C'.普通のヤツは普通だった。


 驚きを体中で表す千石に、男らも満足したかふふふふふと含み笑いを浮かべる。
 驚き。
 驚いて。
 驚きながら。
 ・・・・・・千石が見たのは、男らではなく少女の方だった。見れば、逆側から佐伯も彼女を見ている。
 男らを指差し、
 「アレ・・・に、負けたの?」
 「悪い事言わないから騎士団全部解雇した方がよくないか? 税金の無駄遣いだろ」
 「婉曲に嫌味を言うなあああ!!!」
 「いやモロ直撃だと思ったんだけど」
 「理解してやれ千石。
  アレが婉曲だとしか受け止められない程度の頭脳なんだよコイツらは。実力に見合う良い頭の持ち主達じゃないか」
 「馬鹿にしてんのかあああ!!!」
 「ほらな?」
 「そだね」
 一件落着だった。今度こそ心置きなく終わらせようとし・・・
 ・・・暗い表情でどこからともなく取り出したオノを振り上げる少女を前に、千石はぱたぱたと手を振った。
 「あ、ウソウソ☆ 冗談だから。そ〜んな怒らないでくれると嬉しいなvv」
 「そうですかーv 冗談ですか〜v 良かったです〜vv」
 「クッ。根性なしが」
 「いやオノはグロいって。てゆーか口調に跡部くん入ってるってサエくん」
 ぱたぱた手を振り、
 千石は再び男らに向き直った。
 びしりっ!! とカッコよく指を向け、
 「じゃあ君ら一人残さず滅殺するからちゃちゃっとやられてね! でもってお宝没収するから逆冥土の土産にアジトの場所よろしく!」
 『鬼かお前はああああ!!!』
 言い切った千石に、
 ―――なぜか次のクレームは別の場所からつけられた。
 「千石。
  『古典的な展開』にしては台詞が違う」
 「あれ? こんな感じじゃなかったっけ?」
 「それは盗賊の『古典的な展開』だ。勇者の場合はさらに別だ」
 「ああそうなんだ」
 「いえ・・・。盗賊でも滅殺宣言はしないと思います」
 「そう」
 佐伯が指を立て、
 断言した。
 「滅殺宣言は勇者の担当だ」
 「余計にやりません!!」
 「え? じゃあやっぱ合ってんじゃん?」
 「だから後半部が違う。
  そういう時も勇者っぽく、『2度とこんな馬鹿な真似はしないよう、物理的金銭的に根こそぎ壊すからアジトの場所を白状しろ!!』と言うのが正しい」
 「なるほど正義っぽい!」
 「尚更悪です!!」
 「ん? だが正義といえば真正面から正々堂々。だから俺は、虫の息の1人の首に切っ先を突きつけそっと問い掛けるという手順は提案しなかったぞ?」
 「・・・いっそそっちの方が正義に聞こえてくるのはなぜでしょう?」
 『お前らも鬼だああああああああ!!!!!!!!!』
 どこからともなく聞こえる、そんな泣き声を
BGMに。
 少女が、素朴な疑問という名の皮肉を飛ばした。
 「けどよくいろいろ知ってますね?」
 「ああ。長年生きてきていろいろ学んだんだ」
 もちろん全く通じない佐伯。えへんと胸を張って続ける。
 「『勇者』っていうのは、正義とかいうとっても便利な言葉振りかざしてとりあえず暴れ回るヤツの事だろ?」
 「合ってるような間違ってるような〜・・・・・・」
 「正解っしょ。だってサエくん悪魔だもん」
 「だから?」
 「主観の差だよ。
  悪魔なら暴れ回ったりする方がむしろ正しい。けど今それすると他の種属に滅ぼされるからしない。つまり『弾圧された状態』。
  ―――それ覆すのは確かに彼ら視点で『勇者』っていうか英雄っしょ」
 「つまり・・・
  ・・・・・・・・・・・・実は佐伯さんって、悪魔の中で『勇者』として祭り上げられてるんですか?」
 「そりゃもう。
  《悪魔
100名に聞きました。この人(じゃないけど)は凄いと思う》ランキングでオールウェイズ2トップの片割れだよ? あまりにそこらが強すぎて3位以降が誰も思いつけない位だし」
 こちらにも自信を持って頷かれてしまった。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」
 いろいろと言いたい事をため息で終わらせる。とりあえず、昨日責められた『悪魔に対する種属差別』の温床を作り出したのは佐伯自身だと思う。
 (というか、この人と互角に渡り合えるもう1人って・・・・・・)
 意外と悪魔の未来は明るいのかもしれない。
 少女のため息に煽られ、展開が進む。あるいは向こうが泣き叫び疲れたからか。
 「あーもーいい理屈はどーでも!!
  こーなったらお前らまとめて始末してやるぜ!!」
 「どーかなったか?」
 「なっただろーが散っっっ々からかいやがって!!!」
 「その程度でキレるのか。
  全く、最近の若者はなってない・・・・・・」
 「キレるに決まってんだろーが!! つーかキレねえヤツの方が知りてえよ老若男女で!!」
 「というか、あなたも先程言われたばかりでは・・・」
 「言われてないぞ? 俺はこれでも
800歳。悪魔の中でもかなりの古株だ」
 『すみませんでした』
 何か敗北感が沸き起こってきたのでみんなで謝る。
 佐伯は全てを許すよう鷹揚に頷き、
 「じゃ、反省したところでお宝を―――」
 『違あああああああああああああああああああう!!!!!!!!!!!!』
 「来い! 我が僕!!
  コイツらを八つ裂きのぎったんぎったんにしろ!!」
 『っえええええええ!!!???』
 十把一絡げに指された『コイツら』―――千石と少女が同時にダミ声を上げた。
 「悪いのサエくんだけじゃないの!?」
 「あなたもですよ十分に!!」
 「お前ら酷いぞ!? 俺だけに責任押し付けて自分達は逃げるつもりか!?」
 「押し付けるも何も、しっかり原因君じゃん!!」
 「だからあなたもですって!!」
 そんなこんなでお互いを指差し責任の擦り付け合いをしている3人。一切逃げもせず、まるでえんがちょでもやっているかのような、そんな微笑ましい事をやっているから・・・・・・。
 グギャアアアアアアアアア!!!!!!
 「・・・あ、何だまたしても通りすがりか」
 「『またしても』!? やっぱり最初の通りすがりだって知っていながら攻撃したんですか!?」
 「てゆーか、通りすがりと飼い慣らされた魔物ってどっか違うの?」
 「目だな。目の輝きだ。
  通りすがりの方が鋭い。飼い慣らされたのはダメだな。堕落した生活で目が濁りきってる」
 「つまりあなたの目も濁りきっているんですね?」
 「ように見えるか?」
 「すっごく」
 「全く」
 正反対の意見。どちらも納得だろう。頑張って生きているようには全く見えないが、だからといって人の下にも収まっていない。
 まとめると、多分彼の目の輝きこそ最高潮なのだろう。
 そんな自己完結で終え、
 「んじゃアレは通りすがり?」
 千石は、『アレ』を指差した。とても勇ましく吠え猛る魔物を。
 佐伯もその凶悪そうな面をちらりと見、頷いた。
 「明らかにそうだ。『人間なんてメじゃねえぜ。へっ』と目が語ってる。
  仮にアレと契約を結んだ人間がいたとしたら、多分あまりのへたれっぷりに同情して結んでもらえたか、さもなければ徹底してコビを売っているんだろう。間違いない」
 「俺だああああああ!!!」
 男が突如地団駄を踏んで暴れ出す。前の文と繋げると、へたれたコビ売り契約者が自分だと言いたいらしい。
 理解し、佐伯が顔を上げ軽く目を見開いた。
 「へえ。お前があの」
 「ほう! 知ってるのか俺の事を!」
 へこみから一転、男はちょっと優越気味に笑い出す。
 それを指差し、佐伯は続けた。
 「・・・。
  誰だったっけ?」
 「『あの』の後に続く言葉はなかったのか!?」
 「凄いですねー。見ず知らずの人を相手に指差し驚愕まで出来るなんてー」
 怒鳴る男と流す少女。慣れの差というものはこんなところに現れるようだ。
 そしてさらに慣れた千石は、
 「ヒント。『靴底を舐めて許しを請う』」
 「請いてねえ!!」
 「ああわかった。生きるのに必死な人だ」
 ・・・ちなみに正解は、『盗賊にかつて襲われ今は仲間となった魔法士』である。やはり佐伯の推測『へたれたコビ売り契約者』も、あながち間違いではなかったようだ。
 「そういえばお前、これだけのもの持ってんならなんで襲われた時出さなかったんだ?」
 とりあえず指を差してみたので、そのまま素朴な疑問をぶつけてみる。
 「何だ。そんな事か」
 男はふふんとふんぞり返り、言った。
 「パニクって持ってることすら忘れてたに決まってんだろ?」
 少女がコケる。が、
 上には上がいるものである。なぜか千石と佐伯はそれで納得した。
 「パニクり方が平和でいいね」
 「そうだな。俺ならパニクったら山ごと盗賊吹っ飛ばす」
 「実は今パニクってるんですか・・・?」
 「俺が? まさか。
  極めて冷静だぞ?」
 「やる事変わらないじゃないですか・・・・・・」
 「ああ。おかげで人には『パニクっていても冷静に見える』と褒められる」
 「それは皮肉だと受け取ってあげて下さい可哀相じゃないですか言った人・・・・・・」
 ため息混じりで少女が呟く。もちろんそんな弱気な主張は無視され・・・・・・
 ・・・・・・なかった。
 「わかった。じゃあ今の俺が冷静だという事を証明しよう」
 「え・・・?」
 ぱちくりと瞬きする少女の肩に手を置き、
 「冷静だから何でもかんでも吹っ飛ばすような真似はしない」
 「いやむしろ君は冷静だから何でもかんでも吹っ飛ばすんじゃ・・・」
 同じくわからないらしい千石も呟く。
 と、今度はくるりとそちらを向き、
 「わかった。じゃあ何でもかんでも吹っ飛ばそう」
 「で、冷静だと何やんの?」
 『何でもかんでも』の一部こと千石は即座に意見を翻した。
 ああ、と普通に頷き、
 佐伯は言った。はっきりと。少女の肩に手を置いたまま。
 「じゃ、頑張れ」
 「ちょっと待って下さいよそれつまり私にどうにかしろって事ですか!?」
 「ああ」
 「無理無理絶対無理に決まってるじゃないですか!!」
 「やる前から出来ないって決め付けるのは良くないぞ?
  言うじゃないか。『やってみる事にとりあえず意義がある』と」
 「何ですかその清々しいまでに後ろ向きな教訓は!? 結局それ出来てないじゃないですか!?」
 「成功不成功なんてどうでもいいじゃないか。たとえ失敗してもやった事は思い出として残る。後でみんなであの日の失敗を笑おう」
 「青春ドラマならそれもありかもしれませんが今失敗したら私即座に死ぬんですけど!?」
 「大丈夫だ。心配するな。
  たとえ失敗して死んだとしても、そんな君を後で俺たちが腹の底から笑ってやる」
 「嫌じゃあああああああああああ!!!!!!!!!!!」
 グギャアアアアアアアアア!!!!!!
 少女が叫ぶ。触発されて魔物も叫ぶ。隣で千石が手を上げた。
 「ちなみに参考として、それのどこが『冷静』?」
 「それを『冷静に』見守っててやろう」
 「ああなるほど」
 「落ち着いて見てないで下さいよ!!」
 ギシャアアアアアアアアア!!!!!!
 「あああああああ!!!!!!!!????????」
 魔物が少女目掛けて襲い掛かって来た。これも一重に騒ぎ続けた少女の功績である。傍観者2名は傍観者なので傍観しようと傍観した。
 ギシャアアアアアアアアア!!!!!!
 「あああああああ!!!!!!!!????????」
 『しゃぎゃあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
 2つの悲鳴が組み合わさり謎の声と化す。
 この手の物語では、ごく普通の少女がある日いきなり不思議な力を手に入れていたりするのが一般的だが、残念ながらそんな都合の良い事は起こらないのがこの話である。というか、起こった成果が千石だの佐伯だのである。こんな爆裂な人々はこれ以上いらない。
 何はともあれ、正真正銘の一般市民たる彼女にこの窮地を脱する手立てなどなかった。そんなものがあれば最初から自分が行っている。
 陥れられるままピンチになる彼女。横でカウントダウンされるまま死まで一直線の彼女に―――





 ―――救世主が現れた。





―――C".良さげなヤツが変だった。