3.街のレストランにてPart2―――『虎次郎』
再び途中立ち寄った街のレストランにて。
「よーよーねえちゃん可愛いじゃねーの」
「俺ら丁度ヒマなんだよなー。付き合ってくんねー?」
「え、あのちょっと・・・。
そんな・・・私、困ります・・・・・・」
再び台詞から100%考え付く通りの事態が起こっていた。
「ったく、またかよ」
頭を掻き、跡部はそちらへ向かい―――
「―――お? アイツは・・・・・・」
逆側から来た男に、浮かしかけていた腰を止めた。自分と同じくらいの年の少年。さらさらの銀髪をなびかせ、整った顔立ちをしている。腰に剣を刺しているところからすると剣士か何からしい。というか・・・
「佐伯じゃねーか。ンなトコで何やってんだ?」
疑問に思う。ここは彼と会った街と大分離れている。相手も旅人なのだから『ばったり遭遇』が2度行われたところで不思議ではないだろう。ただしこのペースで会ったとすれば、ほぼ同じルートを同じように旅していたと仮定しなければならなくなるが。
「ま、何にしろいっか」
腰を下ろす。自分の出る幕はないだろう。そう思い、会話をBGMに追加注文しようとし―――
「ってお客さん。ウチのウエイトレスが困ってるんですよ? 助けにいってあげてくださいよ」
「ああ? 別にわざわざ俺が行く必要―――」
ねーだろ?と続けかけ、
跡部の言葉が止まった。そちらに首を向けたまま。
肝心の『ヒーロー佐伯』は、
―――騒ぎをちらりと横目で見、そのまま立ち去ろうと金を用意していた。
「助けろよ!!」
「おめーもだ!!」
跡部(とマスター)の怒声が全てを打ち消した。きょとんとする少女とザコご一行。そして・・・
「はあ? 俺が? 何で?」
「ンな場面見たら助けんのが人としての真っ当な道だろ!?」
「いやおめーに言う資格はねーだろ・・・」
「俺はコイツが助けるかと思ったから引いただけだ!!」
「威張って言う台詞じゃねーよ・・・・・・」
「・・・・・・つまり、何?」
いつの間にか跡部とマスターの言い争い(?)になっていたところで、『彼』が極めて冷めた合いの手を入れてくれた。
跡部も落ち着きを取り戻しごほと咳払いをして、
「明らかに悪党ヅラのヤツらに女が絡まれてたら普通助けるもんだろ?」
『おい・・・』
悪党ヅラのザコからの力ない反論。完全に黙殺し、『彼』は合いの手同様冷めた目で頭に手を突っ込んだ。
「人は見た目で判断するモンじゃないだろ? 大体金持ちは悪党ヅラだ」
「てめぇも立派に見た目で判断してんじゃねーか!」
「してない。その証拠にその2人は貧乏人だと判断した。だから助けない」
「・・・・・・何か今最低極まりねえ台詞が出たな」
「やれやれ。じゃあわかったよ。助ければいいんだろ?」
降参するように手を上げる『彼』。やる気0の押し付けがましい言いっぷりに跡部が嫌悪感を表した。
それらは気にせず、『彼』は一応ごたごたの中心地らしい3人のところへ向かい、
ザコBの肩をぽんと叩いた。
「人身売買なら俺が仲介してやるよ。儲けは俺が4、お前ら3な」
『は・・・・・・?』
「違うだろ!?」
「助けたじゃん」
「そっちじゃねえ!!」
「ああわかった」
ぽんと手を叩き、今度は少女の方を見て、
「助けた際の礼に体はいらないから金くれ」
「酷〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!!!!!」
「礼は請求すんじゃねえ!!」
「なんだよ今のはかなりいい話だったぞ? 金さえ払えば身ぃ売らずに済むんだから。それともやっぱ身が売りたいと?」
「そういうのから助けんのがてめぇの役割だろ!? どーいうヒーローだてめぇは!!」
「なんだよまたダメ出しかよ。ワガママだなあ」
「てめぇがだよ!!」
「じゃあこうしよう」
懲りずにぽんと手を叩く『彼』。叩いた手を少女とザコ両方に差し出し、
「今ここで有り金全部出してくれ。多い方の味方につく」
「あ、有り金全部没収・・・?」
「私・・・取られたら今月の生活費が・・・・・・」
「むしろ味方につかないで欲しいなあ・・・・・・」
「なおつかない側は完全殲滅」
「払います払います!!」
「お金より命ですよね!?」
「ありがたくて涙ちょちょ切れるっスよ!!」
「よしよし。物分りのいいヤツらだな」
「だから違う!!!!」
何か自然な流れでどばどばコインを乗せてもらう『彼』の手を、ついにブチ切れた跡部がはたき落とした。ちゃりんちゃりんとコインが落ちていき、
「何すんだよ!!」
「ったりめーだろーが!! 何普通に恐喝してんだよ!! てめぇが一番の悪党になってんじゃねーか!!」
「生活の知恵って言えよな! こうやって稼がないと次の場所へも移動出来るかどうか!!」
「だったらもっと真っ当な方法で稼げよ!!」
「お前がそれ却下したんだろ!?」
「人買いと脅迫のどこがまともだ!」
「そーいう平たい言い方すんなよな!?」
「どー言い繕おうがやってる事は変わんねーよ!!」
「変わる! 心意気はまるで違うんだ!!」
「どー違うってんだああ!?」
「あくまで俺のやってるのは『人助け』だ!! だからそれ相応の賃金がもらえるんだ!!」
「助けられてねー側の事もちったあ考えろ!! しかも人助けならボランティアにしろ!!」
「いいじゃないか人助けアルバイトがあったって!! 殺すのが仕事としてちゃんとまかり通るなら助けるのだって仕事でオッケーだろ!? 役人だって税金納めてる市民を助けてくれるんだぞ!? 世の商売っていうのは『お金くれたらあなたを助けますよ』が根幹だろ!?」
「・・・・・・そう言われりゃ確かになあ」
「だろ?」
『流されるなよ!!』
首を捻り唸る跡部に観客からの叱咤が飛ぶ。はっ!と気を取り直し、
「そういうワケで、明らかにこの場で一番金を持っているだろうお前の依頼を聞く事にした」
「・・・・・・てめぇ、そりゃ―――」
頬を引きつらせ拳を戦慄かせ跡部が問う。完全に無視し、『彼』は・・・
―――そこだけは佐伯にそっくりの爽やかな笑みで手を広げた。
「さあ!」
「・・・・・・・・・・・・。もーいい」
人生全体に疲れた跡部。剣帯から外した鞘でザコ2人をごきんごきんと殴り倒し、少女が何か言う前に肩を掴みマスターへと押し付けた。
「次からは。
―――こういうヤツに引っかかる前に自力で救助しろ」
「わ・・・わかりました。ありがとうございました」
神妙な顔でマスターも頷く。どうやら意味は通じたらしい。
「んじゃ行くぞてめぇ」
「あちょっと待てよ!! 俺の駄賃がああああ!!!」
「てめぇは何もしてねーだろーが!!」
「やったぞ!? 事態の早期解決及び再犯防止を促した!!」
「・・・・・・。再犯防止にゃ確かになったかもな」
「ほら」
「威張って言う事じゃねーよ!! しかも早期解決どころか余計混乱させただけだろーが!!」
これ以上店がわに迷惑をかけないよう、『彼』の襟首を掴みずるずる引きずっていく。
(マジでロクな目に遭わねーな・・・・・・)
心の中でそう思う、そんな跡部の背中に、
マスターが声をかけた。
「あお客さんお代!!」
「・・・・・・・・・・・・」
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「んで? てめぇ誰だ?」
「また随分変わった訊き方を」
レストランから離れ、街外れの適当な空き地にて。
問い掛ける跡部に『彼』は苦笑を浮かべた。
逆に憮然とした表情のまま跡部が続ける。
「姿かたちだのは佐伯にそっくりだが、性格はまるで違うな」
「何だ。兄貴に会ったのか。それで、ね」
「『兄貴』?」
「俺は『虎次郎』って言うんだ。お前が以前会ったっていうのが兄貴。むやみに爽やかで正義感溢れたボケ男だっただろ?」
「・・・・・・てめぇの兄貴だろ? そこまで扱き下ろすなよ」
「説明の手間が省けるからな」
「まあ確かに・・・」
頷きながら、跡部はどうでもいい事を考えていた。
(『コジロウ』の兄貴。つーと・・・)
―――『コタロウ』
(なるほどなあ。どうりでアイツ下の名前言わねえと思ったら。
にしても・・・)
ちらりと『彼』―――佐伯の弟だという虎次郎を見る。全体的にひね、世を舐めきったふてぶてしさと冷たさが感じられるがそれ以外は本当に佐伯にそっくりだ。左利きという点も合わせ。
冷たさを爽やかさに置換してみる。確かに佐伯になった。
頭の中でシミュレートしてみて、
跡部は浮かびそうになる笑いを必死に堪えた。
(あの爽やかさで『コタロウ』・・・・・・。
やべ・・・。ツボ入った・・・。『ヒーローコタロウ』・・・。面白すぎる・・・・・・!!)
―――『ああ、佐伯様・・・//。あんな素敵な方に巡り逢えるなんて、これを運命と呼ぶのね・・・・・・』
―――『佐伯様・・・。次はぜひ私を・・・・・・vvv』
こう来た台詞が、
こうなるのだ。
―――『ああ、コタロウ様・・・//。あんな素敵な方に巡り逢えるなんて、これを運命と呼ぶのね・・・・・・』
―――『コタロウ様・・・。次はぜひ私を・・・・・・vvv』
(堪えろ! 笑うな!! いくら何でも笑うのはコイツらに失礼だ!! 名前はコイツらで決められる問題じゃねえだろ!?)
名付けた親も想像もしなかったのだろう。まさかこういう方向にカッコよくなるとは。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何が言いたい?」
「いや・・・。何も・・・・・・」
半眼のコジ―――いや虎次郎をなだめるように両手を差し出す。
精神統一の結果どうにか笑いをやり過ごし、
「ちっと道訊きてえんだが〜・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もちろん代金は払うぜ?」
「サンキュー♪」
手の平を上ににこにこ笑って待ち構える虎次郎。その手にコインを1枚乗せ、
「・・・・・・・・・・・・だけ?」
「道訊くだけなんだからンなにいらねーだろ」
「それにしたってもうちょっと」
「出せるかよ。大体さっきの店でだっててめぇの分まで俺が払ったんだぞ?」
「だってお前が俺の儲け話に水差すから」
「あれは立派な―――!!
―――あーもーいい。んじゃこんだけな」
泥沼の言い争いをしていても仕方ない。諦め、跡部はさらに2枚追加した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だけ?」
「ああ? なんだよ不満だってのかおらぁ」
「・・・何でそこでお前が逆切れ起こすんだよ」
「いい加減切れるに決まってんだろーが!! さっきっから黙って聞いてりゃ―――!!」
「・・・・・・いつどこで黙った?」
「黙って聞いてりゃ金ばっかで話進まねえし!!」
「進まなくしてるのはお前の方だと思う」
「こっちは人命救助っつー重大任務の途中なんだよ!! 余計な事で時間食わすなよな!?」
「ほおおおおおおう・・・」
激昂する跡部。それを前に、
なぜか虎次郎は意地の悪い笑みを浮かべてきた。
「『人命救助』『重大任務』。即ち『依頼料は高い』。
しかもお前はそういう話を俺の前でぺらぺら喋った。依頼は秘密が原則だ。理由もなしに洩らすお前を依頼人はどう思うやら」
「概要しか言ってねえだろ!? しかもその流れで道訊くんだから正当な漏洩だ!!」
「俺が答えなければその理屈は成り立たなくなる。しかもどの程度まで洩らしたか判断するのはお前じゃなくてこの場にいない依頼人だ」
「脅す気か!?」
「いーや別に? ただ答えるのにこれだけの料金じゃちょっと足りないかなあ・・・って思うだけなんだけどなあ?」
触れそうなほどに顔を近付けねちりと嫌味な笑みを見せる虎次郎。佐伯の爽やかさとは完全に逆だ。よくもこれだけ正反対の兄弟が生まれたものだ。
「他のヤツに訊いてもいいんだぜ? コイン3枚渡しゃ大抵誰でも喜んで答えてくれんだろ」
鼻で笑って言ってやる。あくまで『質問代』とするなら、訊く質問がなくなれば払う必要はなくなる。
これで虎次郎も折れるだろう・・・と思ったが、
「残念。岩山への行き方は誰でも知ってるネタじゃない。知ってるヤツ探して訊こうとしたら、コイン3枚なんてあっさり飛ぶぜ?」
「お前、何で知ってやがる?」
確かに情報の一部を洩らした。だが場所までは言っていない。
さすがに驚く跡部―――とぼける事も可能だったが、この断言というか確信のし振りでは無駄だろう―――に、虎次郎は笑ってネタ晴らしをした。
「お前の事はサエに聞いててね、跡部景吾。この先の道案内は頼むって言われてんだよ」
「サエの知り合いか・・・?」
「おかげで俺は情報は自由に手に入れられる。それに―――」
「お前がサエ好みだから、か」
「正解。さすが同類」
「ありがとよ。別に嬉しかねえがな」
利益を貪り食う者同士の付き合い。互いに満足しているのならそれでいいのだろう。
(俺も、同じだしな・・・・・・)
無言でため息をつく。自分は情報を求め、サエは自分を求めた。決して自分だけが得をしたワケではない。
胸の奥に生まれ始めていた気持ちを掻き消す。たかが一晩共にいただけの相手に、そんな気持ちを持つ筈がないだろう?
「んで、お代v」
無遠慮にかけられる虎次郎の声。仕方がない、と布袋からコインを一掴み取り出し、
「・・・・・・そういやお前、躰より金だ、っつってたよな?」
「? ああ。言ったな。そっちの方が得するしな」
肯定。跡部がにやりと笑った。
虎次郎に近付き、頬を撫で、
「んじゃ残りは俺の躰で払ってやるよ」
(よし! だからこれで断れ!!)
ただでさえ躰より金に興味のある相手。しかも男同士。嫌がりコイン3枚で手が打てれば儲けモンだ。そこまで金が惜しくはないが(少なくとも自分を犠牲にするほど)、仕事完了までまだかかるだろう事を考えれば徒に浪費してもしょうがない。
そんな打算の元話を持ちかけた跡部・・・・・・ではあったが。
「オッケー。それで手打つよ」
「は・・・・・・ふ!?」
呆気に取られた時には、跡部はもう虎次郎に抱き締められ唇を奪われていた。
「ちょ―――ちょっと待てよ!! てめぇそういうのはお断りだったんじゃねえのか!?」
「人の話はちゃんと聞けよ。俺が得しない話はお断りだ」
「得しねえだろーが全然!!」
「どこが? お前クラス金で買おうと思ったらいくらかかる? 道教えるだけでお前が手に入るんなら格安大儲けだろ」
「てめぇまさか男なら誰でも良し[ゲイ]か!?」
「人聞きの悪い事言うなよな。俺は上物なら男女どっちでもいいってだけだ」
「・・・・・・・・・・・・!!
面食い同士だったってか、サエとてめぇは・・・・・・」
どうりで気が合い友好関係が築けるワケだ。同じ顔ならコイツより佐伯を選んだ方がいいだろうに。きっと佐伯は清潔純情なんだろう。
勝手に人物像を決める跡部に、虎次郎がくつくつ笑ってきた。
「ただしどっちも中身も重視だけどな。
お前なら十二分に合格だ。さすがサエが気に入っただけあるぜ」
ん〜vと抱き締めたままさらに頬に口を寄せてくる虎次郎。
引き剥がそうとじたばた暴れながら、こちらは普通に女性の方がいいらしい跡部は血の気の失せた顔でわめいた。
「ちょっと待て!! やっぱ金で払う!!」
「はあ? だから他のヤツに売れってか? ダメダメ。俺だけが買うんだから」
「そうじゃねえよ!! 最初の約束通り金払って道訊くって―――!!」
「んじゃコイン1万枚で」
「持てるかよ!?」
「なら不可」
「そもそもサエに俺の事頼まれたんだろ!? だったらタダで教えろよ!! アイツにゃ十分払ったぞ!!」
「サエはサエ俺は俺。それにサエも『代金は自由に請求して』って言ってたからな」
「あのヤロ・・・!!」
「さ〜道端っていうのも躰痛いからどっか宿行こうか。あ、そこの宿代よろしくv」
「何でよりによってンなヤローに頼む・・・・・・!?」
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
ここでまた一晩ロスし、跡部は痛む腰をさすりながら岩山へと向かった。旅は道連れ被害者は大いに越した事はないと、いっそヤケクソ気味に「なら岩山までてめぇもついて来いよ! そしたらその間何でもやり放題だぜ!?」と言ってみたところ、もう用は終わったからとあっさり断られた。
「くっそ・・・!!」
悔し紛れに吐き捨てる。
(昨日はあんだけ好き放題ヤりやがったクセに・・・!!)
利用されるだけされ捨てられた。虎次郎にとって、自分の価値はその程度だったらしい。
プライドが傷つけられ、悔しい。そう。
・・・鼻の奥がつんと痛むのは悔しいからだ。