷き、跡部も立ち上がった。
と、
伸びをしながら先に立っていた由美子が、振り返ってくる。面白そうな笑みを湛え。
「あら景吾君。一緒に入りたいの?」
「違げえよ。部屋行くか、っつってるだけだろ?」
「遠慮しなくていいのよ?」
「してねえ!」
「今更裸を恥ずかしがる間柄じゃないでしょう?」
「あんたは砕け過ぎだ! 夫婦だろうがそれなりに恥じらいとか礼儀とか持てよ!」
「照れる事ないのに」
「会話してくれ・・・・・・!!」