B.一般市民に牙を剥く。


 次の日の朝。気持ちよく目覚めた千石が部屋を出ると、階段下ではリョーガがぴすぴす焦げていた。
 気にせず跨ぎ越え食堂へ。今朝もまた元気いっぱい空腹を満たす佐伯と遭遇。手を挙げ軽く挨拶する。
 食事を持ってきてくれた少女にも挨拶し、
 「じゃあ、今日は張り切って吹っ飛ばしに行こうか」
 「そうだね。景気もいいし」
 「楽しそうな相談ですね。何を吹っ飛ばすんですか?」
 「南の山」
 「盗賊のアジトらしいよ? 完全抹消するから証人になってね」
 「ああ、そんな事ならお安い御用で―――
  ―――待ってくださいよ! 完全抹消ってまさか、山丸ごと吹っ飛ばすんですか!?」
 「楽だし。取りこぼしないし。短時間で済むし」
 「長所だけ挙げてさも良い事っぽく言わないで下さいよ!! 駄目に決まってるでしょう!?」
 「何で?」
 真正面から訊かれ、
 彼女も真正面から返した。
 「あそこ鉱山あるんですよ? 街寂れたら依頼料どころじゃないじゃないですか」





 という事で直接アジトに乗り込む事になった。





 「よくよく考えてみたらこれはこれで良い事だよな。本拠地の方がお宝はどっさりあるだろうし、集めてんのが人間なら価値観は大体一緒だろ。現に昨日のもいい感じだった」
 「そうだねえ」
 自己暗示をかけうきうきわくわく山登りをする佐伯。鉱山の存在を知った途端盗賊そっちのけで希金属発掘に行こうとした彼を2人がかりで止めたのだが、その時のキメ台詞『掘るより盗る方が楽』は彼の中でこう変換されたらしい。
 いずれにせよ佐伯が損をする理由はどこにもない。そして己の得のために動く彼を止める術もどこにもない。
 グギャーーー!!
 ・・・たとえこんな風に、ちょっとグロテスクな魔物が現れようとも。
 「何だよ。お前ザコの分際で俺の邪魔しようってのか? それなら容赦しないぞ?」
 そんな意思表示は全くしていないのだが、佐伯の台詞終了と同時に哀れ被害者の人生(魔生?)も終了した。
 「すみません。今さすがにちょっと魔物の方に同情した私って駄目ですかね?」
 「いやいやむしろセーフっしょ。通りがかりの魔物Aだったかもしれないのに、そんな可能性も一気に潰したしね」
 ぼそぼそ呟き合う後ろ2人。問い返す事すらせず佐伯はるんたるんた先に進み、
 「ここまでよく来たな。だがこの先はこの俺が―――っておい!! 人の話聞けぐは!!」
 「何だよ人間外。人間外の分際で『人』とか言うなよ紛らわしい。人間代表として文句言うぞ?」
 「そんな君も人間外」
 「代表だからって人である必要もないだろ? 人じゃないのに代表になってやったんだから俺っていいヤツだよな」
 「そういうものですか?」
 「ああ」
 そんな会話をしながら、さらに3名は先へと急いだ。
 さらに時々何かがあって、それらは全く気にしないまま流されて暫し。
 再び何かが現れた。
 佐伯が攻撃準備に入る。今彼を邪魔するものは全て敵である。後ろ2人も温かく見守った。
 現れる―――なり攻撃し。
 ジュバッ―――!!
 「この相手確認する事も警告もなくいきなり攻撃仕掛ける外道っぷりは―――
  ―――まさか佐伯さん!?」
 極めて正確な状況分析をしながら出てきたのは、
 「やあ越前」
 「やっぱそーだし・・・・・・」
 佐伯や千石より一回り以上小さな少年は、逆手に大振りのナイフを構えたままへなへな崩れ落ちた。一見そこらの山村の子どもA。ただしただの子どもが、申し訳程度にしか魔力の篭っていないナイフであの攻撃を防げる筈はない。たとえ防ぎ損ねて服の端々がちょっぴり焦げていたとしても。
 首を傾げる少女とは逆に、知り合いな佐伯は少年―――リョーマへと近寄っていった。
 「災難だったな越前」
 「ホントに災難だよアンタは・・・」
 「でも大丈夫だ。こんな時どうすればいいのかもちゃんと学んだ」
 言いながら、リョーマの手に出来た軽い火傷に手を翳す。
 「え何? アンタ治癒の術なんて覚えたの?」
 手を翳し、力を込め・・・
 つんつん。
 「痛ってえ!! つつくな!!」
 「ん? 確か生きとし生ける者に恐怖や絶望・苦しみを与える事が『魔』に生まれた者の務めだって・・・」
 「間違ってないけど!! アンタが言うとサド万歳にしか聞こえない!!」
 「そういう教えじゃなかったのか?」
 「違う!! それなら仲間同士やってろよ!!」
 「やだよ痛かったり怖かったり苦しかったりすんの」
 「俺だって嫌に決まってんだろ!?」
 「そこを何とか」
 「なんない!!」
 ・・・・・・どうやらこの少年リョーマは割とまっとうな―――正常な感覚の人らしい。
 希望を胸に少女が近寄る。
 「あの、お見受けしたところ随分実力があるようで。
  よろしければ、お名前とご職業をお聞かせ願えますか?」
 前回の反省で訊くようだ。これで『村の子どもA』とでも答えられたらどうするつもりだろう?
 リョーマは彼女を、彼女の後ろにいる佐伯と千石を胡散臭げに見・・・・・・
 ため息をついて言った。黙っていてもどうせこの2人がバラす。そんな諦めを込め。
 「・・・越前リョーマ。職業プレリースト」
 「プレ・・・?」
 「プレリースト。神官見習い」
 「ああなるほど」
 ぽんと手を叩く。動きやすいよう改造されているため言われるまで気付かなかったが、リョーマの着ているのは確かに神官服。そして神官なら魔法の1つや2つはお手の物だ。神殿にも属さずこんなところに1人でいるとなれば、専門は対魔だろう。
 なおさら良い人材だ。
 「すみません。私たち今から魔物退治に行くんですけど、ご一緒にいかがでしょう?」
 フレンドリーに尋ねる。今度は胡散臭げに見られなかった。
 代わりに手の平を差し出され、
 「いくら?」
 「・・・・・・・・・・・・やっぱいるんですか? 依頼料」
 「やっぱ止める」
 「あはははは!! 冗談ですよ!! もちろんいりますよねえビジネスですし危険ですし!!
  ―――じゃあこの位で」
 少女の出した額に、リョーマは無言で踵を返し・・・
 「あわわわわわわ!!! すみませんでしたごめんなさい!!
  ならさらに盗賊が貯めているお宝の山分けという事でいかがでしょう!?」
 『え〜』
 「みんな不満多すぎ!! 協力する精神とかないんですか!?」
 「金の前にはみんな敵だ」
 「他がボランティアで尽くしてくれるんだったら協力するよ?」
 「そうそう」
 「うわ〜・・・・・・・・・・・・」
 商人と悪魔はまだしも、見習いとはいえ神官がこれでいいんだろうか・・・・・・?
 首を傾げ、はたと気付く。
 (そういえば神官と悪魔って、敵同士じゃ・・・・・・)
 なるほどだからこんなに争いが勃発するのか。
 「何だよ後から出張って俺の宝掠め取る気か!?」
 「いつからアンタのになったんだよ!! そんなの先手に入れた方が勝ちでしょ!?」
 耳を塞ぎ何も聞こえないと念じる少女。だから次のも聞こえ『なかった』。
 「・・・ん?
  そういえば跡部さんは?」
 「あれ? いないのよく気付いたね」
 「そりゃいたらそろそろ突っ込みいれるトコでしょ?」
 「そうか。突っ込み一発山をも粉砕。アイツに全部やらせて利益だけ貪れば良かった・・・」
 「逃げたの?」
 佐伯は無視して、リョーマが千石にそっと問う。
 千石は苦笑いして・・・
 「いや今跡部くんはちょっとね・・・」
 「そろそろこの世からおさらばすんじゃないかと」
 「はあ!?」
 「しないから!! 勝手に殺さない!!」
 「ちっ・・・・・・」
 「いや確かに跡部くん死んだら君フリーになれるけどさ・・・」
 「けどやっぱアイツといるから今の俺があるんだよな・・・。
  飯屋で食い逃げしてとっ捕まってアイツが保護者だと突き出しても一切何の文句も言わず俺に尽くしてくれて・・・・・・」
 「すんげー毎回毎回文句言いまくってたと思うけど」
 「けど何でアンタ悪魔のクセにそこまでスケール小さい事好きなワケ?」
 「サエくんの器がその位だから―――」
 どげし。
 「世界全土に滅びを撒くより1人を徹底して苛めた方が面白いじゃないか」
 「・・・いいけどね。おかげで平和だし」
 「―――『跡部』さん?」
 いやに説明的な台詞のオンパレードに少女が口を挟む。
 指を立て、千石が本物の説明を入れてくれた。
 「ああ。俺らのパーティの中心人物でサエくんの飼い主。魔法戦士としてこの世界じゃすっごい有名だよ?」
 「じゃああの、今動けない人って・・・」
 「それが跡部くんだね」
 「はあ・・・・・・」
 そんな凄い人のパーティでありながら、自分の声かけたのがただの(ではないが)商人とゴーイングマイウェイな悪魔。なんてツイていないんだ!!
 が、世の中そう悲嘆するものでもないらしい。ここにツイていない人がもう一人。
 「・・・・・・ねえ、つまり今跡部さんって、けっこー問題アリ?」
 「まあ、いろいろと・・・。サエくんがこんなに離れてられちゃうほど」
 契約した者同士は、基本的には常に一緒にいる事になる。契約の種類や仕方によっては制限範囲は変えられるのだが、絶対にこの2人は離れられない筈だ
 青褪めた表情で問うリョーマ。千石の返事、そして実際1人でいる佐伯に、ますます青くなっていった。
 バッ! バッ!
 大仰な仕草で周りを見回し(こうオーバーアクションを取るとリョーガにそっくりだ)、
 「あの人は!?」
 「周ちゃん? いないなあ」
 「会いたいの?」
 「なワケないでしょ!?」
 一声吠え、やはりリョーマは踵を返した。
 「んじゃ、アンタたちも俺に会った事は絶対言わないでね!」
 「いくらで?」
 「取るワケ?」
 「当たり前だろ? ビジネスなんだから」
 「・・・仲間意識とか」
 「金額に応じて芽生えさせるよ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 リョーマが戻って来る。腰巾着に手を伸ばし。
 「んじゃこの位で」
 「よしよし」
 お椀状にした佐伯の手にちゃりんちゃりんと小銭が落とされる。極めてナチュラルに脅迫が行われた。
 そこに・・・
 「貴様らかあ!! ワシのアジトを荒らぐほおっ・・・!!」
 「うるさいなあ。今緊急事態なんだから邪魔しないでよ」
 何かが現れ、そして退場した。
 「・・・あれ?
  今のって、人だったんじゃあ・・・・・・」
 「だから?」
 そちらを差す少女に、リョーマが―――人を救い導く神官見習いという身でありながら、理不尽な理由によりそのための術で人をぶち倒した少年が、心底不思議そうに問い返してきた。
 「・・・・・・・・・・・・。
  いえ、まあ何でもいいです」
 「そう。
  じゃあ俺逃げるからよろしく」
 「ああ。またな」
 「2度と会いたくないよ・・・・・・」
 そんな言葉を残し、リョーマもまた退場していった・・・・・・。
 「そして完」
 「だから勝手に終わらせない!!」





―――B'.懲りずに一般市民に牙を剥く。