7.想い壊れてその先で 3





 壊れた別荘の元床、現剥き出しの地面にへたり込む4人。肉体的・精神的に疲れ果て、最早誰も何も言えない状態だった。
 特に酷いのが跡部と千石。完全に力を使い果たし、体もボロボロになり、もう起きてるのも無理と言わんばかりに横たわって眠りこけていた。
 自分達が知らない間に何があったのだろう? 眠っている状態で、指を絡め合う2人。浮かべる寝顔もまた、実に嬉しそうで。
 「なんか・・・・・・いいよな、こういう2人って」
 「そうだね・・・。こんなに幸せそうな跡部、初めて見た・・・・・・」
 「俺もだな。跡部のもだけど、千石のも」
 「ようやっと、全部解決したって感じかな・・・?」
 2人に比べれば、久々の全力の解放や初めての力の行使という負担はあったもののまだ起きていられる程度には元気な佐伯と不二が互いに見つめ合い、笑い合った。
 笑い合い―――気付く。
 「サエ・・・その翼・・・・・・」
 「え・・・・・・?」
 佐伯の後ろで広がる(厳密には不二に指差され広げた)翼。
 先ほど千石の攻撃を受け千切れた筈のそれがもう治っている・・・のは別にいいのだ。悪魔のというか魔族の回復の仕方は人間含む生物のそれとは異なる。主体が魔力である以上新たな細胞が増殖して―――といったプロセスを必要とはしていないため、やろうと思えば傷付いた次の瞬間には元通りにする事も出来るのだ。佐伯は恐らく暴走し、力が溢れ返っている状態の時回復させたのだろう。
 それはともかくとして。
 「―――なんで、黒・・・・・・?」
 「白かった・・・・・・よ、ねえ・・・?」
 互いに呟き―――
 ―――思った事も互いに同じだった。
 ばっ! と不二の胸元を見る。描かれていたのは、やはり翼と同じ黒い契約陣。
 「いやあああああ!!! なんか刺青っぽくって気持ち悪いーーー!!! しかもヘンに目立つーーーーー!!!!!!」
 「跡部ええええええ!!! 一体何やらかしたーーーーーーー!!!!!!」
 「ちょっと待てえええ!!! 俺のせいかあああ!!!???」
 2人の悲鳴と怒声に合わせ、寝ていたはずの跡部もまた怒鳴り返す。再び互いの全てをかけたバトルが始まろうとして―――
 「ストップストップストーーーーーーップ!!!!!! また無意味に争わない!!!」
 同じく起きた千石に止められた。
 『無意味な争い』で世界を滅ぼしかけ、さらに救った一同。さすがにそろそろ懲りたらしく、意外とあっさり食い下がった。どちらかというと早く理由が知りたかったからか。
 「で、結局なんで黒くなったんだ?」
 「俺に聞くなよ。むしろ俺が知りたいよ」
 「てっきり跡部と一時期でも契約したから黒くなったのかと思ったんだけど」
 「ああ!? どういう意味だそりゃ!!」
 「いや、だからさあ・・・・・・」
 結局と言いつつ全く収まらない会話はため息で終わらせ、
 「サエくんの翼が黒くなったのは完全になったからだよ。今までは不完全だったから白かったんだ。悪魔―――っていうか魔族の翼って元々は黒いからね」
 ほら、とこちらも消滅した筈のそれ―――黒い翼を見せる千石。普段悪魔というと彼ら2人しか見ないため、白も黒もあるんだなと納得していたが、確かによくよく考えてみれば時たま遭遇する悪魔は皆黒翼だった。
 「え? 完全・不完全って?」
 状況上、全く説明を受けられなかった不二・・・と当の佐伯自身が疑問の声を上げる。
 「不二はともかく佐伯、てめぇは知らねえのか?」
 「何を?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 きょとんとする佐伯に、跡部が無言のまま半眼を千石へと向けた。
 「えっと・・・、
  ――――――とりあえず全員に一通り説明するね」




















 説明する。自分の事。佐伯の事。彼女の事。研究者たちの事。
 そして―――災厄の事。
 し終わって、先に反応したのは人間2人の方だった。
 「汚ねえな。人間ってのは・・・!!」
 歯を食いしばる跡部。『人間』の中にはどこまで含まれているのか。
 「そんなの・・・酷いよ・・・・・・」
 目の端に涙を浮かべ呟く不二。大切な人を失う辛さはさっきの事でよくわかった。それがもし自分の手で殺していたとなったら、苦しみはどれだけのものになっていたのだろう。
 一方佐伯は―――
 無言のまま、自分の手を見下ろすだけだった。
 「今ならもうわかるんじゃないかな、サエくん。力と一緒に、記憶も戻ってきた今なら・・・」
 千石に促され、さらに両手を凝視する。
 軽く広げていた両手が、開かれていた両目が、次第にカタカタと震え始め・・・
 「そうだ・・・。俺はこの手で、彼女を・・・・・・」
 震える目が、不二へと向けられる。
 「それに、俺は・・・・・・周ちゃんまで、殺すところだっ―――」
 「もういいよ! もういいから、サエ!!」
 決定打を言う前に、不二が震える体を抱き締めた。1人でもう傷付かないで欲しい。1人でもう全てを背負わないで欲しい。
 抱き締めた体から、悲しみに沈む心が伝わる。今ならわかる。力と共に記憶が封印された理由。あまりに悲し過ぎるから。あまりに辛過ぎるから。それを背負ったままでは、もう立ち直れないから。
 「僕は何があっても大丈夫だから・・・! 僕は何があってもサエの事信じてるから・・・!! サエなら絶対そんな事しないって、信じてるから・・・!!」
 「周、ちゃん・・・・・・?」
 なぜだろう。心が酷く温かい。
 ぽっかりと、失くなっていたそこにじわじわ染み込むようで。
 「周ちゃん・・・・・・」
 抱き締められた胸の中で、怯える子どものようにオズオズと、しかししっかりと不二の体を抱き締め返す佐伯。
 「ねえサエくん・・・。本当に怖かったのは、本当に悲しかったのは―――










  彼女を殺した事じゃない。彼女に裏切られたからじゃない?
  君に殺されるって、怯えた彼女の目が一番イヤだったんじゃない?
  だから・・・・・・





  ・・・・・・・・・・・・それが見たくなくて本当に殺したんじゃない? そして、だからその記憶ごと封印した」




















 「俺は・・・、そんな事・・・・・・」
 何か言いかけた佐伯を遮り、千石が言葉を続ける。続けて、
 「不二くんなら大丈夫だよ。だって、もしサエくんが不二くんに手をかけたとしてもその瞬間にブラコン跡部くんに滅殺される―――」
 どすごすっ!
 後頭部から2つの足に踏みつけられたりする。まあそれこそどうでもいいことだが。
 頭からしゅうしゅうと煙をたなびかせる千石は他所に、
 「うん! 僕なら大丈夫だよ! たとえサエに殺される日が来たとしても、ちゃんと笑って受け入れるから!」
 「・・・って周ちゃん。さりげに俺が周ちゃん殺す事前提で話してない?」
 「え? 違うの?」
 「いや。やらないから2度とそういう事は」
 「・・・・・・。何だ」
 「そこで心底残念そうに口尖らせられても。むしろ俺は一体どうすればいいんだよ・・・」
 「それはそれで一種の信頼じゃねえの?」
 「そうだよ! サエならそうしてくれるって信じてたのに!」
 「・・・・・・・・・・・・泣いていいか?」
 感動の場面で微妙に盛り上がりの欠ける(違う方向には十二分に盛り上がる)3人のそばで、盛り上がりに水を差した元凶・千石が復活した。
 「そういや説明にゃすっぽ抜けてたが、佐伯の力と記憶ってのはどうやって封印されたんだ? んでもってどうやって解除されたんだ?」
 「そういえばそうだよなあ?」
 「祈って元に戻ったとか言ってたけど・・・・・・」
 「世の中ンな上手くいくわけはねえだろ」
 断言する跡部に、佐伯と不二もまたうんうんと頷く。
 3対の目に見つめられ―――
 千石はひょいと肩を竦めた。
 「さっき言った通り俺もかなりてんぱってたからよくわかんないんだけどさ、
  ―――アレ多分夢とかじゃなくってホントのことだったんだね」
 「『アレ』?」
 「うん。それがさあ・・・・・・」


















































 ―――『俺の心なんていらないから、だから・・・サエくんを元に戻してください・・・・・・!!!』
 祈り、気を失った後・・・・・・




















 「えっと・・・、ここ、は・・・・・・?」
 千石のいたのは、彼以外他に何もない空間だった。破壊されていた街や山々はもちろん、そもそも地面も、空もないただの空間。
 「うわっ・・・!」
 落ちないように慌てて翼を広げようとして―――気付く。
 「浮いてる・・・・・・?」
 魔族もいろいろと違う部分もあるが、基本は他の生物と同じだ。『力』にもまた重さがある以上重力には逆らえない。
 なのに、翼を羽ばたかせすらしていないのに浮いている。さてこれはどういう事か?
 「というか・・・・・・上ってどっち? むしろどこ?」
 深い水の中を彷徨う感じ。印となるはずの太陽の光はどこにもない。
 ふよふよ浮いたまま腕を組んで首を傾げる千石の前に、
 それは現れた。





















 「それ?」
 「さっきっから代名詞ばっかじゃねえか」
 「だって仕方ないじゃん。俺だって何なんだか今だにわからないし」
 「じゃあその『謎の怪奇物体』がどうしたの?」
 「いや、謎の・・・って。
  ちなみにそれ、これから説明しようとしてたんだけど彼女にそっくりの人間? で」
 『・・・・・・・・・・・・』






















 4人の周りを渦巻く寒い嵐はいいとして。
 そこで会った『彼女』―――姿形は似てはいるが違うだろう。第一彼女本人は死んだはずだ。佐伯に殺されて。
 浮かぶ体と逆に沈んでいく気持ちはため息ひとつで終わらせ、
 「君が、俺の事ここに呼んだの?」
 千石は、直感でそう問いていた。
 質問に、『彼女』は穏やかな笑みのまま小さく頷き、
 言った。





 「あなたの願いを叶えましょう」





 と・・・・・・。
 「俺の、願い・・・・・・?」
 「元に、戻って欲しいんでしょう? あなたの心を引き換えにしたとしても」
 逆に問われ、詰まる。願いにためらいがあるわけではない。だがこれでは・・・・・・
 「ホントに・・・? 本当に、叶うの・・・・・・?」
 震える声で呟く。今まで自分だって何度でも戻そうとした。だが全て失敗した。佐伯にはもう、自分の声は届かない。
 それでも縋りつくのは、『彼女』が『彼女』だからか。今佐伯にその声を届かせることが出来るのは、もう『彼女』しかいない。
 『彼女』の両肩を掴み、瞳を震わせる千石に、
 『彼女』はあえて頷かず、真っ直ぐな眼差しでもう一度同じ意味合いの質問をした。
 「本当に、いいのね・・・? 代わりにあなたは心を失うとしても」
 「いいから! それで全然オッケーだから!! だからサエくんを元に―――!!」
 叫びかけた、千石の言葉が止まる。
 胸に当てられた『彼女』の手。それに引きずり出されるように、それに吸いこまれるように、
 激情が・・・消えていく。
 「あ・・・・・・・・・・・・」
 掴んでいた、腕が落ちる。ぽろぽろと、頭の中、体の中、自分の中から何かが抜け落ちていく。
 自分は今・・・・・・何をしていたのだろう・・・・・・?
 酷く疲れて、喉が裂けるまで叫び続け、涙が枯れるまで流し続けて、
 一体・・・何をしていたのだろう・・・・・・・・・・・・?
 一体・・・・・・なんのためにしていたのだろう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
 ふんわりと、何かに包まれる安心感。
 その中で―――
 千石は、眠りに落ちていった・・・・・・。




















 どこまでも沈む意識の中で、まるで子守唄のように『彼女』の囁き声が聞こえた。





 「忘れないで。
  たとえ心を失くしたとしても、あなたが何をしようとしたのか。
  あなたが誰のために動いていたのか。
  あなたが誰を救おうとしたのか・・・・・・」




















































 「それで・・・」
 「気が付いたら本当に叶ってた、ってか?」
 問いかける不二と跡部に、千石はゆっくりと首を振った。
 「一応そうだけど、そうなんだけど―――違うんだ」
 「つまり?」
 「もうひとつ、声が聞こえたんだ」





















 それは『彼女』の子守唄に合わせるように。
 『彼女』の声を天使の囁きとするならば、まさしくそれは悪魔の囁き。
 それは、淡々とした声色で、
 こう言った。

























 「あなたの心を錠に、彼の力と記憶を封じ、人間へとそれを預けた。
  二度と悪夢を見ないように。二度と哀しみを味合わないように。
  解除するには、あなたの心を開く鍵が必要。それもまた、人間へと預けた。
  あなたがもう一度夢を見られるように。もう一度歓びを味わえるように。
  あなたがもし心を取り戻したいのなら、





  見つけなさい。箱と鍵を持つ者を。2人の‘受継ぎし者[サクセサー]’を」





 と・・・・・・。




















































 「俺は心を取り戻したいなんて欠片も思わなかった。取り戻した時、サエくんの封印も解けちゃうわけだからね」
 「じゃあ、ずっと俺といたのは・・・・・・」
 佐伯の言葉。途中で消えていく。たとえそうであったとしても、最後まで言いたくはなかった。
 ―――義務でそうしていたなどと。
 目線を下げていく佐伯は気付かなかった。千石が、そんな彼を見てふんわりと笑っていた事など。
 上を見上げる。今はある、青い空と白い雲。足元には地面があって。
 もしかしたら、今まで自分のいた所こそがあの上も下も何もない空間だったのかもしれない。
 「確かにいつその‘受継ぎし者’と接触するかわからないしさ、離れてて俺だけ遭遇、知らない内に封印解いちゃってたなんていったら大問題だからずっと一緒にいた、っていうのもあるかもしれないけどね。
  言ったっしょ? 俺はサエくんの親友だって。親友なら一緒にいたいって思って普通じゃん」
 「千石・・・・・・」
 晴れ晴れとした笑顔。たとえ心は失くしたとしても、『彼女』に言われた通り佐伯への気持ちは忘れなかったという事か。
 ふっと、こちらも上げた顔を優しく微笑ませる。
 2人の間に穏やかな空気が流れ―――
 「で、まず不二が‘受継ぎし者’っつーか‘箱’だったってワケか?」
 それをぶち壊して跡部が結論づけた。
 「え? 僕が・・・?」
 「周ちゃんが、俺の・・・・・・?」
 「そうそう・・・って言っても俺も開いて初めて知ったけどね。
  んで―――」
 千石が、今度はひたと跡部を見つめる。あの時『彼女』が自分に向けてきたのと同じ、真っ直ぐな瞳で。





 「―――‘鍵’が君だよ。跡部くん・・・・・・」




















 「何・・・?」
 眉を顰める跡部。2人もまた声こそ出さないものの驚きは隠せず。
 それらを半ば無視する形で、千石は言葉を重ねた。
 「だから、君と一緒にいると失くしたはずの『心』が温かかった。
  だから、君といると夢が見られた。
  だから、君といると歓びが味わえた。
  だから―――君といると幸せだった。
  でもって、だから・・・・・・
  ――――――君に別れを告げられて、また心が封印された」
 「それは・・・・・・!」
 言いかけて、口をつぐむ。
 千石のそんな気持ちがわからなかった。千石の事を信じられなかった。イイワケの出来ない事実。千石がどんな想いでいたかなど知らず、ただ役に立てない自分に嫌気が差し、決して自分を受け入れてはくれない千石が憎かった。
 俯く跡部をふんわりと抱き締め、
 「ごめんね跡部くん。君には迷惑ばっかりかけて。
  でも、俺は自分に自信がなかった。
  『心』がなかったから・・・ううん、『心』があった時から他人を愛した事なんてなかったから、だからこの気持ちが何なのかがわからなかった。『大好きだよ』って、口では言えても実際はどうなのかわからなかった。
  言ったら、もしかしたら君は答えを知っているかもしれないって思ったけど―――いつも俺は君になんでも教わってたしね―――でも、
  ・・・・・・これだけは自分で見つけたかった。自分で見つけて、それでその気持ちごと全部君にあげたかった。
  口先だけじゃ君は納得してくれないでしょ?」
 「当然だな。出任せなんぞ言いやがってたら即座にぶっ飛ばしてた」
 『うわあ・・・・・・』
 しおらしい雰囲気はどこへやら、そう断言する跡部に聞き手だった2人が声を上げた。毎回毎回千石を殴っていたのはそういう事情だった・・・・・・らしい。
 「うん。だから・・・・・・
  俺に殺されそうになって、それで満足げにしてる君が―――俺から解放されて歓ぶ君が、
  憎かった。
  憎らしくてたまらなかった。
  そんなに俺から解放されて満足?
  そんなに俺と別れたかった?」
 「そんなんじゃ―――!!」
 再び消える言葉。今度止めたのは千石だった。
 開きかけた跡部の唇に人差し指を当て、ぎりぎりまで顔を寄せ。
 「憎くて・・・ただそれだけに支配される位に君が憎くて・・・・・・
  その中で答えを見つけたんだ。










  ――――――――――――君が好きなんだって。










  俺から逃げるのが許せない位。『憎しみ』だけで他に何もわからなくなる位。
  だから・・・・・・それを全部君にぶつけた」
 「千石・・・・・・」
 じっと見つめ合う2人。全てが繋がる。答えを見つけ、全部跡部にぶつけた千石。跡部がそれを受け入れたから・・・・・・カギが開かれた。
 抱き締めあい、お互いを感じる。もうそこには何の隔たりもなく。
 歓びを分かち合う2人に・・・




















 ―――完全に忘れ去られたギャラリー2人がぼそぼそと呟き合っていた。
 「それで殺されかけた俺ってどう? わかったんならわざわざ殺してかずに普通にぶつけろよとか突っ込んでオッケー?」
 「いや・・・、さすがに今ここで水差すのは悪いんじゃないかな・・・?」
 「だってアイツ避けた先まで追ってきて、正確に心臓刺していったんだぜ? あれ絶対俺に殺意抱いてたって。しかもいたぶってから殺そうとした辺りかなり陰湿だしさ。
  本気で死ぬかと思ったじゃん。仕返しは何倍までやっていいと思う?」
 「1倍より上げた時点で千石君本当に死ぬと思うよ・・・・・・」
 冷や汗を垂らして言い、ふいに不二が顔を上げた。
 「そういえば、話さらに繋げるとそれで‘箱’のカギが開いて、僕の中にあったサエの封印が解けたって事だよね?」
 「みたいだな。まあ、封印してた以上の力が押し寄せてきたから暴走させたけど」
 佐伯の聞きようによっては皮肉に、聞きようによらなかった不二は一切気付かず流していった。
 上目遣いで見上げ、問う。
 「封印・・・・・・、早く解けたかった?」
 「え・・・・・・?」
 不二の質問に、佐伯が、そして跡部が、千石が反応した。
 今の質問の意味は・・・・・・





 不二と跡部、2人の口から同時に吐き出される想い。





 「ねえサエ・・・」
 「なあ千石・・・」
 「君は・・・・・・」
 「お前は・・・・・・」
















































 ――――――――――――僕が/俺が ‘受継ぎし者’だったから 契約を結んだ















































 「―――の?」
 「―――のか?」





 その、言葉の終わりには、
 ぶはっ―――!!
 「ってオイ!!」
 「何笑ってんのさ!!」
 自分の中での一番の不安を一笑され―――どころか地面にのた打ち回り腹を抱えて大笑いされ―――、2人の顔が紅潮する。
 それとは全く別の意味で―――つまるところ酸素不足でこちらも赤くなった2人が、
 「ごめん! ごめんって!!」
 「だって・・・まさかそんな事思ってるとは思わなかったから!!」
 謝罪なのかなんなのか、言うだけ言ってなおも笑い続ける。さらに怒鳴りつけようとして、
 (涙を流しながらも)先に顔を上げてきたのは佐伯だった。
 「そんなワケないだろ? 大体俺さっきまでずっと記憶なかったんだし、あったとしても千石が勝手にやったんだからそもそも‘箱’の存在なんて今初めて知ったよ」
 「で、でももしかしたら記憶では知らないけど本能で引き合ったとか何とか・・・」
 食い下がらない不二に、
 「絶対それはない。断言する」
 「・・・・・・なんで?」
 「あったらとっくに千石の方が何らかのリアクション起こしてる。
  お前だって知らなかったんだろ?」
 話を振られ、千石があっはっはと気楽に笑いながら答えた。
 「知らなかったねえ、全然」
 「ちょっと待て! てめぇがそもそもやったんだろーが!!」
 「いやだって。『見つけなさい』とか言われてもどうやって見つけるのか教えてくれなかったし。
  会ったりしたらびびびっ! とか伝わんのかなって思ったけど全っ然わかんないし」
 「そりゃ何か? 俺が無自覚だったからわかんなかったとかいう嫌味か? ああ?」
 「違う違う。大体わかってたらとっくに離れてたよ。いつどういうきっかけで何やったら開くのかって辺りも全然聞いてなかったしね。危なくてたまんないよ。
  ああでもサエくんに関しては、てっきりそれこそ本能でびびびっ! と来たのかと思ってたよ」
 「は? 何でだ?」
 眉を寄せる佐伯。だが視線は不二に向け、千石は続けた。





 「だって不二くんって、顔とかにしろ雰囲気にしろ『彼女』にそっくりじゃん。
  ‘受継ぎし者’ってわかるまでは、ずっと不二くん、『彼女』の生まれ変わりかと思ってたよ」





 「ああ、そういえば似てるな」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうなの?」
 失言決定。不二の機嫌ががこがこ落ちていく。ジト目で見つめられ、佐伯が慌てて手を振った。
 「だから違うから! っていうか『彼女』の存在も忘れてたってのにそんなの気付けるワケないって!!」
 「だからそれこそ本能で―――」
 「いや『忘れてた』とか言うからややこしいんだろうけどさ・・・。
  普通『本能で』とか何とか言ってもそれって記憶の奥底〜の方で憶えてたからこその事だろ? 完全に封印されてる状態でそんなの起こる筈ないだろ」
 「いやわかんないじゃないか。もしかしたらそれだけサエの想いが強くて封印し切れなかったとか―――!」
 「意味ないじゃんそれじゃあ・・・。
  『彼女』絡みで暴走したってのにその根源が残り続けるって・・・、つまりいつまた思い出して暴走してもおかしくない状況になるんじゃ・・・」
 「む〜・・・。それはあるかもしれないけど・・・・・・」
 ようやっと食い下がった不二。代わりに今まで黙っていた跡部が呟いた。
 頬を引きつらせ、
 「つまり・・・・・・」
 「たまたまばったり会って、たまたま契約結んだ相手がそうだったらしいな」
 「いやあ、びっくり。長年生きてみるもんだね。神秘の出来事だ」
 「・・・・・・・・・・・・殺していいか? そこのお気楽馬鹿2人組」
 「なんか・・・・・・止める理由も思いつかないんだけど」
 「んじゃ決定だな」
 「うわわわわ!!! タイムタイム!!」
 「ちょっと跡部くん目ぇマジ!!」
 「どっちから殺して欲しい? 5秒以内に希望を申告しなけりゃ同時に殺す」
 「希望として千石から」
 「あっさり見捨てられてるしっ!!
  と、とりあえず確かに結果的にそうなったけど!! でもちゃんと俺らが跡部くんや不二くんが大好きだって証拠ならちゃんとあるから!!」
 「確かにそうだなあ・・・」
 「・・・・・・つまり?」
 5秒経過。それこそとりあえず命は取り留めたらしい。
 一応関心は引けたか行動を止める跡部。不二もまた、興味津々にこちらを見つめている。
 「だってサエくんってば―――」
 「そういう千石こそ―――」


















































 「不二くんのこと心配しすぎてヘヴンズドア壊しちゃったし」

 「跡部と別れたくないからって‘ドア’逆に閉じれなくしたしな」


















































 「・・・・・・え?」
 「・・・・・・あん?」
 「さっきさ、暴走いきなり収まったっしょ?」
 「ああ。俺が不二殴ってな」
 「そうだな跡部。周ちゃん殴った罪は死を持ってすら贖えないほど大きいんだぞv」
 「いやだからそっちに話発展させると終わんないから。
  んで、そんな感じでムカついたサエくんは跡部くんを一発殴るためヘヴンズドアを壊して一時的に不二くんの意識支配を断ち切った」
 「まあ・・・・・・
  夢中になって気が付いたらそんな事になってた、っていうか・・・」
 「でもサエ・・・、それってどちらかっていうと僕よりむしろ跡部の事想ってんじゃ・・・・・・」
 「何言ってんだよ周ちゃん。殴られたのが跡部だったらむしろ殴ったヤツ応援してるぜ?」
 「おい・・・・・・」
 周りからのクレームは無視し、
 佐伯は不二を抱き寄せ、頭を優しく撫でた。
 「もー可愛いなあ周ちゃんはそんな事でいちいちヤキモチ焼いてくれて。
  でも大丈夫。周ちゃんだから俺はそれだけの事をやろうと思うし実際やるんだよ」
 「サエ・・・・・・」
 今度はこちらが盛り上がる。そして今度はあっさり邪魔された。
 「つーか、‘ドア’って壊していいモンなのか?
  大問題なんじゃねえのか? 2度と開かれなくなるって事だろ?」
 「あ・・・・・・」
 跡部の指摘に不二が小さく声を上げる。かつての跡部同様、‘ドア’が開けないのならば、契約者としての価値は0になる。
 心配そうな顔を向け・・・
 「それこそ大丈夫だよ。
  確かに壊した弾みで一時繋がりが切れたけどさ、でも扉[ドア]っていうのは互いを招くのと同時に互いを隔てるものだろ?
  壊れてなくなったんなら俺と周ちゃんはずっと繋がれたままだよ」
 「・・・・・・ホント?」
 「そりゃもちろん」
 見開かれた不二の目が、
 嬉しそうに細まっていく。
 「サエ!!」
 ぎゅっと、しっかり抱きつく。ずっと繋がれたまま。ずっと―――結ばれたまま。
 これでもう・・・小さな契約陣に全てを託し、頼る必要はない。
 これでもう・・・ヘヴンズドアを開く事だけに縋る必要はない。
 繋がったままの互いの心。歓びが直接互いに届き、混ざり合い、さらに増幅される。
 「これからもずっとよろしくね」
 「こっちこそ」




















 「いやあ。そんなワケでめでたしめでたし、と」
 「あっちはな」
 1人勝手にシメに入ろうとしていた千石を、跡部のこの上なく冷たい一言が止めた。
 「で? てめぇは何やった、っつったよ?」
 「ゔ・・・。あ、あのそれは・・・・・・」
 「『‘ドア’閉じれなくした』とか何とか言ってたなあ?」
 「え、えっとだからその・・・・・・」
 「千石v」
 「・・・・・・思うんだけど何気に跡部くんってサエくん入ってるよね」
 「そうか。全身打撲を望む、と・・・」
 「すみません話させて下さい。
  え〜っと、さっき一緒に‘ドア’開いた時さ、俺は普通に開けたつもりだったんだけど〜・・・・・・
  ―――なんでかな〜。開け方悪かったみたいで今も閉じなくってさあ。いや〜困った困った」
 跡部から視線を顔ごと背け、半端な笑みで頬を掻きつつそんな事をホザく悪魔改めお気楽馬鹿1号。
 「ほお・・・、つまり―――」
 その襟首を片手で捻り上げ、半ば宙吊りにする形で跡部は顔を近付けた。
 「さっきっから俺は全然疲れ取れねえっつーのにその反面てめぇはぴんぴんして挙句に消滅した筈の翼まで回復してるってのはおかしいたあ思ってたが・・・・・・
  ―――てめぇがずっと俺の力ピンハネしまくってたって事か!! ああ!!??」
 「ぎゃああああああ!!! そのわりに跡部くんめちゃめちゃ元気満々じゃん!!!!!!」
 「しかも力と言やあてめぇ俺からだけじゃなくって佐伯からも貰ってたたあどういう事だ!!」
 「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙〜〜〜!!! それに関しては多大な誤解があって〜〜〜!!!
  てゆーかサエくん弁解してよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」
 つるし上げられたままじたばた暴れる千石に―――というか悲鳴の中に自分の名前が出てきた事に―――ようやっと気付いた佐伯が不二を抱き締めたままそちらを見やった。
 ぎんっ! と睨み付ける跡部と目が合う。嫉妬丸出しのそれ。―――口に出しては言えないが。
 見て・・・
 「ああ、あの時の話か」
 かろうじて2人のしていた議論の中身が推測できた。
 出来た上で―――
 佐伯ははああああ・・・っと長いため息をついた。
 「お前って普段はあれだけ優秀なわりに、妙なところでボケてるよな」
 「・・・・・・ああ?」
 元々寄せられていた眉をさらに寄せる跡部。もう一度ため息をつき、
 「あのなあ。
  確かに人間ならちょっとわかりにくいかもしれないけどな、俺達悪魔というか魔族というかまあどっちでも同じだけどそれってのは『力』が主体なわけだ」
 「そりゃ俺だって知ってる。だからなかったら補給しなきゃなんねーんだろ?」
 「そうだな。お前達が食事を摂るのと同じノリで力を摂取しなけりゃならないワケだな。
  さてそこまで踏まえてだ。
  お前の言い分通り千石が俺に『力ちょ〜だいっv』って言ってきたらどうなると思う?」
 「だから普通に―――」
 「それは『
共食い』って言うんだよ!! 人間に例えたらちょっと小腹減ったお前が周ちゃんに向かって『腹減ったからお前の腕か脚食わせろ』って言ってんのと同じなんだよ!! 誰がやるか!!」
 「力と血肉じゃ話違うだろーが!!」
 「同じだって言ってんだろ!? 俺達の力っていうのは生物の肉体と同じだ!!」
 「だったらなんでてめぇや千石は俺達から力が奪えんだよ!! 理屈に合わねえじゃねえか!!」
 「人間には肉体と精神[ちから]両方あんだろ!? 例えちょっと力取られたとしてもちょっと疲れたりするだけで肉体[みため]の方にはなんの影響もないだろうが!!
  悪魔には片っぽしかないんだよ!! 力=体で力がなくなれば体もなくなるんだよ!! お前だってさっき言ってただろ!? 翼が消滅したりとかってのはそれだけ力使ってるからだ!! 相手に分け与えた場合も同じだ以上!!
  ―――ったくこの位冗談だってちょっと考えればすぐわかるだろうが」
 残りの息を3度目のため息に変えて吐き出す佐伯を見、
 跡部は千石を放り出してわなわなと震えた。
 (俺は・・・コイツのこの言葉に踊らされて何やった・・・・・・?)
 頭を抱える。今思い出せば顔から火を噴出しそうなほどの事をやらなかったか?
 抱える頭の外から、さらに言葉が続けられる。
 「それに本当に力が欲しいんだったら、それこそ他の悪魔みたいに弱肉強食の掟に従って『悪魔狩り』すればいいだけだしな。
  この間は注意力散漫により敗色濃厚だったけど、千石の実力ならたとえ‘ドア’開けてなかったとしても充分勝てるし」
 「・・・・・・・・・・・・何?」
 聞いてはいけない、騙されるなと思いつつも、ついつい訊き返していた。
 「ンな事やってんのか? 悪魔ってのは」
 「時々悪魔に会うだろ? でもって争いになるだろ?
  何でだと思う?
  倒した方が相手を喰う―――力を奪うためさ。人間と契約していない悪魔、あるいは契約してはいるけど人間の力だけじゃ足りない悪魔、そしてそれこそ‘ドア’が開けない悪魔なんかはそうやって生き延びる。
  実際千石も以前はよくそうやってたしな。ついでに当り前だけど無敗だ。常に喰う側だったな。しかも相当エグい手法で歯向かってきたヤツは徹底的に痛めつけて反省させてから喰ってたし。
  おかげで悪魔間じゃコイツは相当に有名だ。ばったり会いたくないヤツワースト1として。だから相手の方も知ってただろ?」
 「ちょっとちょっと。それじゃ俺がまるで悪逆非道っぽいじゃん」
 「『っぽい』じゃなくてあからさまにそうだろ」
 「う〜わその断言のしっぷりってどう?
  俺はただ向こう見ずに襲い掛かってきたのに対して今後の事を考えて『身の程』ってモンを懇切丁寧に教えてあげてただけだよ? そりゃ講師料はちょっと高いかな? って思ったりもしたけど苦情も来なかったからいいみたいだし」
 「ほら」
 「さすが千石君・・・vv」
 「そこ感心するところじゃないから周ちゃん」
 一片足りとも罪悪感を持っていない感で話す千石。きらきら目を輝かせる不二にぱたぱた手を振る佐伯。
 彼らの中には加わらず、跡部は今の話を頭の中で反復させた。



 

 ―――『本当に力が欲しいんだったら
 ―――『実際千石も以前はよくそうやってたしな』



 仮定形。かつ過去形。つまり現在はやっていないという事か?
 「おい千石」
 尋ねようとして、
 「俺が欲しい力は跡部くんのだけだよ」
 先に答えられる。
 にっこり笑って告げられたその内容に・・・
 「〜〜〜〜〜〜////」
 「お? 跡部。お前顔赤いぞ?」
 「わ〜跡部照れてる〜♪」
 「も〜跡部くんってば激カワイ〜〜〜〜〜〜vvv」
 「〜〜〜〜〜〜!!!!!!
  お前らいっぺん死んで来い!!!」





―――8.もうひとつの『真実』









ζ     ζ     ζ     ζ     ζ

 いいんですかこれで!? と尋ねられたら自信を持って答えます。『いいんですこれで!!』、と。
 とりあえず一段落がつきました。せんべはともかく、サエ不二の方、微妙に解決してないじゃんという突っ込み対応? 次で今まで諸々の解説が入ります。
 ここまで来ると最早入れる必要なさげですが、‘受継ぎし者’の本当の意味とか千石がなんで心を取り戻したのかとかあのタイミングでサエが暴走した理由とかそもそも『彼女』って結局誰? とかその辺り。
 ちなみに謎とかその辺りとかとは関係なく1つ。跡部のやったらな理解力の高さは普通に裏設定一切なしに彼が優秀児だからです。実はかつての研究者で、唯一実験に反対して仲間らに殺されていたのの生まれ変わりとかそういったオチはありません。それで実は『彼女』のお兄ちゃんでだからこそサエと千石の知り合いだったとか、研究者たちは彼経由でサエの存在を知り実験に使おうとしたとか、あるいはそれを止められなかった事を悔いて実は自殺したとか、もしくは最初に暴走したサエを止めようとして殺されたとか、いっそそうなると『彼女』を殺したのではなくそれを庇った跡部を殺した・・・? だから現在契約を結ぶ時もその罪悪感により跡部ではなく不二を契約者として選んだとかその他色々・・・・・・考えるとそれはそれで面白いなあ。

2004.7.6~11