C".良さげなヤツが変だった。


 どごおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・・・ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「ひゃあああああああ!!!!!!!」
 多分そんな感じの爆音だった。響くと同時、身の軽い彼女は天高く吹っ飛ばされ、身の重い魔物及び辺りの自然もまた吹っ飛ばされた。木っ端微塵に。
 「うぎゃ!」
 ナイトの義務として落っこちてくる彼女を受け止めた千石。一緒に潰れる彼は気にせず、佐伯は目に手を翳し首を回した。
 自分たちの位置から、後方に
150m、前方に50mほど、地面が抉れ森が消失している。そこを通り抜けた光が、障害物を全て排除したのだ。
 「これはまさか・・・・・・」
 声が硬い。呟く彼の頬には、珍しく汗が垂れていた。
 爆破中心点を見る。
 ぽっかり空いた空間。その開始点には、成し遂げた事の大きさに対してはえらくちっぽけな者が立っていた。
 佐伯とは真逆の、純白の羽根に純白の衣装。頭上に冠された光の輪が、その者の正体を知らしめている。
 そう、それは・・・・・・
 「天使・・・・・・?」
 少女の呟きを遮るように、佐伯が靴音を鳴らした。僅かに前後にずらし、半身の構えを取る。リラックスしているようで、完全な戦闘態勢。
 緊迫が時を支配する。
 どの位続いたか。
 2人が―――――――――動いた!





 「サエ!!」
 「周ちゃん!!」
 「ちょっと待てい!!」





 歓喜の表情で飛び込んできた天使。腕を広げ抱き止めた悪魔。
 そして・・・そんな悪魔をはたき倒す少女。
 「痛ったいなあ。何なんだよ?」
 「これっだけ!! 盛り上げておいて!! あんたは一体なああにをやってんのよ!?」
 「だから喜びの抱擁を」
 「だったら最初っからそういう対応をしなさい!! 一緒に緊張しちゃった全国何人かの人にどう説明するのよ!?」
 「『美しいものを見て恐怖を感じる事がある。どうしようもない程怒り狂うと笑いたくなる。事ほど左様に、人間・・・とも限らないが・・・というものは一直線には出来ていないものだ。
   なら再会を喜ぶ際ちょっと緊迫感を持ってみたっていいじゃないか』」
 「良くないわああ!! 明らかに支離滅裂な事平然と並べ立てて正当性強調しない!!」
 「強調してないぞ? 俺はこれが正しいと心の底から信じてるからな。あえて強調する必要もない」
 「なお悪いわ!!」
 怒鳴り、少女はへたり込んだ。千石を踏み潰した―――千石に抱き込まれたまま。
 向こうの方では、何かが聞こえてくる・・・・・・。
 「サエ久しぶり〜vv」
 「周ちゃんどう元気にやってたvv?」
 何かが・・・・・・何かが・・・・・・。
 「千石さん、質問なんですけど・・・」
 「あの天使なら不二周助くん。サエくんの対だね」
 「対?」
 天使と悪魔にそんなシステムがあっただろうか? 相反する両者。常に敵対していそうに感じ取れるが・・・・・・。
 「・・・ってサエくんが言い張ってる、要は赤の他人だね。一応不二くんが生まれた時から面倒みてるから、心のお兄さんってトコ?」
 「結局他人じゃないですか・・・」
 「けど今は2人とも契約者跡部くんだし、そういう意味じゃ『対』って言ってもいんじゃん?」
 「え? でも『久しぶり』って・・・・・・」
 契約者が同じだというのに、なかなか会わないという。2人のいちゃいちゃ振りからすると、決して仲が悪いワケでもないだろうに。
 (ああでもそういえば、佐伯さんも今千石さんが預かってるとか何とか・・・)
 「ああ、うん・・・。まあ・・・・・・」
 なぜかキリの悪い返事。
 千石は、半端な笑いを浮かべ頬を掻き、
 ―――次の台詞はその不二に掻き消された。
 「ところでサエ、リョーマ君見なかった?」
 「越前? あっちに行ったけど?」
 「売った!? あっさり売った!?」
 ごくごく自然に佐伯が指差したのは・・・・・・先ほどリョーマが逃げていった方。
 「ん? 何か問題あるのか?」
 「あるでしょ!?
  さっき『絶対言わないで』とか言われてたじゃないですか!? 金まで払わせて!!」
 「ははは。馬鹿だなあ」
 吠える少女を軽く笑い、
 佐伯は不二の肩を抱き寄せた。
 力強く、言う。
 「周ちゃんへの俺の愛情は、金なんかじゃ替えられない!!」
 「替えてたわしっかりとぉぉぉぉ!!!」
 「さっすがサエvv」
 「そこ褒めるトコ!?」
 「いやいやvv 周ちゃんのためならお安い御用さ」
 「安いどころか得してましたしね・・・・・・」
 またしても己の常識が一般に即していない人の登場に、少女はへなへなと崩折れた。こうなったら一刻でも早く、1人でもいいから退場してもらおう。
 (災厄は、ないに限るしね・・・)
 ぱたぱたと、ついた埃を払い不二に頭を下げる。
 「助けて頂きありがとうございました」
 だからさっさといなくなってくれと。
 ・・・続きの言葉は佐伯が恐かったので言わなかった。
 不二も、(会話は通じずとも)さすが天使らしく穏やかな笑みを浮かべ、
 「いえいえどういたしまして。ところで『助けた』って?」
 「知らずに返すんか!?」
 「だってお礼言われたらこう返せってサエが」
 「うんうんvv よく出来たなあ。さすが周ちゃんvv」
 「えへvv」
 「・・・・・・さすがに、『お礼言われたら謝礼要求』じゃないんですね」
 「失礼だなあ!! 周ちゃんがそんな人とせずとも最低的な事するワケないだろ!?」
 「自覚してんならあんたもすんな!!」
 「自覚はしても反省しないのが俺のポリシーだ!!」
 「ああああああもおおおおおおお・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!」
 嫌気が差してくる。なんでこうなるとわかっているのに突っ込んでしまうのか自分は!!
 頭をがりがり掻く少女の前では、不二が佐伯の袖をくいくいと引いていた。
 「ねえサエ、僕が助けたって?」
 「ああ。さっきね、俺たちは魔物に襲われてたんだ。大ピンチなところを
周ちゃんの手助けで救われたんだよ。
  ありがとうね周ちゃん」
 「・・・真実激しく捻じ曲がってますけど」
 「そこまでしてサエくんは不二くんにコビ売りたいんだよ。温かく見守っててあげようよ俺らに害がない限り」
 「そーですね」
 温かく見守る事にした。あるいは『冷静に』。
 不二は、もじもじしてからなぜか困った笑みを浮かべ、
 「え? でも僕そんな事全然知らなかったんだけど・・・」
 「知らなくっても俺たちを助けてくれる。周ちゃんはまさに天使の鏡だよ」
 「えへへvv」
 「・・・『天使の鏡』が森吹っ飛ばしていーんですか?」
 「俺としてはむしろ、じゃあ不二くんはなんでいきなりあんな攻撃仕掛けてきたのか、って方が気になるんだけどね」
 「あ、そうそうそれなんだよ!」
 「己の行動はとても『天使の鏡』とは言えないと? ・・・いえ冗談ですちょっと言ってみたかっただけです」
 目線を逸らし何やらぼにょぼにょ呟く少女を視界から外し、佐伯は改めて不二と向き直った。少し腰を屈め、真正面から向き直り。
 「どうしたの周ちゃん?」
 「あのねあのね聞いてサエ!!
  リョーマ君探しにここまで来たんだけどね、そしたらいきなり木から緑色でぐろでろしたのが僕の前に落ちてきたんだ!! 僕もう怖くって―――!!」
 そこから先はもう言葉にならないのか、不二が佐伯の胸の中で泣き出した。普通に聞けば、はぐれかペットかとにかく魔物に襲われたのだろうが・・・
 「もしかしてそれって・・・・・・」
 抱き締めながら眉を顰めていた佐伯。
 ぽんぽんと不二の頭を撫で、やんわりと体を放させた。
 適当な木の幹に近付き、拳を一度叩きつける。葉ずれ音が響き、いろんなものが上からぼたぼた降ってきた。
 空中でそのうちの1つを摘み取り、見せ付ける。
 「こんなんじゃない?」
 差し出されたものを、観客2人は目を凝らしてよくよくよ〜〜〜く見て・・・。
 「虫・・・?」
 「虫だねえ・・・」
 それは、虫だった。緑虫とか、イモ虫とか、まあそんな感じで名称付けられそうな虫。直径
1cm、長さ3cmといったところだろうか。ごろりと転がりそうな、緑色の虫。
 ・・・それだけだった。
 別に毒も持っていなさそうだ。たとえ遭遇しても、攻撃するよりのたくって逃げるだろう。
 確かにいきなり目の前に落ちてきたらちょっとびっくりする位はあるかもしれないが、それと森林破壊のどこに関係があるのだろうか?
 だから?―――問おうとし、
 『っええ!?』
 千石と少女は、揃って素っ頓狂な声を上げた。虫を見て以来、「ひゃっ・・・!」と息を呑みぷるぷる震える不二を。
 「・・・もしかして、私ってアレですかね? 女の子らしくない?」
 「いや田舎町で虫見て悲鳴上げてたら煩いって。てゆーか不二くん女の子じゃないし」
 「とっても優しい心根の持ち主なんですね。さすが天使さん」
 「そーかなあ・・・・・・?」
 それぞれ明後日の方向を向き現実逃避にかかる2人。信じられるか? 天使がどこにでもいる虫にビビって森を吹っ飛ばしたなど。
 が、
 それをナチュラルに受け止める男もいる。
 「こんな虫に驚くなんて、可愛いなあ周ちゃんってばvv」
 どんがらがっしゃん!!
 「え? 反応それだけ?」
 「森吹っ飛ばしてますけどその辺り無視ですか? それでもなお『可愛い』んですか?」
 「たかが虫一匹にそんなにびっくりしちゃうんだぞ!? 繊細な心の持ち主じゃないか!!」
 「センサイナココロ、ですか・・・」
 「繊細な心の結果吹っ飛んだ森はもおどーでもいーんですね・・・?」
 「もちろん。
  教育のためなら些細な犠牲は致し方ない。こうやって、今日もまた周ちゃんは一歩成長したんだよ。その事を前向きに捉え喜ばないと」
 「成長した結果破壊度がアップしたけど、それでも喜ぶんだね?」
 「だが破壊に指向性が生まれた。以前は周囲
360度見境なく壊してたのに」
 「・・・実は佐伯さん、ものっそ迷惑だって思ってません?」
 「そうなのサエ・・・?」
 緩い笑みを浮かべ少女が問う。不二もまた衝撃を受けたような顔を佐伯に向け・・・
 「そんなワケないじゃないか周ちゃん!! あんなこ汚い人間のガキの言う事信じてどうするんだよ!?」
 「そうだねサエ!!」
 「うおーい・・・」
 「『繊細な心』の育成方法、すっごく間違ってると思うな・・・」
 「もうこうなるとどうでもいいですけど、そろそろその摘んだまんまの虫どうにかしません? 『繊細な心』がすっごく傷ついてると思うんですけど」
 「はっ! そうか!」
 指摘され、ようやく佐伯も気付いたようだ。なぜ先ほどから不二が近寄ってこないのか。
 理解し、





 はくっ。





 食った。





 「え、えっと・・・・・・」
 「せっかくの食糧だからな。みすみす逃すのも愚考だろ?
  ・・・あ、マズ」
 「食った挙句に文句言うんだ。『繊細な心』の教育者が」
 半眼を佐伯に向ける千石。隣では少女が指を向けていた。不二へと。
 「すみません。余計にビビっちゃってますよ『繊細な心』の人?」
 「ん?」
 顔を上げる。前歯で半分に切断した虫からてろりと白いものが垂れ落ちた。
 「あ・・・、あ・・・あ・・・・・・」
 見てみれば、不二がわなわなと震えていた。
 震え・・・・・・
 「いやああああああ!!!! サエ気持ち悪い!!!」
 「え・・・・・・?」
 ぎゅっと目を閉じ、叫びながら手を翳す。その先に、頭に載っていた光の輪が移動した。
 『え? え?』
 輪の中心に、さらに光が収束していく。どんどん、どんどん、どんどん、どんどん。
 それはもう、見るのも眩しいくらい。まるで太陽を召喚されたくらいに。
 そして、





 どごおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・・・ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 『ええ〜・・・・・・?』





 再び、同じ爆音と共に、
 今度は全員吹っ飛ばされた。





―――C"'.変なヤツは変だった。