6.想い秘めて(後編)





 その後の佐伯の実力は圧倒的なものだった。不二との連携もしっかり取れていて、力も無駄に使うのではなく必要最小限のみを使う事で不二への負担をぎりぎりまで減らしている。
 これが、ヘヴンズドアの力。これが―――本当に繋がり合った者たちの力だった。
 圧倒的な力で悪魔を殺し、佐伯に蹴り落とされて以来こんこんと眠り続ける千石を跡部の家に運び込み・・・
 「・・・・・・・・・・・・」
 「って言っておくけど別に俺の蹴りのせいで起きないワケじゃないからな。悪魔にというか魔族に単純な物理的衝撃はあんまり効果ないんだから」
 「んじゃなんで起きねえんだよ?」
 「力の消耗が大きかっただけだろ。疲れりゃ寝るのは人間だって同じだろ?」
 「なら寝たら回復すんのか?」
 「さあね」
 「さあ・・・?」
 「『魔族』なら回復したかもね。細かい点はともかく、基本的には他の生物と同じだから」
 「『悪魔』なら違うってか?」
 「違うね。同じといえば同じだけど」
 「回りくでえな。さっさと結論言えよ」
 イライラと先を促す跡部に、佐伯は薄く微笑んだ。
 「・・・・・・お前のために結論は延ばしたんだけどな。
  まあいいや。
  『悪魔』の大原則。原理は簡単さ。『悪魔は契約者から力を貰う』。何があろうとこれは変わらず。
  人間にとっての食事と同じだよ。食べないと肉体的回復は起こらないだろ? ただ寝てるだけじゃ消耗の時間稼ぎをするだけだ」
 「なら、俺がそばにいればいいってか?」
 「残念。それも違う。
  千石はお前と最低レベルの契約しかしてない。
  千石はお前の力は喰っていない
  お前がそばにいたところで何の手助けもしてやれはしない」
 「あん・・・? んじゃあ千石の野郎はどうやって生きてたってんだ?」
 「蓄えてた力の残り、最低レベルとはいえ一応契約してる以上少しは喰う事になるお前の力。
  後は――――――俺の力」
 「てめぇの、だと・・・?」
 険悪度の増す跡部の瞳をさらりと流し、
 「他に喰うものもないからな。俺は周ちゃんのおかげですぐに回復出来るし」
 「てめぇ・・・、不二をそういう風に使ってたのか・・・?」
 「例えば貧しい自分が誰かからパンを1つ貰った。隣には同じく貧しい誰か。半分分けてあげようって思うのは別に変わった思考じゃないだろ?
  それにおかしいって思わなかったか? 千石はお前に会う前になんでわざわざ俺のところに来る? あえてお前に会うのを先延ばしにするほどの理由があるからじゃないのか?」
 「てめぇに・・・・・・力貰うため、ってか・・・・・・。
  なら―――」
 「断る。あれだけ消耗されてたら俺まで共倒れになんのがオチだからな」
 ひらひらと手を振り、去り行く―――その前に。
 「それでも一応そばにいてやったらどうだ? もしかしたら少しは役に立てるかもしれないぜ?」
 「てめぇにゃ2度と頼まねえよ!!」

























 寝室に入る。今だ目を覚まさない千石のいる寝室に。
 眠り続ける千石へと、それでも跡部は話し掛けていた。あえて答えは聞きたくないかのように。
 「なあ千石・・・・・・。





  ――――――お前はなんで俺を契約者として選んだ?」





 自分と一緒にいるのは、コイツにとってただ不利益なだけではないのか?
 こうして、力をロクに使う事も出来ず。
 こうして、傷付いても回復する事すら出来ず。
 ‘ドア’を開けないのならば、人間と悪魔の契約に何の意味がある?
 「俺は・・・・・・」
 先程途切れさせた一言。今度は止める存在[モノ]はどこにもない。
 「俺は・・・・・・、

























  ――――――――――――お前の契約者として失格なんじゃねえのか・・・・・・?」
























 言葉とは裏腹に浮かべるは苦笑。薄々とだが以前からそう思ってはいた。決定打を打たれたのが今日だというだけで。
 滑稽な自分。哀れなコイツ。
 ずっと縛り続けた。早く解放してやればよかった。
 そうすれば、こんな目になんて遭わせずに済んだのに。
 「だから・・・それでも・・・・・・」
 どう続けるべきか、自分でもわからない。
 ベッドの傍らに跪き、ぴくりとも動かない手に指ごと絡め、
 疲れきった頬を撫で、顔を寄せながら囁く。
 「せめて最後くらいは俺にも力にならせてくれ」
 微笑み―――
 跡部は千石の唇に自分のものを重ねた。
 ヘヴンズドアは心の繋がり[
SEX]。どれだけ躰を繋げたところで意味はない。わかっていて、その上で跡部は行為を続けた。
 願う事はただひとつ。
 (起きやがれ千石・・・・・・!!)























































 ゆっくりと、瞼を開く。眩しさに目を瞬かせて、ぼーっとする頭を下に向けて―――
 即座に戻し、口を余った手で覆った。かろうじて歓声は堪えたが、ヤバい。顔が火照るのは止められない・・・!!
 「―――よっ。目覚めはどうだ? 千石」
 「サエくん・・・・・・」
 かちゃりと開く扉。顔を出した知人に、千石は手を外し半眼を向けた。
 「誰が君に力もらってるって?」
 「なんだ聞いてたのか」
 全く以って悪びれもせず肯定してくる佐伯。にやりと笑い、
 「その位の刺激やらないと動かないだろそいつ。
  感謝しろよ? 俺だってあの後周ちゃんにこってり絞られたんだからな。弁解するのにどれだけかかったか。
  でも・・・・・・」
 笑みの種類が変わる。心底面白そうに笑い、
 「初めて見たよ。自分でヘヴンズドア開けちまった人間なんて。
  さすが毎年首席というか跡部。やる事が他の人と違う」
 「うん・・・・・・」
 2人で『それ』を見る。千石にのしかかったままくーくー寝こける跡部を。
 さすがに消耗したのだろう。これだけ近くで話しているのに、全く目覚めそうにない。
 震える声で、千石が呟いた。
 「どうしようサエくん・・・・・・。
  俺めちゃくちゃ嬉しいんだけど・・・・・・!」
 ぎゅっと跡部を抱き締める千石。その顔に浮かぶのは、『心』からの喜びだった。
 記憶の残る限りでは―――いや、記憶がない部分も含めてのような気がする―――千石がこれだけ喜ぶのは初めてだ。いつもいつも他者と一線を隔して接していた千石にとって、『心がない』というのは些細な事に過ぎない。
 ―――その千石が、自分の全てをさらけ出し、全身全霊で喜んでいる。
 ぽんぽんと千石の頭を叩き、
 「お前は跡部のためなら死んでもいいって思ってんのかもしれないけどさ、跡部だって同じくらいお前の事想ってんじゃないのか? ‘ドア’が開いたのが何よりの証拠だろ?
  ―――次はお前が開いてやれよ?」
 「ははっ。不二くんにも言われちゃったよ。明確な形で示してやれってね」
 「だろ? にぶちんだからな。跡部は」
 「うわ〜。言われてるし跡部くん。
  うん。でも・・・・・・










  ――――――次は開くよ。2人で」























































 篭る呻き声と共に目覚めた跡部。千石が笑顔で抱きしめようとして―――










 「契約は解消だ、千石」

 「え・・・・・・?」










 告げられた言葉の意味がわからず笑顔のまま呆然とする千石を他所に、1人起き上がった跡部は何でもない様子で頭をくしゃくしゃと気だるげに掻き上げていた。
 掻き上げて、続ける。
 「てめぇの役に立たなさっぷりは今日ので十分証明された。役立たずは俺様にはいらねえ」
 「じゃ・・・・・・、じゃあ跡部くんはこれからどうするのかな・・・・・・?」
 かろうじて紡ぎ出した言葉に、跡部はへっと鼻で笑い、
 「そうだな。次は佐伯とでも契約するか。少なくともてめぇよりは使えんだろ」
 「あ・・・・・・、そう・・・だね・・・・・・」
 自分の中で、何かががらがらと崩れ落ちていく。
 本当はわかっている。跡部のこの言葉が本心ではないと。むしろ『役立たず』は‘ドア’を開かせてやることの出来ない自分自身だと、そう思っている事を。だからこそ本来の力を使わせるため―――これ以上むやみに危険な目に遭わせないように、自ら契約を解消しようとしていると。
 あえてそれを正直に言わずこのような態度に出ているのは自分に反論させないように。反論されることを願っているから。反論されたとしたら、受け入れてしまうから。
 全て全て、わかっている。
 ・・・・・・・・・・・・頭では。





























 心が寒い。『心』が寒い。

 失くした筈の心が、それでも寒さを訴える。

 この感覚は以前にもあった。今更ながらに蘇る記憶。佐伯の暴走を食い止めた時も確かこんな感じだった。

 全てを失っていく。助けたいと、願っているのに・・・・・・それすらも、どうでもよくなる。

 大切なものが、まるで砂時計のように指の間から零れ落ちていく。

 あの時最後に感じたのは『恐怖』だったか。今でも同じだ。

 跡部が、『大好きな存在』から、『ただの契約者その1』に成り下がる、恐怖・・・・・・。























































 全てが終わる。終わってしまえばどうという事もない。
 目の前にいる男。跡部景吾。自分の契約者。
 彼は自分との契約を解除しようとしている。解除して、より強い存在を求める。
 自分は彼の悪魔。彼に仕える存在。力を得る代わりに契約者の望みを叶える存在。契約者がそう望んでいるのならば、自分はそのために全てを尽くす。
 千石は、にっこりと笑った。かつて、暴走が収まった後佐伯に向けたのと同じ笑顔を『造る』。
 「そっか。でもじゃあどうやってやんの?
  サエくんの契約者は不二くんだよ? 悪魔は同時に2人とは契約出来ない」
 そう分析する千石に、跡部はなぜか一瞬だけ目を見開いた。
 すぐさまそれを隠し―――
 「契約陣の応用で契約者交換の陣ってのがある。正確にゃ俺が作った。
  だから不二もこの陣は知らねえし、解除も出来ねえ。嵌りゃそれで終わりだ」
 「へえ。さっすが跡部くん。オリジナルで陣まで作っちゃうんだ。そんなに精通した人、初めてだよ」
 「御託はどうでもいい。てめぇはその間佐伯食い止めてろ。アイツが入ってきたら崩される」
 「まあ確かにそうだねえ」
 うんうん頷く千石。たとえ跡部が人間にも関わる陣の類に精通していようが、元々力というのは魔族が使うためのものだ。当然魔族の力に人間は遠く及ばない。
 頷いて、発する。
 悪魔の囁きを。
 「でもねえ、俺サエくんにはとても敵わないって思うんだよね。
  だから―――

























  ――――――――――――‘ヘヴンズドア’、開かせて」























































 「う、あ・・・あああああああああ!!!!!!!!」
 初めて得たそれに、跡部はただ目を見開き叫ぶしか出来なかった。
 ヘヴンズドア―――最高の『快感』。
 ずっと望んでいた事。ずっと欲しかったもの。
 躰で繋がり、心で繋がり。
 それでも、それなのに―――















 ――――――――――――胸の奥は、寒くてたまらなかった。










―――7.想い壊れてその先で









ζ     ζ     ζ     ζ     ζ

 サエキヨ!? S&Sですか!? 危うく本気でそっちに走って生きそうじゃなくって行きそうでした。危ねえ。ここでそっちに走っていったら話変わるっての。まあ実はこの後本編の流れ次第で千不二&虎跡という展開にも持ってはいけそうですが。
 さていよいよ千石が本格的に壊れました。いやそこを強調してもどうしようもないですが。
 せっかくの幸せモードが一気に暗くなっています。余談ですがこの回書くまで千石の寝てる間と起きてからのところ、入れるつもりありませんでした。悪魔戦で負けて、目覚めたところで跡部のあの言葉といった流れだったり。入れてよかったのか悪かったのか。いっそ入れない方が千石もぬか喜びせずに済んだというのに・・・(泣)。
 ではこの次はついに激突編。暴走した千石及び引き返せなくなった跡部を前に、サエ不二ペアはただただやられるだけなのか!?
 そういえば・・・・・・千石を起こそうと必死な跡部。彼昏睡する千石相手に一体どこまでやったんでしょうね? 私的にはキスのみだったんですが、わざとどこまでやったかわからなくしてみました。皆様、ご自由にご想像下さい!

2004.7.56