1.佐伯と千石の場合
「サ〜エくんっ♪」
学校帰り、校門を出たばかりのところで自分を呼び止めるその声に、佐伯は特に驚く事も無く横を見やった。
「千石」
「やっ」
呼びかけに、軽く手を上げる白ランの男。いくら今は季節上上を脱いでいたとしても、ズボンまで白い彼の中学の制服はここ六角中に混じるにはなかなかに目立つ。
現に何人かは振り向く。振り向いて―――それで終わる。その程度で片付けられるほどここにおいて彼は『馴染み』であった。
それだけよく来る存在。だがなぜそれだけよく来るかは誰も知らなかった。ただ佐伯に会うため、とだけしか。
「で? 千石、今日は何で来たんだ?」
「ん? モチ、今日もお迎えに」
「それだけのためにわざわざ東京から?」
「そう。サエくんが逃げちゃったりしないようにね」
「逃げて? 別にお前から逃げた事はないだろ?」
「それでも勝手にいなくなっちゃったりしたら同じだよ」
「仕方ないだろ? いくらなんでも契約者が死ぬ時期なんて俺にはわからないよ」
「でもせっかく頑張って探したんだからね。また逃げられると厄介なんだよ」
「それはご苦労さん。でもわざわざそんなにしてまで俺と一緒にいなくてもいいんじゃないのか?」
「ひっど〜いサエくん。長年連れ添った親友に向かって」
「いつからお前が親友になったんだよ・・・・・・。
それに―――
――――――なんだかんだ言って結局お前は跡部と別れたくないだけだろ?」
揶揄る。『跡部』は今の千石の契約者だ。そして、自分と―――自分の契約者との幼馴染。
彼は千石にとってお気に入りらしい。珍しいことだ。『俺には感情がないからね』と普段から言い、事実その通り契約者相手に『契約者』として以上の視点で見た事のない千石が1人の人間に執着するなど。
「まあ、そうだね〜」
一拍置いた曖昧な返事。この頷きは嘘か本当か。一拍の空白は動揺の現れなのかそれともそう見せるための『間』に過ぎないのか。
それこそ『感情のない』千石のおちゃらけた様子からでは判断のし様がない。
だからこそ、佐伯は言葉そのままに捕らえ呟いた。紛れもない、自分の気持ちを。
「ま、何にしろ心配はないよ。俺も周ちゃんは好きだからね」
今の俺の契約者は変わった人間だ。
矛盾した人間、といった方がいいかもしれない。
誰よりも人の温もりを欲しているのに、
彼は決して人相手にそれを求めようとしない。
彼は悪魔との契約によって全てを満たす。
『だって契約っていいじゃない。これがある限り僕と君は離れられないんだよ?』
<契約>
それにより、人間は悪魔を使役し、そして悪魔は人間から力を得る。
そんなシステム。
それだけの、システム。
胸に刻まれた契約陣。
契約者としての証に誇らしげに手を翳して言う彼を、
多分俺は忘れる事はないだろう。
『だから、ね?
ずっと一緒にいてくれるんだろ?』
毎日そう囁くから。
寝転ぶ俺の上に乗り、
鼻が触れそうなほどの至近距離で、
虚ろな目で笑いそう言うから。
『もちろんだよ』
安心させるように優しく笑い返して、
毎日俺は彼を抱き締める。
「でもさあ、だったらサエくんなんで千葉に引っ越しちゃったの? あんま遠く離れるとやりにくくない?」
前から疑問に思っていた事。物理的距離など関係ないかもしれないが、それでも毎日毎日通うのは大変な苦労だ。自分視点で考えて。
疑問をぶつける千石に、佐伯が面白そうに軽く笑った。
「それこそ『仕方ない』だろ? まさか引越しがあるなんて思ってもみなかったよ」
「いっそ『住み場所』変えたら?」
「そしたらまた周ちゃんとの関係築き直しだろ? 周ちゃんなかなか友達作らないタイプだから難しいよ」
「やっぱ『佐伯虎次郎』が一番いいの?」
「さらに頭に『不二周助の幼馴染の』なんて付くともっといいね。
でもだったらもっと疑問だよ。お前はお前でなんで跡部と通う学校変えたんだよ? せっかく氷帝いたのに」
確かに佐伯からしてみれば不思議だろう。特に引っ越したわけでもなく、また契約を破棄したわけでもない。なのになぜ『悪魔たるもの契約者とは常に一心同体』をモットーとする自分が契約者の傍にいるチャンスを逃したのか。
だが、これには重大な事情がある。
重大な。もの凄く重大な・・・・・・!!
「だって・・・・・・
―――中等部の試験、選択式より記述式の方が多かったんだよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・。つまり入試で落ちたのか?」
「うん」
あっさり頷く。自分で言った以上隠しても仕方はない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。だからちゃんと勉強しろっていつも言ってたのに」
そんな自分へと、佐伯は頭を抱えてため息と共に励ましの言葉を送ってくれた。
氷帝は幼稚舎から大学まで全てありながらエスカレーター式ではない。1つ1つ上がる毎に内部生でも外部と同じ試験にパスしなければならない。そうする事で安心感による堕落を防ぐのだが――――――こうすれば当然落ちる者も出てくるワケだ。今の自分がその1例。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
で、跡部はもちろん受かったわけだ」
「もちろんトップで」
「まあ・・・・・・とりあえず山吹と氷帝ならそこまでは離れてないだろうけど」
「まあ・・・・・・千葉と東京位には」
「――――――嫌味か?」
「サエくんも大変だな〜って思って」
今の俺の契約者は面白い人間だ。
わかりやすくて、でもわかりにくい。
いっつもいっつも『俺様』してて偉そうで、
なのに時々酷くつまらなさそうな、でもって寂しそうな顔をする。
それを慰めるのが俺の役目。
『俺には感情がないからね』
言った言葉は嘘じゃない。
本当に俺には感情が―――心がないんだ。
だからいつも上辺だけ取り繕って誰とでも付き合う。
契約者にだって何にも思わない。
なのに―――
『はあ? 馬鹿かてめぇは』
そんな暴言を吐きながら、
それでも俺の腕の中で肩の力を抜く君に、
俺が覚えるこの『感覚』は何なんだろう?
こんな事は初めてだ。
確かに心を失う前に『感じた』事はあるのだろうけれど。
でもそれよりも遥かに強く、
遥かに心地良い。
そんな気がする。
だから―――
『ははっ。ひっどいな〜』
何を言われても絶対この手は離さない。
ずっと一緒にいようね。
「ところでサエくん。『中学生』ならそれっぽくたまには電車で行ったら?」
「電車賃もったいないじゃん。『中学生』のおこずかいがそんなに高いわけないだろ?」
「うっわ。すっごい理由」
「それにお前には言われたくないよ。お前こそ1回たりとも電車でなんて来た事ないくせに」
「だって電車賃もったいないじゃん」
「同じだろうが俺と」
「なにせ俺のおこずかいは可愛いコとデートするためにあるんだしねv」
「今の発言は跡部が聞いたら怒るだろうな」
「怒らないよ。だって『可愛いコ』って跡部くんの事だし?」
「・・・その発言にこそ怒るだろうな」
「まあまあ。
何にしろ、あんま待たせちゃ悪いしね」
「ああ。
さっさと行こうか」
周りに人がいない事を確認すると、
2人は今まで消していた翼を広げ、虚空へと姿を消していった・・・・・・・・・・・・。
―――2.不二と跡部の場合
ζ ζ ζ ζ ζ
はい。またしても妙なものが始まりました。天仕[てんし]な不二様とは逆に今度は悪魔なサエ&千石で。そしてなんだかここだけ読むとサエが真っ黒、千石が真っ白に見えたりするから不思議なものです。ラストまで行くとどっちがどっちになるかはわかりませんけどね。
では次は人間の章、不二&跡部です。彼らは一体なぜ契約など結んだのでしょう―――という疑問が解決するのでしょうか(こっちかい、言いたいのは・・・)!?
2003.12.21〜26