9.魔道士2 −幸村−
暫く8人で旅していたある日の事。
ばん!!
「ニュースニュース!! 見つかったよ魔道士!! しかもめちゃくちゃ大物!!」
「へえ! どんなだ?」
『・・・・・・・・・・・・』
扉を開け放ち料理店に乱入した千石に、前回企画をたった一人で潰した当事者が乗り気で応えた。
こほんと咳払いで気を取り直し。
千石は小声で囁いた。にっと笑い、
「―――幸村くん」
「あの?」
「本当か?」
反応したのは跡部と橘だった。他の者は思い当たらないらしい。首を傾げたり見合わせたりしていた。
全員にわかるように説明を加える。
「≪幸村精市くん。ここから少し離れてるけど大国“立海皇国”皇帝の息子で、現在弱冠15歳で宮廷魔道士長の位にある少年。その実力は国内じゃ問答無用でトップ。世界中の魔道士と比較しても5指に入るって言われるほど≫。
で―――
――――――“六角”で言われる、“魔王[キングオブソーサリー]”」
「マジかよ・・・・・・」
「つーか、何でてめぇそれ知ってんだよ・・・・・・?」
呻く・・・今度はリョーガと跡部。2人の額には、僅かに汗が浮いていた。
「何それ?」
「魔道って今じゃ世界中で使われるでしょ? でも使う魔道はお国柄によりいろいろ分かれる―――んじゃないんだ。個人が独学で作り出したものとかはさすがに違うけど、大体世界共通なんだ。
これは珍しい事だよ。国の運営の仕方、文字、お金。それぞれ国ごとに特色あるのに魔道だけ一緒。偶然そうなったにしては、世界中同じっていうのはおかしすぎる」
「つまり・・・」
「誰かが中心になって作ったのを世界中に広めたか・・・」
「あるいは各国共同の研究機関があるから、か・・・・・・」
「橘くん正解。各国の研究者が集まって魔道の研究をする組織がある。それが魔道研究連合、通称“六角”。初めは昔から大国だった“青学王国”・“山吹公国”・“氷帝帝国”・“四天宝寺民主主義共和国”・“西米共和国”、それに今出てる“立海皇国”の6国がそれぞれ代表者を出し合って研究を始めた」
「ああ、それで『六』か」
「ま、今じゃ世界中のほとんどの国が所属してるから6どころか600位はあるかもしれないけどね。
けどその中でも初期メンバーの6国は、今でも実力最高クラスで研究の中心に立ってる。んで、その中でも特にトップに立つ代表者を“六紡星[ヘキサペクス]”って呼ぶんだ。ちなみに六角は国とは完全別個に動いてる組織だからね。ごく普通の一般市民でもなれるし、逆に氷帝なんかは元帝王自らなるために自分の子どもに国任せちゃったなんていう話もある位」
当の『任された息子』の前でそんな話をする千石。跡部が幸村も六角も両方知っているのはそれが理由でだ。両親は今、六紡星として思う存分研究に励んでいる。
―――ただし、佐伯除く他のメンバーはもちろん知らないためそれ以上は掘り下げないが。というか、わざと千石が余談として入れたのは、跡部にこれ以上発言させないためだ。今までのやりとりでも、橘は幸村を、リョーガは六角をそれぞれ知っている。旅をしていて自然と耳に入ってきたのだろうが、そこから辿れば跡部の正体もバレるかもしれない。
「ただしこの六紡星っていうのはけっこー特殊なもので・・・・・・もうちょっと言っちゃえば、けっこー変わりモンが多いんだ。そん中でも立海と青学はね。
―――誰がそれなのかわからない」
「・・・・・・はあ?」
「人間嫌いだからだ、とか、人の世に興味がないからだ、とかいろいろ言われてるけどね。ほとんど人前に出て来ないんだ“六紡星”としては。ま、それでも実力あるし着実に結果は上げてくれてるからいっか、って感じで許されてるけど。同じ六紡星の人以外はほとんど知らないから、勝手にみんな二つ名とかつけちゃうワケ。で、
立海の六紡星が通称“魔王”。つまりは今俺が言ってる幸村くんの事だね」
「凄いってのはわかったけど・・・」
「んじゃ何でアンタそもそもその人の事知ってるワケ?」
ほとんど誰も知らない彼。ではなぜ千石はそれを知っているのか。
「まさかお前もその六紡星だったりしてな」
小さく笑う佐伯。からかいを帯びた瞳を前に、千石も肩を竦め笑った。
「残念。俺は違う。
幸村くんとは個人的に知り合いなだけさ。俺は幸村くんに魔道のハウトゥ教わって、代わりに頼まれた情報とか品物とか集めてきたり」
「なら今回も?」
「今回はたまたまさ。幸村くん、神出鬼没だからね。す〜ぐふらふらあちこち行っちゃうし。毎回探すの大変なんだよね〜。いや〜よかったね〜丁度いて♪」
「・・・・・・正体不明な理由がよくわかるな」
「大丈夫か? ソイツほんとに」
「だいじょぶだいじょぶ。面白いことは大好きだからね。成功失敗関わらず自分に損がないとなればこりゃ参加するっきゃないって感じだし」
「てゆーか・・・
・・・・・・実はその、お姫様攫った“魔王”がその人だなんてオチなんじゃ・・・・・・」
「あー十二分にあるね。新種の労働者探しかも。そこまで行っちゃった物好きをぜひ実験台に、って。特にサエくんなんて絶対性格合うからね」
「喜んでいいのかそれって・・・・・・?」
不満げな顔をし、
佐伯は目を閉じた。
肩を竦め、
「んじゃいいぜ。ソイツ―――幸村に話してみよっか。
でもって千石、お前に交渉役頼めるか? 知り合いなら話しやすいだろ?」
「いいけど? 君は?」
「あんまり大勢で行っても怪しいだけだろ? 買出しにでも行ってくるよ。行こうぜ景吾」
「いいぜ?」
促され、跡部も出て行った。きーこきーこ開閉を繰り返す扉に顔を向け、リョーガが茶化すようににやにや笑った。
「ほ〜んとあの2人仲いいなあ」
「だね」
千石も同意する。確かにいつも彼らは一緒だ。ただし今回は別の理由でだが。
跡部と幸村を会わせるワケにはいかない。会えば一発で跡部の正体がバレる。共に国のお偉いさん同士として国交の場面で何度も見かけただろうし、その上跡部の両親は幸村と同じ六紡星。実は千石が跡部を一発で見抜いたのは、幸村経由で彼の両親に会った事があるからだ。1回会っただけの千石ですらそう思う。一緒にいる幸村なら確実に見抜くだろう。ただし、
(何でそれを、サエくんの方が先にわかったんだろうねえ)
薄く笑う。全体のカラクリが解けてきた。後は、幸村に会えばハッキリするだろう。
(ほんっと幸村くんもいいところにいてくれたなあ。やっぱ俺ってラッキ〜♪)
¤ ¤ ¤ ¤ ¤
「やっ、幸村くん」
「やあ、千石じゃないか。奇遇だな」
「・・・・・・これが、幸村・・・?」
「魔王とか呼ばれてる人・・・・・・?」
千石が声をかけたのは、自分たちと同じ程度の少年だった。どこにでもいそうな―――むしろいなさげな、薄幸の美少年といった感じ。上流階級の貴族っぽいというのは納得するが、コレが世界でも指折りの実力を持つ魔道士というのはなんとも・・・・・・。
後ろでぼそぼそやっている間に説明が終わったらしい。
「へえ、面白そうだな」
「でしょ?」
「ところで訊くけど、その“姫”って、何ていう名前なんだ?」
「えっと・・・・・・確かサエくんは『周ちゃん』とか呼んでたっけ」
「そうか」
「んで、返事は?」
「悪いけど断るよ」
『―――!?』
さらっと拒否られ、後ろ5人が慄く。が、
「そっか。んじゃね」
「またな」
一切何の説得も試みず、千石はあっさり彼を手放した。
「ってちょっとアンタ!!」
「何あっさり逃がしちゃってるワケ!?」
「せっかくの良い戦力だったというのに!!」
「まあいーじゃん。やる気のない人に無理に付き合ってもらっても仕方ないし」
「・・・・・・やる気あるヤツ、いんのか?」
「まあそこは突っ込まずに。ね?」
『はぁ〜・・・・・・・・・・・・』
ため息の六重奏が広がる。道の真ん中で円陣組んで挫ける彼らは、確かに怪しい一行だった。
¤ ¤ ¤ ¤ ¤
買出しに来ていた2人。跡部が会計を済ませるのを待っている時、佐伯は人混みの中に見知った顔を発見した。
「ん? あれは・・・・・・」
声を掛けるか掛けないか。相手までまだ遠い。大声で呼びかけるのも恥ずかしいし、そっちへ向かうと跡部とはぐれる。第一いちいち呼び止めて話す話題もない。
(ま、いつでも会えるからいっか)
諦めたところで、その相手はこちらに来た。
「お〜い佐伯〜」
手を上げ呼ばれる。1m先の相手にも聞こえなさそうな気の抜けた声だが、なぜか不思議と聞き逃す事はない。彼に関しては存在自体がそんなものか。どこにでもいそうなのに、こんな人混み溢れる市場ででも即座に見つかる。まあ今回については事前に話を聞いていたからか。
佐伯も軽く手を上げた。
「よっ、幸村。久しぶり」
「聞いたよ。“姫”がまた遊んでるんだって?」
「全く周ちゃんにも困ったもんだよ」
「顔緩んでるぞ」
「そりゃ周ちゃんだしvv 何やっても可愛いなあvv」
「可愛いのはいいけど、あんまり他人は巻き込むなよ? 揉み消すのが大変だろ?」
「大丈夫だって。みんな自分から進んで仲間になったからな。文句を言うのはお門違いだ」
「別にいいけどな。相変わらずお前も酷いヤツだなあ」
「ははっ」
笑ったところで、跡部が出てきた。きょろきょろする目が、こちらに向いた。
丁度太い柱の陰に隠れるようにもたれていた佐伯。彼が確認したのはそんな跡部ではなく、真正面にて彼と目を合わせ薄い笑みを浮かべた幸村だった。
「じゃあ俺は行くな」
「ああ。じゃあな」
去り際、幸村が佐伯の肩にぽんと手を置いた。耳元に口を寄せ、囁く。
「お遊びもいいけど、本当にあんまり大事にするなよ?」
「わかってるって」
そして幸村は去り、入れ違いに跡部が駆け寄ってきた。大きな紙袋を両手で抱える彼にもまた手を上げ。
「よっ、景吾。買い物終わったか?」
「終わったけどよ・・・
・・・さっきの、幸村じゃねえのか?」
やはり知っていたらしい。幸村も跡部を知っていたようだから公平だが。
「ああ。らしいな」
しっかり話しておきながらすっとぼける。跡部はかなり不審な目を向けてきた。
「『らしい』って・・・・・・お前普通に話してたじゃねえか」
「千石に聞いたって。でもって参戦は断るってさ」
「何でだよ?」
「さあ? 俺幸村じゃないからなあ。一応あんま大事に関わりたくないって感じだったけど?」
「ったく。アイツも根性ねえなあ」
「そういう問題か?」
苦笑する佐伯をじ〜っと見据え、
跡部は袋を片手で支え、もう一本の手で佐伯の襟を捻り上げた。
「てめぇら本っ当−に、それだけの知り合いか?」
「つまり?」
「去り際にアイツ、お前に何て言った?」
じ〜っと睨み付ける跡部を逆に見返す。一見こちらを怪しむ言い振りだが・・・
「『今度は邪魔が入らないところで会おうぜ』だって」
「〜〜〜っ!」
「冗談だって。『帝王様にあまり無茶はさせるなよ』だとさ。凄いな景吾。お前の無理無茶無謀ぶりは遠く離れた立海にまで有名だぞ?」
「誰がだ! 俺は至極真っ当に人生歩んでる!!」
「はいはい。ごめんな心配かけて。焼きもち妬くお前も可愛いよ」
「誰が―――!!」
怒鳴ろうとした跡部の頬に、佐伯が軽くキスをした。
跡部が真っ赤になる。硬直した彼から袋を奪い、佐伯は手の平を上にして伸ばした。
「ホラ行くぞ景吾」
「・・・・・・・・・・・・ちっ」
赤い顔を打ち消すように舌打ちし、跡部は差し出された手を握り締めた。
―――10.不二・・・?