1.街のレストランにて―――『佐伯』


 途中立ち寄った街のレストランにて。
 「よーよーねえちゃん可愛いじゃねーの」
 「俺ら丁度ヒマなんだよなー。付き合ってくんねー?」
 「え、あのちょっと・・・。
  そんな・・・私、困ります・・・・・・」
 台詞から
100%考え付く通りの事態が起こっていた。
 「ったく、しゃーねえなあ」
 頭を掻き、跡部はそちらへ向かい―――
 「そこ! 何やってるんだ! 嫌がってるだろ!?」
 逆側から来た男が、先に止めてくれた。自分と同じくらいの年の少年。さらさらの銀髪をなびかせ、整った顔立ちをしている。腰に剣を刺しているところからすると剣士か何からしい・・・が。
 (あんま強そーにゃ見えねえな。人の事は言えねーが)
 実際のところは強いだろう。そちらに向かう足運びに乱れはない。手を前に出すという自然な動作に隠れ、半身の体勢を取り逆の手で鞘を押さえている。場合によっては今すぐ抜刀可の戦闘体勢。ただしそれを相手に悟らせてはいない。
 逆にザコA・B。こういうのが実は強かったりすると世の中なかなか面白いのだが、残念ながら今回のは見た目どおり弱そうだ。コケ脅しに大きな武器など持っているものの、大き過ぎて体が振り回されている時点で問題外だ。
 しかしながら、
 「ああ? テメー何様のつもりだオラ」
 「俺たちゃこの女の子に用があるんだよ」
 「お坊ちゃんは家でママに頭なでなででもしてもらってな」
 ハハハハハと下卑た笑い。相手の実力を判断できるだけの実力のない人にとって、凄腕の優男とマッチョザコどっちの方が強く見えるか問われれば、
10人中9人はマッチョザコを選ぶだろう(そして残りの1人は余程奇抜な人生を送ってきたか捻くれ者かさもなければ人の世に悟りを開いているかといったところだろう)。
 胸クソの悪い光景だが、こういうのをいちいち相手にしていても自分が馬鹿を見るだけだ。
 銀髪剣士も同じ判断をしたらしい。ふっ、と軽く笑い、
 「やれやれ。せっかく忠告してやってるのに仕方ないなあ。何のために頭がついているのやら。
  ―――悪いけど、体で理解してもらおうか」
 (・・・・・・何か今、さりげなく黒い台詞吐いてなかったかコイツ・・・・・・?)
 思った時には勝負はついていた。あたかもその身そのものが一振りの剣であるかのような、敏捷かつ優雅な動き。捉えられた者は皆無に等しいだろう。
 チキ・・・と金属音がした時には、ザコどもは崩れ落ちていた。
 暫く誰もが無言になり・・・
 「か、かっこいい・・・・・・vv」
 「スゲー・・・・・・」
 ざわめきが広がった瞬間、彼は一躍英雄となった。
 彼を取り巻き褒め称える街の人々。それらには加わらず、跡部はため息をついた。
 (どうやら、台詞通りの性格らしいな、アイツは・・・・・・)
 少女を助けたヒーローという美談に隠れているが、彼のやった事は立派なリンチだ。武器を持ってはいるが構えていない相手に振り上げるとは。
 ただし、仮にそれを責められたとしても言い逃れするためだろう。剣で斬りつけたのではなく、鞘で相手をぶん殴っていた
 ・・・・・・そう、ラストにしたあの金属音。剣が鞘に納まった音―――ではなく、鞘を剣帯に固定した音である。
 そんな事とは露知らず感動する一同。その中を悠々と進み出、彼は当事者である少女の前へと立った。
 「お怪我はありませんか? お嬢さん」
 「は、はい・・・。大丈夫です//」
 差し伸べられた綺麗な手を取り、少女が立ち上がる。惚けた赤い顔が、彼女の内面を的確に表現していた。
 「そうですか。それは良かった」
 バスとテノールの中間音。穏やかな笑みに合わせ穏やかな声が広がる。周りの野次馬までもがうっとりと聞き惚れている。
 「それでは、俺はこれで」
 ヒーローはボロが出る前に早々退散するものらしい。軽く礼をして立ち去ろうとする少年を、少女の叫びが止めた。
 「あ、あの・・・!!」
 「ん?」
 「ほ、本当にありがとうございました。おかげで助かりました。
  もしよろしければささやかなものですがお礼などでも―――」
 つまりもう少しここにいてくれと。微遠回しに誘う少女に、
 彼はゆっくり首を振った。
 「その気遣いだけで十分ですよ。俺は礼を目当てに貴女を助けたワケじゃないですから」
 「で、では・・・!! せめてお名前を!! お名前をお聞かせ下さい!!」
 向こうがヒーローならこちらは悲劇のヒロインか? 手を伸ばし哀願する少女へ、上手くいけばもうすぐ名前のわかる彼は爽やかな笑みで告げた。
 「俺は佐伯と言います。それでは」
 踵を返し、カッコよく去っていくヒーロー佐伯。
 「おお・・・。なんと素晴らしいお方だ・・・」
 「こんな世に、まだあのようなお方がいらっしゃるとは・・・・・・」
 「ああ、佐伯様・・・//。あんな素敵な方に巡り逢えるなんて、これを運命と呼ぶのね・・・・・・」
 「佐伯様・・・。次はぜひ私を・・・・・・vvv」
 などなど、恐ろしい勢いで佐伯様ブームが広がっていく・・・。
 それらにもやはり加わらず、跡部は再び小さくため息をついた。
 これ以上ここにいても仕方ない。イっちゃって対応してくれない店員は呼ばず代金のみを机に置き立ち上がる。
 ふと近くのテーブルを見た。ヒーロー佐伯が実は全く目立たず座っていた席。
 料理は空になっていたが――――――お代を置いていなかった。
 「アイツの正体、剣士じゃなくて詐欺師で決定だな・・・・・・」
 ああいう輩に関わり合うとロクな目に遭わない。わかってはいるが・・・
 跡部は三度ため息をついて、そっちの分も代金に上乗せしておいた。ヒーローが食い逃げ犯ではさすがにみんな決まり悪いだろう。







‡     ‡     ‡     ‡     ‡








 店から立ち去り角を曲がり―――
 「・・・・・・てめぇそこにいやがったのか」
 建物の影からこっそり伺うヒーロー佐伯へ、跡部は半眼で突っ込みを入れた。
 こちらが気付いていたのに向こうも気付いていたのだろう。特に驚かれはしなかった。代わりに、
 「悪い! 助かったよ!! まさかあそこで『そういえばお代』なんて引き返せなくて困ってたんだよ〜!!」
 「カッコいいぞヒーロー佐伯・・・・・・」
 痛む頭を押さえ呻く。確かに今の世の中、ここまで素晴らしくボケた人物は珍しいだろう。
 「じゃあこれが代金で―――」
 金を差し出そうとする佐伯を手振りでとどめ、跡部は違うものを求めた。
 「今とある事件追ってんだけどよ、てめぇ何か知んねーか?」
 「事件?」
 ぴくりと片眉を上げる佐伯に詳しい事情を話す。彼の言動と周りの認知度を考えると明らかに旅人だ。そして腕が立つとなれば、自然とそれ関係の様々な情報を得る機会に恵まれるだろう。
 実際・・・
 「なるほどね」
 話を聞き終え、佐伯は3つ頷いた。まあ実際は「なる・ほど・ね」という節に合わせ首が僅かに動いただけだが。
 「どうだ?」
 尋ねる跡部に小さく首を振り(今度は横に)、
 「残念ながら俺は直接は知らない。けど、その手の事に詳しい人なら知ってる」
 「ならそいつは―――」
 「彼女はここから東にある森に住んでる」
 「『彼女』? 女か?」
 「噂話は得てして女性の方が得意さ。人気のない森に住んでるけど、代わりに術を使ってあらゆる物事を見てる。
  街道から森に入る一本道があるから。そこから入れば自然と彼女の方が君を見つけてくれる」
 「見つけはしても、会ってくんねーんじゃ意味なくねえか?」
 「それはないさ。俺が保障するよ」
 「・・・何でだ?」
 眉を顰める跡部に、
 佐伯は実に爽やかな笑みでこう言った。跡部の肩に手を乗せ、
 「面食いだから彼女。好みのタイプが通ると絶対逃さないよ」
 「女郎蜘蛛かソイツは・・・・・・」
 「ただし本気で逃がしてくれないからね。上等の酒でも持って行く事を勧めるよ」
 「酔い潰せ、ってか」
 「豪酒だから難しいけどな。
  俺が知ってるのはこんなトコかな。飯代になったかな?」
 「ああいいぜ。ありがとよ」
 「そうかい? どういたしまして。
  ああそういえば、君の名前まだ訊いてなかったな」
 「俺は跡部だ。跡部景吾」
 「ふーん。跡部君、ね。
  ―――また会ったらよろしくな。それじゃ」
 「ああ」
 最後まで爽やかに決めていった佐伯にこちらも手を上げる。
 「んじゃ、次は東の森、か」



2.東の森にて―――『サエ』