6.想い秘めて(前編)
人間と契約した『悪魔』はもちろんこの2人だけではない。
時にはそういうのと遭遇する事もあって、
―――さらに時にはそういうのと対戦する事もあった。
「く、あ・・・・・・!!」
「千石!!」
人気のない路地裏にて、跡部を庇って攻撃を丸々受けた千石。崩れ落ちる彼の体を支える跡部の耳に、宙に浮かんだ見知らぬ悪魔の声が届いた。
「どうした千石? かつての高位魔族様がこの程度で終わりか?
随分と呆気ないな。それとも組んだ人間の方に問題ありか?」
(――――――っ!!)
「そんな事、あるわけないっしょ・・・・・・?」
「おい千石!」
ズタボロの体で、それでもふらふらと立ち上がる。立ち上がり、跡部を守るように―――跡部を護るために前へと進み出た千石に跡部がしてやれる事は何もなく。
止めようとして、空を切った手。その先で、
千石はいつも通りにっこりと笑ってみせた。
「応援しててね。絶対『勝つ』よ」
「止め―――!!」
千石曰くの『勝つ』事。それは文字通りの『勝つ』ではなく・・・・・・『跡部[じぶん]を護る』事。
悟ってしまった。千石が何をやるつもりなのか。
普通にやれば敵わない。『実力差』は今の一撃でより明らかとなった。
契約者を狙うか? 無駄だ。当然向こうもそれは予想済みだろうし、仮に殺せたとしても多少力は落ちるだろうが予め貯めていた分だけで充分人間1人―――自分1人は殺せる。
ならばどうするか。答えは簡単。普通ではない方法でやればいいだけだ。
0距離で自分の力全てを解放する。
悪魔の魔力というのは生物の筋力以上に慎重だ。普段使っている分など恐らく1/10にも達してはいない。全てを爆発的に解放すれば、その一瞬だけは相手を遥かに上回る力を手にする事が出来るだろう。
ただし―――
―――全く防御は出来ず、それ以前に力を全て失った時点で、やった本人は消滅するだろうが。
そして千石は、全くそれを恐れてはいない。むしろそれを望んでいる。
自身がいなくなれば―――契約者である自分にこのような意味での危険は降りかからなくなるから。
チャンスは1回きり。逃せば無意味な自爆で作戦失敗。攻撃から跡部を護りつつ、必死に機会を窺う。
攻撃を喰らう度に傷付いていく千石の背中を見もせずに、
跡部は俯き、歯軋りをするしかなかった。
(クッソ・・・! なんで‘ドア’は開かねえんだよ!!)
頭の中を駆けるはあの悪魔の言葉。
―――『それとも組んだ人間の方に問題ありか?』
‘ドア’―――ヘヴンズドアを開くか否かで、悪魔の実力は桁違いとなるらしい。
そして『高位魔族』だったという千石。まさか実力がこの程度なわけはあるまい。
その実力が出せないのは・・・・・・
―――あれが言う通り、自分のせいなのだろう。
勝てるはずのケンカに勝てないのはムカつく。
実力を出すべき場面で出し切れないのはもっとムカつく。
それが自分のせいだとなれば、最高にムカつく。何より自分自身に。
(俺は・・・・・・)
『チャンス』の瞬間。
千石の最期の瞬間に、跡部は苦笑して何かを呟き、
そして―――
どんっ!!
「がっ・・・!!」
「へ・・・・・・?」
後ろからの何かの衝撃に、攻撃をしようとしていた悪魔の片腕が吹っ飛んだ。
全身にそれを浴びながら呆気に取られる千石。崩れ落ちる悪魔の後ろから現れたのは・・・
「勝手に加勢させてもらったよ、千石」
「サエくん!?」
地上でもまた、似たような事が起こっていた。
「跡部、大丈夫!?」
「不二・・・・・・。てめぇら、何でここに・・・・・・?」
「そりゃこれだけ魔力使っていろいろやってたら気付くよ―――って気付いたのサエだけど!」
「逆切れすんなよそこで・・・・・・」
「なんか酷い怪我じゃないか!? 今すぐ治療しなきゃ!!」
「今すぐ・・・って、戦闘中だろーが今は・・・・・・。
それに俺より、アイツの方が重症だ」
「そうだね。
―――サエ!」
「わかってる!
というわけだから千石」
「へ?」
「お前一回死んで来いv」
「うおわあああああ!!!!!!」
笑顔の佐伯に猛烈な勢いで蹴りを入れられ、空中から一気に落下する千石。
「おい!?」
コンクリートの地面を抉った挙句バウンドまでするという、人間なら即死決定の落ちっぷりにさすがに跡部が突っ込む。
それは軽く流し、佐伯は早くも傷口を再生していた悪魔と向き直った。
千石を真似るように、舌で軽く唇を舐め、
「さて、千石にやった分、何倍にして返して欲しい?」
―――後編