2.不二と跡部の場合





 「やあ跡部」
 「よお不二」
 (氷帝+青学)÷2といった程度の地点での挨拶。部活終了時間のおおむね同じ(厳密にはナイター設備のある氷帝は日が沈んでも続けられるのだが、跡部は部長の暴言もとい特権にて日が沈む前にコートを使用し、そして練習を終わらせている)2人はいつもこうして帰り道で合流する。
 合流して―――歩き出す。人気の少なくなる高級住宅街へと。
 「そろそろ2人も部活終わったかな?」
 「ああ? 知るかンなモン」
 「それもそうだね」
 くすりと笑って不二が同意した。確かに彼が他校の様子など知るワケはないだろう。自分と同じく。まあ2人の中学と自分達の中学で日の入りの時刻がそこまで違うなんていう事はないだろうから終わっていて当然だが。
 横を歩く跡部を伺い見て、さらに笑みが深まる。『知るかンなモン』と無関心を示していながら視線が一瞬だけ後ろを向いた。『彼ら』の登場に方向は関係ないのだが、跡部の待ち人は得てして後ろから出現しやすい。後ろから―――跡部に抱きつくために。
 確認し、不二はわざとらしく上を向いた。妙なリズムをつけて、呟く。
 「あ〜あ。サエも千石君も早く来ないかな〜?」
 「一生来ねえでいい」















僕らの待ち人は―――なんていいつつ彼らは人間じゃない。
彼らは悪魔だ。
人の生気を吸い、死に至らしめ、そしてその能力で出来る事は全てを壊す事だけだという悪魔と。
僕らは契約を交わした。





彼とは生まれたときからの知り合いだ。いわゆる幼馴染。
跡部と彼と僕。3人はいつも一緒だった。





別れは突然。彼の引越しにより。
別れたくないと泣きつく僕の頭を撫でて、彼は言った。
自分の正体を明かして。



『悪魔は契約者とずっと一緒にいるんだよ』



僕はためらわずに契約した。これでずっと一緒だよと約束して。
本当に、引っ越した後も毎日会いに来てくれる彼が嬉しかった。
その時は、ただ一緒にいられる事に喜んでいた。





その関係に、別の意味を見出したのは去年の秋。
裕太が家を出て行って、その日も来た彼に問いた。



『悪魔は契約者と本当にずっと一緒にいるの?』



と。





答えは
Yes





わかった。悟った。
自らが望む繋がりなんてアテになるもんじゃない。
幼馴染だって引っ越す。
弟だって家を出て行く。
アテになるのは、





―――義務による繋がり。





だから、僕は毎日確認する。



『だって契約っていいじゃない。これがある限り僕と君は離れられないんだよ?』





















 本当にそう思っているのかそれともただの照れ隠しなのか自分でもわからない事をボヤき、跡部はぽりぽりと頭を掻いた。手越しに不二を見れば、彼はいつもと同じでいつも違う笑みを浮かべている。無限種類あるであろうその笑みから考えを悟ろうとする事は愚かな事。だがそれでも長年共にいた成果か、とりあえずいくつかの事についてはわかるようになった。
 例えば―――今自分が反射的に後ろを気にしてしまった事がバレている、など。
 (くっそ・・・・・・!)
 心の中と口の中で舌打ちし―――
 「―――あんだよ?」
 わざわざ自分の前を後ろ向きで歩き、こちらを覗き込む不二に半眼で問いた。
 不二の笑みが、また変わる。
 「別に? ただ、跡部ってば素直じゃないな〜って思っただけで」
 「ああ? 何だそりゃ?」
 「早く来て欲しかったらそう言えば? 超特急で来てくれるんじゃない?」
 「思ってねーよンな事!!」
 反射以上のペースで怒鳴る。しかし不二は慣れたもので、言うだけ言ってもう逃げようとしていた。
 「わ〜い跡部が怒った〜♪」
 「待ちやがれてめぇ!!」















悪魔との契約。
そう言うと大袈裟なようだが、俺にとってはその事実そのものはどうでもよかった。
悪魔との契約は即ち―――





千石がずっと自分のそばに在るという事。





学校でも普通に習うため悪魔の存在そのものは知っていたが、俺はそんなものと接するつもりはさらさらなかった。
他者の力を借りるなど御免だ。人であろうと、悪魔であろうと。
だがそれは―――
本当は借りていたからこそ言えていた驕り。





『悪魔は契約者とずっと一緒にいるんだよ』

『なら・・・僕と契約してよ。サエ・・・・・・』





偶然見てしまったそんな場面。佐伯が悪魔だったとか、そんな事実はどうでもよくて。
ただひとつ、
幼馴染関係が崩れる事だけはよくわかった。



2人が結ばれ、
自分は正真正銘の独りとなった。



震える体を後ろから掻き抱き、
千石の発する、それこそ『悪魔の囁き』。





『ねえ跡部くん。

―――君も欲しくない? 絶対に離れられない関係』





気が付けば首を縦に振っていて。
いや・・・
気が付けば自分と千石の胸に、習ったばかりの契約印を描き込んでいた。





胸元に刻まれた、決して揺らめく事のない闇色の契約印。
撫でて、千石が薄く笑った。



『これで、ずっと一緒だよ。跡部くん・・・・・・』





















 2人の後ろの空間が歪む。
 染みが広がるように、歪みから何かが滲み出て―――
 「あっとべく―――ぐ!!」
 ―――さっそく鳩尾に1発喰らった。
 くたりとする彼の体から肘を外し、ようやく跡部が振り向く。
 「『なんだてめぇか。後ろからいきなり襲い掛かってくるからてっきり変質者かと思ったぜ』」
 「すっげー棒読みなんですけど・・・・・・って突っ込んでオッケー?」
 「止めといた方がいいんじゃないかな?」
 「そうそう。命の危険性わざわざ増やす必要ないって」
 不二の言葉に、次いで現れた(間違いなく千石が攻撃を喰らう事を前提に、安全のため出現タイミングをずらしたのだろう)佐伯がうんうんと頷いていた。
 「てめぇら俺をどういう目で見てやがる・・・?」
 「そういう目で」
 「・・・・・・・・・・・・。もういい」
 「意外と諦め早いな」
 「うっせー」
  跡部が半眼からため息に変えたところで、
 「よ〜し! んじゃあ今日も跡部くんの家に行こー!!」
 『おー!!』
 「・・・・・・勝手にしろ!!」










―――3.過去の話 〜千石独り語り〜









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 すごい日にち経ってます。ぶっちゃけ不二の章を書いて飽き―――ごふがふ!! なのですが、もしかしたらテニプリファンタジー系では一番理屈が適ってるかもしれないという素晴らしく情けない理由にて続けられる事になりました。ちまちまちまちまこの先も続きます。次は―――サエと千石、2人の過去話。OPでちろっとだけ触れていた歴史的事件、そして千石の『俺には感情がないからね』の真相に迫りましょう!
 そういえば後々ちろちろ出てきますので補足。この世界といいますか、今彼らがいるここでは確かに公には人間しかいません。ただし彼らのように悪魔はおとぎ話だけではなく存在しますし、別に契約した者が珍しいわけでもないので、学校では『魔学』として(そして一部歴史の時間でも)、普通に魔族や悪魔については教わります。なので成績のいい跡部や不二はそれだけの知識を得ており、だからこそ実際に知り合いが悪魔だったと知っても特に驚きもしなかったりします。

2004.1.137.2