7.想い壊れてその先で 2





 かくて、1つの問題が解決した。そう。あくまで1つの
 「ところでよお、千石・・・。
  お前今さっき何したよ・・・?」
 抱き締めたまま、目線を逸らして呟く跡部。小さく指差す先には、もちろん血まみれの顔と手が。
 「えっ、と・・・・・・」
 言われ、千石もまた『それ』に気付いた。そういえばさっき、ブチ切れた頭でとんでもない事をやらかしてきたような気がする・・・・・・。
 ぎぎぎっ・・・と首を後ろに回し―――きるより早く。
 「いやあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 不二の、絶望感たっぷりの声が全てを示していた。




















 「あ・・・・・・」
 そう、佐伯が呟くと同時。
 不二もまた同じように呟いていた。
 佐伯の体を貫く千石の手。心臓を突き抜け、ぼたぼたと血と組織片を撒き散らし。
 千石が手を引き抜く。
 ことりと落ちる佐伯の体。それきりで終わり。もう動く事はなくて。
 佐伯との別れを体験するのはこれで3度目。1度目は悪魔だと告白され契約を交わし、2度目は壊れて跡部に縋り付いて、
 3度目はどうしたらいい? どうしたら佐伯は戻ってきてくれる?





 ―――そんな方法はどこにもない。全ての存在[モノ]に等しく訪れる永遠の別れ、それが『死』なのだから。




















 「いやあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 頭を抱え声を上げる不二。叫ぶと同時―――
 「何・・・!?」
 「ウソ・・・!?」
 不二とそして佐伯、2人の体から膨大な力が溢れ出した。
 間一髪、猛り狂う力の嵐を、広げた翼で回避する。その中で跡部を抱き締めたまま物陰へと行き、奥へと跡部を押し込んだ後、改めてそちらを見やる。
 2人から放出される力。半端なものではない。これは、この力は―――
 「うそっしょ・・・? まさか・・・・・・
  ――――――不二くんが、‘受け継ぎし者[サクセサー]’・・・・・・?」
 「何の、事だ・・・・・・?」
 慄く千石の肩を掴んで問う。いきなりのわからない事態。だが、
 手に伝わる震えが、これがただ事ではないと、何よりも雄弁に物語っていた。
 跡部の声に反応し、ゆっくりと振り向く千石。
 口元はかろうじて笑みのまま。しかし目の奥もまた、隠しきれない恐怖と絶望で震えていた。
 「時間ないから手短に言うけどさあ・・・」
 泣きそうな声で、
 紡ぐ。


















































 「このままだと・・・また、世界滅びるよ・・・・・・」


















































 言われた突拍子もない言葉。こんな場面でなければ即刻冷めた目でため息をついていた。



 ―――『世界滅びるよ』



 混乱しようとする頭をなだめ、急いで記憶のページをめくる―――までもなく。
 古今東西、世界が滅びかけた事態などというのは一度きり。あの、歴史で伝えられる、暴走した魔族によるものただ1度きり。
 世界崩壊の危機は、その魔族を封印することで回避したというあれだ。幼稚舎でも中等部でも歴史と魔学の時間には必ず最初に教わっていたもの。わざわざ学校で教わらずとも、親がまず子どもに聞かせるおとぎ話がこれだった。
 「まさか・・・・・・」
 生まれる仮説。信じられない事ながら、千石の言葉と合わせると―――歴史の方が間違っていたという事か。
 「封印された筈の歴史―――あの災厄を引き起こした魔族が佐伯だ、ってか・・・・・・?」
 「さっすが跡部くん・・・。毎年首席取るだけのことはあるね・・・・・・」
 冗談めかした千石の言葉も、震えて全く意味を為していない。
 粘つく舌を無理矢理動かし、さらに『冗談』を続ける。
 「そんな優秀な君にさらに1つ知識をプレゼント。歴史そのものは間違ってはいないんだ。少し解釈が違っただけで。
  魔族そのものは封じてない。封印したのは魔族の力。
  二度とそんな事が起こらないようにって、魔族自身の中にじゃなくて外に―――人間の中に封印されたんだ。
  でもって・・・
  ―――現在のその封印保持者、通称‘受継ぎし者’が・・・・・・」
 「不二・・・・・・」




















 暴走する力が、早くも周りに破壊を撒き散らし始めている。このまま・・・制御する者がいないままでは、被害はどこまでも広がっていく。
 「ついでにもひとつ悪い事。
  不二くんとサエくんはほとんどヘヴンズドアを開きっ放しの状態だった。今まではサエくんが力の制御してたからよかったけど・・・・・・」
 「このままだと不二が死ぬってか? 俺みてえに
 「ぐ・・・・・・。そ、そこについてはあんまり突っ込まないでほしいな・・・v
  じゃなくって―――むしろ逆。不二くんは『サエくんが死んだ』っていう認識を前に完全に心を壊した。俺みたいに封じたんじゃない。
  悪魔が人間から貰う力は生気だっていうけど、厳密には心の力だ。で―――
  ―――完全に失くしたのなら、それに上限はなくなる」
 「つまり?」
 「一種のブラックホールになるんだよ。周りの『心』全部奪い取る。
  今跡部くんは俺が遮断してるから影響は受けない。ただし、
  ――――――今外に出ると草木が全部枯れてたりとか動物がばたばた死んでたりとか、そういうシャレになんない状態が起こってる」
 「なら、他のも遮断されたら―――」
 「無理だね。
  跡部くんが遮断されてるのは俺と契約してるから。契約した時点で契約者の心は必然的にその悪魔だけのものになるから。
  この間も言ったけど、悪魔は2人以上とは契約が結べない。得る力が多すぎて耐え切れない。
  ついでに他の悪魔呼んで片っ端っから契約ってのもムリ。ヘタな悪魔じゃこれだけの攻撃にさらされたらすぐ消滅する」
 「つまり・・・・・・」










 「止める方法は2つ。
  サエくんを殺すか、それとも不二くんを殺すか」










 「っ―――!!」
 淡々と呟く千石。襟首を掴み挙げようとして、止めた。
 淡々と―――違う。目に浮かぶは、覚悟の光だった。
 先程までとは違う意味で、全身が震えている。爪が食い込むほどに握り締めた拳からは、自分自身の血が滴り落ちていた。
 他に手段はない。世界の崩壊と、1人か2人かの命。天秤にかけるまでもなく、どちらを取るべきかなど一目瞭然。
 ―――たとえ『心』では納得できなかったとしても。
 「お前・・・・・・」
 言いかけて、これもまた止める。今はそこを議論している場合ではない。
 整理するように軽く首を振り、
 「ん・・・?」
 跡部はふと気になった事を尋ねた。
 ―――『サエくんを殺すか、それとも不二くんを殺すか』
 つまり―――





 「佐伯のヤツ、死んでねえのか・・・・・・?」





 答えは・・・
 ―――即座に返って来た。










 「死んでないね。あの時、少しでも力篭めてたら死んでただろうけど」










 千石が、ヤケクソ気味に苦笑する。
 「俺も、ちょっとは理性ってモンが残ってたみたいだね。
  悪魔は―――魔族は肉体じゃなくって力が主体だ。あれだけ消耗してる状態なら肉体傷付けるだけでいわゆるショック死状態になるかと思ったけど、
  ―――やっぱサエくん、意志の力は強いな。多分、不二くんと、そして君を守りたい一心だったんだろうね。その気持ちだけで、生き残った」
 「なら・・・今のこの事態ってのは・・・・・・」
 「完全に意味はないね。不二くんの早とちりだ。
  ただし―――サエくんも生き残りは出来たけど、今は開いてた‘ドア’から意識が完全に不二くんと同調[シンクロ]しちゃってる。
  閉じれなきゃ生きてるって伝えも出来ないけど・・・・・・もちろん閉じれるのはサエくんだけ。見事に手詰まり状態」
 「マジかよ・・・・・・」
 早とちりだけで滅ぼされそうな世界。無性に泣きたい気分になってきた。
 「まったコイツはむやみに問題起こしやがって・・・・・・」
 「全くそう思うよ・・・。しかももうこの上なく悪い事態をさらに悪くするけどさ、
  ―――『殺す』って、簡単に言ったけど多分ムリ」
 「・・・・・・・・・・・・もう何聞いても驚く気も失せたけどな、何でだ?」
 「力が違いすぎる。単純に封印された力解放されただけならまだ張り合えたかもしれないけど、さっき言った通りサエくんの力は無尽蔵。俺の力は有限」
 「俺が尽きりゃそれで終わりってか・・・・・・」
 「だね。今の跡部くんの状態じゃ無理は出来ないっしょ?」
 確かに、先程の千石の暴走その他もろもろにより、跡部に残された力はごく僅か。使えて術が1つか2つ。
 失い過ぎれば廃人となり、その先に待つは確実なる死。もちろん今の千石がそれを望むわけはなく。
 必死に頭の中で作戦を組み立てていく。一撃だけで止めをさせる最善の方法を。限りなく0に近い確率をそれでも0から離す方法を。
 悩み込み、黙りこくる。
 暫しして、
 先に顔を上げたのは跡部だった。
 「千石、時間がねーんだろ? ヘンな答え出すなよ?」
 「何さ跡部くんわざわざ念押して」
 「いいから答えろ。

























  ――――――‘ヘヴンズドア’の真の意味ってのは何なんだ?」

























 「は・・・・・・?」
 いきなり訳のわからない事を問われ、ヘンな答え以前に何と答えていいのかわからず千石は目を点にするだけだった。
 ヘヴンズドアが何なのか、そんなものは悪魔の存在を知る者なら誰だって知っている。それが悪魔と契約している者ならなおさら。実際跡部だって、今こそ閉じているもののつい先程まで開いていたというのに。
 しかしながら聞かれれば答えなければならない。まるで鬼教師に質問された生徒の如く、千石は授業で暗記した説明をしどろもどろにしてみた。
 「えっと・・・、
  《ヘヴンズドア―――天国への扉。
   それは、悪魔と人間が交わす契約の中でも最も高度で、最も深いもの。互いを完全に1つとする事で、悪魔は人間の持つ力の全てを手に入れることが出来、人間は力を差し出すのと引き換えに最上の快感を得る。
   力を、心を全て奪われた人間に待つのは死あるのみ。それでも快感は1度得ると病み付きになる。
   ヘヴンズドア―――天国への扉。
   これが・・・
   ―――悪魔が『悪』魔と呼ばれる所以》・・・・・・でいいんだっけ?」
 「誰が暗記テストの成果をここで披露しろっつった。俺は『真の意味を答えろ』っつったんだ」
 「だから、『真の意味』って?」
 とぼける。半分は振り、半分は素で。
 実のところ学校で習うようなこの一般定義は、悪魔たる自分から言わせて貰えば完全には正解ではない。ただし―――真実を伝えるその伝承はとうに廃れていた筈だ。人間と魔族が共存を止めた時点で。魔族が『悪魔』と呼ばれるようになった時点で。
 千石の態度の中で『素』の部分を見分けたのだろう。髪を掻き上げ跡部がため息をついた。
 「授業をろくすっぽ覚えてもいねえてめぇが覚えてるかは知らねえがな」
 「あ酷ーい。ちゃんと暗記はしてたじゃん」
 「どうせ一夜漬けの成果だろ?
  俺達人間には‘天国’―――ひいては‘神’っつー概念がそもそもねえんだよ。世界が分かれる以前ならどうかはともかく今なら間違いなくな。
  唯一あるのがヘヴンズドア―――『天国への扉』って通称の中でだ。だがこれはこれでおかしくねえか? この使い方はあくまで比喩だ。なら例えられるべき元はどこにある? この通称はどういう理由で生まれた
  ここから先は俺の推論だが・・・、
  魔族ってのは人間には使えねえ『力』が使える。まだ魔族と人間が共存してた頃、人間は魔族の力を恐れ、崇めた。それが『神』の正体だ。
 でもって―――

























  ‘ヘヴンズドア’ってのは、正確には『神への入り口』。
  ――――――開く事で人間もまた魔族と同等の力を得る事が出来る、って仕組みになってんじゃねえのか? 現に今、不二が使って―――暴走させてんのは佐伯の力じゃねえのか?」

























 聞いて―――正直驚きは隠せなかった。初めてだ。そこまで自力で辿り着いた人間というのは。
 「は・・・はは。さすが跡部くん。優秀だね・・・・・・」
 「くでえ。ヘンな答えはいらねえっつっただろーが」
 「正解だよ。完璧にね」
 かつて魔族を支配下に置く事でその力を自由自在に使おうと考えた研究者たち。そんな努力はしなくてよかったのだ。‘ドア’が開かれれば―――心が通じ合えば、ただそれだけで願いは叶ったのだから。
 思う。
 ・・・・・・あの研究者たちの中に跡部がいたとしたらどうなっていたんだろう、と。
 佐伯はずっと彼女と一緒に暮らし、それに象徴されるように人間と魔族も違えることはなかった。自分は彼を殺すかもしれない『悪魔』としてではなく、彼と共に生きる『魔族』として跡部と接する事が出来たのかもしれない。
 今更ながらに浮かぶ後悔の念。足りなかったのは研究者たちの知識か? それとも―――人間たちが自分達魔族と同等の力を使う事を恐れた魔族らの勇気か?
 首を振り後悔を捨てる。今はそんなものに暮れている場合ではない。
 「で? だったらどうするつもりさ」
 今の話、まとめれば跡部もまた千石と同等の力が使えるという事。
 だがそれがどうした? 結局力が足りないという事実は変わりはない。それに『使え』はしてもまともに『使いこなせ』はしないだろう。文明のほとんど進んでいないどこかの民族に自動車を贈るようなものだ。後々徐々に使い方をマスターしていくかもしれないが、与えられてすぐではいろいろ弄って事故るのがオチだろう。
 が―――
 千石の後ろ向きな肯定を聞き、
 ――――――跡部はにやりと笑った。
 「俺様を誰だと思ってやがる?
  たとえ今まで直接力は使えなかったとして、てめぇや佐伯の様子見てりゃ大体の使い方は解明[マスター]してんだよ」
 「ウソぉ!?」
 確かに自動車の話に繋げると、自動車そのものは持っていなかろうが運転の仕方は勉強して身につけることが出来る。でなければそもそも免許がまず取れない。
 が、しかし、
 跡部はこれを、教官も抜きの完全独学で学んだ上、試運転もなしにいきなり乗りこなすと言い放ったのだ。それも―――
 「もしかして・・・・・・、またしてもオリジナルで?」
 単純に力が使えるだけならばわざわざこの場面で話を出しては来ないだろう。安全性0の初チャレンジをするなら千石にやらせた方が遥かにマシだ。あえて自分でやるというのならそれ相応の理由があるのだろう。
 引きつり笑いで尋ねる千石に、
 びしりと指を突きつける。
 「術の威力は力の強さで決まるとか信じてやがるてめぇの鼻っ柱、俺様が直々にへし折ってやるよ。ありがたく思いな」
 力強い笑みと相変わらずの俺様台詞。世界崩壊が迫っているというのに。自分達はそれを食い止める最終防衛ラインだというのに。
 「ああもう跡部くんってば跡部くん過ぎ!!」
 「おあっ!?」
 笑いながら飛び掛る千石にたたらを踏む跡部。さらにぎゅ〜っと抱き締め、
 「大好きだよ、跡部くん」
 「・・・・・・・・・・・・ンなタワゴト後でいくらでも聞いてやるよ」
 「うわちょっとそれは酷ッ! 俺一生に一度の大告白だったのに」
 「ああ? 一生に一度だあ? てめぇ俺様に向かって何度その台詞ホザいたよ」
 「ゔゔっ・・・!?
  ま、まあそれはそれとして」
 跡部を抱き寄せたまま、上半身だけを起こす。頬を撫で、顔を寄せ、唇が触れ合いそうなほどの至近距離でじっと目を覗き込み―――
 「覚悟しといてね。寝込むの、一週間くらいじゃ済まないよ」
 「てめぇが世話に来ねえんだったらいい」
 「ってどういう意味で!?」
 「唾飛ばして騒ぐんじゃねえ! てめぇが来たら余計悪化するから来んなっつってんだ!!」
 「跡部くんの愛が足りない・・・・・・」
 「ああ? 何か言ったか千石」
 「いえ・・・。んじゃあ―――」
 さらに顔を寄せ、唇を触れ合わせる。
 「う・・・・・・」
 「ん・・・・・・」










 ヘヴンズドア―――
Open










 ふわり―――、と。
 そんな音がしたかもしれないと錯覚出来るほどの勢いで、力が満ち溢れる。
 「ふん・・・」
 「ふあ・・・・・・」
 これが本当にほとんど死にかけていた者の力なのだろうか。
 爆発するような烈しさではないが、どんどん体が熱くなる。抑えきれないほどに、強く。強く。
 そして―――
  ((気持ちいい・・・・・・))
 ヘヴンズドア――――――最高の快感。
 それに関しては、言い伝えは間違っていなかったようだ。
 今まで感じたことのない快感。何をしていても、誰と‘ドア゜を開いても、絶対に得る事は出来なかったもの。
 今なら言い伝えの意味がわかるかもしれない。



 ―――『力を、心を全て奪われた人間に待つのは死あるのみ。それでも快感は1度得ると病み付きになる』



 当然だ。まるで失くしていた片割れを取り戻したようなこの歓び。もう離れては生きていけない。
 「うあ・・・・・・」
 「あ・・・」
 ゆっくりと、唇を離す。それでも心は繋がったままで。
 「で? どうするつもりさ」
 再度の質問。だが今度はもう後ろ向きなものではない。
 笑いながら問う千石に、受ける跡部も同じようなもので。
 親指で自分を指差し、
 「任せとけ。要はアイツらの目、覚ましてやりゃいいんだろ?










  アイツらの馬鹿騒ぎ止めんのは俺の裏特技だ」










 「な〜るほど。さっすが幼馴染み。生まれた時から一緒なだけあるね」
 「完全に不名誉だがな」


















































 再び跡部を翼で包み、移動する。した先は不二の方。
 頭を抱え、全てを拒否するように小さく蹲る不二を見下ろし、千石は小さくため息をついた。
 作戦は極めて単純なものだった。『アイツに接触するからその間お前は俺のサポートやれ』。以上。
 具体的に何をやるのかは知らされていない。唯一わかったのは―――
 (やっぱり跡部くん、防御苦手なんだね・・・・・・)
 テニスにしろなんにしろ、『攻撃は最大の防御』を地で行く跡部。あくまで口が裂けても『防御やってくれ』とは言わない彼が微笑ましい。
 跡部を下ろし、その後ろに立ち。
 翼を一部展開し、僅かに不二の姿が覗き込める状態で呟く。
 「跡部くん・・・。最初に言っておくけど、あんまり持たないからね」
 「見りゃわかってる」
 千石の忠告に頷く。見えた外の世界。不二と佐伯を中心に吹き荒れる力の嵐。もちろん自分達の元へも容赦なく襲い掛かっている。
 翼に覆われた自分はなんともないものの、代わりといわんばかりに翼はボロボロに裂け始めていた。
 翼のない自分にはわかりにくいが、それも立派に体の一部なのだろう。平然と言ってはいるが、時折痛そうに目を細め、上げそうになる声を唇を噛んで殺しているのは明らかだった。しかもこちらから攻撃を始めれば、当然向こうからのものもより強力になるだろう。
 だからこそ―――気遣う時間はない。一刻も早く、全てを終わりにするだけだ。
 「準備は?」
 「てめぇの方こそどうなんだ?」
 「俺はいつでも完璧ぱーぺきぱーふぇくと♪ ってねv」
 「・・・・・・痛い一言だったな」
 「うるさいよ跡部くん//!!
  んじゃあ―――」
 翼はそのままに後ろへと回った千石が、後ろから跡部を抱き締めた。伝わる、互いの鼓動と体温。チープな言い方をするなれば―――





 ―――伝わるそれらが、互いを支える力となる。





 目線だけを後ろに送る。頷く千石を感じ、
 「行くぜ!!」
 跡部は吠えると同時、伸ばした手の先から術を解き放った。




















 「ぐ、う・・・・・・」
 「く・・・そ・・・!」
 強まった力の奔流に、
 傷付き疲れ果てた肉体への過度の負担に、
 2人は歯を食いしばり、それでもどちらも止めようとは言わなかった。
 「この・・・ヤロ・・・・・・!!」
 唸り、さらに威力を上げていく跡部。彼は本当に自分が言った事を証明していた。



 ―――『術の威力は力の強さで決まるとか信じてやがるてめぇの鼻っ柱、俺様が直々にへし折ってやるよ』



 一点集中攻撃。小さなポイントに、ごく僅かの狂いもなく攻撃を続けている。
 不二と彼らを隔てるこの力の壁を、一点でさえ越えてしまえば後は脳なり心臓なり好きなところに攻撃し放題である以上、確かにこれなら最小の攻撃で最大の成果を上げられる。
 しかも―――
 (本当にマスターしてるし。しかも大体どころか完璧・・・・・・)
 ヘタをすると―――いやしなくとも、攻撃に関しては(とあくまで強調するのは高位魔族としてのプライドにより)跡部の方が自分より上だ。
 無駄な力の使い方を一切していない。限りなく少ない力で、限りなく大きな術を放っている。言うは易し、行うのはまずムリな事。
 だがそれでもまだ足りない。壁を破るには、後1つ決定打が必要で。
 跡部を抱き締めたまま、千石は視線を正面から横へと逸らした。跡部に攻撃されての反撃のためだろう。より大きな力を放出し、それに弄ばれるように時折体を跳ねさせる佐伯の方へ。
 「いいのサエくん!! このままだと君はまた自分の手で好きな人を殺す事になるんだよ!?」
 「―――!?」
 びくりと跳ねた体。一瞬だけ、開かれっ放しだった佐伯の目に光が戻ったような気がした。
 荒れ狂う力が、僅かだが弱まる。それこそが、佐伯の恐るべき意志の強さ。この状況でもなお、こちらの声に反応し、無意識下で力を制御しようとする。
 同じく驚く―――のは弱まった力になのか、それとも告げられた言葉になのかはわからないが―――跡部の体を抱く手に力を篭めると、千石は一息吸い―――
 ―――防御のための術を解いた。





 「ひ・ら・けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」





 こちらも吠え、翼の先端を跡部が攻撃していたポイントへ捻じ込む。ボロボロと端から消えていく翼に、防御なしで直接喰らう力の嵐に、意識が飛びそうなほどの痛みに上げかけた悲鳴を叫びに変え、攻撃の術を展開する。
 跡部も一瞬は驚いたものの、この機を無駄にするはずもない。内側からより傷付いていく体は無視して、限界以上まで力を上げていく。
 そして―――
 開いた壁。残った翼を犠牲に、一点を人が通れる大きさまで拡大する。
 「跡部くん!!」
 「後は任しとけ!!」
 どん! と中へ跡部を突き飛ばし、千石はそのまま後ろへ倒れこんだ。
 中へ入った跡部。そこで何をするのかは知らない。
 だがそれでも、今は跡部を信じられた。彼なら絶対、2人を連れて戻ってきてくれると。
 尻餅を突き、それでも止まらず後ろへ―――
 転がる千石の目の前で、










 『それ』は展開された。


















































 「おら周! てめぇ何またワケわかんねえ事でぎゃーぎゃー喚いてやがる!?」
 どごすっ!!
 「痛あ!!」










 「はい・・・・・・?」


















































 「景吾ぉ!! お前何また周ちゃんに手ぇ上げてんだ!!」
 ごすぐしゃあっ!!
 「うお・・・!!」










 「ええ・・・・・・!?」


















































 展開される、幼馴染みしか理解不能の不条理ワールド。
 中に入った跡部はいきなり不二を殴り倒し、それまでとは違う意味で頭を抱えて叫ぶ不二に佐伯が怒鳴り込みをかけて跡部を蹴り倒し。





 「てめぇ何しやがる佐伯!!」
 「当り前だろーが!! 周ちゃん思いっきり殴り飛ばしやがって!!」
 「痛いよ〜(泣)」
 「ああ、可哀想に周ちゃん・・・。
  お前だって可哀想だって思えよ!!」
 「だったらてめぇも行い改めろよ!! 俺のこと思いっきり蹴り飛ばしやがって!! 説得力欠片もねえよ!!」
 「お前と周ちゃんじゃあ出来が違うんだよ!! お前なら別に百万回蹴り飛ばそうがぴんぴんしてんだろうが!!」





 などなど喉の持つ限り延々と続けられる口ゲンカ。もちろんこんな事をやっている時点で―――正確には2人とも正常な意識を取り戻した時点で、荒れ狂っていた力はぴたりと収まっていた。
 それらを遠〜〜〜〜〜くの方から見つめ、










 「ねえ・・・、ほんっとーに、これでいいの・・・・・・?」









 疲れ果てた体でそれでも首を傾げる千石を他所に、






























 ――――――こうして世界崩壊の危機は去ったのだった。















―――