3.よ〜っし! 勝負勝負!!(By英二)




 事態の変化―――結果的に少しそうなったそれは、意外と早くに起こった。
 「あの・・・・・・警察からの要求なんですけど、人質の様子を見せろ、と・・・・・・」
 「ふ〜ん・・・・・・」
 ぱりぱりとせんべいをかじりながら不二の(厳密には違うが)試合を見ていた『人質』リョーマが適当に返事した。
 「あ、それだったらさ〜・・・・・・」
 にっと笑った英二。人差し指を立て作戦を発表し―――
 「面白そうっスね、それ」
 「テレビ局ももう結構集まってるし、それだったら受け入れられやすいね」





・     ・     ・     ・     ・






 『こちらの用意は出来たぞ!』
 「では今から人質に取りに行かせる。もちろんそいつに妙な真似はするなよ。逃そうとしても無駄だ。ことらにはあと2人いる」
 英二の提案はこうだった。テレビカメラ1台を中に持ち込み、生放送で全国に中の様子を流す。警察の言い分はともかくマスコミ関係は大賛成だろう。しかも自分の局がそのテレビカメラを提供できたなら完全独占放送。その上他局に売りつければひたすら値は跳ね上がる。
 そんな記者たちの勢いに押される形で警察もその『要求』を認めたようだ。まあ警察側としてもこの提案は、今まで全く明かされなかった中の様子をリアルタイムで見られる上、だからこそ犯人も無茶する可能性が減るというのだから反対する理由もないだろうが。
 「・・・・・・これでいいんですか?」
 「おっけーおっけー大丈夫v」
 3人の入れ知恵でようやくまともな取引[ネゴ](っぽいもの)を終えた犯人に、英二が親指を立ててサインする。カメラを取りに行くのは取引の間に行なわれたじゃんけんの結果、彼と決まっていた。
 (にゃははv 計算通り、なんてねvv)
 素晴らしく自分の思い通りに転がっていく事態に、1人ほくそえむ英二。
 「んじゃ行って来るよ〜んvv」
 「行ってらっしゃ〜いvv」
 じゃんけんに負けて不機嫌なリョーマの隣で不二が明るく手を振る。これでリョーマと暫く2人っきり(犯人除く)。さて何をしようvv



 その一方で、
 バン!!!
 勢いよく開け放たれた扉に驚いてか門の向こうにいた警察がいっせいに銃を向けてきたが、とりあえずそんなどうでもいい事は置いておくとして、英二は上機嫌のまま門へ軽く走っていった。
 「カメラちょ〜だいっ♪」
 にこにこ笑い両手を差し出す『人質』。なんだか予想と(というか一般的な展開と)明らかに異なるその様子に、警察も野次馬らも固まった。
 その中で、固まらない人2名。
 「あら菊丸君」
 「今日は」
 「あ、こんにちは、小母さん、お姉さん」
 「どうしたの? なんかやけに嬉しそうじゃない」
 「わかります? すっげー嬉しいもんで」
 「へえ、なになに? 何かあるの?」
 「これからですよvvv」
 それだけ言い、すぐそばでカメラを持ったまま硬直していたカメラマンの女性に手を差し出した。
 「カメラv」
 えへv と笑う英二に、顔を赤らめ陶酔したように持っていたビデオカメラを手渡す彼女。さすが年上キラー。笑顔1つであっさり懐柔する―――まあ本人にはひたすらにどうでもいい事なのだが。
 「これって、どーやって撮るの?」
 「あ、はい、これはですね・・・・・・」
 しどろもどろの説明を一通り聞き、カメラを肩に担ぎ上げ英二がとどめとばかりににっこりと笑った。
 「ありがとにゃv」
 その笑顔にノックダウンされた女性と、周りで嫉妬の炎を燃やすその他の人々。
 それらは一切気にせず、英二は来たとき同様軽く走って勢いよくドアを開け放ち―――
 「おチビー!! 一緒にビデオ撮ろ―――が!!?」
 どご!
 カメラを構え、その死角から飛んできた『何か』に顎を直撃され、後ろに吹っ飛んだ。
 いきなりの展開にざわめくギャラリー。強盗犯が何かをしたのかと警察も緊張する。が、
 「・・・・・・って―――」
 その中で、唯一事態を正確に理解していた―――というか優れた動体視力でもって倒れる前に『犯人』を見ていた英二が、転がった勢いそのままに倒立してから起き上がり、『犯人』をびしりと指差した。
 「てめー不二! 何しやがる!!!」
 顔を真っ赤にして怒る英二。その足元には先ほどぶつけられたテニスボールが転がっており・・・・・・
 さらにドアの中、丁度真正面にはラケットを振り下ろした不二がいた。
 さらりと英二を無視して、不二が横を向いた。
 「危なかったね越前君。肖像権って結構大事なんだよ」
 「ショーゾーケン?」
 「ああやってむやみやたらと写真とかビデオとか撮りたがる人には注意しなきゃ。何されるかわからないよ」
 「はあ。そーっスか」
 英二からは死角のリビング内でリョーマが頷いた。これで彼の肖像権は守られたわけだ(笑)。
 「俺はただ中の様子撮ろーとしただけだろ!!? 何邪魔してんだよ!!?」
 カメラを投げ捨て地団太踏む英二。そんな彼に持っていたテニスラケットを突きつけ、不二が言い放った。
 「今の君の言動を見て果たしてそう信じる人はどれだけいるのかな? そもそもビデオを撮ろう、って最初に提案したの君だよね。その時点で越前君と2人っきりで撮ろうとしてたんじゃないのかい?」
 「ぐ・・・!」
 図星をさされ、思わず呻く。が、この程度で引くほど英二も甘くはない。
 「だったら何なんだよ! 別に間違った事はしてねーだろ!? 俺もおチビも『人質』なんだからカメラ向けて当り前じゃねーか!!」
 「開き直るつもり? みっともないね。第一それなら全員を撮るのが務めでしょう? どう見ても君が全員を撮ろうとしていた様には見えないけど?」
 「いーじゃねーか好きなトコ撮ったって! カメラ渡されたの俺なんだからな!!」
 「たかだかじゃんけんの結果でしょう? カメラを持つ権利は全員にあるんだよ」
 「・・・・・・つまりてめーもおチビと撮るつもりか?」
 「さあ、どうだろう?」
 睨み付ける英二と冷笑を浮かべる不二。静かにこそなったもののごごごごご・・・とオーラでも沸き立ちそうなほどの迫力に、ギャラリー一同何も言えずにただ見守るだけだった。
 緊張の糸が―――切れる。
 「おーしだったら勝負だ! 負けたほうが今すぐ帰る! それでいいな!!?」
 「へえ・・・。勝負ねえ。英二、『身の程知らず』って言葉知ってる? 君が僕に勝てると思ってるの?」
 「うるせー! 今日はぜってー勝つ!!!」
 「ふーん。『今日は』ねえ・・・。
  いつも負けてるのにその根拠のない自信はどこから来るのかな?
  まあいいけどね。―――ああ、あんまり大口は叩かない方がいいと思うよ。負けた後すっごく恥ずかしいから」
 「その言葉はてめーにそっくり返してやるよ。覚悟しとけよ」
 「君が、ね」
 それをラストに一度奥へ引っ込んだ不二。英二と自分の分、2つのテニスバッグを持ち、入り口からゆっくりと出てきた。
 「勝負はセルフジャッジによる1セットマッチ。場所は家の裏にあるテニスコート。なにか異存は?」
 「別にないぜ」
 「そう・・・・・・。
  ―――賭け、忘れないでね」
 「俺が勝ったらてめーが出てけよ」
 くすくすふっふと怪しい笑みを引き連れ去っていく2人。そして―――



 「―――なんだかなあ・・・」
 「あら? 裕太」
 「お帰りなさい、裕太」
 「おう」
 呟いた自分に軽く驚く由美子、普通に挨拶してくる淑子にこちらも簡単に返事をして、裕太は2人の隣に並んだ。
 「どうしたの? 珍しいわね、裕太が家に帰ってくるなんて」
 「そりゃ帰って来ねーわけにもいかねーだろ。家でなんかあるってテレビでまで流されちゃ」
 「けど嬉しいわ。裕太が帰ってきてくれて。今夜は裕太の好物にしましょうね」
 両手を合わせ本当に嬉しそうに話す母に、一瞬場が和みかけ―――
 ―――たところで。
 がちゃ。
 扉が開き、3人目がのんびりと出てきた。眠そうに半分閉じられた目で左右をきょろきょろ見回し・・・こちらと目が合う。
 「あ、裕太」
 「おう越前。やっと俺の事まともに名前で呼んでくれるようになったんだな・・・」
 なぜか妙なところに感動する裕太。とりあえず知った顔を見つけたためだろう、こちらへ寄ってくる。
 「ねえ、先輩たち知らない?」
 「兄貴たち? だったら裏のテニスコートじゃねーか? 『勝負だ』とか言ってたし、ラケット持ってたし」
 それを聞いて―――リョーマが口を尖らせた。
 「何それ。一緒にあそぼーって誘ってきたの先輩たちのクセして自分たちだけ楽しんでるワケ?」
 「いや・・・、ありゃ楽しんでるっつーか・・・・・・」
 むしろ『死闘』じゃなかろうか。
 裕太がそれを言うべきか否か悩んでいると、
 くるり、とリョーマが反転した。
 地面に捨てられていたビデオカメラを拾い、再び周りを眺め回す。
 「ねえ、これ誰の?」
 「は、はい。私の、です・・・」
 「ふーん・・・・・・」
 先ほど英二に微笑みかけられ卒倒していた女性が手を上げた。立ち直り―――リョーマにじっと見つめられ再び顔を赤くする。
 「すぐ撮れんの?」
 「は、はい//」
 「テープは?」
 「もちろん録画も////」
 「で、すぐに流れちゃうの?」
 「はい。今すぐにどの局も―――//////」
 あなたたちのそのお姿を―――と言いかけたところで、
 「じゃあいいや」
 あっさりとリョーマはカメラを投げ捨てた。
 「は・・・・・・?」
 呆然とする一同を他所に、今度は由美子が話し掛けた。
 「始めまして。越前君。話は周助たちからよく聞いてるわ」
 「誰? アンタ」
 「俺の姉貴」
 「ああ。じゃあ不二先輩の」
 「始めまして。不二由美子よ。
  ―――けどビデオカメラなんてどうするの?」
 「別に」
 「ちなみに家にもあるけど?」
 「ホント?」
 「で、どうするの?」
 『・・・・・・・・・・・・』
 巧妙な誘導にリョーマ、そして裕太が黙り込んだ。
 「撮るだけだけど?」
 「撮る? 何を?」
 「俺を」
 「はあ・・・・・・?」
 短すぎてわけのわからない問答に、裕太が思い切り首を傾げた。
 「だから、1本10分位ずつ撮って、1本1万くらいで売るの。10本位は軽く売れるでしょ」
 「そうなのか?」
 「売れるに決まってんでしょ。欲しがる人いっぱいいるし。観月に千石さん・亜久津・跡部・忍足。青学[ウチ]でも手塚部長・乾先輩・桃先輩、それに英二先輩と不二先輩。
  ―――ああ、アンタもいる? 早い者勝ちだから1万先にくれたら売ってあげるよ」
 「いらねーよ! つーか今の基準何なんだよ? 観月さんまで入ってるし。
  ってか中学生に1万って高くねーか? 兄貴とかならともかく、菊丸さんとか桃城とかは無理じゃねーか?」
 「ああ。観月とかには『俺のデータいらない?』とか言えば喰らいついてくるでしょ?」
 「そりゃまあ確かに・・・・・・」
 「それにそのくらいは出してもらわなきゃ。安く見られるのヤだし。『他の人も買った』って言えば無理矢理でも用意するでしょ。1円でもまけてくるようなら売らないけどね」
 「ほえ〜・・・・・・」
 越前リョーマのカリスマ性―――というかぶっちゃけ人気に関してはある程度は知っていたが・・・・・・。
 「ねえねえ」
 全てを通り越し単純に感心する裕太の隣で、由美子が自分を指差し会話に加わってきた。
 「11万払うから私に全部売って、って言ったら?」
 「売らない」
 「でしょうね」
 くすくすと弟と同じ笑いを零す由美子。つまりリョーマにとって金そのものはどうでもいいものらしい。それだけの『代償』を払ってでも自分を求める人間がどれだけいるのか、そっちの方が重要なようだ。
 「残念」
 「だったら1本買う?」
 「買おうかしら?」
 「―――ておい姉貴!」
 冗談で聞いていると思ったのに本気らしい姉に、裕太が声を上げた。
 「何で買うんだよ!!」
 「え? だって越前君可愛いじゃない。彼の独占スペシャルショットなら1万円くらい払える価値があると思うわよ」
 「どういう意味でだそれは!! 大体姉貴もう彼氏いんだろ!!?」
 「それとこれとは別よ。可愛いものは鑑賞したい。人間として極めてまっとうな欲求よ。
  ―――あ、もちろん裕太のでも
OKよ。周助といい裕太といい菊丸君といい越前君といい。可愛い子に恵まれて幸せね。私は」
 「変態発言を堂々とするなーーー!!!」
 無駄とは知りつつそれでも叫ぶ。自分が家を出て行った原因にはしっかりこの姉も絡んでいる。この姉と、そして兄のおかげで自分はおちおち風呂に入ることも寝る事も出来なかった。
 裕太がそんな過去の思い出を噛み締め―――さらにその後ろではマスコミ連中やら野次馬やら、いわゆるギャラリーたちが現れた『人質』3人の魅力を、異様な熱意を持って論じ合っていた・・・・・・。





・     ・     ・     ・     ・






 そんなこんなで1時間ほど経ち・・・・・・
 きゃ〜〜〜〜〜vvvvvv
 笑顔で颯爽と現れた不二に、いつもの如くギャラリーから声が上がった。
 その後ろでこの世の終わりと肩を落としてげんなりする英二を見やり、
 「惜しかったねー。なかなかいい勝負だと思ったよ。いつもよりアクロバティックも冴えてたし」
 「・・・・・・」
 「けどまあ、負けは負けだから」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「じゃあね英二。また明日v」
 「不二〜〜〜〜〜〜!!!!!」
 ドアの前でひらひら手を振る不二に、英二が泣きついた。
 「何かな? 英二」
 「ごめんなさいすみませんでした俺が悪かったですこれからはこんなことは2度としませんですからお願いです中に入れてください!!!」
 「けど英二、
約束は約束だし」
 「ゔゔ〜!!! 不二〜〜〜!!!」
 「ちゃんと『賭け、忘れないでね』って念を押しておいたし」
 「だからって何で今日に限ってお前本気出すんだよ! トリプルカウンターなんて1回使ったらいー方だろ!!?」
 「何言ってんのさ英二。当り前じゃないそんなの」
 「うわ〜。言い切ったし」
 本日の不二は凄かった。トリプルカウンターの大安売り。サーブなんて全部カットサーブだった。むしろその状況で6−4まで粘った英二を褒め称えるべきかも知れない。―――これもリョーマに対する愛情のなせる技なのか。
 「―――あれ?」
 ノブに手をかけたまま首を傾げる不二。
 「どったの?」
 「カギ・・・かかってる」
 「かけたんじゃなくて?」
 「カギ、持ってすらいないよ」
 「んじゃなんでだろうね?」
 「困ったね。ただし僕だけだけど」
 「だから不二〜〜〜!!!」
 開かない扉を前にそんな呑気な(?)会話をする2人に、裕太がため息をついた。
 「越前が閉めたんじゃねーの? さっき怒ってたみてーだし」
 撮影会云々の話は抜いておく。言えば即座に1万円を財布から取り出すであろう。この2人なら。
 「おチビが?」
 「ああ、そういえば僕たち、彼の事放って出てきちゃったもんね」
 「みゅ〜。んじゃ入れてもらわにゃいとね」
 だが如何にして入れてもらうか―――端的に言えば如何にリョーマの機嫌を直させるか、英二が腕を組んで唸った。
 それを横目に見て、
 「―――あ、姉さん。カギ貸してもらえないかな?」
 「いいけど・・・何? 締め出し喰らったの?」
 「どうやらそうみたいで」
 「しっかりしなさいよ。あんたも」
 「肝に銘じておくよ」
 と、由美子からあっさりカギを
GETする不二。
 「・・・・・・・・・・・・」
 何も言えずにいる英二の横を通り過ぎ、ドアを開けた―――
 ガキッ!
 途端に何かに引っかかる。
 「用心深いなあ、越前君。チェーンまでかかってる」
 「開けらんねーじゃん。それだったら」
 後ろから覗き込んできた英二が呟いた。こうなったらチェーンソーかペンチかででも無理矢理こじ開けるか、それとも他の場所を探すか。
 が―――
 「―――よし、開いた」
 「はい・・・?」
 僅か数秒、細いドアの隙間に手を突っ込んだ不二が、あっさり外れたチェーンの片方を持って、ドアを開いた。
 「ドアチェーンって・・・ンな簡単に開くもん? ってゆうか、それじゃ意味なくねえ?」
 「ああ、ちょっとしたコツがいるからそうそう簡単には開かないよ」
 「んじゃ何で?」
 「僕は慣れたから。小さい頃よく姉さんにからかわれて締め出されてたからね。
  面白かったよ。僕は簡単に入れたんだけどさ、裕太はホント素直に開けてもらえるのずっと待ってて」
 ね? と笑顔で弟を見やる不二。最も裕太は真っ赤になってそんな兄を睨みつけていたが。
 「じゃあそんなわけで」
 英二がそちらを見ている間にすっと体をドアの中に滑り込ませた不二が、裕太相手にとはあからさまに違う笑顔で英二に手を振り―――
 がん!!!
 「・・・・・・何のつもりかな? 英二・・・」
 「ふっふっふ。お前だけ中に入れるわけねーだろ・・・・・・?」
 勢いよく閉められたドアは、英二が間一髪差し入れたラケットのグリップがつかえとなり、完全には閉められないまま止まった。
 グリップ分だけ開いたドアの外と中。お互い全力で取っ手を引っ張りながら、それでも静かに会話は続く。
 「『フット・イン・ザ・ドア・テクニック』ね・・・。―――この場合、『ラケット・イン・ザ・・・』って言った方がいいかな?」
 「『フット・イン・・・』・・・何?」
 「『フット・イン・ザ・ドア・テクニック』。足さえ入ればこじ開けて体も入れられる。言葉そのままの商売テクニックだよ。大きなものを買わせたいならまず小さなものからってね。
  けど―――」
 にっこりと笑って、その状態からどうやったのか不二がテニスバッグからラケットを取り出した。挟まった英二のラケット、そのグリップ頂上部分に自分のを合うように手の高さを調節する。ちょうど2本のラケットがぴったり平行になったところで、
 こん
 「僕、小さなものも買うつもりはないから」
 「あ゙〜〜〜〜〜!!!!!」
 一瞬だけ力を緩めてドアを開けさせ、ラケットを弾き飛ばして弾みで後ろに転がった英二を見下ろし、不二は再び手を振った。
 「ばいばい、英二」
 ばたん!
 『・・・・・・・・・・・・』
 何も言えずに固まる一同。英二も座ったまま閉まったドアを暫く見上げ―――
 ぽんと手を叩いた。
 ギャラリーの最前列、不二家の人々のいるところに近寄り、手を差し伸べる。
 「お姉さん、カギもう1本ありませんか?」
 「ごめんなさいね。さっきのしかもってないんだけど」
 「・・・・・・。小母さん、カギ持ってませんか?」
 「あら〜、持って来てないのよ。あなたたちが中にいたからあけてもらおうと思って」
 「・・・・・・・・・・・・。裕太、カギ―――」
 「すみません。慌てて出てきたし、まあいいかな、と思ってたから寮の方にしか・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 空を見上げる。初夏の青い空が目にまぶしい。
 「え・・・え〜っと、菊丸君・・・・・・?」
 上を向いたまま放心する英二。その目の前で手をぱたぱたと振りつつ、由美子が呼びかけた。
 ゆっくりと、本当にゆっくりと吐き続けていた息が底をついたところで、
 英二はくるりと身を翻した。
 ドアへ―――今は堅くしまり、何人たりとも中への侵入を禁じるそれのノブに再び手をかけ、今度は限界まで息を吸い・・・・・・
 「てめー不二!! さっさと入れねーか!! 今日は3人で遊ぶ約束だっただろ!!?」
 がっちゃんがっちゃんとドアを震わせ枠ごと破壊する勢いで前後に揺さぶりつつ怒鳴る。冷めかけていた体が火照り、汗が薄く滲み出す。が、中からの応答は一切ない。
 (今中では不二とおチビの2人っきり。俺がいなかったら不二はおチビにあんな事やこんな事を・・・・・・!!!)
 中での凄惨な(英二視点にて)様子を想像し、英二の怒鳴り声が悲鳴に変わった。
 「に゙ゃ〜〜〜〜〜〜〜!!! おチビが不二に食われる〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」
 どばん!
 「・・・・・・・・・・・・人聞きの悪いこと言わないで下さい」
 「全く。中から聞いてて恥ずかしかったよ。もうちょっと常識とか身につけた方がいいんじゃない? 仮にもここは僕の家の前なんだから。家が君のせいでご近所に妙な目で見られるようになったらどう責任取ってくれるつもりなのさ」
 いきなり開いたドアに三度吹っ飛ばされる英二。それを指差し、開けた張本人―――リョーマが不二を見上げた。
 「不二先輩、この人うっさいんスけど、どうにかなりません?」
 「う〜ん、猿轡かませてもむ〜む〜うるさい事には変わり無いし・・・・・・いっそ息ごと止めておこうか?」
 「いいっスね、それ」
 警察の前で堂々となされる殺人計画。ついでに被害者(予定)もすぐそばにいたが、それには一切耳を傾けないまま、現れたリョーマにしがみついた。
 「おチビ〜〜〜!!! 無事だった!!? 不二に変な事されてにゃい!!!? あんな事とかこんな事とか!!?」
 「ぐ・・・・・・・・・・・・」
 しがみつき振り回す英二。その視線の先でまさしく今リョーマが死にそうになっているが、とりあえずそれは彼にとってはどうでもいいようだ。問題は『不二に』何をされたかなのだから当然と言えば当然かもしれないが。
 「英二、越前君顔青褪めて呼吸止まってるよ。その辺で離してあげないと死んじゃうかも」
 「え? あ・・・おチビ! ごめん!!」
 その不二に指摘されようやく気付き、英二はリョーマの首を解放した。
 ぜえはあげほごほと咳込み荒い息をつくリョーマ、その切れ間に「死ぬかと思った・・・・・・」などと呟いていたりもする。
 不二がため息をついて苦笑した。
 「仕方ないなあ。英二、入っていいよ」
 「ホント!?」
 その言葉に英二が目を輝かせた。
 「うん」
 「わ〜いわ〜いvv ありがと〜vv 不二〜〜〜vvv」
 「いえいえv」
 今度は不二に(普通に)抱きつく英二。不二も笑顔でそれを受け止め―――
 英二除く全員の死角で、彼の襟首を掴んだ。
 「ただし君はパシリ2号ねv 逆らったら即退場v 明日の一面トップで惨殺死体の記事が出て欲しくないなら頑張ってねv」
 綺麗に、殊更綺麗に微笑む不二。その笑みを前に、
 「やだなあv ちゃ〜んとわかってるってvv」
 英二は慣れた様子でかくかくと頷いた。
 「―――じゃあ中戻ろうか、越前君」
 「・・・・・・・・・・・・うい〜っす」
 なんとか回復したらしく自力で中に戻るリョーマ。今度は英二を先に中に入れ、最後に不二が玄関を閉めた。
 がちゃり、と鳴る金属音と共に、一連の騒動は終焉を迎えた。いや、それがメインではないはずなのだが。
 静まり返るギャラリーらの中、裕太がふと思った事を呟いた。
 「今の内に3人外に連れ出しときゃよかったんじゃねーのか? 犯人もいなかったみてえだし、一応兄貴たち『人質』なんだし・・・・・・」
 「そういえばそうだったわねえ」
 「すっかり忘れてたけど」
 首を傾げる淑子。ああ、と軽く驚く由美子。そして―――
 『をう・・・・・・・・・・・・』
 警察及びギャラリーがいっせいにそう呻いた・・・・・・。






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サブタイトル、
GBAソフト『青』経験者のみわかるネタですな。わからない方すみません。まあ本編には全く以って関係ありませんので。